(あ〜、もう・・・何やってんだろ? わたし)
未夢は、まだ西遠寺に帰れずに街を彷徨っていた。
マフラーはあの子にあげた。
もう何も問題ないはずのに。
やっぱり沈んでいる気持ち。
このまま帰っても、パーティーで笑える自信がなかった。
(私・・・・・・なに、こんなに悩んでるんだろ? たかがプレゼントなのに・・・)
そう思いながら、ポケットの中に入っている小さな包みをカサリと握り締めた。
実は未夢は、プレゼントを二つ用意していたのだ。
一つはクリスマス用に。もう一つは誕生日用に。
どちらがどっちというわけではないのだが・・・。今、ポケットに残っているのは、小さな方のプレゼント。
(そんな深い意味なんてないんだから、気軽に渡しちゃえばいいのよね)
これはマフラーほど、重くないし。
そう思いながら、未夢はよ〜っしっと勢いをつけて振り返る。
そのまま西遠寺に向かって歩き出した。
にぎわう人ごみの中を、未夢は勢い良く行進するように歩いた。
帰ろう。
これを渡してしまおう。
そう思ったら、一刻も早く彷徨の顔が見たくなった。
少し駆け足になる未夢。
道の両脇には煌びやかなショーウィンドウ。
最後の時間を惜しむように、ツリーがキラキラと光っている。
それを目の端に捕らえながら、未夢は足早に通り過ぎようとして・・・。
一軒の店先に、未夢は目をとめた。
その店のショーウィンドウに、小さな小学校低学年くらいの男の子が張り付いている。
なんとなくルゥを連想して、未夢がその男の子に注目していると、
男の子はウィンドウの一角だけを睨むように、じっと見つめていた。
視線をたどると、そこには可愛らしいお人形があった。
未夢は首をかしげた。
だってそれはどう見ても女の子向けのお人形で、目の前の男の子がほしがるとは思えなかったのだ。
それに、なぜ睨みつけるようにして人形を見ているのだろう。
未夢は気になって足を止めた。
そのまましばらく様子をうかがっているが、少年はショーウィンドウの前を動こうとしない。
未夢は首をかしげながら、男の子に近寄った。
「キミ、どうしたの?」
未夢は少年の背後から、微笑みながら声をかけた。
少年はちらりと未夢の方を振り仰いで、それから“なんだ? この女”というように顔をしかめた。
そして、ふいっと人形の方に視線を戻す。
「べつに・・・・・・」
ふてくされたように、ポケットに手を入れたまま、ぼそっとつぶやく少年。
未夢は思わず、くすっと笑った。
普通の人なら『かわいくないガキ〜〜』とか思うかもしれないが、自分はこういう態度に慣れている。
(ふふ。この子、ちっちゃな彷徨みたい)
「あのお人形がほしいの?」
未夢は、笑顔のまま、ショーウィンドウの人形を指さして聞いた。
少年はうるさそうにもう一度未夢を見上げたあと、ふっとため息をついて、ショーウィンドウを離れた。
そのまま、未夢を無視して歩き出す。
未夢はとっさにそのあとを追った。
2メートルくらい距離を置いて、少年の後ろをついていく。
彷徨に似た少年の様子が気になって、ほっとけなかった。
しばらくそうして歩いていると、少年がイライラしたようにこちらを振り返った。
「着いてくんなよ!!」
こちらを睨む、ちょっときつい目つき。
未夢は、やっぱり彷徨に似てるな、なんて思ってしまう。
「だって、私もこっちの方向なの」
そう言いながら、未夢はにこっと微笑んだ。
少年は一瞬眉を上げて、何か言い返そうと口を開きかけたが、結局なにも言わずに口を閉じた。
そのまま。またくるりと前を向いて、歩き出す。
今度は少し早足で。
未夢はそれに歩調を合わせて、距離を保ちながら歩く。
もともとリーチの差があるから、着いていくのはそんなに苦にならなかった。
前方の少年を見失わないように見つめていると、気づいたことがあった。
少年は歩きながら、あちこちの店のショーウィンドウや露店に目を配っていた。
何かを探すように。
未夢は、ピンときた。
それは、数週間前の自分と同じ姿。
みんなへのクリスマスプレゼントを買いに来たときの自分の姿と同じだった。
(そっか、この子は誰かへのプレゼントを探してるんだ〜)
こんなに小さいのに。
まだ、プレゼントをもらうことしか知らないような、小さな子供なのに。
誰かのために、プレゼントを探してるんだ。
いったい誰へのプレゼントだろう?
