天使と神様 作:栗田
  (前編)

(この作品は、2002年12月から2003年1月にかけて開催された「Little Magic Da!Da!Da! Special Christmas」の出品作品です)


 ふいに、ひんやりしたものを頬に感じて、彷徨は空を振り仰いだ。
 暗闇の向こうから、白いモノがチラチラと降りてくる。

(雪か・・・・)

 思わず肩を縮めて、ぶるっと一度身震いした。
 今はもう夜中の12時過ぎ。
 夜の静けさの中に、音もなく雪が舞う。
 染みいるような静寂の中で、自分の息づかいと足音だけが、やけに大きく聞こえた。
 吐く息は白く、凍てつく空気に次々と溶けていく。

 ちょうどクリスマス当日になってからの雪とは・・・、異国の神様とやらもなかなかオツなことをする。

 西遠寺へと帰る足を早めながら、彷徨は薄く笑った。
 寺の息子がクリスマスを祝うなんて、ちょっと滑稽だなと思った。
 しかも自分の誕生日は、何の因果か12月25日。クリスマスなのだ。

(親父は・・・この日に生まれたオレのことを、どう思ったんだろうな?)

 物事をよく考えているのか、考えていないのか。
 いまいち得体の知れない自分の父親を思い出した。
 ついで、写真でしかよく知らない母親のことも。

 今は、その二人とも、彷徨のそばにはいない。

 彷徨は雪を踏みしめて歩きながら、何か探すように、もう一度空を見上げた。


 雪はさっきから、絶え間なく降り続いている。
 このまま降れば、明日の朝は積もるだろう。
 降りしきる雪の向こうに、ふと、父親でも母親でもない顔が思い浮かんだ。


 きっとあいつは、この雪に大はしゃぎするな。


 全開の笑顔で空を指さす彼女をを想像して、知らず、微笑んでいた。
 ふわっと、胸に温かいモノが飛来する。



 最近はこうやって、
 いつも最後に彼女の顔が思い浮かぶのだ。




***




 彷徨は、音を立てないように、ゆっくりと扉を開けた。
 玄関は真っ暗で、し〜んと静まり返っている。
そっと体を滑り込ませて、またゆっくりと戸を閉めた。
自分の家なのに、まるで泥棒に入ったような気分だ。

 手にしていた大量の荷物を一度玄関に置いて、マフラーをゆるめながら、ふと気づいた。
 こんな真夜中なのに、台所の方から明かりがもれている。
(未夢、かな?)
 それともワンニャーか?と、彷徨は首をかしげた。
 今はもう夜中の0時過ぎ。
 普通なら起きている者などいないはずなのだが・・・・?

 彷徨は不思議に思いながら台所へ向かった。
 冬の静かな夜。
 ぎしぎしと歩く、廊下もひんやりと冷たい。


 台所の戸を開けてみると、
 皓々とつけられた明かりの下、未夢がテーブルに突っ伏して眠っていた。
 ちょっと目を見開いて、彷徨は苦笑する。
 パーティの後かたづけの途中で疲れて眠ってしまったのか、未夢は、愛用のひよこマークのエプロンをつけたままだった。


 彷徨は音を立てないように気をつけながら、そろり、そろりと、未夢に近寄った。
 すぐ脇まで近付いても未夢が起きる気配はなく、すぅすぅという穏やかな寝息をたてている。


 普段は、こんなに至近距離で見ることのない、その寝顔。
 見つめるうちに、じわじわと得体の知れない感情が沸き上がってくる。


 キシ・・・
 彷徨はテーブルに片手をつき、恐る恐る手を伸ばした。
 白い頬に流れる金色の髪の一筋を、そっとすくう。
それから、こわごわと、不器用に・・・でも限りない優しさを持ってその髪をなでた。
 髪に触れた指先から、確かなぬくもりが伝わる。


