作:山稜
「・・・というわけで、わが社はこのようなコンセプトで進めて行きたいと思います」
「なるほど・・・では・・・・についてはどうなっているか説明していただけますか?」
「はい、それに関しましてはこちらの資料の・・・・・」
「分かりました。それでは、この方向でお願いします」
「はい、ありがとうございます」
「は〜・・・ようやく終わったよ」
「お疲れ様です」
おれは歩きながら、ネクタイを緩めていた
すると、隣を歩く烏丸が声をかけてきた
「烏丸、今日は助かったよ」
「いえ、おれも勉強になりましたし・・・それより体のほうは大丈夫なんですか?」
「あぁ、しっかりと補給しといたからな」
「補給・・・ですか?」
それを聞いて、烏丸は意味が分からないといった感じの表情をしていた
おれは聞こえるか聞こえないか位の声でポソリと呟いた
「そう、おれだけの元気の源から・・・な」
「それじゃあ、社に戻って課長に報告するか」
「はい」
そうしておれたちは社へと戻るために歩き出した
空は曇り、今にも雨が降り出しそうだった
「課長、桜葉商事の件、報告通りに行くことになりました」
「おぉ、そうか・・・よくやってくれた。では、引き続き頼むぞ」
「はい、失礼します」
課長に礼をして、おれは自分のデスクに戻っていった
デスクに戻り、上着をイスの背に掛けてから、一息ついた
「あ、西遠寺さ〜ん、さっき、病院から電話がありましたよ」
「病・・・院?」
ドクンと胸が大きく脈打った
まさか・・・
「えぇ、焦っていたらしく、良く聞き取れなかったんですけど、奥さんがどうとか・・・」
刹那、おれは立ち上がり、イスにかけた上着を手に取っていた
「すみません、今日は帰宅します!」
それだけ言って返事を待たず、おれは駆け出していた
部内に、動揺が走っていたみたいだが、そんなことを気にしている時間さえ惜しかった
「くそ、雨降り出したか・・・」
通り雨の可能性もあるから、少し待てば止むかもしれない・・・
だけど・・・止むまでなんて待ってられるか!
おれは激しく降る雨も気にせず、駅に向かって走り出した
会社から駅までは大して離れてはいない
走れば2,3分の距離だ
駅に着くと、息を切らしながらも電車の時間を確認した
「次の電車は・・・20分後だって!?」
おれはチッと舌打ちをして、タクシー乗り場へと行ってみた
しかし、みんな考えることは同じ・・・
乗り場には順番待ちの列ができていた
電車もタクシーもだめ・・・こうなったら・・・
おれは意を決して外を走った
未夢のいる病院は一つ隣の駅の近く、走っていけない距離じゃない
顔に当たる雨がうっとうしい・・・
一分一秒でも早くあいつのそばにいてやりたい・・・
降りしきる雨の中、おれは迷わず走り続けた
しかし、おれの思いとは裏腹に体は疲れ、スーツも雨を吸って重くなってきている
もっと、早く走れたら・・・
息が苦しい、横っ腹がいたい・・・
体なんか捨ててすぐにでもあいつのところへ行けたら、どんなに楽か・・・
「はぁ・・・はぁ・・・」
おれは息を切らしながら、病院の自動ドアの前に立っていた
ドアが開く間の時間さえ無駄な気がしてしまう
受付で場所を確認すると、重い体を引きずりながら、その場所を目指した
分娩室の前はとても静かだった・・・誰一人いない・・・そんな場所だった
そして、重そうなドアは堅く閉ざされている
このドアの向こうに未夢がいるんだ・・・
おれは近くのソファーに腰を下ろし、祈るような気持ちで、ただひたすら未夢が出てくるのを待った
それからどれくらいが経ったのだろうか・・・ドアの上についている赤いランプが消えた
おれは顔を上げ、ドアをジッと見つめていた
すると、看護士に引かれ、未夢を乗せたベッドが運ばれてきた
「未夢!!」
おれは弾かれる様に未夢の下へと駆け寄った
未夢の新緑色の瞳はおれを写している
おれは両手で未夢の手を強く握っていた
「・・・かなたぁ・・・私、がんばったよ・・・」
「あぁ、よくがんばったな・・・」
そんな話をしていると、看護士が横から「元気な女の子ですよ」と言った
そっか・・・女の子か・・・
しかし、おれは他人事のような心地でそれを聞いていた
うれしくない・・・?いや、そんなことはない
喜びが強すぎて心が麻痺したんだ・・・
その後、未夢は病室に運ばれたが、おれはしばらくその場に立ち尽くしていた
そして、思い立ったように未夢の両親や、三太達に連絡した
「未夢、さっきも言ったけど、本当によくがんばったな」
病室に戻り、真っ先におれが口を開いた
未夢は本当に嬉しそうな顔をしている
「うん・・・ホントは恐かった時もあったんだ・・・
だけどね、その時・・・彷徨が励ましてくれてた気がしたの、「がんばれ」って・・・///」
「そっか・・・」
「うん・・・///」
そういう未夢の顔は本当に嬉しそうで、だけど儚そうで・・・思わず顔が赤くなってしまった
「彷徨?どうしたの?」
未夢は不思議そうな顔でこっちを見ていた
おれは悟られまいとあわてて顔を隠した
しかし、こいつは・・・いい加減に少しは気がついて欲しいもんだ・・・
「なんでもないって・・・それより疲れただろ?ゆっくり休めよ」
「うん・・・それじゃあ、ちょっと休むね・・・」
よほど疲れていたのだろう、すぐに未夢の寝息が聞こえてきた
おれは未夢の髪を優しく撫でていた
「『始まり』はこれから・・・だな」
呟いておれは未夢の隣の小さいベッドでスヤスヤと眠っているわが子に視線を向けた
「これから、よろしくな」