“お母さん”か“お父さん”かな?
・・・・・・それとも、“女の子”かな?
どうもさっきから、少年が目を走らせる先には、女の子がほしがりそうなモノばかりが並んでいるのだ。
そうこうしているうちに、町中にある公園に着いた。
少年がスタスタとその中に入っていったので、未夢もそのまま公園の中に入っていった。
入口から少し歩いたところで、少年がぴたっと立ち止まった。
未夢も合わせて立ち止まる。
少年は、くるりと未夢の方を振り返った。
「いつまで着いてくる気だよ」
ポケットに手を突っ込んだまま、うんざりしたように言う少年。
未夢はどう答えたらいいか、「ん〜とね・・・・・・」と視線を泳がす。
そして、すぐそばにあった自販機に目をとめた。
「ね! あったかいココア飲まない?」
いい思いつきだと、破顔しながら自販機を指さす。
考えてみると、自分は朝から何も口にしていなくてのども渇いていたし、それに目の前の少年の小さな後ろ姿が、とても寒そうに見えたのだ。
「あのなぁ」
少年は、あきれたように言い返そうとするが、
「お姉ちゃん、おごってあげるからさ」
未夢は勝手に決めて、自販機に駆け寄った。
小銭を入れるその後ろから、少年のため息が聞こえた。
でも、その場を立ち去ろうとはしないらしい。
未夢はそれが嬉しくてにこにこしながら、ココアを二本買った。
「はい! これ。あったかいよ」
買ったうちの一本を差し出すと、少年は不承不承といった感じで未夢の方に近寄ってきた。
未夢はかじかんだ小さなその手を取って、ココアの缶を乗せた。
少年は一瞬びくっとしたが、ココアの温かさにほっと顔をゆるめる。
そのまま缶を両手に持ち直して、胸元へと持っていく。
未夢は、その様子に目を細めて微笑んだ。
***
「ね? 誰かへのプレゼントを探してたの?」
二人して、自販機のカラフルな明かりの前にたたずみ、ココアを飲んで、
一心地ついたあと、未夢がふっと聞いた。
「・・・・・・・・・」
少年は、何か拒絶するように黙り込んでいる。
「あのお人形、買わないの?」
未夢はもう一度、優しく聞いてみる。
少年は、ちょっと瞳を伏せて、戸惑ったような仕草をしてから、ボソボソっとしゃべりだした。
「・・・ユカがさ。妹が言うんだ。『ユカが悪い子だからしゃんたさんきてくれなかったの?』ってな」
「妹さんが?」
「オレんち、火事にあってさ。父ちゃんも母ちゃんも死んじまったんだけど・・・」
「・・・・・・・・・」
「それで、耳の遠い爺さんに引き取られたんだけど。爺さんはクリスマスなんてしたがらないんだよ」
「だからさぁ、もうプレゼントなんてもらえるわけないのに・・・。ユカのヤツ、幼稚園で『いい子にしてないとサンタが来ない』なんて教えられてさ。ったく、余計なこと教えてくれるよ」
ぎゅっと唇を噛みしめて、空を睨みつける少年。
未夢はその姿に胸を突かれて、小さく息を吐いた。
「そうだったの。それで君が代わりにプレゼント買ってあげようと思ったのね」
女の子向けのプレゼント。
妹さんへのプレゼントだったんだね。
「買う金なんてないのに・・・・・・バカみたいだよな・・・・・・」
年齢に似合わぬ、大人びた苦笑いをする少年。
「そんなことないよ!!」
未夢は大きく首を振って否定して、
そのあと、どう言葉を継げばいいか分からなくなった。
どんな慰めの言葉を言ったとしても、現実は変わらない。
この少年はそのことを知っているのだ。
それが痛ましくて・・・。未夢はなんとかしてあげたいと、考えを巡らす。
そして、ポケットの小さな包みをかさりと握った。
(プレゼントなら、ここにあるじゃない)
たった一つのプレゼントを求めて、必死になっている少年の姿。