 ずっと、そばで。
 常に触れられる距離で、こいつといれたら。


 そんな願望に気づいたのは、つい最近だった。

 視線に熱がこもる。
 吐息がもれる、未夢の薄紅の口元に、目が吸い付いていく。
 指先から伝わる熱が、次第に体中に駆けめぐって。

 彷徨は、急に部屋が暑くなった気がした。
 やばい、と、
 本能的にそう思い、ぱっと手を離した。
 無理やり視線を未夢からはがし、パタパタと自分の顔を手で仰ぐ。

(こんな所で眠ってしまうなんて、こいつが無防備すぎるんだ)

 責任転嫁。
 自分の気持ちをごまかすようにそう結論づける。
 穏やかな未夢の寝顔が、少し恨めしくなってきた。

 赤い顔で一度うつむいて、彷徨は少々乱暴に未夢の肩を掴んだ。
 そのまま強く揺さぶる。


「おい! おい、未夢! こんな所で寝てると風邪ひくぞ!」
「・・・ん? ・・・んん?」

 小さく身じろぎして、未夢はゆっくりとその瞳を開いた。




***




「彷徨?」

 自分を見下ろすダークブラウンの瞳に、未夢は、まだ夢を見てるのかな?と思う。

「お前、こんな所で寝てんなよ。びっくりしたじゃないか」

 ちょっと怒ったような口調。
 それがなんだか嬉しくて、未夢はまだ夢うつつのまま、にへらっと笑った。

「彷徨ぁ、帰ってたんだ〜」
「たった今な」
 その笑顔に少し動揺しつつ、彷徨がぶっきらぼうに答える。
「え? 今って、何時?」
「もう夜中の1時すぎ。『お前の誕生日祝いも兼ねてるんだからな〜』って、12時過ぎるまでつきあわされたんだよ」
 疲れたようにため息をつく彷徨。


 未夢は、ぱちっと目を見開いた。
 急に現実を思い出したのだ。

 そうだった。今日はクリスマスパーティーで。
 自分は西遠寺で、ルゥやワンニャー、桃花と小さなパーティーをして・・・でも彷徨はいなくて。

 本当は、今日のパーティーの間中、何か欠けているような物足りなさを感じていた。
 だから余計にはしゃいで、そんな気持を吹き飛ばそうと思ったのだが。
 やっぱり心の底から楽しめなかった気がする。
 今頃、彷徨はどんなふうにパーティーの時間を過ごしているのか。
 そのことばかりが頭に思い浮かんでいた。

 それを思い出して、あらためて目の前の彷徨を見ると、彼はまだコートを着たままだった。
 そして、その足下に置いてあったのは、大きな二つの紙袋。
 未夢はそれを見つけて、一瞬顔を曇らせた。
 だが、すぐに感情を押し隠して笑顔を作った。


「・・・でも、よかったじゃない。そんなにたくさんプレゼントもらえて」
「え?」
 彷徨が今気づいたというように、足下に目をやる。
 そう。
 紙袋の中身はたくさんのプレゼントたち。
 袋の一番上から、カラフルな包装紙がちらちら見えていて、それがプレゼントだと未夢にもすぐに分かった。

「ああ、まぁな〜。妙なモノが多いけどな」
 当の彷徨は肩をすくめて、気のない返事を返す。

 未夢は“せっかくプレゼント貰ったんだからもっと喜べばいいのに”と、ちょっと唇をとがらせた。
 でも、彷徨は人気者なのだ。
 もしかしたら、こんなことは毎年のことで、彷徨にとっては当たり前で、たいしたことないのかもしれない。
 そう考えながら、未夢はふっと表情を曇らせた。
 ・・・自分のプレゼントは喜んでもらえるんだろうか?


「う〜〜ん、疲れた〜〜。オレ、もう寝るわ」
 考え込む未夢をよそに、彷徨は大きく伸びすると台所を出ていこうとする。
「あ、お前も。後かたづけなんて明日にして、もう休めよな」
 扉に手をかけたまま振り返ってそう付け加える彷徨。

