あなたのとなり 〜きっと、大丈夫〜

作:日和未亜











「ただいまー」





彷徨はいつもどおりに家に帰ってくる。

いつもと同じ学校生活。

いつもと同じ帰り道。

今日はごく普通な日。

午前授業。

明日からは夏休み。


彷徨は玄関をあけ、靴をぬぐと玄関の段差前に普段見ない靴が置いてあった。




(…男の人と女の人2人……?うちに一体何のようで…)



彷徨はお客さんでも来てるのかと不思議に思いながら居間へと足を運ぶ。

とりあえずそのお客さんに挨拶してから部屋に行こうと思った。



「こんにちは…」



彷徨が見たのはちゃぶ台に自分の父と知らない人の両親が対面になってなにか
を真剣に話しているような光景だった。

彷徨の言葉にその場にいた3人が同時に振り向いた。



「あら、彷徨くん。お久しぶり」



「元気だったかい?」




彷徨は知らない誰か大人の人2人に話し掛けられる。

彷徨はこの人たちは誰だと思った。


女の人が口元に手をあてながらくすくすと笑う。



「じゃ、宝昌さん。そういうことでいいでしょうか?」


「ええ、もちろんいいですよ…」




「「「ってことで…」」」



3人は声をそろえて彷徨のほうをキラキラした目でじっと見ると…



「じゃあな、彷徨。わしゃあ、インドへ修行してくるからな」



「じゃあね、彷徨くん。未夢のことよろしくねvv」



好き勝手なことを彷徨にいうと3人はバッグに花を咲かせながら玄関のほうへ
向かい、しまいにはバンっという大きな音が聞こえた。



「お、おい!」



彷徨は慌てて玄関のほうへ向かうと3人は跡形もないまま、姿を消していた。



(そういえば…親父、いつか修行行くっていってたっけな…)


彷徨ははぁ…とため息をつくと女の人が履きそうな靴が残っていた。



(そういえば…あの人たち“みゆ”ってなんか言ってたな…)



彷徨はその未夢という女の人がもしかしたら家の中にいると思い彷徨は家中を
さがし始めた。


最初は、空き部屋。

空き部屋にはたくさんのダンボールが積み重なっていた。

ダンボールの隅っこにぬいぐるみと書いてある。

丸々とした小さな文字。


女の人というより女のコか。


彷徨は縁側に足を運んだ。




……いた。



さらさらの長い金色の髪に大きな新緑の瞳。

季節はずれの水色の長袖ワンピース。

膝とスカートを腕で抱えて、顎を膝の上に乗せていて。



切なげな横顔。

何かを深く考えているようだった。

だけど、強い目でどこか遠くを見つめはじめて。


彷徨はゆっくり未夢に近づく。



「あんたが…みゆっていうの?」



「…うん……」



「…なんで長袖着てんの?」



「そのうち…わかるよ……」




「……ねえ…、かなたってどう漢字で書くの?」



「さまようって書いて彷徨…」



「そっか……素敵な名前…」




彷徨は立って喋るのもなんだからと思い、未夢の隣りに座ろうと未夢に近づく。


未夢は彷徨の気配にばっと立ち上がる。

その行動に彷徨は”んっ”と顔を顰める。



「ごめんっ、怒らないで……わたし、光月未夢っていうの…。
あなたと同じ13歳なんだけど……わたし、男アレルギーなの…」



未夢は苦しそうな表情をしながらゆっくりと自分のことについて話し出す。



「原因はわからないんだけど、男の人に触られるとジンマシンがでたり、涙が
出てきちゃったりして…
この体質を乗り切るためにわたしをココに預けるんだって……」



未夢はさっきと違う表情でふっと笑むとんん〜っとけ伸びをする。



< 「パパとママは仕事でアメリカにいっちゃったの。
あなたのお父さんはインドに修行。
パパとママはあなたにわたしを預けたの。
……ココ、日本……ううん、西遠寺でこの体質を治すために…
だから、わたし…がんばろうって……」



