彷徨は町中を走っていた。
求める姿はただ一つ。
(どこにいる・・・・・・未夢・・・!)
未夢が西遠寺を出てから、もう5時間以上立つ。
いったい、何があった?!
焦る気持ちであちこちに目を走らせる彷徨の耳に、ふいに一つの会話が飛び込んできた。
「あの。金髪の白いコートを着た女の子を見ませんでしたか? 中学生くらいの、すごくかわいい子なんですけど・・・・・・」
彷徨は急ブレーキで止まった。
会話の音源を捜して、人の群を見渡す。
「いや、知らないよ〜。だいいち、見ててもこの人混みじゃあねぇ。覚えてらんないでしょ」
「そうですか。どうも・・・・・・」
いた。あれだ。
自分たちと同じくらいの、チェックのコートを着た少女と、その連れらしいグレーのコートを着た男。
二人は、道行く人を捕まえては同じ質問を繰り返していた。
彷徨は首をかしげながら、二人の方に駆け寄る。
「あの!」
少し息を切らしながら声をかけると、少女の方が振り返った。
隣の男は、いきなりの不審人物の出現に、目で威嚇してくる。
彷徨はその視線を感じながら、そんなことにかまってられるかというように、早口で尋ねた。
「その女の子って、髪の長い、おっきな緑の眼をしたヤツですか?」
少女の目が多く見開かれた。
「あ! はい! そうです!! 白いコート来てて、すらっとしたとっても可愛い女の子!」
「やっぱり、未夢かな?」
「ミユ? それって未だ夢って書いてミユですか?」
「あ、はいそうです!!」
彷徨は、ぱっと顔を輝かせた。
でもすぐに、不思議そうな顔をする。
見ず知らずのこの子が、どうして未夢の名前を知っているのだ?
首をかしげる彷徨の前で、少女は彷徨の顔をしげしげ見ると、何か思いついたようにぴんっと指を立てた。
「もしかして! あなたの名前ってこう書きません? ちょっと読み方が分からなかったんだけど・・・・・・」
言いながら少女は自分の鞄から小さな手帳を取り出した。
中から一枚をはぐって、たどたどしく文字をつづっていく。
「えっと、カードの字をちらっと見ただけだからはっきりしないけど・・・こんな感じの字だったかと・・・・・・」
書いた紙を彷徨に手渡した。
彷徨がさっと視線を走らせると、そこには、あやふやながら「彷徨」らしき字が書かれていた。
「あ、はい! これオレです」
「よかった! じゃあ、これあなたのモノだわ」
少女は嬉しそうに笑って、大事に抱えていた包みを彷徨の方に差し出した。
「え?」
彷徨は訳が分からなくて首をかしげる。
「実はね・・・・・・」
*
(バカ未夢)
全速力で走る彷徨の手には、あの包み。
「彼にね。正直に事情を話したら、汚れててもお前の手作りの方がいいって言ってくれて」
はにかんで笑って、少女は隣に立つ男の方を見上げた。
男は、照れくさそうに視線を泳がせて、鼻の頭をかいている。
「洗えばキレイになるかもしれないし、もし駄目でもまた作ってくれるだろう?って。だからね。これ返そうと思って。だってこれ、とっても気持ちのこもったモノだと思ったの。キレイに包まれてカードを添えられて・・・・・・彼女、大事そうに抱えてたから・・・・・・」
そう言って包みを彷徨に渡しながら、少女は不安そうに彷徨を見た。
「あの・・・あなたは彼女のこと・・・?」
問いかけるような視線に、彷徨は微笑んでみせた。
「ああ。今探してる所なんです。・・・オレの方からあいつに渡すモノもあるし」
優しい目をしてそうつぶやく彷徨に、少女は安心したように笑った。
「そっか、よかった・・・。早く探してあげてね」
彷徨はしっかりとうなずくと、その場を走り去った。
(どこで何やってんだ、あのバカ)
彷徨はさっきから、バカバカと心の中で繰り返している。
手にしている包みが熱い。
どういう経由でこれを手放そうと思ったのかはしらないが。
プレゼントを用意してくれていたのは嬉しい。
それを、困っていた女の子にあげてしまったのも、お人好しのあいつらしくて笑ってしまう。
