「うわぁ〜〜! 彷徨! 見て見て〜! かわい〜〜vv」
居間に戻るなり、未夢は歓声を上げた。
未夢の後ろから入ってきた彷徨も、未夢が駆け寄った先に目を向けて、思わず微笑む。
「二人ともかなりはしゃいでたから、疲れたんだろうなぁ」
言いながら、そちらに歩み寄る。
未夢は座り込んで見守る先には、ルゥとももかがいた。
二人は、人間がすっぽりはいるほどの大きな靴下の中に、並んでくるまり、眠っている。
身を寄せ合って寝息を立てるその姿は、本当に可愛らしかった。
今日は12月24日。
クリスマス・イブ。
未夢がどうしても!と言い放ち、西遠寺ではクリスマス&彷徨のバースデイパーティが開催された。
楽しかったパーティーも先ほどお開きとなり、未夢と彷徨は今さっき、三太、ななみ、綾、望の4人を玄関で見送ったばかり。
そして、玄関からパーティー会場であった居間に戻ってきてみると、靴下の中でももかとルゥが眠っている、可愛らしい姿に遭遇したのだった。
彷徨はルゥとももかを挟んで、未夢とは反対側に座り込んだ。
「起こさないようにしろよ、未夢」
「分かってるもん」
未夢は少しふくれてから、靴下から出ていた、ルゥとももかの手をそっと中に入れてやる。
二人ともぐっすり寝込んでいるようで起きる気配がない。
未夢と彷徨の口元に笑みが浮かぶ。
「ふふ。かわい〜vv 写真、撮りたいなぁ」
「カメラ係の三太は帰っちまったしな〜。・・・うちにカメラなんてあったっけか?」
「ワンニャーなら、持ってるんじゃない?」
「そうかもな。・・・でも、あいつの持ってる機械って妙なのが多いから、危ない気がしないか?」
「そ、そうだね・・・」
う〜んとうなった彷徨に、未夢も苦い顔をしてうなずいた。
過去に二人とも、ワンニャーの持ってきた“便利な”機械で、大変な目にあったことがあるのだ。
小さくなったり、子供になったり。
「まぁいっか。この目にしっかり焼き付けておこう♪」
「・・・・・・」
ふふっと笑いながら、とんとんっとルゥの胸のところに手をやり、あやしている未夢に、
彷徨は想わず眼を細める。
優しく子供たちを見つめるそのまなざしに、懐かしいような“母性”が感じられて・・・。
彷徨は、熱くなった頬をごまかすように、こほんと一つ咳払いすると、無理矢理視線を未夢からひっぺがし、ルゥたちの方を見やった。
「し、しかし、この靴下でかいなぁ。子供二人が楽々だぜ」
「最初はクリスちゃんが入ってきたんだよね〜」
「・・・いい加減にしてほしいよな」
「・・・そんなこと言わないであげなよ・・・クリスちゃん一生懸命なんだから。・・・受け取ってあげれば良かったのに」
「・・・・・・」
彷徨は無言で未夢を見つめる。
未夢は、顔を下に向けてルゥとももかを見つめたままだったので、その表情は彷徨からは伺い見ることはできない。
そう。
この靴下は、クリスのものだった。
今日の昼過ぎ。
パーティーの出席予定者の一人、クリスが、玄関を開けるなり靴下に入った状態で飛び込んできたときには、驚いた。
「かなたく〜ん。めりーくりすます、あ〜んど、はっぴーばーすでい! いろいろ考えましたけれど、ぷれぜんとはやっぱり、わ・た・く・し、がいいのじゃないかと思いまして〜。私の愛を受け取ってくださいな〜〜」
靴下に入っているため歩けないクリスは、ぴょんぴょんと跳びはねながら、彷徨の元に迫ってきた。
彷徨は顔を引きつらせ、とっさにそれを除けた。
「え? えぇ? かなたく〜〜ん?!」
クリスは勢い余って止まることができず、そのままぴょんぴょんっと突進し、玄関の縁に足を引っかけ、バッターンと派手な音とともにすっころんだ。
彷徨は、あっちゃ〜〜っと目をつぶった。
手を突くことができず、もろに顔面から床に倒れ込んだクリスは、
「か〜な〜た〜く〜〜ん、どこにいらっしゃるのですかぁ〜〜。はらひれほれはら・・・・」
と、目を回してつぶやくなり、バタンと気絶した。
彷徨があっけにとられ、どうしようか?と迷っていると、玄関から一陣の風とともに一人の人物がクリスの元にひざまずいた。
「お嬢様。クリスお嬢様。大丈夫ですか?」
それはクリスの忠実な執事・鹿田だった。
いつのながらの神出鬼没ぶりと、素早さだった。
「申し訳ございません。西遠寺様。お嬢様はこのような状態ですので、本日は連れて帰りたいと思います」
「あ、どうぞどうぞ〜」
「当家では明日もクリスマスパーティーを開催いたしますので、ぜひぜひいらしてください。お嬢様もお待ちしておりますので。では」
「あ、ちょっと・・・!」
鹿田は、彷徨が断る間もなく、招待状を押しつけ、クリスを背負い上げると、また来たときと同じように、さっと姿を消した。