 その小さな気遣いに、未夢は微笑んでうなずいた。
「うん。そうだね・・・そうするよ。・・・オヤスミなさい、彷徨」
「おやすみ、未夢」



 あくびをしつつ彷徨が台所を出ていってしまってから、未夢は一つため息をついて
 はたっと気づいた。


 そうだ。
 12時を過ぎたってことは、今日はもう25日。
 彷徨の誕生日だ。


(おめでと〜って、言いそびれちゃった、な)
 しまったな〜と悔やむと同時に、気持が沈んでいく。
(まぁ私なんかに祝ってもらえなくても、パーティー会場でみんなにおめでと〜ってたくさん言ってもらっただろうし・・・・)


 そんなふうに思いながら、未夢の胸はツキンと痛むのだった。




***



 次の日の朝。
 未夢は、まぶしい光で眼を覚ました。
何度も瞬きして、窓を見れば、真っ白な世界。
 窓縁にへばりついた雪の結晶が、陽の光を反射してキラキラしている。

いつもならこんな寒い朝は、ぐずぐずと布団から出られないのだが・・・
 未夢はそれを見たとたん、ぱっと身を起こした。
 急いでカーディガンを羽織りながら、窓辺へ駆け寄る。

「きれい〜〜! ホワイトクリスマスだぁ〜」

 今はもう、雪は降っていない。
 庭は、真っ白に雪化粧して、朝の陽の光りで輝いている。
 こんなふうに雪化粧した庭を見るのは、今年何度目かなのだけれど、今日は特別に美しく見えた。

なんてったって今日はクリスマス。
 彷徨の誕生日なのだ。
 天の神様まで、彼の誕生の日を祝福してくれているように思える。

「よ〜〜っし!」

 未夢は太陽に向かって大きく伸びをした。
 今日は友人たちを招いて、彷徨の誕生日パーティーを開くのだ。

(がんばろっと)
 未夢は一人、握り拳を作って気合いを入れた。




***




 クリスマスとは別に、彷徨の誕生日パーティーもやろう。
 そう提案したのは、他ならぬ未夢だった。
 イヴの日は一緒に過ごせないけど、せめて25日の彷徨の誕生日は、みんなで一緒に過ごしたいなと思ったのだ。

(彷徨・・・喜んでくれるかな?)

 少し不安を覚えながら、未夢は本堂に向かって廊下を歩いていた。
 パーティーに出す料理はワンニャーにまかせて、未夢の分担はパーティー会場の飾り付けなのだ。

 途中、居間の前を通りかかった時、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきて未夢は足を止めた。
(この声は)
 未夢はそっと、居間のふすまを開けた。

「ルゥくん? 桃花ちゃん?」
名前を呼びながら顔を出すと、ルゥと桃花が、お人形で仲良く遊んでいた。
 桃花は、昨日の今日なのに、朝早くから“愛しのダ〜リン”に会いに来たらしい。

「あ、おばたん、おはよ〜」
「あ〜い! まんま〜」
「おはよ〜。ルゥくん、桃花ちゃん」
 朝から元気いっぱいの二人に、未夢は笑顔で返事を返してから、傍らに目をやって。
 目を見開いた。
「あっ、ああ〜〜! それ、あけちゃったの!?」

 彷徨が昨夜持って帰ってきた二つの紙袋。
 紙袋の中身がバラバラに散らばり出ていた。
 それだけではなくて、きれいに包まれたプレゼントの一つ一つが、包装紙が破られて中身が取り出されている。
 どうやら、先ほどからルゥたちが手にして遊んでいたマスコット人形も、そのプレゼントの一つだったようだ。


「それ・・・、彷徨が昨日もらってきたプレゼントなのに・・・」
 未夢は、あちらこちらに散らばっているモノたちに、呆然としてしまう。

「あら? しょうなの? てっきりしゃんたさんからのプレゼントだとおもったのに。ね〜、るぅ〜」
「しゃんた!」
「あたちたちがとってもいい子だから、しゃーびすでいっぱいぷれぜんとしてくれたんらってね〜」
「あ〜〜い!」
 うなずきあうルゥと桃花に、未夢は頭を抱えた。
「あ、いや、ま〜〜、確かにサンタはいるわけで…もちろんプレゼントもくれるんだけど・・・・・」
 未夢は、どうやったら二人の夢を壊さないように説明できるかと、考え込みながら視線を泳がせた。

