淡色

作:あゆみ



見渡す限り白い視界
しかし実際は白ではなく淡いピンク色だった。

 きれいだな・・・

彷徨は思った。

 ずいぶん暖かくなったものだ。

つい先月までは手放せなかったコートを家においてきているのを思い出した。
そういえば先日未夢が「クリーニングに出すね」といっていたっけ。

しばらく袖を通していなかった春物のスーツを着て
若干の肌寒さを感じる。

 「おーい!西遠寺!」

と、遠くから同僚晴華の声が聞こえた。
彷徨は歩く足を止め振り向いた。
晴華がバタバタと駆け寄ってくる。

 「おまえ・・・ハァハァ・・・歩くの早いよ。」

 (まってくださいよ!彷徨さん!)

そういう晴華を見てある人物(動物?)のことを思い出した。
そうだ、晴華はどことなくあいつに似ているんだ。

ワンニャーに

そう、晴華の声をどこか遠くで聞きながら彷徨はふっ・・・と笑った。

 「・・・だからさ。西遠寺。頼むよ!・・・ってお前聞いてる?」

 「・・え?」

 「え?じゃないよ。だから言ってるだろ〜」

 「なんだっけ?」

 「まったく、お前って奴は仕事以外は眼中にないというか・・・
  まぁ、眼中にないのは奥さん以外だろうけど・・・」

 「バ!! 馬鹿言ってんじゃねぇよ!!」

 「はいはい・・てれんなって。」

 「それは、そうとなんだよ・・・頼みって」

 「あっ! そうそう思い出した。 お前の奥さんテレビでたことあるんだってな?」

テレビ?彷徨は記憶を呼び起こした。
そういえば、中学生のときに一度『子供ニュース』のレギュラー司会の依頼があったっけ。
そのときは周りの反対を押し切って、辞退したんだった。

一度だけの放送だったが反響があったという

本人はそんなことまったく気にしていない様子だったけど・・・

だけど今になってなぜその話が・・・。


 「そういえば。中学のときに少しあったかな・・・」


彷徨は語尾を濁した。
晴華の表情が妙に嬉しそうに笑っているからだ。
こういうときのこいつは、いいことを考えたためしがない。
今回だってきっとそうだ。


 「実は今度うちの化粧品部門、俺の所属ね!
  そこで若奥様をターゲットにした口紅を発売するのをお前も知っているだろ?」

そういえば最近、化粧品部門の営業人が世話しなく動き回っているのを思い出した。
そのうちの一人が今目の前にいる晴華だ。

 「あぁ。知ってるよ。いま社内の話題はそれで持ちきりだよな。」

 「だろ!うちの営業人も今宣伝活動に力を注いでいてさ!そこでCMを作ることに
  なったんだ。」

 「へぇ。」

 「そこでさ、モデルも普通の女優じゃなくて、本物の若奥様を一般公募しているんだ。」

 「そういえばそうらしいな。課長が言っていた。
  毎日毎日、選考していて、まるで芸能プロダクションで働いているみたいだ
  って笑っていたよ。」

 「そうなんだよ。それで一般公募で、CMに出てくれる人が決まってあとは明日の
  撮影を待つのみっていう段階になったんだけど、問題が発生しちゃってさ・・」

 「問題?なんだ?」

 「モデルさん・・・怪我をしたんだ。しかも顔・・・
  さすがに、化粧品モデルで顔に怪我って言うのはまずいだろ?
  急遽代役を探しているんだけど、なかなか見つからない。」

