作:あゆみ
天河石 (アマゾナイト) Amazonite 聖なる愛
私は……、してはいけないことをしようとしてる。
だけど、寂しくてしょうがなかった。
瑞樹さんは私を触れてはくれない。
もしかしたら他に好きな人でも出来たのかな……、そう思うと苦しくて。
嫌われていないことくらい分かってる。
でも私を愛してくれてるのかな?
今はそれさえも分からない。
きっと、あの頃―― 中学生だった私だったらと思うことがある・・・。
だけど、今は違う。
付き合い始めてから最初の1〜2年は楽しかった。
全てが新鮮で、傍で瑞樹さんが笑っていてくれるから、
本当に心の底から幸せだと思った。
憧れていた人が私の隣にいて
好きになった人が私と手を繋ぎ愛の言葉を紡ぐ。
幸せで・・・時に胸が締め付けられるほどの甘い痺れ。
ずっとこのひと時が続くと思っていた――。
パパがいて
ママがいて
瑞樹さんがいて
大好きな家族、大好きな人のそばにいることの喜び。
これが永遠に続くのだと・・・思っていたあのころが懐かしい・・・
◇◇◇
だけどあるときその幸せは一転した。
そう、あの時・・・
瑞樹さんのお父さんが倒れて、亡くなった。
もちろん私のやるべきことはある。微力ながらも瑞樹さんを支え
つらいときには肩を貸す・・・そう思って頑張ってきた。
人が辛いとき、それを支えてくれる人がいないということほど辛いものは無い。
19歳で突如、家庭の大黒柱を失った花村家は
みかんさんを始めてとして皆、意気消沈した。
突如、家庭を支える柱になるという立場になった長男の瑞樹さん。
きっと、まだ、パパもママも健在する甘ったれの私には
計り知れない重圧が掛かっていたに違いない。
その重圧が瑞樹さんの本来の優しさを奪っていったのは
一番そばにいる私にはよく分かった。
―― やさしさが失われたのではない。徐々に隠れつつあったのだ。
それからの私たちは、毎週土日のデートが隔週になり・・・
1ヶ月に1回になり・・・
ついには2ヶ月に1回合えればいいというくらいの頻度になってしまった。
デートしても、浮かない顔をしている瑞樹さん。
何が彼をここまで苦しめるのか、まだ高校生の私には分からなかった。
瑞樹さんの悲しみがそばにいる私の心にも侵食してくる・・・・・・。
ただそばで笑っていれば言いという問題でもないような気がしていた私は
ついつい、笑うことに遠慮を覚え始めたのもこのころだった。
◇◇◇
――彷徨、どうしてるんだろう。
悲しくなる時、私がいつも思い出すのは、彷徨の優しい笑顔。
中学2年生のたった1年だけの家族だった、彷徨、ルウ君、ワンニャーを思い出した。
遠い星、オット星に帰ってしまったルウ君とワンニャーはどうしているだろう。
広い西遠寺で一人でおじ様の帰りを待っている彷徨は今何をしているだろう。
親のせいで家族になった私達は
また、親のせいで家族を「解散」した。
西遠寺を出てからもずっと私は会いたかった。
いつも傍で支えてくれていた大切な人。
彷徨と話をしているだけで私はいつも元気をもらえた。癒された。
彷徨の皮肉めいた冗談も今思えば彼の優しさだ。
遠く離れて、時がたって・・・・・・
私はあのときの彷徨をそう解釈するようにもなった。
それは私が少しでも大人になったからだろうか。
いたずらたっぷりの笑顔の裏に込められている優しさ。
あのときの私には分からなかった。
分かろうとしなかった。
小さく打っていた胸の鼓動も
気のせい・・・
そう自分に言い聞かせていたのも分かっていた。
傍にいるこの人に特別な感情は持ってはだめ。
なぜあの時あんなふうに思い込んでいたのだろう。
幼かった自分が恨めかしい・・・。
もしも戻れるのなら、あの頃に戻りたい……。
そんなことを思うようにもなってしまった。
私には瑞樹さんがいるのに・・・
瑞樹さんの彼女なのに・・・
何故こんなにも彷徨のことが気になるの?
瑞樹さんらしくない様子が私を不安にさせるの?
私は思いっきり首を横に振った。
ほかの人のことを考えている場合ではない。
私がしっかりしなくちゃ。
これまで散々甘えてきた瑞樹さんを今度は私が支える番。
逢いたい・・・
そう思う気持ちをグッと抑えて。
窓の外から振ってくる月の光を浴びた。
◇◇◇
高校に入学して・・・
1年経ったときだった。私が新しい生活も慣れ始めた頃。
親友、ななみちゃんと綾ちゃん主催の四中同窓会が行われることになった。
その知らせを受けたとき。
私は心が弾む思いがした。
彷徨は・・・いまどうしているんだろう。
「いつでも帰ってこいよ。」
あの言葉に支えられていたのは十分わかっている。
慣れない生活も、戻る場所があると思えばこそ、頑張れた。
でも、いくら「帰ってきてもいいよ」といわれても。
ルウ君もいない。
ワンニャーもいない。
彷徨しかいない西遠寺にいくのは
緊張と、不安と・・照れくさくって
足を踏みいれることも赴くこともためらわれていた。
だけど同窓会なら。
淡い期待が私の胸を駆け巡った。
久しぶりに彷徨に会える。
同窓会当日。
私はうきうきしながら会場に行ったのを覚えている。
―― でも・・・彷徨は、四中の同窓会に、来てはくれなかった。
ずっと会えなくて、でも同窓会になれば会えるだろうと思った。
顔が見たかった。だけど、高校生活が忙しいらしく来てはくれなかった。
「どうしても生徒会の仕事が忙しくて無理だって。しょうがないな。
あいつも中学のときから苦労人だったしね」
そう言って、彷徨と同じ高校に入学した黒須くんため息をついていた。
それを聞いて、私はまたがっかりしてしまった。
会いたかったのにな。
元気にしてるのかな……空気のように柔らかいあの微笑みを見れたなら
少しずつ亀裂が見え始めている瑞樹さんとの関係にも
背中を押してもらえるような気がした。
――そんなの彷徨にとってみたら迷惑な話だよね。
そのときはそう思いながらも、いつかは会える、と思っていた。
だって、瑞樹さんと彷徨は幼馴染だし、
いつか会う機会があれば……そう思っていたのに、
会いたいのに……だけど、携帯の番号も分からない。
ましてや彷徨が持っているかも分からないし、
私がかけても迷惑だろうし、
でもあの別れの日から彷徨の声を聞いていない。
それに私から電話かけるのってどうなんだろう……。
でも彼氏の弟分、と思えば普通のことだよね……?
そう悩みながら何度もこっそりと携帯を手にした。
西遠寺の電話をディスプレイに出す。
それでもなぜかかけてはいけないような気がして、私はまた携帯をその場に置いた。
2に続く。