本当に忍者みたいな男である。
「なんなんだよ。いったい…」
そうして。
招待状を手に、呆然としている彷徨の足下には、クリスが入ってきた巨大靴下だけが残されていたのだった。
彷徨は、その時のことを思い出して、ふうっとため息をついた。
招待状はまだポケットの中にいれっぱなしになっているが、彷徨に行くつもりはない。
自分に強烈な想いをよせてくれているクリスには悪いが、名門・花小町ヶも、クリス本人も、彷徨にとっては気づまりな存在でしかなかった。
それに明日は、自分の誕生日でもある。
どうせなら、家でのんびりとしたかった。ルゥや未夢たちと・・・。
目の前のルゥは、本当に気持ちよさそうに眠っている。
きれいに編み上げられたその靴下は、ふわふわで寝心地が良さそうだった。
ルゥのいい寝袋をもらったのだから・・・。この靴下のことだけは、クリスに感謝しなくちゃいけないな、などと心のうちで思う。
「こうやって見てると、子供って本当に天からの授かり物って感じがするよね〜」
ふふっと微笑みながら、未夢がつぶやいた。
「天からの?」
彷徨は笑った。
「ルゥはホントに天から来たし?」
「そうそう。宇宙からね」
「プレゼントって言うより、びっくり箱だよな。コイツの場合」
「あはっ。そうかも〜」
二人でくすくす笑いあう。
その音に反応して、ルゥが「んぅ?」と身じろぎした。
未夢と彷徨は、あわててしーっと人差し指に手を当てて、眼を交わしあった。
幸いルゥは起きずに、そのまままた、すやすやと寝息を立て始める。
未夢は優しく微笑んで、ルゥの頭をなで始めた。
彷徨はなんだか。
そんな未夢の表情から、目が離せなかった。
「どんな夢を見てるのかなぁ? ・・・オット星のパパとママの夢、かな・・・」
「かもな」
「もしルゥくんが、神様からのプレゼントだとしたら、こんな素敵なプレゼントはないよね」
「・・・・・・・・」
「宝物、だよね〜」
「・・・・・・・・」
「なに? じっと見て・・・」
「べ、別に・・・っ」
彷徨はあわてて、赤くなっていた顔を隠すように横を向く。
頬がやけに熱い。
「きっとさ。14年前、彷徨のお母さんも思ったんじゃないかなぁ」
「・・・母さんが?」
「クリスマスに生まれた、彷徨のこと。神様からの一等特別なプレゼントだってね」
目を見開いて、未夢を見返す。
未夢は、何でもないことのように笑っていたけど・・・。
こいつは時々、こうやって。
ふい打ちで、彷徨の心臓をノックする。
そのたびに、彷徨の胸の中はふわっとなって、言いようのない想いでいっぱいになるのだ。
「それに、私にとっても・・・」
未夢が小さな声で、ぶつぶつと何か言った。
「え?」
彷徨が聞き返すと、未夢はなぜか顔を赤くして、ぶんぶんと首を振る。
「な、なんでもない!」
「?」
「そ、それよりも! ももかちゃん、そろそろおうちに帰った方がいいんじゃない?」
「そうだな。・・・ワンニャーにひとっ飛びして送ってもらうか」
「そうだね」
そうして、二人して同じ部屋にいるワンニャーの方を見たのだが・・・。
未夢と彷徨は、同時にあきれた顔をした。
ワンニャーは、三角帽子をかぶったまま、机に突っ伏して眠っていた。
「むにゃむにゃ・・・もう食べられませんよ〜〜…」などと、寝言をつぶやいている。
「いっつも肝心なときに役に立たないよね〜。ワンニャーって」
「そうだよなぁ〜」
しみじみとつぶやく未夢と彷徨。
彷徨は、しょうがないとため息をついて立ち上がった。
「オレ、ももかちゃんを花小町んとこまで送っていくよ」
「そう? 一人で平気?」
「大丈夫、大丈夫」
言いながら彷徨は、そっと靴下の中からももかを抱き上げた。
「外寒いから、コートとマフラーしていった方がいいよ」
「ん、そうする」
「いってらっしゃい。気をつけてね〜」
ルゥの傍らに座り込んだまま、子供のように自分を見上げて手を振る未夢に、彷徨はふわっとした笑みを残してから居間を出て行った。
◇◇◇
彷徨が出て行って。
しーんと静まりかえる室内。
さっきまであんなに騒々しかったのが、嘘のよう。
未夢は急に寒くなったような気がして、身震いした。
傍らのルゥを見下ろす。
ルゥはまだ、あったかそうな靴下の中で、すやすやと眠っている。
(クリスちゃんって、ホントにまっすぐだよね・・・)
ルゥの頭をなでてやりながらぼんやりと思う。
さっきは彷徨に“受け取ってあげれば良かったのに”なんて言っちゃったけど。もし本当に、彷徨がクリスの“プレゼント”を受け取っていたら・・・。
胸がきゅっと鳴って、未夢は眉をしかめた。
ばかだな。
何、動揺してるんだろ?
