結び目

作:あゆみ


この作品は「リーマン彷徨」の提供でお送りします(笑)










トゥルルル…トゥルル…

「おい!西遠寺、だらしないぞ」

「えっ?」

先ほどまで根つめて仕上げた明日の会議で必要なプレゼン資料。
あまりにも、夢中で取り組んでいた彷徨は
無意識のうちに首周りを締め付けるタイを緩めていた。

同僚の晴華は緩んだ結び目に指を抜き差し
珍しいな
とでもいいたそうにニヤニヤしている。


「サンキュ。」

彷徨はそういえば…と今思い出したかのように
ビルとビルの隙間の空を映し出す窓を鏡代わりに
緩んだタイ絞めなおす。



***

「「「キャー!!!晴華さんナイス♪」」」

彷徨と晴華とのやり取りを遠巻きに見ていた
女子社員が3人。

「素敵よね〜こう、ネクタイを緩めている姿って…
 西遠寺さん昨日からずっと誰も寄せ付けない雰囲気で企画書に取り組んでたものね」

と女子社員A。

「ネクタイを緩めている姿も素敵だけど私はきっちりタイを絞めて
 パリッ、と商談している西遠寺さんが一番素敵だと思うわ!」

と女子社員B。

「あなたたち、まだまだね!私から言わせてもらえばそんなの誰もが当たり前のように思うことよ。」

と女子社員C。

「じゃあ、あなたは西遠寺さんのお姿のどんなところが一番だと思うのよ!」

と女子社員A。

「それは決まっているじゃない!といっても私のように高貴な趣味があなた達に理解できるかしら。」

と女子社員C。

「いいからいってみなさいよ。」

痺れを切らして言う女子社員B。

「そうね…まさに今よ!緩んだタイを絞める仕草、女がほとんど身に着けることない
 ネクタイを結ぶ仕草が好きなのよ!特に西遠寺さんは素敵だと思うわ〜。」

女子社員Cはうっとりしすぎて
おぼんの上のお茶を落としそうだ。

「「なるほどね〜確かに…」」

と女子社員AとBも今、会社にいることを忘れてテレビの中のアイドルを見ているかのような表情で
彷徨の一挙一動を見ている。

「私は男性の仕草の中ではネクタイを絞めるところが好きだわ!
 特に西遠寺さんが結んだ後のあのきれいな結び目!
 その人の個性が結び目に出ていると思うの。
 たまにしか拝見することはできないけれど、私は男の結び目こそが
 仕事の良し悪しにかかわってくると思うわ!」

女子社員CはA、Bの前でこぶしを握り力説する。
傍から見るとその姿は街頭演説をしている立候補者だ。

「そうね、確かに西遠寺さんの身なりはいつもきっちりしているわよね。」

女子社員AはCに言われるまでそんなこと気づかなかった
とでもいう風に首を縦に振っている。

「きっと、自宅でもきっちりしているのよ!
 奥さんがいらっしゃるじゃない?!きっと西遠寺さんみたいな方がだんな様だと
 家の中でもきっちりしているんじゃないかしら。」

女子社員Bは見たこともない彷徨の家の様子を想像する。

「普通なら、きっちりした人の奥さんになったら気が休まることがないだろうけど
 西遠寺さんがだんな様だったら私毎日頑張っちゃうわ!」

女子社員Cはすでに妄想モード。

「「「奥様がうらやましーー」」」





***








そんなことを言われているとは知らない晴華と彷徨は
部屋の窓辺でコーヒーを片手に休憩中。

「ずいぶんと、頑張っているじゃないか。明日の○△社との会議ってほぼうちの企画案で通ってるんだろ?」

晴華はたった今刷り上った企画書をポンポンとたたき
彷徨に手渡す。

「あぁ…まぁそうだけど、あまり油断してるとどっかがかっさらっちまうかもしれないしな。
 念には念を…だよ。」

彷徨はニヤリと笑い
晴華から刷り上ったばかりのまだ少し紙の暖かさを感じる企画書を受け取った。

「お前みたいに器量のいいやつが、そこまで心配するって昔なにかあったのか?
 お前なら彼女をほかの男にさらわれちまうって事もなかっただろうに…。」

むしろお前なら「かっさらう側」じゃないかよ?といいそうになったがその言葉を心にとどめた。
晴華はこの彷徨の『念の入れよう』が仕事を始めてから培われたものではないと思っていた。