未夢は彷徨を強い目で見つめる。



彷徨はふとさっきの未夢の行動を思い出した。

見つけたとき、すごく淋しそうな顔をしていて、泣き出すかと思ったら遠くを
強く見つめてなにかを決心した姿を。


彷徨は未夢のためにその体質を一緒に乗り切ろうと決意した。

こんなにがんばろうと一生懸命なやつを見捨てるなんてそんなことできなかっ
たから。




「じゃあ…さ、オレも協力してやるよ」



「ホント?」



未夢はぱあっと顔を綻ばせる。



「ああ……だけど」



彷徨は立ち上がって未夢に指差しながら言葉を続ける。



「荒療治で治すからな。」


「うんっ」


未夢はこのとき男のコがこんなに優しいなんて初めて思った。

自分のお父さんも優しいけど、お父さんは問題外で。


未夢は彷徨のそばまで走る。

そばといっても1メートルぐらい離れているのだが。



「迷惑かけちゃうかもしれないけどよろしくね、西遠寺くん」



未夢はぺこりと彷徨にお辞儀をする。



「なぁ…一緒にこれから住むんだから彷徨でいいよ」



「…彷徨くん?」



「彷徨」



「……彷徨…」



未夢は小さい声で言ってみる。

男のコを呼び捨てするのは初めてでどうしても恥ずかしかった。


セミの鳴く声が西遠寺中に響き渡っているが小さくいった未夢の声は彷徨に確
実に聞こえた。



「じゃあ、よろしくな。未夢」



初めて見る彷徨の笑顔。

未夢はこんなにしゃべることも、こんなに優しい笑顔を見るのも、呼び捨てさ
れるのも初めてですごく心臓がドキドキと高鳴った。









◇◆◇◆◇









「なぁ、未夢。シャーペン買いに行くんだけど一緒に行く?」



「えっ…でも、外には男の人がいっぱいいるんだよ…それに…」



未夢が言いかけた言葉を遮って彷徨は話し始める。



「なに弱気なこと言ってんだよ、体質治すんだろ?」



彷徨はもう弱音はくのか?そんな表情をする。



「……一緒に行く…」



弱弱しくいう未夢に「大丈夫」だと言う。



「じゃあ、未夢。着替えてこいよ…夏服に。玄関でまってるから」




「……うん…」



未夢は居間を出て、自分の部屋へ向かう。

タンスの奥のほうにさっき入れたたくさんの夏服。

母が夏になると
「未夢に似合う洋服たくさん買ってきちゃった〜♪」
と毎年のように自分のためを思ってか買ってきてくれるが、夏服は小さい頃か
ら着た覚えがない。



男の人に見られるのも、触れられたくもないのでずっと夏でも家の中でも長袖
を着ていた。


未夢は赤い、半そでのワンピースを取りだし、今着ている長袖のワンピースを
脱ぐ。

恐る恐る袖を通して、前のボタンを閉めていく。


とりあえず出しておいた全身鏡の前に立つと横を向いたり、後ろを向いたり変
じゃないかどうかチェックする。


(……やっぱ変かな…でも体質治すって決めたんだもん!)



未夢は使っていない透明なケースの中に季節はずれの冬服をせっせと詰め込む
とその箱をずるずると引っ張ってまだ何も入っていない押入れの奥へしまっておく。



(冬になるまで…さようなら…)



押入れをパタンとしめると満足げにこの部屋を出て彷徨が待ってくれている玄
関へと向かった。





「あの…彷徨ゴメンね、おそくなっちゃって…」



未夢は長い髪をふわりと揺らしながらパタパタ走ってくる。



「冬服詰めてたら、遅くなっちゃった……」


白いサンダルを履きながらばつが悪そうに言う。

そんな未夢に彷徨は。



「いいよ、別に……」

じっと未夢を見ながらいう。



「あ、あのね…これ……着てみたんだけど…変だよね?」



未夢は胸に手をあてながら、段差に座っている彷徨にきく。



「彷徨?」



何も言ってくれない彷徨。

未夢はどうしたのかと「彷徨?」と呼んでみる。

でも彷徨は上の空で…

彷徨ははっと気づく。



(オレ…なに見とれてんだよっ)