だが・・・・・・、それが全部自分の知らないところで行われたことが腹立たしい。
(たまたま、オレの手に戻ったからいいようなモノの…オレがまったく気づかなかったらどうするつもりだったんだ)
水くさい。
どうして黙って、隠してしまう。
全部、知っていたいのに。
未夢の心の動き、全てが自分の目の前で起こってほしいと、そう思ってさえいるのに。
彷徨は、走りながら目をするどく走らせて未夢を探すが、その姿はどこにも見あたらない。
街に流れるクリスマスソングがうるさい。
気持ちが焦る。
ちょっと静かにしてくれ。
未夢の声が聞こえない。
どこに行ったんだ、未夢。
彷徨はいったん立ち止まると、息を切らしてガードレールに寄りかかった。
そのまま、周囲に目を走らせたまま、息を整える。
と、目の前を流れる人混みの中に、手をつないで歩く可愛らしい男の子と女の子の姿があった。
思わずルゥと桃花を連想して、彷徨はその子供たちに注目した。
「だからさ、それはサンタの代理で、天使が持ってきてくれたんだよ」
「てんち?」
「ああ、ハネは見えなかったけど、真っ白い服を着ててさ」
「ゆかもてんちしゃんみたい〜!」
「う〜ん。まだ公園にいるかな?」
可愛らしい会話。
しかし・・・天使?
「てんちしゃんって、どんなしとだった? かわいかった?!」
「そりゃあ、すっげ〜可愛かったさ〜。長いきらきら光る金色の神でさ〜、おっきい緑の眼をしててさ〜・・・真っ白なほっぺたで・・・ちょっとユカに似てたかもな」
「ゆかもてんち〜〜!!」
彷徨はその会話に、はじかれたようにガードレールを離れた。
今にも人混みに消えそうだった小さな二人を追いかける。
コンパスの差ですぐに追いついて、彷徨は男の子と女の子の前に回り込んだ。
驚いている二人の前にしゃがみ込んで、彷徨は早口で聞いた。
「ちょっと君たち、その天使にどこで逢ったんだい?」
「おにいたんだれ?」
小さな女の子の方が、きょとんと聞き返してくる。
反対に、隣の男の子は警戒した目をした。
彷徨を威嚇するように見上げて、女の子を自分の背中に隠す。
「誰だよ、あんた。何の用だ?」
いっぱしなその姿に、彷徨は一度目を見開いて、それからふわっと微笑んだ。
小さいながら、女の子を守ろうとするその姿が微笑ましかった。
「ああ、その天使にプレゼントを渡したいと思ってさ。探してるんだけど、見つからなくて」
「プレゼント?」
「ああ、・・・・・・昨日私そびれちゃってさ」
「ふぅん」
男の子は探るように彷徨を見てくる。
今の話が本当かどうか、審議しているようだ。
彷徨は苦笑して、男の子の頭に手を置いた。
いつも、ルゥにしてやるようになでてやる。
すると、男の子は初めこそ嫌そうな顔をしていたが、彷徨の気持ちが伝わったのか、だんだんと表情が軟らかくなっていった。
「あの姉ちゃんなら、この先の公園にいたよ。まだいるかどうか分からないけど」
しばらく間があったあと、ぼそっと。
男の子は答えた。
「そっか、ありがとな」
もう一度頭をなでてやってから、彷徨はすぐに駆けだした。
あっという間に人混みに消えていく後ろ姿を見送りながら、男の子はなでられた頭を押さえて、ちょっと照れくさそうにしていた。
「おにいたん、あのしとしゃんたしゃんなの?」
「違うよ。あの人はきっと神様さ」
「かみしゃま?」
「天使を迎えに来るのは神様に決まってるだろ?」
「しょっか、かみしゃまかぁ〜。てんちしゃんはかみしゃまにぷれぜんともらうんだね。よかったね。てんちしゃんもぷれぜんともらえて」
「ああ、そうだな」
兄妹はニッコリと笑い合う。
その小さな手には、月と地球のキーホルダーがしっかりと握られていたのだった。
***
(もう、帰らないと・・・・・・)
何度もそう思いながら、未夢はまだ帰れないでいた。
公園のツリーからまっすぐ出口に向かう途中で、だんだんと足取りが重くなり、ついには、街路樹のベンチにまた座り込んでしまったのだ。
(まだ、パーティーやってるかな?)
