white-collar project

作:あゆみ



自分の思うままに生きてください
あなたのその姿を私は好きになった。

あなたの真剣な横顔、視線、表情
一瞬でも曇るのは見たくない。

ましてや、それが自分のせいなら尚のこと
自分のせいであなたの大切なことを犠牲にしないでほしい。

あなたは優しいから

あなたは人知れず傷ついているから

私がいることで
あなたの今までが変わってしまうなら

それは「あなた」じゃない

もし、そうなってしまったら
私は、あなたの側にいないほうがいいから
私がいないことであなたが「あなた」らしさを取り戻してくれるなら






私は…














中学の頃に思いが通じて今まで付き合ってきたあなた。
今年の春からあなたは社会に出て私は大学で働いているパパのお手伝いをしている。
家は同じ敷地内にあるけど
生活のリズムが二人ともあうことがなくなって、
最近は顔を見せることが無くなっていた。

今日は久しぶりのデートという事で、いつも待ち合わせに使っている喫茶店で私は待っている。

携帯のディスプレイを見ても
メールは届いていないし
着信の履歴にはあなたの名前は残っていない。

ため息もこれで何度目か分からないくらいついた。
最近のデートはこのパターンが多い。

会社勤めのあなたは、最近新人研修も終わって実践的な仕事を先輩に着いてまわってるって、
なぜか彷徨の上に着いた人は、部長さんらしくて、いろいろな所に引っ張りまわされていると
苦笑いしながらこの前話してくれた。

仕事がとても楽しいのか生き生きしている彷徨を見るのは私もうれしい。
遅刻もしょうがない。と割り切っていつもこの喫茶店で待つようになった。
この喫茶店のかぼちゃクッキーをおみやげで買っていったときに彷徨がおいしいと喜んでいたため
最近は必ずといって良いほどデートの待ち合わせはこの喫茶店になった。
お店のマスターも顔なじみになって「今日も待ちぼうけ?彷徨君忙しいんだね」
と私に気を使ってくれる。




冷たくなったミルクティーをすする。
あったかいときには程よい甘さだったミルクティーが冷たくなってしまって
ちょっぴり苦い。。。。












「えっ?未夢ちゃん帰るの?」
伝票とコートを持って立ち上がった未夢を見てマスターはくわえていたタバコを灰皿におき
読みかけの新聞を置いて、驚きながら立つ。

「はい。彷徨は仕事が忙しいみたい。長居してもマスターに悪いし…。」
未夢はコートを羽織ながらマスターに言う。

「そんな…うちはそんなこと気にしなくていいよ。もう少し待ってみれば?」

「いいえ。いいんです。もう3時間も立っちゃったし。外に出ます。」

「そうかい?」

「もし。彷徨がこちらに来るようなことがあったら西遠寺に帰ったと伝えてください。」

「わかったよ。」

マスターは残念そうに未夢の身支度を見届ける。
未夢はレジで支払いを済ませてドアの取っ手に手をかけて後ろを振り返る。

「紅茶一杯でこんなに粘っちゃってごめんねマスター。」

「いや。構わないよ。また来てね。」

マスターは中断していたタバコをくわえ未夢に言う。

「ありがとう。」

未夢は寂しそうな微笑をマスターに返して外へと出て行った。













あんなに雰囲気の良い恋人同士を見るのは長年この店をやっていても見れるもんじゃない。
始めて会ったあの子は、家のお茶請けのクッキーを大層喜んでくれて、これはおみやげにできるか?
と、私に言ってきたのが出会いだった。

えらく、容姿の整っている子だなぁ…と店に入って来たときに感じたのが第一印象だった。
だけど、声をかけてきたあの子は見た目とは異なったまだ幼さも感じさせる子で
そのギャップに驚いたっけ…
クッキーを土産にできるかと言ってきたあの子の表情は頬を紅葉させて
真剣な瞳で私に尋ねてきた。

普段ならそのような申し出は断っていた。
店内でのお茶請けとしてしか考えてはいなく外での売り物にしようとは思っていなかった。
だけど、一生懸命にたずねてくるあの子の表情をみて

『ダレカノタメニ ヒッシニナッテルノカ?』

ということが読み取れた。
その日は「普段はダメだけど特別だよ」といって作りおきの、かぼちゃクッキーを包んで持たせたっけ…
「ありがとう!」と彼女の笑顔を見た瞬間、ついつい「御代はいいよ。」
といってしまったことを覚えている。
こんな年になってまで、ときめいてしまった事に驚きつつ、この子がこんなに一生懸命になる相手はどんな奴だろうと思った。

