Pediatrician

イダク

作:あゆみ



普段は子供たちの声がこだまする廊下も夜11時を回ると静かなものだ
消灯も過ぎるとあとは一定時間の巡回で異変が無いか確認することが夜勤の主な仕事だ。
この病棟に静寂が訪れるのはこの時間だけ
日々、病に苦しんでいる子供達がその苦しみから解放されるのは就寝時間だけなのかもしれない。

そう

ここは病魔という病と闘う人たちでひしめき合う場所
風立病院



静寂の中本日、夜勤シフトだった水野主任と光月ペアのいるナースステーションに
一通の内線がかかってきた。

 「はい、小児科病棟」

今日、夜勤当直だった水野主任がその電話をとった。

 「はい、・・・はい。分かりましたすぐ伺います。」

ガチャン。

 「どうかしました?主任?」

未夢はカルテの整理の手を止めて水野主任に聞いた。

 「えぇ、どうやら婦人科の助産婦が足りないらしいの。
  私、以前産婦人科に努めていたことがあってヘルプに来てほしいということらしいの。
  どうやら、今日陣痛の方が予定より多いらしいわ。
  助産婦の数が全然足らないみたいで・・・」

水野主任は早口に現状説明をした。

 「そうですか、それは早く行ってあげてください。」

未夢は、ニッコリと微笑んでいった。

 「そう?そうするとこのナースステーションは光月さんと研修医の・・・」

水野はちらりとカルテ室に言っている研修医を思った。

 「栗田先生ですね。何かあったらすぐに応援を呼びます。
  それに、宿直で花小町先生もいることだし。」

未夢はいった。

 「そうね。何かあったらすぐ連絡するのよ」

そういって、水野は隣の棟の産婦人科へと走っていった。
パタパタ・・・

ナースサンダルの音がこだましていた。


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 「さてと・・・」

未夢は、まとめ終えたカルテをトントンとそろえて机に置くと
トントンと右手の拳で左肩をたたいた。



 203号室のかほちゃん。最近はだいぶ落ち着いてきたわ
 この調子なら、明日、西遠寺先生に一時自宅療養をお願いしてみることもできるかもしれない。

未夢はフフと笑った。

 きっとかほちゃんも喜ぶよね。
 パパとママと一緒にご飯を食べてお布団で眠りたいって言ってたもの。
 でも先生と離れるのは寂しいかな?
 かほちゃんきっと西遠寺先生のこと・・・

未夢はフッとそこにいない西遠寺彷徨を思い浮かべて空を見つめた。

 いくら5歳っていっても女の子よね。
 あの子、西遠寺先生が好きなんだわ。

 5歳の女の子の心を夢中にさせるなんて西遠寺先生も罪な人ね。



未夢は腕を力いっぱいのばし脱力した。




 あとは・・・506号室の健君。
 おうちに戻ってから、しばらくは注意が必要なことと
 少し通院して経過を見ていけば、退院ももうすぐかな。

未夢は健のカルテを眺めながら思った。


 そういえば健くん、あるときまでは学校に行けない寂しさで押しつぶされそうだったみたいだけど
 「サボテンマン」の一軒からずいぶん喘息と戦う意思が強くなったみたい。
 あんなに嫌がっていた注射も、苦い薬も「将来サボテンマンになる」という夢に向けて
 頑張ってる。

未夢はあのときのことを思い出した。


 窓の外を眺めている健けんくんの小さな背中。
 病気と寂しさを背負ったこの小さな背中が見ていて痛々しく
 一緒に窓の外を眺めることにしたのだった。
 すると、一緒に雲の流れを見ていくうちに私の発した『サボテンマンみたいな雲』という言葉から
 ぱっと覗かせた笑顔を見れたことはとても嬉しかったな。


 でもあの後の西遠寺先生は凄かったな。
 私は、健くんの好きなものを共感することはできたけど
 それを先生は・・・・




 病と闘う意思へとつなげた。





 小さい子供の心は単純そうだが純粋である分大人以上に難しいところがある。
 がんばろうな。
 というこちらスタッフ側の心を大人は上っ面でも「はい」と答えるが
 子供はそうはいかない。。
 できないものは「答えないのだ」

 だからあのときの健くんの意思の変化は本物だと思っている。
 一瞬にして負の意思から正の意思へと導いた西遠寺先生を見て


 初めて

 凄いと思った。
 年が同じでこんなにも違うものかと思った。



 ただ、人のことをバカにしている人じゃないんだなと思った。




未夢はいつの間にか眉間に力を込めていたことに気づいて
指の腹で眉間の皺をグリグリと伸ばした。



 しかしその後の健の変わりようは驚いたものだ。
 あの時、西遠寺先生が「ちくわぶ」で人のことをからかって私を困らせるものだから
 それを健も真似するようになったのだ。



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ある、回診の日だった。


 「未夢おねぃ看護婦さん!」

健はあれ依頼、未夢おねぃちゃんと看護婦さんが混じってそう呼ぶようになった。

 「あら健君どうしたの?」

未夢と彷徨は健の部屋へと行き、彷徨は健の胸の音を聞くため聴診器の準備をしていた。

 「昨日みた?」

健は興奮しながら言った。

 「見たよ〜!サボテンマン今度は危ないかと思ったけど大丈夫だったね〜」

未夢はカルテを抱きながら健に微笑んだ。

 「今度は何からまもったんだ?」

 「「先生また見てないの??」」

未夢と健は同時に発した。
彷徨は聴診をつまんだまま目を大きく見開いていった。

 「あぁ、ごめんごめん。昨日はその時間オペだったんだよ。」

彷徨は口角を少し持ち上げながらいった。

 「さぁ健くん大きく息をすって・・・」

 「スゥ・・・」

 「はい、止めて。・・・・・・・はい吐いて・・・・よしOK」

彷徨は聴診器を耳から外して首にかけた。

 「で?何から守ったんだ?今度は?」

 「今回はきんちゃくでした!」

未夢は健の変わりに答えた。

 「きんちゃく??」

 「えぇ、お餅とか、野菜が入っておでんに入っている。」

 「あぁ!あれな!」

 「今回はあと一歩、カンピョウで袋を閉じられていたらお終いでした。」

 「そうか。」

 「闇豆腐もドジよね〜巾着なんだから閉じなきゃ!!」

 「ねぇ〜」

未夢と健はキャッキャっと笑いながら昨日の放送について語った。

 「おねぃちゃんみたいなドジだよね。」

健はニコニコ笑いながら、未夢にいった。

 「えっ?!」

 「だってさぁ・・このまえさぁ・・・」

 「け!健くんあのことは言っちゃだめ!!!」

未夢は慌てて健に口止めしようとしたが遅かった。

 「おねぃちゃん、服のホックが外れてて、パパ目のやり場に困ったって言ってたよ!」

 「けんく〜ん・・・」

と未夢はちらりと彷徨のほうを見ると案の定あの不敵な笑み。
ニヤリと笑っていた。

 「ちくわぶにされなかった後遺症か?未夢?」

 「せんせー。」

 「おねぃちゃん本とドジだよね。」

 「けんくーん。。」

未夢は情けない声で言った。
健と彷徨はニヤニヤと笑いながら顔を真っ赤にしている未夢しばらく
からかったのである。


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 あのときのことを思い出した未夢は思った。

 日に日に健くん、西遠寺先生に似てきていない??





 はぁ・・・とため息をついたのであった。







すると、これまでの静寂を破り、ナースコールがけたたましくなった・・・・








続く


かほしゃんとの突発コラボ企画『D/N/A』掲載作品です


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