そう言えば今、何時だっけと腕時計を見ようとして、持ってきていないことに気づく。
そのまま空を見上げれば、時間など関係ないように雪が降り続いていた。
ほぅっと息を吐けば、白い煙になって天に昇る。
未夢は立ち上がって空を見上げた。
降ってくる雪を顔に浴びるようにして、目を閉じた。
胸の奥に潜む、チラチラと燃える火。
それを消してほしかった。
凍える空気に、雪と一緒に溶けてしまいたかった。
「未夢」
突然に、
冷たい空気を震わせて、名前を呼ばれた。
余韻が耳の奥に残るような、少し低い声。
心まで震えて、振り向くと
息を切らして彷徨が立っていた。
「お前、何してんだよ。いつまでたっても帰ってこないから、心配したぞ」
一瞬ほっとした顔をして、そのあと少し怒ったようにこちらを睨む。
その姿があんまりリアルで、目眩がして、
また泣いてしまいそうになった。
彷徨は、白い息を吐きながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「・・・・・・・・・」
未夢は言葉を返せず黙っていた。
どうして、ここにいるの?
今はパーティーのはずなのに。
抜け出してきたの?
彷徨は優しいから。
そっけないふりして、いつも優しいから。
「未夢? どうした? 具合でも悪いのか?」
近寄って、顔をのぞき込んでくる彷徨。
心配なんてしないでよ。
優しくなんてしないでよ。
そんな優しさが、つらいときだってあるんだよ。
「なんでもない」と笑おうとして、失敗した。
笑おうとして、涙が一筋こぼれた。
その涙の意味なんて、知りたくなかった。
分かりたくなかった。
このまま、何気ないまま、彷徨の隣にいたかった。
でも、少しずつ重ねられた時が、育っていた想いが、
それを許さなかった。
「未夢?」
目を見開いている彷徨。
未夢は涙を止めようとして、止められず。
どうしようもなくて、泣き笑いのまま、彷徨を見上げた。
胸が痛いの。
その仕草や、その声だけで、心が震えるの。
息苦しくて、窒息してしまいそうなの。
「ご、ごめん・・・ホントに何でもないの・・・ただ眼にゴミが入っちゃっただけ・・・」
ごしごしと目をこすって下を向いた未夢から、またぽとりと滴が落ちた。
一つを堺に、いくつもいくつもこぼれ落ちる。
*
彷徨は呆然と立ちつくした。
未夢が泣いている。
声を殺し、うつむいて泣いている。
泣くまいと、悟られまいと、必死でこらえながら、
それでも、こらえきれずに泣いている。
何か考えるより早く、手が伸びていた。
泣くことをこらえようと必死な未夢は抵抗できない。
震える肩を掴んで、難なく抱き寄せた。
未夢の肩は、すっぽりと腕の中に収まった。
その肩の細さが、彷徨の胸がさらにうずかせる。
小刻みに震える体が、心臓を揺さぶる。
腕の中で小さく嗚咽が漏れた。
「・・・どうして、泣く?」
「し、知らないっ・・・かってに・・・なみ・・・だが・・・・・・出てくるんだもんっ」