一方で、涼しい顔でたくさんのプレゼントをもらっている彷徨の姿が思い浮かんだ。
(彷徨に渡したって、どうせ、たくさんの中に一つにしかならないんだよね。こんなちっぽけなモノ一つなくたって、彷徨は・・・・・・)
未夢は、少し寂しい笑みを浮かべた。
(それだったら、これはこの子に・・・・・・)
決心して少年の前にかがみ込んだ。
「ね! いいものあげる!!」
少年に向かってにこっと微笑みながら、ポケットから小さな包みを取り出した。
小さいけれど、包装紙に貼り付けられたリボンで、これがプレゼントらしいことが分かる。
少年は少し驚いたように未夢を見返した。
「中身はね、ガラスの地球のキーホルダーなのよ。ぬいぐるみみたいに可愛いモノじゃないけど。日に透かすと水色にキラキラ光ってとってもキレイなんだから」
「・・・・・・」
「だからさ。ユカちゃんに『サンタさんが間違ってお兄ちゃんのところにユカちゃんのプレゼントも置いていったみたいだ』って言って渡してあげなよ」
「でも・・・これ、姉ちゃん誰かにあげるつもりだったんじゃ?」
少年は問いかけるように未夢を見つめている。
未夢はちょっとぎくっとしながら、はははっとちょっとおどけたように笑った。
「まぁそのつもりだったんだけどね〜。その人は他の人からいっぱいプレゼントもらってたから、これ一つくらいなくても平気なの」
未夢は、まだ戸惑った顔をしている少年の腕を強引に取った。
「だからね。これはユカちゃんに・・・」
小さな手のひらに、プレゼントの包みを乗せてやる。
そうして、少年の目をのぞき込んで、にこっと笑ってみせた。
「・・・・・・」
少年は少し顔を赤くして未夢を見つめ返す。
そして、しばらく考えるように視線を彷徨わせていたが、やがてプレゼントをキュッとにぎって自分の懐に大事そうに抱えた。
「・・・・・・ありがとう」
うつむいて、小さくつぶやく少年。
照れたようなその姿がとても微笑ましくて。・・・・どこかの誰かを思い出させて、未夢はくすっと笑う。
それから、なおも思いついたというように、ぴんっと指を立てた。
「あ、そうだ! それからこれ! これは君に!」
未夢はもう一つ、ポケットに入れっぱなしになっていたモノを取り出した。
(どうせだもの。これもこの子に)
「これね、ユカちゃんの地球のキーホルダーと対になってるガラスの月のキーホルダーなの。日に透かすとね、金色に光るのよ」
言いながら、未夢は少年の手を取り、月のキーホルダーを握らせる。
「ね、ねぇちゃん?」<BR>
「これは君へのプレゼント。包装してなくて悪いんだけどね。ユカちゃんに『お兄ちゃんのプレゼントは何だったの?』って聞かれたら困るでしょ?」
あわてる少年に、未夢はにっこり笑ってみせる。
「で、でも・・・」
「いいから、もらってよ! サンタさんからのプレゼントだと思ってさ。」
未夢は少年の頭にぽんっと手をおくと立ち上がった。
そして、おどけたように両手を広げて、笑った。
「メリークリスマスってね!」
空をバックにしてそう言う未夢を、少年は泣き笑いの表情で見上げた。
あんまりあったかくて、優しくて、
泣けてくる。
「ねぇちゃん・・・ありがと・・・」
声を詰まらせながら、もう一度そう言う少年。
未夢は目を細めてそれを見つめ、そっとその頭をなでてやった。
それから、はげますようにぽんっと小さな肩を叩く。
「そのかわり! これからもしっかりユカちゃんのこと守ってやるんだぞ! ユカちゃんが寂しくないように、そばにいてあげなよ、お兄ちゃん!」
「う、うん。まかせとけって!」
目をこすりながら、少年は顔を上げて、ニヤリと笑って見せた。