別に、彷徨がクリスちゃんとつきあったって、私には関係のないことじゃない。
自分をごまかすように言い聞かせるが、胸の痛みは止まらない。
気分が沈む。
未夢はふぅっとため息をついた。
最近、こうやって。彷徨のことで動揺することが多い。
なんとなく・・・。
その理由も分かってはいるんだけど・・・。
だからといって、どう行動すればいいのか、未夢には分からなかった。
とてもクリスのように、一直線にはなれそうもないし。
顔を合わせれば、いつものごとく意地っ張りな言動ばかりしてしまうのだから・・・。
くしゅん。
意図せず、くしゃみが出た。
未夢はあわてて口を押さえてルゥを見る。
幸い、ルゥは今の音でも起きなかったようだ。
ほっとしつつ、未夢は自分の両肩をかき抱いた。
なんだか、さっきよりもさらに寒くなっている気がした。
ふと思いついて立ち上がる。
部屋の隅っこのクリスマスツリーの陰に隠してあった、プレゼントの包み 紙を手に取り、それを持ってルゥの元に戻った。
膝の上にそれを大事そうに置く。
ほんのささいな物だけど。
散々迷って選んだ。
これは彷徨へのバースデイプレゼント。
正面切って渡すのは、ちょっと照れくさいけど。
彷徨が帰ってきたら、なんでもない顔で渡そう。と、思っていた。
未夢はそっと、壁にかかった時計を見上げる。
彷徨が戻ってくるまでには、まだ時間がかかりそうだった。
ちょっと息をついて、ルゥに視線を戻すと、ルゥは本当にあったかそうに、毛糸にくるまって眠っていて。
(クリスちゃんが入ってたんだから、私が入っても大丈夫・・・だよね?)
ふと、そんなふうに思いついて。
好奇心と寒さから、未夢は靴下の端をつかんだ。
「ルゥくん、ちょっとだけ向こうへ行ってね」
ルゥをそっと靴下の端へ除けて、起こさないように慎重に隣に足を入れる。
靴下は、思った以上におっきくて。
未夢の身体がすっぽりと入っても、まだ余裕があった。
(あったかい・・・)
未夢は毛糸の端を、鼻先まで引き上げた。
横を向いて、ルゥを抱き寄せる。
高い子供の体温で、ますます暖かくなった。
ほどなくして、未夢は心地よい睡魔に身をゆだねたのだった。
◇◇◇
「ただいま〜」
ルゥがまだ眠っているかもと、小声でつぶやきながら、そっと居間のふすまを開けた彷徨。
煌々と明かりがついたままの室内を見渡し。
「・・・って・・・・」
思わず、声を出しそうになって、あわてて口を押さえた。
(おいおい〜〜。今度は未夢もかよ〜〜)
靴下の中で、身を寄せ合って眠っているのは、今度は未夢とルゥ。
ちょっとあきれつつ、彷徨は、抜き足差し足で、二人に近づく。
コートを着たまま、傍らに膝をついた。
そっとのぞき込めば、二人とも、幸せそうに口元に笑みを浮かべながら眠っている。
彷徨の口元にも笑みが浮かんだ。
(神様からの、プレゼントか・・・)
先ほどの、未夢の言葉が思い浮かぶ。
オレにとっては、こいつらが。
神様からのプレゼント、かもしれないな。
心がぽっと暖かくなる。とても大切な気持ちを。
彷徨の中によみがえらせてくれた、“こいつら”。
彷徨は右手をルゥの額に、左手を未夢の頭に乗せた。
温もりが伝わってくる。
宝物だ。
そう思いながら、指先でなでる。
ふと。
彷徨の背後でゴトと音がした。
はっと振り向けば、ワンニャーがごしごしと目をこすりながら起きあがるところだった。
「あれ? 彷徨さん?」
ぼんやりしながらこちらに歩いてくるワンニャーに彷徨は苦笑する。
そうそう。
こいつもいた。
こいつだって、立派な家族の一人。
たまに妙な失敗もドジもするけれど、愛すべき家族。
彷徨の“宝物”の一つだ。
「どうしたんですか?彷徨さん。コートなんて着ちゃったって・・・はれ?! ルゥちゃまと未夢さん!?」