彷徨の胸に手を押し当てて、その腕の中から逃れようとする未夢。
その力はか弱くて、
「未夢っ」
少し諫めるように呼んで、未夢を抱え直す。
「は・・・はなしてよ〜〜」
未夢は、力なく、彷徨の胸をこぶしで叩く。
それをなんなく押さえ込んで、彷徨はさらに強く抱きしめた。
「泣くな・・・泣くな、未夢。・・・お前に泣かれると、オレ・・・どうしたらいか分からなくなる」
金の髪に頬ずりしながら、せつなくささやく。
少し声がかすれた。
いつもと違う、彷徨のその声の響きに驚いたのか、腕の中の未夢はびくっと体を震わせる。
赤くかじかんだ小さな手が、きゅっと腕をつかんできた。
「彷徨?」
彷徨は目を閉じた。
身近なぬくもりと、息づかい。
指先は痛いほど寒いのに、体の奥が熱い。
胸の奥がきしむ。
息苦しい。
何か、告げたいのに、言葉が出てこなくて。
だから、ただ抱きしめていた。
静かに降りしきる雪の中。
気持ちごと、未夢に伝わればいいと、腕に力を込めて。
「離さないから」
白い息と共に吐き出した言葉。
消えないように刻みつけるように、未夢の肩に顔をうずめた。
「好きだ」とか。
そんな言葉じゃ、到底足りない気がした。
どうしたら、この気持ちが伝わる?
「・・・それって・・・・・・どういう・・・?」
少し息苦しそうな未夢の声。
彷徨ははっとして、少し腕の力を緩める。
未夢が恐る恐ると言った感じで顔を上げた。
頬が上気して赤くなっている。
まだ涙に濡れた瞳が、不安そうに、探るように揺れていた。
「そのままの意味だ」
「そのままっ・・・て・・・?」
短い受け答えのあと、二人とも何も言えなくなった。
互いの瞳を見つめたまま、動けなくなる。
瞬き一つ出来ない。
静止した画像の中で、雪だけがハラハラと舞っていた。
距離が近くて、
動いたら、その瞬間に気持ちがあふれてしまいそうで・・・。
くしゅん。
ふいに静寂を破って、
未夢が小さくくしゃみした。
張りつめていた空気が途切れる。
彷徨はちょっと眉を上げて、苦笑した。
「ほらみろ。長く外にいるからだぞ」
言いながら、未夢を抱きしめていた手を外し、手にしていた包みを取り出す。
うぅ〜っとばつの悪そうな顔をしている未夢の前で、包みから中身を取り出した。
未夢の目が見る見る丸く大きくなっていく。
「か、彷徨、それって!」
彷徨は、驚く未夢の首に、青いマフラーを巻いてやった。
「貸してやるよ」
胸の前で、緩く結んでやりながら、言う。
「このマフラー・・・ど、どうして?」
「さっき、街で女の子にあってさ〜」
「え?」
「汚れてても、やっぱり彼女が用意してくれたマフラーの方がいいって、彼氏に言われたんだってさ。それで、これをお前に返そうと思ったって」
「・・・・・・・・・」
一瞬、ぽかんとしてから、未夢はかぁっと赤くなった。
(えっと・・・それじゃ・・・彷徨は全部、知ってるってこと?)
これが、彷徨のために用意した“プレゼント”であることも。
もしかしたら、自分が、あれこれ思い悩んでいたことも・・・見透かされてる?