 ふとその時、
 一つのプレゼントが目に留まった。
 未夢ははっとした。
 そのプレゼントから目が離せなくなる。
 袋の破けたところから、青い色のものが見えていた。


 未夢は、ゆっくりとそれの方に近寄った。
 畳に膝をついて座ると、それをそっと手に取る。
 包みが破けて半分だけ顔を出していたそれは、予想通りマフラーだった。
 ブルーのマフラーだった。

「・・・・・・・・・」



「おばたん?」
 様子のおかしい未夢に、桃花が不思議そうに声をかけてくる。
 未夢は、手にしたマフラーを見つめたまま、反応しない。
 桃花は、思い詰めたような未夢の顔とマフラーを交互に見ながら、桃花は首をかしげた。
「しょのまふらーが、どうかちた? ・・・おばたんってば!」

 強く呼ばれて、未夢はようやっと我に返った。
 はっと顔を上げて、心配そうにこちらを見ているルゥや桃花に気づく。

「え、あ! なんでもない、なんでもない!」
 あわてて手を振り回しながらそういうと、未夢はさっとマフラーを畳の上に戻した。

「と、とにかく〜! これはみんな彷徨へのプレゼントなんだから、元の所へちゃんと片付けてね〜」
 人差し指を立てて、ルゥと桃花に言い聞かせる。
「ええ〜?」
「ぶぅ〜」
 不満そうな声をあげるルゥと桃花
「ルゥくんと桃花ちゃんは、昨日プレゼントもらったでしょ? これは、今日誕生日の彷徨のものなんだから・・・ね!」
「「はぁ〜〜い(あ、い〜)」」

 しぶしぶと、たくさん散らばっていたものを紙袋に戻していくルゥと桃花。
 それを見ながら、未夢はぼんやりとしていた。

 さっきまでの、張り切った気持ちがしぼんでいる。
 頭の中で、さっきまで手にしていたあの青いマフラーが、ちらついて離れなかった。




***




「おはよ〜〜」
「あ、おはようございます、彷徨さん。めずらしくごゆっくりでしたね〜」
「昨日、帰ってくるの遅かったからな」
 言いながら彷徨はきょろきょろと当たりを見渡した。
 朝の風景に見慣れた姿が見あたらない。

「未夢は?」
「さっき、ちょっとと言って出かけましたよ。昼前には戻ってくるはずです〜」
「ふ〜ん」
 彷徨は、どこへ行ったんだろ?と、首をかしげた。

「さ、彷徨さん。彷徨さんは今日の主役なんですから、準備はいいですよ〜。用意が出来るまで居間でまってて下さい。午後には三太さんたちお友達も来る予定ですから」
 ワンニャーは邪魔とばかりに彷徨のを背中から押して、台所から追い出そうとする。
「え? あいつらも呼んだのか?」
「はい。未夢さんが、大勢の方がいいだろうって、みなさんに声かけして集まってもらったみたいですよ」
「・・・・ふ〜〜ん」
 彷徨はちょっとつまらなさそうに肩を落としながら、台所を出た。


 確かに大勢というのも楽しいかもしれないが、“家族水入らず”というのもよかったのじゃないか。
ルゥと、ワンニャーと、未夢と。4人で。

 ・・・・・・なんだったら、未夢と2人だけでもよい。

 ぽっと頭に浮かんだその考えに、彷徨は一人赤面して、ぶんぶんと首を振った。

(何考えてんだ、オレ)

 こんなことを考えちゃ、ルゥやワンニャーにも悪い。
少し申し訳ないような気持ちで、彷徨は肩をすくめた。




***




 未夢は、ぼんやりと街を歩いていた。

 先ほどから、また雪がちらつき始めている。
 ひらひらと舞う雪の中。あちこちでクリスマスイルミネーションが光る。
 雪間を光りが踊って、とてもキレイ。
 通りを行き交う人々の表情もキラキラ輝いていてまぶしい。

 だけど、イヴが終わった今日は、街も少し疲れてるみたい。
 流れるクリスマスソングが、時間を惜しむように聞こえる。
 もう、終わりの気配がしている。
 本当は、今日がクリスマス本番なのにね。