その相手がすぐに来たときにはビックリした。
相変わらず整った容姿のその子の隣にいた、またえらく美男子の青年が店内に入ってきたときには
口を開けてしまったっけ…

その青年は彼女から「カナタ」と呼ばれ、彼は彼女を「ミユ」と呼んだ。
彷徨君の注文はいつも決まってコーヒーで
未夢ちゃんは紅茶だった。

お茶請けのかぼちゃクッキーが大層気に入ってくれたようで、それからというものあのカップルは
『待ち合わせ』の場所にこの店をひいきにしてくれているようだ。
普段から客足が耐えないと、ヒイキ目にみてもいえない、この静かな店が好きだからと、二人とも
学生時代から通ってくれた。

彼女は次第に私のことを「マスター」と呼び、彼は彼のことを私に一生懸命聞かせてくれる彼女を
優しい表情で見つめている。
そんな雰囲気が私は好きだった。

しかし、最近彷徨君は就職して、未夢ちゃんはお父さんの手伝いをしているといっている。
お互い生活の時間が異なり合う時間もままならないという。
今日も仕事の忙しい彷徨君は連絡も入れられないほど忙しいようだ。
それを待っている未夢ちゃんを見ているのは正直私も心を痛める。



すれ違いが
この二人をも引き離さないといいが…


そんなことを、年寄りのおせっかいだと言われようが心配になってしまう。
彼女の飲んだティーカップを洗い。タバコに火をつける。











煙が店内をゆらゆらと立ちこめた。
















「……ということで。こちらではそのように話を進めていきます。」

「よろしく頼むよ。」

「いつも御ひいきにしてくださりありがとうございます。」

「いやいや、気味とは長い付き合いだからね。それにしても今日はずいぶんと若い子を連れているんだね。」

「はぁ…。いやぁこの子はわが社の新人でして私の直属の部下の西遠寺彷徨君です。」

「よろしくおねがいします。本日は、同席させていただいたこと大変嬉しく思っています。」
彷徨は深くお辞儀をして、部長の取引相手にお辞儀をする。

「君が連れまわって仕事をするということはかなり有望な人材なんだね。」

「はは!彼には色々学んでほしくてついつい引っ張りまわしていますよ。」

彷徨は打ち合わせ後楽しそうに話す二人に入れるわけもなく、時折相槌を打ちながら
その場に立っている。
取引先の重役室である、その部屋にかかっている。時計が気になる。
今日は未夢と約束していた。
特にスケジュール的にはあいていたので久しぶりに未夢と時間を過ごせるかと思ったが、
会社で部長に呼び出され今まで行なわれていた取引きに付き合うことになった。

もちろん仕事中なので、連絡できるわけもなく。
最近ではかなりの確率で未夢を待たせてしまっている。
部屋の窓からは冬のため日が落ちるのが早く、すでに日の光はか細く薄暗い。