「これはオレのだからな。あとで返せよ」
「・・・・・・」
「“オレの”、で良かったんだよな?」
黙り込んだままの未夢に、彷徨は少し不安になって、確認するように未夢を見上げた。
未夢は真っ赤になって言葉が返せず、それでも小さくこくんとうなずく。
彷徨はほっとしして笑い、未夢の頭に手を乗せた。
そのまま、髪についていた雪を指先で払ってやる。
未夢は鮮やかに頬を染めて、そんな彷徨を見上げていた。
だが、ふいに表情を曇らせて
不安そうに「でも・・・・」とつぶやいた。
「本当にいいの? 彷徨、これと同じ様なマフラーもらってたじゃない」
「え?」
「ほら、昨日の夜持ってた袋の中に」
「あ〜、あの中にマフラーなんてあったんだ。まだ中身見てないから知らねぇけど」
彷徨はあっけらかんとして答える。
「・・・・・・手編みなんだよ、そのマフラー」
「それが?」
「それがって・・・・・・」
未夢は口ごもった。
なんと言ったらよいのか。
「どっちにしろ、オレにはこれがあるから、もういらないだろ」
未夢の首に巻かれている、青いマフラーの先をすくい上げながら言う。
「・・・・・・作ってくれた子が、かわいそうだよ」
未夢はうつむいた。
プレゼントで、気持の深さが測れるワケじゃないけど、比べてしまう。
あれを作った女の子の気持ちも、今は痛いほど分かるから。
「オレが欲しかったのはこっちなんだから、仕方ないだろ」
「手編みより既製品の方がいいなんて、彷徨、変わってるね」
「・・・・・・あのなぁ。オレが言いたいのはそういう意味じゃなくて、だな・・・」
彷徨はため息をついた。
まだ分かってない様子の未夢に、あきれてしまう。
首をかしげてこちらを見つめる未夢に、脱力する。
「そういう意味じゃなくて?」
「・・・・・・」
「彷徨?」
「べつに・・・分からないならいい・・・・・・」
ふてくされたように横を向く彷徨。
それでも、掴んだマフラーの先だけは離さない。
母親の服の裾を掴む子供みたいに、離さない。
いいけどさ、べつに。
気づかれなくて、ちょっと、ほっとしたことも確かだし。
今はまだ、この関係が居心地いいから。
そのかわり、ずっと目の届くところにいろ。
絶対そばを離れるな。
彷徨はマフラーを握る手に力を込めた。
未夢は、黙り込んでしまった彷徨に首をかしげながら、自分の胸元、マフラーの先を掴んだ彷徨の指先を見下ろした。
指、長いなぁ、と見とれて、ちょっと近づきすぎなんじゃないかな?と思う。
おかげで、頬の熱が下がらない。
(にしても、そんなにこのマフラーが気に入ったのかな?)
「・・・来年は、私も編んでみようかな・・・・・」
これと同じ様な色の毛糸を探して、と。
未夢がぽつりともらした。
彷徨が目を丸くした。
「・・・・・・超不器用なお前がか!?」
まじまじと見つめられて、未夢はかぁっと赤くなる。
今のセリフ。
下手をすると自分の気持がばれるかもしれないと気づいてあわてた。
未夢は頬を押さえて、ごまかすようにぷいっと横を向く。
「し、失礼ね! 今から練習すれば大丈夫よ・・・・・・たぶん」
「今から・・・・・・。一年かけてか?」
「な、なによ! 悪い!?」
「いや、悪かないけど・・・・・・、気の長い話だな」
「どうせっ!」
「・・・・・・じゃあ、来年のクリスマスに。・・・どんなのが出来上がるか、楽しみにしてるよ」
彷徨はふわっと笑った。
優しい笑みに、未夢はドキッとする。
高鳴る心臓をごまかすように、赤い顔をしながらも彷徨を睨む。
「で、出来上がったのを見て、笑うつもりなんでしょ!」
「ははは・・・・・・」
「ごまかすな! 彷徨ぁ〜〜!!」
未夢が手を振り上げた。
彷徨はさっとそれをかわして、逃げ出した。
逃げながら、彷徨は顔が緩むのを止められなかった。
未夢は気づいていないようだけれど。
“来年は手編みを”と言うことは、来年もこの日を一緒に迎えようという、約束に似ている。
自分のために手編みしようという未夢の気持が、どこから来ているのかは分からないけれど。