 雪まじりの冷たい風が吹ぬけた。
 未夢は、とっさに手にしていた包みを守るようにぎゅっと抱きしめる。
 風が通りすぎたあとで、はっと我に返って苦笑した。
 これはもう、渡すことの出来ないプレゼントなのに。

(まさか、おんなじブルーのマフラーなんてね)

 そう。
 未夢が彷徨のために用意していたプレゼントは青いマフラーだったのだ。
 すごく悩んで、あちこち店を廻って、ようやっと見つけたモノだった。
 それが、他の人のプレゼントと重なってしまうなんて。
 未夢は情けない気持ちで、うつむいた。

 しかも向こうは手編み。
 今さら、このマフラーをあげられるはずがない。

 未夢はこのマフラーを捨てるつもりで、西遠寺から出てきたのだ。
 こんなプレゼント、彷徨に見つかって気まずい思いをするのもイヤだし・・・他にあげる人も思いつかなかった。
 いや、あげようと思えば、父親の優とか・・・それともワンニャーに上げちゃうかとか思ったのだが・・・・・・できなかった。 
 これは彷徨のために、選んだモノなのだ。

 ここまで来る途中、ゴミ置き場やくずかごの前で、何度も捨てようと立ち止まった。
 でも捨てられなかった。
 ここだと目立つから。風に飛ばされそうだし。そんないいわけをつけては、捨てずにいるのだ。


 これ、どうしよう。
 これ持ったまま帰るなんて、できないよ。
 でも捨てることもできない。



 途方に暮れた気持ちで、ぼんやりとクリスマスでにぎわう街を歩いていると、前方にこちらに向かって女の子が目に止まった。
 それは、チェックのコートを着た、未夢と同じ年くらいの少女。
 その子は、手にプレゼントらしい包みを大事そうに抱えていた。
 ちょうど今、未夢が持っているのと同じような大きさの包みだった。

(あのプレゼント、誰にあげるんだろう?)

 赤い手袋と赤いマフラー。それと同じように頬も少し赤く染めて。
 コートと同じ、チェック柄のリボンで結んだ髪を揺らしながら、少し駆け足気味に歩いている。
 口元が嬉しそうにほころんでいる。

(誰かと待ち合わせかな?)

 少し、うらやましい気持ちで、未夢はぼんやりとその少女の姿を目で追っていた。

 すると・・・・・・。



 ドン!
「きゃあ」

 ベチャ。



 少女が、大きな男とすれ違ったときに、肩がぶつかり転んでしまった。
 手にしていた包みが、無惨にも水たまりに落ちてしまっている。
 少女はイタタタと身を起こして、それに気づくと顔を強ばらせた。
 一方、ぶつかった男の方はそんな惨状に振り向きもせず、足早に通りすぎていってしまう。



「ひどい!」

 未夢は憤慨しながら、地面に座り込んだままの少女に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 腰をかがめてそう聞きながら、少女の顔を覗きこむと、彼女は泥だらけになったプレゼントを見つめながら、涙ぐんでいた。




***




「昨日、ずっと好きだった彼から告白されたんです」

 未夢と少女は、駅前のベンチに並んで座って話していた。
 話しながら、少女は時折、涙のにじむ目をこすっている。

「返事は今日、ここで待ち合わせて、することになってるんです」
「そうなんだ」
「私、嬉しくて・・・・・・。もちろんOKするつもりで・・・・・・」
 そこまで言って少女はひぃっくと、しゃくりあげた。
「大丈夫?」
 未夢は慰めるように背中をなでてやる。
 少女は、目をこすりながらうんうんとうなずいて、手にしている包みに視線を落とした。

「これ、手編みのマフラーなんです。私、ずっと前から彼にプレゼントしようと編んでて・・・・・・でも勇気が無くて渡せなかったんだけど・・・。今日これを渡して、『私もずっと好きだったんだよ』って・・・・・・言おうと思ってたのに・・・・・・」
 少女の目に、また、じわ〜と涙が浮かんできた。
「こんなんじゃ、渡せないよう〜〜」
 言葉と共に、とうとうパタパタと涙を落ち始める。