 「それは大変だな。」

撮影は明日だと聞いていた。
これまでの社内の雰囲気を見ていたら、明日のCM撮影が順調に終わらないと
今後のプレゼンテーションに支障がくる。

 「そうなんだよ。そこでさ。俺は思い出した。
  西遠寺の奥さんだ!
  美人で、若奥様で、今回のイメージにぴったりなんだ!」

 「は?」

 「今回の口紅のイメージだよ!西遠寺の奥さん俺の製品イメージにぴったりなんだ
  もしかしたら、決まっていたモデルさんよりも!」

 「ちょ・・・ちょっとまて!話が見えない!」

なんだか、雲行きが怪しくなってきた。
やっぱりこいつが目を輝かせているときはいいことがない。

 「だからさ! お前の奥さん!  CMモデルになってくれよ!!」

 「はぁぁ?????」




********





 「うわぁ・・・こんな服きたことないから心配だな。おかしくない?彷徨。」

やっぱり、未夢のモデルを了承したのは間違いだったかもしれないと
彷徨は後悔していた。

白のストレートドレス
フリルも何も付いていないシンプルなドレスだった。
色の白い鎖骨、腕が見事なまでに露出されていて

少女から大人への変化

今回のCMのコンセプトに今の未夢の姿はぴったりだった。



はっきり言って似合っていた。


 「あ、あぁ。おかしくないよ。」



こんな姿がCMで流れるかと思うと
どんな反響が返ってくるのか不安になってきた。


やっぱりやめさせればよかった。


彷徨は笑顔で言った。



 「きれいだ。」


心の憶測で一抹の不安を覚えながら・・・ 




*********





結局昨日は化粧品部門の部長までが晴華とともに西遠寺に訪れ
頭を下げに来る始末だった。

 「たのむ!西遠寺君!いまの我が部門の成績をしっているだろ?
  失敗はできないんだよ。 かけているんだ!」

普段は厳格な部長がただの平社員に頭を下げている姿は
さすがの晴華も度肝を抜かれたようで
一緒になって頭を下げてきた。

 「や! やめてください部長!」

 「そうです。部長さん。頭を上げてください。」

ことのいきさつを隣で聞いていた未夢は慌てて部長に申し入れた。

 「それほどお困りでしたら、私で勤まるか不安ですが
  全力でお手伝いさせていただきます!」

未夢は目の前の哀れな部長の姿を見てそういった。
未夢のお人よしは結婚しても直っていないようだ。

だけど、今回ばかりは、俺が反対してぶち壊せるような話じゃなかった。


仕方がないな・・・


はぁ・・・
と彷徨は隣で小さくため息をついたのだった。






********





そして、今
未夢は男性モデルとCMの打ち合わせを行っていた。

俺も本当は仕事があったのだが
無理を言ってたち合わせてもらった。

仕事の成功に対する不安と
未夢への心配・・・


俺の仕事は運よく、明日に仕上げればよいものばかりだった。
明日はきっと忙しいけど未夢への心配には変えられない。



CM撮影が始まった。


今回の口紅をメイクされた未夢は
普段、化粧っけが無い性か、普段のあどけなさよりも
色っぽさが前面に出ていた。


毎日見ている未夢が

今スポットライトを浴びてまるで別の女性のように感じた。

ドキドキする。



未夢に対してまた、恋に落ちたような感覚だった。
何度も何度も、きっと二人で生涯をともにしている間、
何度も恋に落ちることだろう。


 だから、心配になるんだ。
 ずっと俺の中に閉じ込めておきたいと思うんだ。


危なっかしい、未夢。
心配性な、未夢。
おせっかいな、未夢。

 みんなが未夢を好きになる。

 でも俺はわがままだ。

 みんなの未夢じゃない。
 俺の未夢だと。


 世界中のやつらに叫びたい気持ちになる。



 「OK西遠寺さん。じゃぁ、次はそうだな・・・
  大人の色気・・・ということでキスマークつけてみようか」

 「えっ!」

未夢はカメラマンにそういわれて驚いていた。

 「き・・き・・・・キスマーク・・。」

あまりの同様ぶりにカメラマンは爆笑していった。

 「あっははは!大丈夫ですよ!『本当に』つけるわけじゃありません。
  メイクしてもらってきてください。」
 
 「あぁ!メイク!」

未夢は安堵の色を浮かべて微笑んだ。


その話を聞いて彷徨はあることをおもいついた。



*****



コンコン・・・


 「失礼します。」

恐る恐るといった感じで未夢はメイクルームのドアを開けた。

 「お疲れ様」

とそこにいたのは彷徨だった。

 「あっ!かなたぁ〜大丈夫かなぁ・・・凄い緊張するよぉ・・・」

