作:山稜
「ん・・・」
目を開けて最初に目に入ってきたのは白だった
一面の白、それが何を意味しているのかおれは理解できなかった
しかし、次第に意識がはっきりしていくにつれ、理解できてきた
そうだ・・・おれ、仕事中に倒れたんだった・・・
とりあえずおれは身体を起こし、「んっ」と伸びをした
そのついでに腕時計を確認すると一時ちょっとすぎというところだった
情けない・・・
人にいろいろ言っておいておれが倒れたら世話無いな・・・
おれは自分のふがいなさに思わずため息をついた
「目、覚めましたか?」
そう言いながら、カーテンをあけ、一人の女性が入ってきた
医務室の先生だ
見た目は30代後半から40前半といったところで、肩まである髪を後ろで一つに束ねている
「はい、ご迷惑をおかけしました・・・」
「いいえ、でも働きすぎには気をつけてくださいよ?」
痛いところをつかれ、おれは「・・・はい」と答えてベッドから降りた
そして、カーテンレールにかかっていた上着に袖を通し、お礼を言って務室を出た
デスクに戻ると、部内の人が次から次へと「大丈夫ですか?」と尋ねてきた
おれは複雑な心境で「大丈夫です」と一人一人に答えていった
結局、落ち着いたのはそれから30分後だった
後半では課長や部長までもがやってくる始末だった・・・
ったく、人が倒れたのがそんなに珍しいのかよ・・・
おれは大きくため息をついてから、気を取り直し、仕事に取り掛かった
今日の分の仕事が終わったのはそれから数時間後のことだった・・・
そして、おれはその足で未夢のいる病院へと向かっていった
病室に入ると、未夢が深刻そうな顔で何かを考えていた
「どうしたんだ、未夢?」
おれが声をかけると未夢はハッと顔を上げた
「あ、彷徨、お帰り〜!今日は早かったんだね〜」
未夢は笑顔を浮かべているが、それは何かを隠している時の表情だった
「未夢、お前何か悩み事、あるだろ?隠さないで言ってみろよ」
おれがそう言うと、未夢の表情は再び深刻そうになった
そして俯きながらを開いた
「ななみちゃんから聞いたんだけど、彷徨、今日・・・倒れたんだって?」
おれは、「ああ」と頷いた
確かに倒れたのは事実だ
しかし、その話が違う部署のヤツにまで伝わるとは思ってもいなかった
こんなことで大騒ぎになるんだから、あの会社も平和だよな・・・
「わたしのせい・・・だよね・・・私が入院してるから、彷徨に迷惑、かかってるんだよね・・・」
未夢の顔は隠れていてはっきりと見えないが、頬に光るものが見えた
おれはいまだ俯いている未夢を優しく抱きしめた
未夢は驚いてハッと顔を上げた
おれは未夢の瞳から流れている涙をぬぐいながら言った
「それはお前のせいじゃないし、おれは迷惑なんて思っていない
今、お前がしなくちゃいけないのは、体調を整えて、元気な子供を産むこと
そして、それを支えるのがおれの役目だ。
だから、お前は気にしなくていいんだ」
それでも、未夢はでも・・・と納得していない様子だった
「それじゃあ・・・」とおれは続けた
「それじゃあ、お前にとても重要なことをやってもらう」
「重要なことって・・・何?」
おれは未夢を抱きしめていた腕を離すと、手招きをしながら未夢をベッドサイドギリギリまで来させた
未夢はわけが分からないといった顔をしている
「それじゃあ頼むぞ」
そう言っておれは未夢の膝に頭を置いた
未夢はえっ、えっと戸惑っている
こいつのこういうとこは変わってねーよな・・・
「しばらくこのままで・・・」
最初は未夢もポカンとしていたが、言いたいことが分かったのだろう
「うん!」と特大の笑みを見せてくれた
それだよ・・・その笑顔があれば、おれはどこまでもがんばれる・・・
おれは未夢のぬくもりを感じながらしばしの眠りについた・・・