珪孔雀石 〜the languege of stones〜

1, 決意

作:あゆみ


珪孔雀石 (クリソコラ) Chrysocolla  信じる心



『 未夢へ 』

なんて言ったらいいか分からない。結局、未夢のことを傷つけてしまったことごめん。
これは、俺が、あんたにどうしても着てほしくて、俺がデザインをして作ってもらった。

気に入ってくれたら嬉しいけど、こんなの要らないって思ったら捨てて欲しい。
どうしても、これを見せたくて、この前、未夢を連れて行こうとしたんだ。

それと、このスケッチブックは、未夢のことをずっと想って描きつづけたものだから……
それも未夢が見たい、って言ってくれたのに、一度も見せれなかったから一緒にいれて置くよ。
思い出にもらって欲しい。それも要らなければ捨てて……。

俺は、仕事の都合でフランスに行くことになった。多分3年くらい戻らないと思う。
だから、俺のことは早く忘れて。幸せになって欲しい――

こんなこと言うのは身勝手かと思うけれど、未夢……、俺はあんたのこと、ずっと愛してた。

ずっと、あの日、6年前のあの日からずっと……だから、やってはいけないって悩みながらも
一緒にいられた時間が幸せだったよ。誰よりも……何よりも、愛してた。

幸せになれるように祈ってる。

いつか、きっと俺のことは忘れて、未夢はまた瑞樹さんを愛するよ。
だから泣かないで。俺はずっと……未夢の幸せを願ってる。

元気で。                     『 彷徨 』


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「彷徨……どうして……なんで……フランス」

いやだ。このまま離れるなんて嫌だ――

愛してるよ、愛してる……あたしだって彷徨のこと愛してる。
もう何もかもなくなってもいい。それでも一緒にいたい……。

「――決めた。あたし、どんなことしても彷徨に会う!」


そう思ったら、体中からエネルギーが沸いた。らしくないんだよっつくし!
会いたければ自分から会いにいけばいい。前だってそうしたんだから。

「よし!」

あたしはどうにか厳しい見張りの中を潜り抜け、外に出ることに成功した。
スケッチブックと、彷徨があたしの為に作ってくれたこの服を持って。


「すみません、急いでください!」

タクシーを呼んで、飛び乗る。
どこに行けば会えるだろう。会社?マンション?どこにいるの?
会いたい……会いたい……会いたい……早く会いたい。


「あ、そこでいいです!降ります」

あたしは急いで、彷徨のマンションに向かった。合鍵を持ってる。
いなければ会社のアドレス――


「彷徨……ッ!開けて!」

あたしは思いっきりドアを叩いた。それでも何も反応がない。
あたしは持っていた合鍵で部屋の中を開けた。

「う……そ」

あたしはドアを開けて愕然とした……。
もうすでに、あの部屋はなくなって、何も残っていない。


どうして……?会社、違う……空港だ。

あたしは急いでまたタクシーを呼んだ。もしかしたらもう行ってしまったかもしれない。
だけどまだいるかもしれない。そう信じて――



「運転手さん、急いで空港!もっと飛ばして」
「そんなこと言われても困りますよ」

「いいから!早く!間に合わないよ。そしたらおじさんのこと一生恨んでやるからね」
「そう言われても……」

「これだけあれば足りる!?お釣りは要らない!だから急いで!」
そう怒鳴って、あたしはカバンの中にあった大量の札束をたたきつけた。

一度も使うことのなかった、自分で稼いだ分と言って渡されたお金。
こんな風に使うとは思いもしなかった。

お金で買えないものは何だって、聞いたことあったの、憶えてる?
あたしは、高校生の頃からずっと、あなたを、あなたのことを、あなたと過ごす時間を
お金では決して買えない大切なものだと、思っていた。

繋いだ手を離せずにいたのに、どうして今のこの時、離さなければならないのか。
あなたと一緒に生きて生きたいと、心から思う今なのに。

「お願い……、急いで!」

「分かりましたよ、出来るだけ急ぎますから……」
そう言うと、運転手は急激にスピードをあげた。

思わずグンと、身体が揺れる……そんなのどうでもいい。
早く着きたい……会いたい……会いたい……彷徨。



******



これで、もう何もかも終わり。

いつかまた会えたら、その時は、心から祝福できるように。
今度こそ、おめでとうって言えるように……。

俺はそう思いながら搭乗切符を手にした。明日から新しい毎日がはじまる。
俺がずっとやりたかったこと。俺は、しばらく考えていた想いを打ち消して、気合を入れた。

「彷徨――!」

その時、後ろから声が飛んできて俺が振り返ると、そこには未夢の姿があった。
息を切らして……俺が送ったあの服とスケッチブックを持って。



******




あたしは空港に着いて急いでタクシーを降りた。
「こんなのもらえない」という運転手を無視して。

お願い……まだいて欲しい……行かないで――
空港について、どこを探しても、彷徨の姿がなかった。

「やっぱりもう行っちゃったの……?」
ずるいよ、何も言わせないで自分だけ。

ぐるぐる空港の中を回って目の前に、彷徨の姿をようやく見つけた。

「良かった。まだ……行ってなかったんだ」
あたしは急いで走った。彷徨の方へ…足がもつれそうになる。

どうなってもいい、お願いだから……行かないで!


「彷徨――!」

あたしは大声で叫んだ。どれだけ叫べばあなたに届くだろう。
あたしが幸せになれるのはあなたと一緒にいることなのに。

「未夢……どうして」
ようやく、彷徨の傍へ駆け寄ると、不思議な顔であたしを見つめた。


「ひどいよ!どうしてこういうことするの!」

「未夢……それは」

「行かないで!あたし彷徨のこと愛してる。だから、何もかも捨ててもいい。
一緒にいたい。嫌だ……嫌だよ……行かないで。お願いだから行かないで」

そう言いながら、あたしの目から大量の涙がこぼれた。もう言葉にするのも苦しい。
離れないで……傍にいて……お願い。


「未夢にとって大事なのは家族だよ。俺は未夢に幸せでいてほしい。
だから……俺のことは忘れて」
俯き、彷徨が静かに声にする。

「いやだ。あたしは彷徨が好きなの」
どうしてそう言うこというの……あたしには彷徨しかいないのに。

「未夢……、聞いて」
「いやだ、何も聞きたくない!さよならなんて言わせない」

「未夢、お願いだから、俺の言うこと聞いて……」
「ひどいよ……こんなに好きにさせて……なんで独りにするの」

いつまでもそうしてると、彷徨は深いため息をついて困ったような顔をした。
あたしが勝手に好きになった。分かってる、無理を言ってるのも――

だけどもう嫌……もう我慢できない……。







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