「ルゥとももかちゃん、はしゃぎ疲れたみたいで、すっかり寝込んじゃったもんだから、さっきオレがももかちゃんを送っていったんだけど・・・。戻ってきてみたら、今度はこういう状態だったわけ」
「はぁ〜。未夢さんも大はしゃぎだったですからね〜」
「・・・お前もな」
「え? あははは〜〜〜」
ワンニャーは、ついさっきまで自分も寝込んでいたことを思い出し、ごまかすように笑った。
「と、とにかく。もう遅いですし。わたくしはルゥちゃまを部屋まで連れて行って寝かせますね〜」
「ん、頼む」
ワンニャーは、慣れた手つきで靴下の中からルゥを取り出すと、しっぽをぐるぐる回して、ふわっと宙に浮かんだ。
「それでは、彷徨さん。お休みなさいです〜」
「お休み〜」
ルゥを抱えて、すうっと飛んで部屋を出て行くワンニャー。
彷徨は手を振りながらそれを見送って。
さて、と。
いまだに眠り続けている未夢を見やる。
(あったかそうだから、このままでも風邪ひくことはないと思うけど・・・やっぱ、ちゃんと布団で寝た方がいいよなぁ・・・・)
首をかしげて思案する。
どうしようか?
起こそうか?
それともこのまま、部屋に運んでやるか?
彷徨は迷いながら、未夢に向かって手を伸ばした。
肩に手をやり、それでもまだ起きない未夢に、やっぱり運んでやろうかと思った、そのとき。
ふと、未夢が靴下の中で、大事そうに何か抱えていることに気づいた。
(なんだ?)
首をかしげつつ、身体を横にしている未夢をコロンと転がし、少し上に向かせる。
「んんぅ・・・」
未夢が小さく声を上げた。
その声はやけになまめかしく聞こえて、彷徨は赤面する。
幸い、未夢が起きることはなかったけれど・・・。
仰向けにしたことで、未夢の寝顔をまともに直視することになり、胸の動機は収まらなくなった。
(・・・まずっ・・・・)
彷徨は、口を押さえて落ち着こうとするが、視線は未夢からはがせなかった。
柔らかそうな白い頬は、うっすらと上気して。
少し開けられた唇から、甘い吐息が漏れる。
閉じたまつげが、呼吸に合わせてかすかに揺れているのが、まるで誘っているよう。
彷徨は肩に置いた手をすっと動かし、手の甲で白い頬をかすめて・・・。
かさりと。
未夢の胸のところで、紙の音。
彷徨ははっと手を引っ込めて、そちらの方を見た。
(そ、そうだった・・・オレは未夢が何を持っているか確かめようとして・・・)
無意識の自分の行動にうろたえつつ、彷徨は小さく深呼吸。
改めて、未夢の抱えている物に手をのばした。
紙に包まれたそれは、けれでも未夢にしっかりと抱え込まれていて、軽く引っ張る程度じゃ取れなかった。
それでも、かろうじて。
リボンに挟まれたカードの文字が見えた。
“TO KANATA”と読めるカードの文字に、
彷徨ははっと息をついて・・・・。
なんとも言えない気持ちでいっぱいになり、笑った。
なんだ。
オレへのプレゼントか。
別に、気を使わなくていいのに。
未夢・・・らしいよな。
なんでもないことのように。
動悸のおさまらない、自分自身に言い聞かせて。
それでも。
プレゼントを抱きしめながら眠る未夢が、愛しくてたまらなくなる。
彷徨は靴下ごと、未夢を膝の上に抱え上げ、その方に顔を埋めて、抱きしめた。
金色の髪が花をかすめる。
コートと毛糸越しでも、未夢の身体は暖かく、柔らかかった。
オレは、この“プレゼント”がいいなぁ。
未夢の吐息を耳元で聞きながら、彷徨は思う。
本当は、モノなんていらない。
ちょうど靴下に入ってるし。
これさえあれば、もう充分。
こいつさえ、そばにいれば、
オレは充分、幸せなんだ。
彷徨の耳に、12時の鐘。
今、イヴが過ぎ、クリスマスとなった。
12月25日。
彷徨の誕生日。
彷徨の腕の中では、今までで一番のプレゼントが、
静かな寝息をたてていた。
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