すでに3時間……。
待ち合わせの時間を過ぎてしまった………。





開放されたのはそれから1時間後だった。
隣には部長がいる。

「どうだったかい?西遠寺君。」

「はい。非常に勉強になりました、部長。」

彷徨は会社を出てから非常に自分の時計を気にしている。
それは取引中もそうだったことを部長は感づいていた。

「もしかして、何か用事があったのかい?」

部長は隣にいる、普段からは考えられないそわそわしている彷徨を見てたずねた。

「…………はぁ。ちょっと人と会う約束をしてまして。」

「そうか!それはすまなかったねぇ。私に構わず行ってくれたまえ。」

「いや。相手もわかってくれていることなので大丈夫です。」

彷徨は電源を入れた携帯を背広の胸ポケットに入れながら答える。
取引先の会社を出たときに、急いで携帯の電源をいれ、未夢にあやまりのメールを送った。

『わるい。急に仕事が入って連絡できなかった。まだまってるか?もうすこし時間かかりそうだから
 遅くなる前に帰っていてくれ。あとで家に行くよ。  彷徨 』

そして今、未夢から返信があった。

『仕事大変だね。おつかれさま。久しぶりだったから楽しみだったけどしょうがないよ。待ってます。  未夢 』

胸ポケットにしまい終って部長との話に戻る。

「そうか。それはすまなかったね。相手にも申し訳なかったな。」

「平気ですよ。ちゃんと分かってくれる奴ですから。」

彷徨はすこしやわらかく微笑みながら答えた。



…おやっ。これは。



「その相手というのは、君の大切な人なのかい?」

部長は彷徨に思ったことをそのままきいた。

「部長!////」

「おや。図星かい。」

「……なぜ。」

「いや、君がその相手の事を話しているときの雰囲気が会社では見られないものだったからだよ。」

「///そうですか。」

彷徨は図星だった事が恥ずかしくて右手で頭をかいて照れ隠しをした。

「その相手とは長いのかい?」

「はい。学生からでして…。」

「そうか。」

それは、会社の女子社員が何人悲しむ事になるんだろうな
と部長は心の中で指折り数えた。
しかし、あれだけ社では冷静沈着な西遠寺がその相手のことで顔を赤くしている事がおかしかった。
やはり、どれだけ切れ者だともてはやされてもまだ、大学を卒業したばかりの若者だという事が
分かってほっとした。

「君はなんで社会に出て勤めようと思ったんだ?」

突然の面接のような質問に彷徨は驚いた。

「は…はぁ。実は私の実家は寺で私はその寺を継ぐものだと思っていました。」

「ほう…。」

「私の父もそう願っているだろうと思ったし、私自身もそれがあたりまえの事だと思ったからです。
 しかし、進学していき大学まで来て勉強していると、もっとリアルな勉強をしたいと思うようになりました。
 はじめて社会に出たいと思ったのが大学に入ってからです。
 勉強は嫌いじゃありませんでした。このまま勉強したいと思っていました。
 しかし、父は許してくれないだろうと思っていました。大学の卒業と同時に住職の修行に入ると思っていました。
 そんな俺、いや私の悩みに気づいてくれたのが、彼女でした。
 周りが就職で悩んでいる中、俺も先のことに悩んでいました。
 昔からの仲間は『お前は寺の跡を継げばいいから、就活の問題なんて関係ないよなぁ〜』といわれていました。
 俺もそうしなければいけないんだと思っていましたから、笑ってそんな軽い嫌味も聞き流していました。
 だけど彼女はそんな俺の変化に気づいてくれた。
 『彷徨は、やりたい事みつかったんじゃないの?』その言葉で自分でも初めて意識しました。
 あぁ、俺はもっと広い世界に出て学びたい事がある。って。
 それで、現在の会社に就職希望したんです。」

「そうか。しかし、あとを継がなくて親父さんは君の就職に反対したんじゃないのかい?」

部長は聞き返した。

「はい。俺も、殴られる覚悟で父に話を持ち掛けました。だってそれまで寺を継ぐと言っていたんですからね。
 だけど、あっけなく承諾してくれました。「それも修行じゃ」 ってね。
 朝の日課は毎日やっているので、だいぶお経は読めるんですよ。だけど、仏の身につかえるとなるとそれなりに
 修行しないといけないので、休みの日にすこし手伝えるだけなんです。まぁそれも、庭の掃除とかなんですけどね。」

彷徨は思い出し笑いながらいった。

「それじゃぁ。わが社としてはその西遠寺君の彼女に感謝だな。専務も期待しているからね…」

「恐縮です。」

「なおさら今日のことは申し訳ないな。西遠寺君も溺愛しているみたいだし…。」

「部長!///」

「でも、その子と身を固めるんだろ?」

「…はい。」

身を固める=結婚。彷徨は親と、未夢の両親以外にそんな事を言われたのは初めてだった。
昔からの友人である。三太達にもその辺は濁していたが、結婚の意志があることを他人に言うのは初めてだった。
仕事上でも生活でも尊敬できる部長だからこそ素直に答えてしまったようだ。
と彷徨は言った後に恥ずかしくなってきた。