 未夢は痛々しげに少女を見つめた。
 一生懸命、好きな人のために編んだマフラーが、一瞬でダメになってしまったのだから無理もない。
 少女の気持ちを思うと、切なくなってしまう。
 それに・・・・、痛いほど今の自分には分かるから。

 なんとかしてあげたい。
 そう思った。


(そうだ。プレゼントならあるじゃない)

 ふっと思いついて、未夢は自分の抱きかかえていた彷徨へのプレゼントの包みを見下ろした。

 中身は青いマフラー。
 この子が彼にあげようと思っていたのもマフラー。
 どうせ捨てようと思っていたのだから。
 これが、誰かの役に立つのであれば。


 未夢は、意を決したように顔を上げて、少女の方に向き直った。
 泣き続ける彼女に、彷徨に上げるはずだったプレゼントの包みを差し出す。

「これ、あげるよ」
「え?」
 少女は目を丸くして、涙目のまま未夢を見つめた。
「中は蒼いマフラーだから」
 未夢はにっこり笑って、包みを少女の方に押しやる。
「で、でも・・・」

「私も昨日プレゼントする予定だったんだけど・・・。渡したい人は、他の子からのマフラーをもらっちゃってたの」
「・・・・・・・・・」
「今さら同じプレゼント出せなくてさ。このマフラー、行き場が無くて困ってたんだ」
「・・・・・・・・・」
 説明する未夢の前で、女の子はまだ呆然としながら目の前の包みを見つめていた。
 未夢はそんな彼女に、ちょっとおどけたように笑ってみせる。
「手編みじゃなくて悪いんだけどね。もしだったら使ってよ。このマフラーが誰かの役に立つのなら私も嬉しいし」


「だ、だけど・・・・・・」
 少女は、未夢と包みを交互に見ながら、なおも戸惑ったような顔をする。
 未夢はそれにかまわずに、強引に話を進めていった。
「あ、メッセージカードは取り替えなきゃね。あなたのカードを貸して」
「あ!」
 さっと横から手を出し、未夢は、泥だらけの包みから、かろうじてきれいに残っていたカードを抜き取る。
 そして、自分の包みの方からメッセージカードを取り出して、入れ替わりに少女のモノを差し込んだ。
 自分のカードは、そのままくしゃっと握りつぶして、ポケットの中に入れる。
 その時に、ほんの少しツキンと胸が痛んだが、未夢はそれを努めて無視した。


 だって、これ以上ちょうどいいことはない。
 捨てることは出来なかったプレゼント。
 それを、こうやって誰かに渡すことで、役立てることが出来るのだから。


「はい、これでよしっと」
 できあがった包みを、ぽんっと女の子の膝の上に乗せて、ニッコリと微笑んでみせる。
「彼、喜んでくれるといいね」

 女の子は、まだためらっている様子で未夢を見つめ、
 それからじわっと目に涙をためながら笑って、もらった包みをきゅっと握りしめた。

「あ、ありがとう」
「ううん。気にしないで。どうせ、捨てようかと思ってたんだから」
 お礼を言う女の子に首を振ってから、未夢は立ち上がる。

「じゃあ、私はもう行くね。そろそろ彼が来るころでしょ?」
 少女は少し緊張した面もちでこくんとうなずいた。
 これから“告白”という一大イベントを迎える彼女の気持が伝わってきて、未夢は小さく微笑む。

「うまくいくように祈ってるよ」
 心からの気持でそれだけ言うと、未夢はさっと身を翻した。
 そのまま、足早にその場から去る。
 ・・・マフラーから逃げるように。


「あ、あのっ・・・名前・・・・・・」
 あわてて少女が引き留めようとした時は、未夢の姿はもう遠ざかっていた。
 あっという間に、白いコートの後ろ姿が、人混みに消えてしまう。
 雪降る街の中、まるで幻のように。