「俺はそこまでやることなすこと自信をもったことなんてねぇよ。」

彷徨はズズッとまだ湯気の立ち込めるコーヒーをすすって
目を細めた。

どうやらこの企画書を作るのに無我夢中になりすぎたようで
今回は相当疲れている。
肩こりはもちろんのこと、パソコンを見続けていたために
目の置くが重い…


念には念をだよ


俺はそこまで『余裕』になったことなんてないんだ
どんな「障害」が待ち構えて
どんな「害虫」が現れて
いつか俺の前から消えちまうんじゃないかと不安だった。


だから俺はいつも冷静なんかじゃいられない
表向きはそう見えるみたいだけど
俺の中は常にそんな「思い」が渦巻いていたし、今だって渦巻いている

そう、今だって…
何が起こるかわからないんだ。




なんたって奥さんは
風船のように手の中にいたと思ったら
いつの間にかスルッと俺の手の中を通り抜けてしまいそうな人だからな

だから俺は
手の届かない存在になるのを恐れて
がむしゃらにここまでやってきた




だから倒れるわけにはいかないんだ
俺の胸の中にいてくれるなら

俺は未夢をさらさら手放す気にはならない

やっと俺という籠の中に閉じ込めたんだから
ずっと


ずっと






離してなんかやらない…















いつも最後になると
未夢のことになっちまうな。



と、仕事中だったことも忘れて
真剣になってしまった自分を心の中で笑った。


さぁ、あと一息


これが片付けば
会いたい人が
帰れば待っている。







彷徨は目の奥の重みを指で軽く押し
目の前で突然黙り込んでしまった彷徨をきょとんと見ていた晴華に微笑んだ。


「さぁ、あと少しだ。頑張るぞ。」

「あぁ…。」



つられて晴華も笑う。


今日もあと少し
頑張るぞ!












****





「それじゃ。行ってきます。」

靴べらでいつもの革靴を履き
彷徨は未夢からかばんを受け取る。


「いってらっしゃい!彷徨!」

ピンクのエプロンを身に包んだ未夢が玄関先で彷徨を見送る。

「あぁ、いってくる。家のこと頼んだぞ。」

彷徨は振り向いて
満面の笑顔でそこにたっている未夢を見つめる。
すぐ下のマットレスには
最近やっとハイハイし始めた未宇がきょとんと指をくわえて
今、仕事に行こうとしている父を見上げていた。

「まかしといて!彷徨もお仕事頑張ってね」

「あぁ、まかせとけ!」

「あっ!ちょっと待って!ネクタイが!」


未夢はちょうど目の前に当たるネクタイを見て
彷徨を自分のほうへと寄せる。


そこには彷徨がわざと緩めた結び目



「もぉ…彷徨はいつもきっちりしてると思えばこういうところが抜けてるんだから〜
 ネクタイいつもちゃんと結べていないじゃない〜こんな不器用彷徨さんがちゃんとお仕事できるか
 未夢ちゃんは心配ですよ。」

未夢はニコニコ笑いながら
彷徨の緩んだネクタイを絞める。

「腑抜けになるのはお前の前だけだよ未夢。」
ボソッとつぶやく彷徨。

「えっ?」

ふと、未夢の手元が暗くなり
手元が奥へと引っ張られる。

「えっ…?」

急に未夢の視界は何も見えなくなり
また一瞬で舌をベッと出した彷徨の顔でいっぱいになる。

「充電」

「///なによ!バカ!///」

「未夢からしてくれたら、もっと頑張れそうだなーおれ。」

「//////しょうがないなぁ///」

未夢はまだ指を掛けていたネクタイを持ち
少しだけ力を加えて彷徨を自分のほうへと引き寄せる。





<IMG src="../../gly/images/16-18-1.jpg" width="248" height="452" border="0">
軽く触れるか触れないかの彷徨の頬へのキス









よし!






「いってきます。」


「いってらっしゃい。」










あはは〜久しぶりすぎて雰囲気が違うかもしれませんね。
久しぶりの短編、そしてリーマン。
リーマン彷徨君ファンの皆様ごめんなさい。
これからもっと精進します

このたびメルマガに一筆書かせていただくことになり、
創作者が何も活動してないんじゃせっかく移行した同盟も活気付づかないじゃないか!
と久しぶりに「リク」なしで書いて見ました。

おぉ!キリリクじゃない「リーマン」は初めてじゃ!
というわけでこれからもリーマンをよろしくお願いします。

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何を隠そう私は男の人がネクタイを結んでいる様フェチ
スーツにネクタイ姿というのは私の中で男性の魅力的にさせる
スパイスだと思っています。普段どんなに影が薄い人でもネクタイ締めれば
かっこよく見える!と思うのは私だけでしょうか?
kanaしゃんのイラストから湧き出てきた作品でございます。
ありがとうございました

2005/10/31 あゆみ



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