「しっかり、つなぎ止めて置くんだよ。その彼女。じゃあ!」

いつのまにか駅に着き、互いに分かれ道になった分岐点で部長は若々しくも彷徨にウインクした。

「!!はい!」

彷徨はその分岐点で立ち尽くし。思わぬ激励に驚きつつ、部長の背中を見送った。










未夢は家に帰ると同時に自分の部屋に行った。
コートを脱ぎハンガーにかけてクローゼットにしまう。

その様子を部屋にある姿見の鏡が全て捉えていた。
未夢は姿身に引き寄せられて近くまで寄る。
鏡の中に映る自分の姿を見てにっこりと笑顔を作ってみる。


…なんだか、寂しそうな笑顔。
せっかくおしゃれしたのにね未夢ちゃん。
見せたい人には見せられなかったね。




ため息をひとつついて、そのままベットになだれ込む。
さっき、帰り道で携帯電話のメロディーが流れた。
メールの着信にすぐ飛びつき、確認をする。
彷徨だった。



『わるい。急に仕事が入って連絡できなかった。まだまってるか?もうすこし時間かかりそうだから
 遅くなる前に帰っていてくれ。あとで家に行くよ。  彷徨 』

なんとなく分かっていた。内容だったけど、とりあえず、これなかった事が事故なんかじゃなくて良かった。
未夢は安堵のため息をついた。そしてすかさず返信した。

『仕事大変だね。おつかれさま。久しぶりだったから楽しみだったけどしょうがないよ。待ってます。  未夢 』

彷徨が仕事が終わったら家に来るとメールには書いてあった。
だけど気になる部分があった。
メールの一文だった。『わるい』って。これは今日来れなかった事を謝っているのだろうけど、なんだか未夢は悲しかった。


私との約束で普段、デートとかイベントとかには興味なさそうにしている彷徨を気にさせちゃうなんて。
最近、すれ違うようになって久しぶりだったからかもしれない。
だけど、彷徨は大切な仕事のために来れなかったんだからしょうがない。
彷徨の就職を後押しして、頑張っている彷徨を見るのは私にも嬉しかった。
自分のことのように誇らしかった。
だけど、最近思う。





私の事で、私は彷徨の足枷になってしまうんじゃないのかな?





彷徨は彷徨らしく、ちょっと自慢気でいる彷徨が私は好きだよ。
だけど、好きな事をやっているのに、私の約束で気にかけさせてしまうのは






私が彷徨の足を引っ張っているんじゃないのかな?







隣に、側にいるのが私でいいのかな?





少しでも気になってしまったこの考えが最近離れなくて、苦しくて、


私はどうしたらいいのだろう。

私はどうしたいんだろう。

私はどうするべきなんだろう。


最近の三原則のように私の心を締め付ける疑問。



自分の思うままに生きてください
あなたのその姿を私は好きになった。

あなたの真剣な横顔、視線、表情
一瞬でも曇るのは見たくない。

ましてや、それが自分のせいなら尚のこと
自分のせいであなたの大切なことを犠牲にしないでほしい。












未夢は腰掛けていたベットから立ち上がり、クローゼットにかけてあったコートをもう一度羽織る。

階段を下りてゆき玄関から外に出る。

時がたち現在夜の10時。
冬の寒さが温まっていた未夢の肌を突き刺しピリピリする。
小さくはいた息が目の前を白い細かい結晶となって空中を舞う。
手袋をするのを忘れたことに気づいたけどそんなものはどうでもいい感じがした。



未夢は玄関からあゆみだした…………












午後10時半彷徨は西遠寺の階段を上りきって西遠寺と同じ敷地内にある未夢の家に向かった。

いつもついている未夢の部屋の明かりがついていないなとふと疑問に思ったが、チャイムを押してみた。

返事がない。

もう一度押してみる。

やはり返事はない。

先ほど、メールして未夢の家に行くといったのになぜいないのだろう。
未夢も了解の返事はしてきたはずなのに…
彷徨の中で疑問が渦巻く。

携帯のディスプレイに光月未夢の名前を出して電話をかけてみる。

『おかけになった電話は…』

無機質な電子音が彷徨の耳に鳴り響く。
未夢は携帯の電源を切っているようだ。

どうしてこんな事に?
なにかあったのか?未夢。


彷徨はメールが届いていないか携帯会社のセンターに問い合わせてみる。
一通のメールが届いていた。

それは未夢からのものだった


『家にいなくてごめんなさい。彷徨のとのことですこし考えたい事があって、家を開けています。。
 決して事件に巻き込まれているというわけじゃないから、心配しないで。
 今日はお疲れ様。おやすみなさい。』


彷徨は驚いた。
自分との事で考えたい事があるから家を開けている?

今日、おじさんとおばさんは仕事のため帰ってこないからデートはゆっくりできるといっていた事を彷徨は思い出した。
となると、未夢は誰にも言付けないで、出て行ったことになる。
どこにいったんだろう。
そして、自分との事を何を考えているのだろう。


いやな予感がした。



別れ話?





彷徨はぞっとした。大切にしていた人が離れてしまうかもしれないという衝撃。

探さないと!
でもどこを?
あいつはどこにいるんだ?

彷徨は走り出した。

無我夢中で・・・











おば様。私はどうしたらいいと思いますか?