「よ〜〜し!! ほら! 早くユカちゃんに持っていってあげなよ」
「うん!!」
こんな温かい想いを。
一刻も早く妹にも味あわせてやりたくて、少年はさっと身を翻した。
「じゃあな。ホントにありがとな、姉ちゃん」
走りながら後ろを振り返って手を振る少年。
未夢もそれに手を振り替えしながら笑って見送った。
少年は、公園の出口当たりで、一度後ろを振り返った。
そこにはもう未夢の姿はなくて、
手にした月のキーホルダーを、薄日に透かしてみながら、少年は思う。
「もしかして・・・本物の天使だったのかも・・・・・」
包みを大事そうに抱えながら、少年は妹の元へ急いだ。
***
未夢が帰ってこない。
ルゥは、桃花・ワンニャーと外で雪遊びをしており、“ママ”がいないことに気づいてないのでよかった。
彷徨は・・・・・・。
最初の内は、せっかく自分のためにみんながパーティを開いてくれたんだからと、笑顔を作っていた彷徨だったが。時間が経つに連れて、口数が少なくなり、表情が硬くなっていった。
時計を見る回数が、だんだんと増えている。
それに気づいた周りの者も、心配げに顔を見合わせた。
「どうしちゃったんだろう? 未夢ちゃん」
「いくらなんでも遅すぎるよね〜」
綾とななみが眉をひそめて言い合った。
「ま、まさか! どっかで事故とかに遭ってたりしてっ」
三太が大声を上げる。
彷徨はそれを聞いて、顔を青くする。握り締めていた手に力が入った。
ななみはきっと三太を睨み、ぽかっと頭を殴った
「バカ! 何、不安を煽るようなこと言ってんのよ!」
「いって〜〜なぁ。なにすんだよぉ」
三太は頭をさすりながら恨めしげな目をする。
それを、ななみと綾が無言で睨み付けた。
三太はしゅんっとうなだれる。
「さ、西遠寺くん。きっと未夢ちゃん、買い物に手間取ってるだけだよ〜〜」
「そうそう。未夢、買い物するとき、とことん悩むタイプだもんね〜。そのうちケロッとして帰って来るって〜」
ななみと綾は必死で彷徨を安心させようとする。が・・・
「でもさ、プレゼントはもう買ったんだろ? 何の買い物してんだよぉ」
またも、三太のヒトコトで台無しになってしまう。
「くぅろぉすぅ〜く〜ん、また、あんたは余計なことを〜〜」
「せっかく私たちがフォローしてるのにぃ〜〜」
「ご、ごめんなさぁ〜〜〜い〜〜」
両脇からななみと綾に、頭をぐりぐりとこずかれる三太。
彷徨はその様子を見ながら、小さく微笑んだ。
みんなが自分に気を使ってくれているのが分かる。
でも・・・・・・。<BR>
彷徨はもう一度、不安そうなまなざしで時計を見た。
(西遠寺くん・・・)
クリスは一人、離れたところからそんな彷徨を見つめていた。
所在なさそうな、心細そうな。
そんな彷徨の表情を見るのは、初めてだった。
***
未夢は、公園のハズレにあるベンチに一人座り、ぼんやりと途切れなく落ちてくる雪を見ていた。
誕生日プレゼントにと思っていたマフラーはあげた。
クリスマプレゼントにと思って買って置いたキーホルダーも。
あの月と地球のキーホルダーは、地球の彷徨にプレゼントして、ペアの月の方は自分でこっそり持っていようと思って買ったモノだった。
手に残ったのは、一枚のメッセージカードのみ。
しわくちゃになったメッセージカードを取り出して、未夢はほぅっとため息をついた。
こんなもの、渡せるはずがないし、
もう私には、彷徨にあげられるモノが何もない。
そう思ったら、目の熱くなってきた。
目の前の風景が歪んでいく。
嗚咽が漏れそうになって、こらえようとして
口を押さえて下を向いたら、パタパタと膝の上にしずくが散った。
わたし、どうしてこんなに哀しいんだろう?