白い肌に赤いワンピース。

白い肌が赤いそのワンピースに映えて…まるで外に全然出たことのない雪のよ
うな…そんな肌。



ワンピースの裾には小さいきれいなレースがちらちらと付いていて。

まるで本の中に出てくる……。



「……自信持ったら?じゃあ行くか」



未夢はいい意味なのか、悪い意味なのかわからなかった。

だけど彷徨の頬はほんのり赤く染まっていて。

もしかしたらいい意味なのかなと未夢は思った。







◇◆◇◆◇







西遠寺からそんなに離れていない、商店街。



商店街というだけでもあって、

買い物にきているエプロン姿のおばさんや、

タバコを吸っているがらの悪い人、

同年代の人がたくさんいた。



(…そんなに男の人いないから大丈夫だよね)



未夢はドキドキと不安と色々なキモチでいっぱいになった。

不安そうな未夢に彷徨は優しく声をかける。



「大丈夫だって。この時間帯は」



そう、この時間帯は男の人はあまり来ないらしい。

といってもイマドキ男が来るような物がない。



「それになんかあったらオレがどうにかして助けてやるよ」



と微笑んで。



未夢は彷徨の表情に安心して。




一歩一歩歩く。



そしてついたのが小さな文房具屋さん。

自動ドアがウイーンを開き、中に入る。

彷徨と未夢以外のお客さんはいないらしい。


いるとしたらレジの前に座っている小柄なおばあさん。




「ふい〜疲れたぁ」


「運動不足と緊張だろ」


「うるさいわねっ、しょうがないでしょ?!」


「どうだか?」


「も〜〜、バカッ」


未夢は頬を膨らませると、くるっと彷徨に背中を見せ、文房具を見てまわる。

彷徨は今日のうちに未夢のたくさんの表情が見れて、少しだけでも協力できて
嬉しいと思った。





未夢は何かを見つけたようだ。

未夢はそれを手にとる。



(…綺麗なネックレス……)



文房具屋なのにアクセサリーも売っているこの店。

未夢はネックレスに夢中になる。

ピンク色のシズクのようなかたちをしたものが付いている。

天然石ローズクォーツらしい。

女の子なら誰でも好きになるような桜色した色。

吸い込まれそうになる。



「おい、未夢」



「ひゃっ」



未夢は突然後ろから男の人の声が聞こえたのでビックリした。




彷徨は未夢の持っているものに気づく。



「未夢、これがほしいのか?」



「ううん、ただ見てただけ」



未夢は首を左右にふる。



「そうなのか?」



「そうなの」



「本当か?」



「本当よ、ほら早くレジ行こ!」



未夢はネックレスをかけてあったもとの位置に戻すと軽く走ってレジの少し前
で手招きする。


彷徨は少し笑み、息をつくとゆっくり未夢のいる方向に歩きレジに買うものを
置く。



「いらっしゃいませ」



おばあさんは一言そういうとゆっくり品物の値段をレジに打ち込んでいく。



「315円です」



彷徨は財布からちょうど315円を出し、カウンターの上に置く。



「君たちは…カップルなのかい?」



おばあさんは商品を袋に入れながら、顔を綻ばせながら未夢を彷徨に聞く。


「ち、ちがいます」

と未夢。



「じゃあ、兄弟かなんかかい?」



「いいえ、違います」

と彷徨。



「友達…なのかい?」


おばあさんのその言葉に未夢と彷徨は顔を合わせる。



(…そういえば…わたしと彷徨って友達なの?)



(…そういえば…オレと未夢は友達なのか?)



「…………」



おばあさんは彷徨に商品の入った袋を渡す。



「…お幸せに……ね。ありがとうございました」





◇◇◇◇◇





未夢と彷徨は商店街をでる。

外はもう、薄暗い。

セミの鳴く声がどこか遠くで聞こえる。


未夢と彷徨はアレきり何も話していない。



(もう、あのおばあさんたら………
でも…私たちって友達ってやつなのかな?

男のコと友達になるなんて初めて……

でも、彷徨なら…大丈夫かもしれない…)



未夢はそう思うと自分より先に歩いてる彷徨の横へ並ぶと澄みきった淡い夜空
を見上げる。





大丈夫


きっと…この人なら――――――…




[戻る(r)]