彷徨君が好きで好きでしょうがないんです。

だけど、隣にいるのが私で良いのか、

私がいる事で、彷徨君の大切な事ができないんじゃないかって…

不安でしょうがないんです。


彷徨君のお母さんとして、なにかおっしゃってください。


…なんて。無理よね……。


未夢は一人上を見上げてただただ、考えるのだった。










ったく。未夢の奴。どこに行ったんだ?
商店街、中学校と彷徨はあらゆる所を探すために走った。
しかし、どこにも未夢の姿は見当たらない。
いつのまにか、きっちりしまっていたネクタイは緩められ、コートの前のボタンを開けていた。

最後の頼みの綱として、いつも待ち合わせに使っている喫茶店だった
彷徨は到着するとすぐに扉を開けた。


「彷徨君!」

マスターが閉店の準備をしていたらしく、ガラス、食器類を磨いていた。

「ハァハァハァ・・・マスター未夢は…。」

彷徨は息を切らせてたずねる。

「未夢ちゃん?!帰ったんじゃないのかい?家はもう2時間ほど前に帰っていったよ。」

「そ…そうですか。」

「未夢ちゃんがいないのかい?」

「はい、なにか考え事があるっていって…。」

「そうか、しかしな〜私もその時伝言を頼まれたけど『西遠寺に帰ります』って」

「そうですか、西遠寺に…」


!!!!


「すみませんマスター!心当たりがあったので行きます。」

マスターは息を切らせている彷徨のためにグラスに水を入れて持っていくところだった。

「そうかい?」

「はい。すみませんでした。」

彷徨はそういうと、再び扉から飛び出していった。

一体ふたりに何があったのだろう。
自分の不安が現実にならないといいが、

マスターは、持っていたコップをカウンターに置いて扉を閉めた。
先ほど暖房を切ったためか、ドアを開けただけで、一瞬にして店の中が冷え切った店内にひとり
二人の行く末を願った……









別れ話でもいい
とにかく未夢が無事で
不安な時でも俺の側で、
辛い事も、未夢が側にいて起こればいい。

一人で悩ませるなんて
未夢ごめん

ごめん、ごめん。


澄み切った冬空、昼間寒かったせいなのか、空は透き通ったように星が輝きをましていた。
彷徨の西遠寺への岐路を照らすように…








彷徨は再び西遠寺に戻った。
未夢が西遠寺にいると思ったからだ。
玄関の鍵を開けて電気をつける。

「未夢!」

彷徨の声が家の中で響く。

居間、台所、自分の部屋、未夢が使っていた部屋。

どこを探しても未夢の姿は見えなかった。

西遠寺にいるんじゃないのか?

彷徨は自分の判断に疑問を投げかけた。
ここで俺と未夢はガキの頃始めてであった。
中学生になってまたここで再会して…




………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




彷徨は歩き出した。




本堂へ。










明かりのついていない本堂へ彷徨はつく。
障子をあけ、その部屋の中に、人影があるのを見つける。



「………………未夢。」


彷徨はつぶやいた。
ここで、未夢と自分、ルウとワンニャーに出会ったんだ。


闇の中にいた人物が自分の名前を呼ばれてビクッとする。

「彷徨…。」

暗闇になれた彷徨の目がコートを羽織った未夢の姿を捉える。

「あ……あのね…ごめんね。かってに本堂に入って…。」

未夢は彷徨に謝る。

「……………………。」

そんな事はどうでも良かった。
彷徨は未夢の方へあゆみより、しゃがみこんでいた未夢の手首を握って立ち上がらせる。
今まで走っていた彷徨の手は厚いのにもかかわらず、この冬の暖房も聞いていない本道にどのくらいいたのか分からないが
いた未夢の体は冷え切っていた。

「ちょっとこい!」

彷徨は未夢の手首をつかんだまま。
ぐいっとひっぱり、歩かせる。
渡り廊下をあるき、居間の横を通り過ぎ、彷徨の部屋まで着いた。



彷徨おこってる?