どうして・・・・・泣いてるんだろう?
音もなく降り続ける雪。
その中で、未夢は静かに泣いた。
しんしんと降り積もるのは雪。
そして、想い。
いつの間にか、埋もれるほどに深くなっていた。
それは・・・・・・
(知らなかった。私ってば、こんなに・・・・・)
どれくらい、そうやって泣いていただろうか?
未夢が鼻をすすり上げながらふと顔を上げると、公園の隅にツリーが飾ってあるのに気づいた。
(こんなところにツリーなんてあったっけ?)
忘れ去られたような、こんな公園の隅っこに。
未夢はそっと立ち上がって、引かれるようにその樹に近寄った。
近づいてみると、それは思ったより大きなツリーだった。
未夢の身長の3倍はあるだろうか。
未夢は赤い目のまま、その高い樹を見上げた。
てっぺんには、大きな青い星。
枝のあちこちに、小さな電球がついていている。
雪の積もった葉の間で、ちかちかと色とりどりの光りを放ち、何とも言えず美しかった。
だが、まわりに人一人いない中で、ぽつんとたたずむその姿は、なんだか寂しそうで。
今の自分に重なって見えた。
未夢は一枚の葉に手を伸ばした。
そっと、なぐさめるように積もった雪を拭ってやる。
葉をなでながら、やっぱり彷徨のことを思い浮かべる。
もう、一緒に学校も行けないかもしれないな。
あのマフラーをして歩く彷徨の隣で、きっと自分は平静ではいられないだろうし。
こんな気持ち、気づかれたら余計に隣になんていられないし。
未夢はしわくちゃになったメッセージカードを見つめた。
雪と、涙でしめって、所々文字をにじんでいる。
カードの上に雪が舞い込んで止まった。
また一文字、書かれた文字がにじんでいく。
消えていく。
涙と雪でにじんだこの文字のように、気持ちも消えて無くなってしまえばいいのに。
それでもきっと、この気持ちは消えない。
どんなに雪にうずめても、心の奥で雪の結晶となって残る。
ふっと思いついて、手にしたカードを葉の上に引っかけて乗せた。
短冊じゃないけど。
「14年前、彷徨が生まれてきたことに感謝して。この先、彷徨が幸せでありますように」
ささやくようにつぶやいて、
この気持ちだけは届くといいなと思いながら、指を組んで祈った。
***
「オレ未夢を捜しに行ってくる」
彷徨はとうとう立ち上がった。
「悪いなみんな。パーティーはこれでお開きだ」
説明するのももどかしく、短くそれだけ言って部屋を飛び出す。
口を挟む間もなく姿を消した彷徨に、みんなは一瞬あっけにとられた。
しかし、一呼吸置いてから、やっぱりな〜とうなずき合った。
「あ〜あ、とうとう行っちゃった」
「無理ないよ。未夢ちゃん出かけてから、もう5時間以上経つんでしょ?」
「ああ。彷徨、さっきから時計ばかり見てたからな」
「見つかるかしら?」
「見つかるわよ。だって今日はクリスマスなんだから」
「そうだよなぁ」
「あの二人、どんな顔して帰ってくるかな?」
「さぁ?」
「今度こそ、しっかりくっついてくるかな〜?」
「かもね」
綾・三太・ななみの3人がそんな会話を交わす、その背後で、
「彷徨くんが未夢ちゃんを捜しに、彷徨くんが未夢ちゃんを心配して・・・・・・」
何やら不気味なつぶやき。
3人がはっとして後ろを振り返ると、
クリスがめらめらと炎をバックに、パーティー用に本堂に運びまれていた机を持ち上げている。
今にも机を振り下ろしそうなクリスに、3人は真っ青になった。
「クク、クリスちゃん、おちついて〜〜!!」
「どど、どうすればいいのよ〜〜」
「そうだ! 鹿田さんは?!!」
「「「鹿田さぁ〜〜〜ん!!」」」
3人はワラにもすがる思いで、その名前を呼んだ。
***
「何をしてるんだ」
ふいに声をかけられて、未夢はびくっとして目を開けた。