「・・・・・・行っちゃった」

 未夢が走り去った方を見つめながら、少女はぼんやりと立ちつくした。
(もしかしたら、本物の神様の使いだったのかも・・・・・・)
 白いコートを着て、白い町に消えてしまったその姿に、そんなふうに思う。
感謝の気持ちいっぱいで、少女は手にしていたプレゼントの包みを大事そうに抱え直した。



 雪の中、立ちつくす彼女の背後から、近づいてきた一つの長身の影。


「お待たせ」


 大好きな低い声に、少女の心臓はびくんっと飛び跳ねた。
 少女は、ドキドキする心臓を押さえながら振り返った。




***



 西遠寺の本堂では、彷徨の誕生日パーティーの真っ最中。
 三太・ななみ・綾・クリス・桃花も来ており、にぎやかだ。

 笑い声とクラッカー。
 弾んだ会話が本堂にこだまする。

 そんな中、楽しい友人たちに囲まれながらも、彷徨は時計ばかりを気にしていた。
 昼前には帰ってくると言っていた未夢が、昼を過ぎて、パーティーが始まっても、まだ帰ってこない。
 だんだんと、彷徨は不安をつのらせていた。

「未夢ちゃんどうしたんだろ?」
 いつまでも姿を見せない親友に、綾やななみたちも、次第に心配顔になってくる。
「もしかして、西遠寺くんケンカでもした?」
 ななみが少し冗談半分に、彷徨にそう聞いた。

「・・・いや・・・べつに・・・・・・」
 心ここにあらずといった感じで、答える彷徨。
 未夢のことが気になっているのがありありと分かってしまって、綾とななみは顔を見合わせた。
 未夢にこの顔を見せたいな〜なんて思いながら、ななみはクスリと笑うと、気を取り直すかのように彷徨に聞いた。

「そういえば西遠寺くん。もうプレゼントもらった?」
「あ、そうそう、プレゼント! 未夢ちゃん、すっごく悩んで買ってたんだよね〜」
 綾も目をきらきらさせてうなずく。

「プレゼント?」
 彷徨は、その言葉にドキッとした。
 表面上は、何でもない様子で聞き返したのだが・・・。

 自分は未夢に渡すモノがある。
 未夢も同じように、何かを自分にくれるのだろうか?
 そう思うと胸がザワザワとざわつく。

 そんな彷徨を見透かすように、三太・綾・ななみがにやにやと見守る中、
 どこからか不気味な声が・・・・・・・・・、


「未夢ちゃんが彷徨くんにプレゼント、未夢ちゃんが彷徨くんにプレゼント・・・・・・」


 一同ははっと声の方を振り向いた。
 そこには、今の会話を聞いていたらしいクリスが、不穏な空気をまき散らしながらぶつぶつとつぶやく姿があった。


「は、花小町さん、落ち着いて!」
「クリスちゃん、冷静に冷静にね!」
 口々になだめようとすると、
クリスがぱっと顔を上げた。

「でもわたくし!負けませんわ!!」
 握り拳を握り、目が据わっている。
 顔を引きつらせる彷徨の前で、クリスは優雅に微笑んだ。
「彷徨くん、わたくし今日のために厳選したプレゼントを用意しましたのよ〜。鹿田さん、持ってきて下さいな」
 合図と共に、すーっと本堂の扉が開いて、いつの間に西遠寺に来ていたのか、鹿田が登場した。
 鹿田のは以後には巨大なコンテナが控えている。


「彷徨くん、受け取って下さいな〜〜〜」


 クリスのセリフと共に、ぱかっとコンテナの蓋が開き、ドドドーーっとプレゼントの山が本堂に流れ込んできた。

「うわぁ〜〜〜」
「きゃ〜〜〜」
「おぼれる〜〜〜」
「っきゃ〜〜い!」

 みんなを巻き込みながら、プレゼントは本堂の床全面に広がった。


 プレゼントの山に埋もれながら、彷徨はため息を一つ。
 こんなものより・・・・、ほしいのは、たった一つなのだ。

 彷徨は周囲に気づかれないように、ちらりと時計を見やった。
 時計の針は、午後2時過ぎを指している。
 未夢はまだ帰ってこなかった。


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