未夢も、二人並んでいる未来を思い描いているのだと思うと、それだけで幸福だった。
雪が降り続いていた。
笑いながら走る、彷徨の頬にもひんやりとした雪がぶつかる。
ひんやりとした感覚に、先ほど見た未夢の真っ赤な手を思い出した。
公園の広場を逃げ続けていた彷徨は、ぴたっと立ち止まった。
振り返ると、急ブレーキで止まりきれなかった未夢が飛び込んでくる。
「うきゃっ!」
なんなく受け止めて、振り上げられていたた未夢の手を掴んだ。
冷たく冷えた手をぎゅっと握って、そのまま自分のコートのポケットに押し入れた。
「か、彷徨っ」
「手袋代わり」
「・・・・・・」
優しく微笑まれて、未夢は赤くなってうつむいた。
(今日の彷徨・・・なんだか・・・・・・)
彷徨はポケットの中で、握った手の指先に力を込めた。
冷たかった未夢の手が、たちまち熱を持って火照りだす。
「ほら、もう帰るぞ。このままじゃ二人とも雪だるまになっちまうからな」
ちょっと照れた顔で、彷徨はぶっきらぼうに言った。
「う、うん」
「帰ったらお前に渡すモノがあるしな」
「え?」
聞き返した未夢には答えず、彷徨は未夢を引っぱるようにして歩き出す。
引きずられるようにして歩きながら、未夢は前を向いてもくもくと歩く彷徨の横顔を見上げた。
「ね、ねぇ・・・渡すモノって?」
「帰ったら分かる」
彷徨は前を向いたまま、短くそう答えるのみ。
怒ったような、照れたような彷徨の様子に、未夢は首をかしげながらも、それ以上は聞かなかった。
彷徨の部屋に大事にしまわれていた、小さなプレゼントの箱。
それをもらって、未夢が涙ぐんで喜ぶのは、もうちょっと先のこと。
今は二人で、雪の帰り道。
公園の出口に向かいながら、手袋の中で、彷徨の手が未夢の手をきゅっと握ってきた。
未夢はくすぐったいような顔をして赤くなる。
そっと、隣の彷徨の横顔を盗み見れば、気のせいか、彷徨もほんの少し赤くなっているように見えた。
未夢はそれが嬉しくて、ほんの少し、手を握り返してみる。
彷徨がちらっとこちらを見下ろした。
無表情を装ってるけど・・・・雪に映えて、目尻が赤いのがよく分かる。
未夢は歩きながら、にっこりと笑った。
もう、こんなふうに一緒にいられないかも、と思っていたのに。
また、隣を歩けるのが嬉しかった。
先のことは分からないけれど、今はこうしてそばにいられる。
それだけでもう・・・神様に感謝したい気分。
「そういえば、まだ言ってなかったね」
ふいに、そのことに気づいて、未夢は立ち止った。
ホントに大事なことを忘れてた。
「なに?」
首をかしげながら、彷徨も自然と立ち止まる。
未夢はにこっと笑って彷徨を見上げた。
「お誕生日、おめでとう」
雪の舞い散る中で、花のように笑った。
その未夢の笑顔が、
彷徨にとっての今年一番のプレゼントだった。
***
並んで出ていく2つの影に、初老の清掃員は小さく微笑む。
「これは、もう必要ないな」
手袋をした手に、握っていたメッセージカードを見つめた。
先ほど、あの少女がツリーに願ったメッセージ。
ツリーを片付けるとき、どうしてもこれだけは捨てられなかったのだ。
だがもういい。
このカードが無くても、あの子の祈りは届くだろう。
強い風が吹いた。
あっと思う間もなく、手にしたカードが雪と共に風に舞い上がった。
ヒラヒラと飛んでいくカードの向こうで、並んで歩く2人の影が吹雪に消えた。
そのあとを追うように、カードも天高く舞い上がって空に溶けた。
清掃員は目を細めて、それを見送った。
風が止んで。
また静かな雪の舞い。
白い世界に、一人たたずみ、男は優しい気持ちで微笑む。
遠い昔、
神様が生まれたという今日この日。
この雪が降り続くように。
すべての人たちに、幸福が降り注ぎますように。
******************************* 終わりだよ。
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