そこには、作業服を着たおじいさんが、一人立っていた。
肩にほうきを担いでいる。
どうやら、この公園の清掃員のようだ。
「あ、ごめんなさい。邪魔でしたか?」
未夢はあわててツリーから一歩離れた。
おじいさんは無言で、未夢と入れ替わるようにツリーに近づいた。
そして、根本にほうきを欠けようとして、ちらっと枝を見やった。
そこには、未夢がさきほどひっかけたメッセージカードがある。
「・・・ツリーに願い事か」
ぼそっと聞かれて、少し離れたところでボーッとおじいさんのことを見ていた未夢が、はっと我に返った。
ツリーの葉にちょこんと乗っているカードを見ながら、小さくうなずく。
「はい。絶対叶ってほしいんです」
未夢の返事に、おじいさんはちらりと一度こちらを見たが、何も言わなかった。
興味なさそうにツリーに視線を戻すと、メッセージカードを避けるようにして、その周囲のツリーの飾りを外していった。
未夢は、そのまま立ち去りがたくて、じっとその作業を見ていた。
「このツリー、もう片付けちゃうんですか?」
「ああ、もう見に来るヤツもいなくなったしな。あんたが最後の客だろう」
恐る恐る聞いてみると、おじいさんは手を休めずに、そっけなくそう答えた。
「そうなんですか・・・・・・」
少しさびしそうにツリーを見上げる未夢。
「クリスマスも終わりかぁ」
独り言のように、小さく漏らす。
「やれやれ、やっとこのクリスマス騒ぎも終わる。ほっと一息じゃわい」
未夢の感傷をよそに、おじいさんはため息混じりに言った。
「おじいさんはクリスマスのお祝いしなかったの?」
「一人暮らしの老人には、無関係な行事じゃからの」
「そうなの・・・・・・」
未夢は、少し考えるように、作業を続けるおじいさんを見つめた。
次々と飾りを外していく、見るからにごつごつとした手は、寒さで真っ赤になっていた。
手袋くらい、すればいいのに。
手まで、頑固そうなのね。
未夢は、意地を張ったような、拗ねたようなおじいさんのその姿に苦笑した。
そして、自分のしていた白い手袋を外す。
自分には少し大きいけれど、きっとおじいさんにはぴったりね。
そう思いながら、おじいさんの方に駆け寄った。
「おじいさん! これ、あげる!」
手にしていた手袋を、老人に差し出して笑う。
「な、なんじゃって!?」
おじいさんは、鳩が豆鉄砲食らったみたいに、目を見開いて驚いている。
「だって、おじいさんの手、とっても寒そう。私はこうやってポケットに手を入れてればいいけど、おじいさんはそうはいかないモノね」
「・・・・・・何を言っとるんじゃ」
「こんな綺麗なクリスマスツリーを飾ってくれて、みんなを楽しませてくれたそのお礼よ」
「・・・・・・」
おじいさんは、あきれた、と言うような顔をした。
バカな、おせっかいな娘だと思ったのかもしれない。
未夢はそれでも、そのおじいさんの手を取って、強引に手袋を握らせた。
「お、おい!」
あわてるおじいさんをよそに、未夢は押し返されないようにさっと身を翻した。
「じゃね、おじいさん、お仕事ガンバッって!」
後ろ手に、笑顔で手を振って、
未夢は白いコートの裾の翻して走り去った。
雪が降りしきる中、ふわふわ揺れる金髪が公園の木々の向こうにきえる。
手袋を手に、初老の清掃員は呆然とそれを見送っていた。
走り去る未夢の背中に、一瞬、羽のようなものが見えた。
清掃員は驚いて、ごしごしと目をこすった。
「不思議な子じゃ」
今はもう誰もいなくなった公園の並木道を見つめながら、清掃員はつぶやいた。
雪は降り続いている。
寂しい人の上にも。
傷ついた人の上にも。
雪はただ静かに降り続く。
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