未夢は力任せに引っ張られるのに対応しながらそう思い、引きずらるようにしてついていく。
何も口出し的ないような勢いで、
握られた手は熱く、強く…


彷徨は自分の部屋につき、未夢の手を離す。
部屋の暖房を入れてタンスへと進む。

「いま着替えるから。」

「うん…」

未夢は彷徨から背を向けて畳に座り込む。
彷徨は背広を脱ぎ、ネクタイを解いて、シャツを脱ぐ。
変わりにトレーナーとスレットのズボンをはいた。

「もういいぞ。」

彷徨の着替えが終わったサインをもらい
未夢は体をむきなおした。
彷徨は未夢の元へ近寄って30センチの感覚をあけて座る。

ずっと会いたかった本人を目の前にして未夢は下を向いてしまい。
スカートの裾をギュッっと握り締める。

その様子を彷徨はみて、口を開く

「今日いけなかったこと怒ってるのか?」

未夢は返事の変わりに首を横にふる。

「仕事が急に入ったから、……悪いと思ってるよ連絡もできないで…。」

未夢は首を横にふる。

「いい加減愛想尽きちゃった?」

未夢は強く首を振る。

「別れたくなった?」

さらに強く首を振る未夢。

「俺との事で考えたい事って別れ話じゃないの?」

未夢は初めて首を立てにふる。

「じゃぁ、なにを悩んでるんだ?」

なかなか返事をしない未夢の冷たくなった両手を握る。

「言わないと分からないぞ?」











やっとか細い声で未夢は口にしだした。

「彷徨の側に私はいてもいいのかな?」

「は?」

「彷徨の足枷になってるんじゃないのかな?」

「……。」

「隣にいるのは………わ…私じゃなくて…もっとふさわしい人が。」

「……。」

「私は、彷徨の大切な事の邪魔になりたくない。」

「……仕事の事?」

「うん。」

「……。」

「好きな事に一生懸命な彷徨がすきなの…。」

「………。」

「私のことを気にかけて『ごめん』っていうなんて……。」

「………………。」



「……………………………………。」











「………………………………………………………………………………。」
















「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」



















「未夢…。」

「…?」

「結婚するか。」














「………………………………………………………………………………えっ!!?」


突然、今までの話の流れからは考えられない彷徨の発言に驚く未夢。










「//////彷徨、何言って!!!」








「結婚しよう未夢。」

彷徨は握っていた手の強さを強める。


「今の未夢の不安は、一緒にいないから出てくる不安なんだよ。
 結婚すれば、俺がお前の害虫よけになるし。
 今日みたいにあんな寒い所で待たせる心配もない。」

「…………………………………………………………………………………。」

未夢は彷徨とは反比例しての手を握る力がよわくなる。

「あんな寒い所に待たせる心配もなければ、未夢の体をこんなに冷やす事もないんだ。
 未夢は家で部屋を暖かくして、俺を待ってればいい。」

「………………………………………………………………………………。」

「そうすれば、待ち合わせの時間もなくて、俺の帰るところは未夢のところだ。」

「………………………………………………………………。」

「家で未夢が待ってて、俺が帰ってきたら、俺の隣は未夢だよ。」






「………………………………の?」


「ん?」


「……………………いの?」

「なに?聴こえない。」

彷徨は未夢の口元に耳を寄せる。

「………彷徨の隣にいていいの?」

小さい声だけど彷徨は聞き取る。



「俺のそばにいてほしい。」

彷徨は下を向いたままの未夢の耳にささやく。



次第に握ったままの手から未夢のしゃっくりとも言えるような痙攣が伝わる。
肩を小刻みに揺らして。
見えない未夢の顔から未夢の膝と、重ね合わせた手に涙が落ちてくる。



「未夢?」

「……………………っっく!」

「未夢?顔上げて?」

「………………………………だもん。」

「未夢?」

「…………………………いま、顔グシャグシャでブスだもん…………。」

「知ってるよ。」

彷徨は握っていた手を離し、未夢の頬に手を伝わせる。
未夢の涙を手に感じるが、そのまま顔を見せるように誘導する。


「ばかぁ〜!!」

涙でグシャグシャの未夢の顔をみて彷徨は微笑む。

「ほんとだ。ぶさいくだなぁ……。」

そういいながら彷徨は未夢の小さな唇に自分の唇を重ねる。
未夢が目を閉じたときにたまっていたなみががパラパラと落ちた。
未夢の唇と彷徨の唇が重なり合う前に通過した。

「………………………………しょっぱい。」

彷徨はニヤリと笑う。


「彷徨のばかぁ〜///」












「……………………………………………………………未夢?」

彷徨は再び下を向いてしまった未夢にたずねる。

「未夢。俺、未夢の返事を聞いてないんだけど?」



















「………………………………………………………………………………。」


















「……………………………彷徨のお嫁さんになるよぉ………………。」













未夢はその一言の返事をすると同時に目の前にいる彷徨の胸に抱きつく。
彷徨はそれを受けとめ未夢の頭と背中に腕を回して抱きしめる。






「………………………………。大切にするよ。」















冬の星座に見守られ、今宵、一組のカップルが結ばれた。



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