未夢は安堵の色を浮かべて彷徨にすがりよってきた。
まるで子供のようだと彷徨は思った。
先ほどまでの印象とはまったく違った、
『いつもの』未夢がそこにいた。

 「大丈夫。頑張ってるよ。ありがとな。」

彷徨は未夢の頬に手を添えた。
未夢はその手に擦り寄るように甘える。
まるでその姿は猫のようだった。


 「今度は、首筋にキスマークのメイクをしてとるみたいなの。」

 「へぇ・・・」

 「うまくできるか心配。今度は『恋した目で』とか言うのよ。カメラマン」

 「ぷ・・」

 「なによぉ・・・笑うこと無いじゃない。」

 「『恋した目』か・・・別に、俺のこと考えればいいんじゃないの?」

 「ば!!ばか・・・私が彷徨に恋・・・して・・・」

未夢は化粧越しでも分かるように顔を赤くしてうつむいた。
彷徨はそんな未夢をすっぽり包み込む。

 「撮影中もほかの事は考えなくて言い。」

 「ん。」

 「俺のことだけ考えてればいい。」

 「ばか。」


まったく、自分でも恥ずかしくなるような台詞をはいていると思う。
きっと俺の顔は今真っ赤だ。
未夢をこうして隠していないとこんなことはいえない。



 「じゃぁ、メイクするか。」

 「えっ?!彷徨メイクもできるの?」

 「メイク?簡単だよ。こんなの。」

 「え・・・」

 「いつもしてることじゃないか。」

 「あっ・・」


彷徨は腕から開放した未夢の肩に手をおき引き寄せた。
そして首筋に唇を這わせる。

 「ん・・・」

未夢が目をぎゅっと瞑る。

体の心からしびれる感じがする。

すべての神経が底に集中しているようだと未夢は思った。

腰が震える。



 「できた。」


彷徨は首筋から唇を離し、代わりに未夢の腰に腕を回した。

 「ばか・・・」

未夢は真っ赤になりながらその印を彷徨の姿越しに見える鏡で確認した。



 「馬鹿でけっこう。俺のだっていう印。」

 「ばか・・・」

さきほどから『ばか』としかいえなくなっている未夢に対して
不意におかしさがこみ上げて彷徨は笑った。

 「じゃ、俺戻ってるから。」

 「うん。」

彷徨は未夢の頬に軽く唇を落として去っていった。
未夢はたった今掠めていった頬に手をあて、床に崩れ落ちる。



 「ばか・・・」
 





******






その後の撮影は、顔を真っ赤にして戻ってきた未夢が
撮影場所にたっている彷徨に驚いていた。


 「お前ばかりじゃかわいそうだからな。」

そういって彷徨は次のカットが男性が後姿しか移らないことを知り、
監督に頼んでいた。

自分に代役を勤めさせてくれないだろか・・・

監督は二言目で了承した。
まさに彼女も相手が旦那であれば希望のカットが取れるかもしれないからだ。
しかも、旦那はモデル顔負けの美男子だ。

むしろ後姿じゃなくて前面に二人で出していこうか

という提案を彷徨は丁重に断った。
未夢の不安を和らげるためだけに俺は傍にいればいいと。

カメラマンは思わず彷徨の溺愛ぶりに肝を抜かれた。
担当者の晴華氏が言っていたが、今回のモデルの旦那は相当溺愛していると。
美男子が必死になっているという姿も面白いな

カメラマンは豪快に笑った。

それが彷徨出演のOKサインだった。




その後の撮影がうまく言ったことは間違いなかった。







大好きな彷徨が傍にいる未夢が

彷徨のワイシャツ越しに顔を

彷徨の肩に手を、首筋にはキスマークを

そして彷徨のネクタイを軽く咥えた未夢の姿は妖艶で

その視線は熱く・・・








このCMの目玉カットとなり、
その後、しばらくワイドショー、新聞でも注目されることとなった。

彷徨の予感が的中してしまったのだ。

彷徨は問題のカットの写真が載っている新聞を見ていた。

この表情が全国に流れているとは・・・

俺しか知らなかったこの顔を・・・






しばらくまた駆除に追われるんだろうな、おれ・・・





彷徨はため息をついて
新聞をとじた。





終わり


んー意味不明かな。
まとまってなくてごめんなさい。
久しぶりの短編です。しかもリーマン。

でも、最後まで読んでくださったかた!ありがとうございました。
今回はリーマンシリーズより「淡色」でした。
害虫駆除全国番へ進出!ということでポチポチと書きました。
1時間で書いたのでまとまり無いものに。

今回の『淡色』は桜とキスマークをかけてます。
ただそれだけです。
これからも日々精進してゆきます。

叱咤・感想お待ちしております。


あゆみ


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