日曜日の昼間。
外はいいお天気。
西遠寺の居間で、未夢と彷徨はくつろいでいた。
「ねぇ、カメってホントに一万年も生きるの?」
彷徨の隣に座ってテレビを見ていた未夢が、不意に聞いてきた。
「なんだよ、急に・・・・」
彷徨は読んでいた本から顔を上げて、未夢の視線の先をたどる。
テレビの画面にはおなじみの動物番組のカメ特集。
「鶴は千年、亀は万年っていうじゃない。ホントに千年や万年も生きるのかなと思ってさ」
「ばぁか。ホントにそんなに生きるわけないだろ。亀は種類によっては100年くらい生きるやつもいるけど、鶴はせいぜい2〜30年らしいぜ。それでも、鳥としては長生きらしいけどな」
「じゃあ、なんで鶴は千年、亀は万年なんて言うの?」
「さぁな・・・長生きを祝ったり、めでたい言葉なことは確かだけど・・・。そういや中国の古い言い伝えに鶴と亀は千年・万年寿命を保つってのがあったような・・・。そのあたりからきてるんじゃないのか?」
「へぇ〜」
「千羽鶴ってのも、そこからきてるらしいぜ」
「へぇ〜、彷徨ってやっぱり頭いぃ〜。物知りだね」
「・・・・・・・・・・」
あきれるくらい素直に感心されて、彷徨はちょっと赤くなる。
顔を隠すようにして、本に視線を戻した。
パラリ、パラリと。
内容もよく読まないまま、ページがめくられていく。
未夢は、そんな彷徨の横顔を、頬杖をついてじっと見ていた。
「亀といえば、三太くんが亀飼ってたよね」
「ああ」
彷徨は顔を上げないまま、気のないふりの返事を返す。
「まだ元気に生きてるの?」
さらりと、首をかしげた未夢の髪が、彷徨の腕にあたった。
くすぐったい感触と、甘い香り。
彷徨は思わず、“くっつきすぎだ”と言いかけて言葉を飲み込んだ。
そのまま、顔を上げないままで、こほんと一つせきばらい。
「この間三太の家に行った時はまだいたけど、最近ヤツの家には行ってねぇしなぁ・・・。まぁ、生きてるんじゃないのか?」
「ふ〜ん」
パラリ、パラリ。
またページをめくる。
もはや、話の筋なんて、まったく分からなくなっていたが・・・・。
未夢はあいかわらず、彷徨の方をじっと見ていた。
「ねぇ。なんで最近、三太くん所へ行ってないの?」
その問いかけに、彷徨ははぁっとため息をついて、
とうとうパタンと本を閉じた。
手を伸ばして、リモコンをつかむとテレビも消す。
それから、未夢の方を振り返った。
「お前が原因だろうがっ」
「へ?」
「さて、にぶちんの光月未夢さん。こんな天気のいい休日に、オレはなんで友人と出かけもせずに家にいるのでしょうか?」
未夢は“にぶちん”という言葉にちょっとむっとしてから、少し首を傾げて考える。
それから、あっと顔を赤くして、えへへと笑った。
隣に座っている、彷徨の肩に寄りかかる。
「っ・・・おい」
「いいからいいから・・・・」
ニコニコ顔の未夢。
まったく、これじゃ本が読めないと、文句を言いながらも彷徨は未夢を引き剥がそうとはしない。
つきあい始めてから、もうだいぶ経っていて。
学校でも一緒にいることが多いのだが、それはまた別で。
休日はやはり、二人だけで過ごしたいと思うのは、未夢も彷徨も一緒だった。
外に出かけて、いわゆるデートというものをするのもいいのだが・・・。
そうすると、かなりの確立で知り合いにあってからかわれり、見知らぬ男や女に声かけられたり、雑誌の記者だとか、テレビ局の人間だとかにつかまったりする。
だからまぁ、たまには出かけるのもいいが、二人でゆっくりするには家で過ごすのが一番だった。
「万年と言えば・・・、このあいだ言われたんだ。ななみちゃんたちに」
「なに?」
「『万年バカップル』だって」
頬を染めて、恥ずかしげに言う未夢。
彷徨は軽く眉を上げる。
「失礼だな。未夢はともかくオレはバカじゃないぞ」
「“未夢はともかく”だって、余計ですぅ!」
未夢は唇をとがらせて、ふくれる。
その子供っぽいしぐさに、彷徨は思わず微笑んだ。
そして、そんな自分にはっと気づいて、“やっぱり反論できないかも”と顔を赤くして、口を押さえる。
「でもさ・・・オレら別に、人前では、その・・・・・・あんまり仲良くしてないって言うか・・・ケンカばっかしてないか? ・・・今みたいな二人だけの時は別としてさ・・・」
気恥ずかしくて小声になりながら、彷徨がつぶやいた。
「う、うん・・・そ、そうだね」
未夢も、赤くなりながらうなずく。
「どうして天地は、それなのに『万年バカップル』なんて言ったんだ?」
彷徨の質問に、未夢はちょっと戸惑ったようにうつむいた。
「あ、あたしもね、ななみちゃんに『わたしたち、いっつもケンカばっかりしてるでしょ?』って言ったんだよ〜。そしたら、ななみちゃん『あんたたちのケンカは、いちゃいちゃしてるのと一緒じゃない』ってさ・・・」
「い・・・いちゃいちゃ・・・・」
「そ、そんなこと言われたって・・・ねぇ?」
「あ、あぁ・・・・」
二人とも、顔を赤くして視線をそらせた。
別に、毎日のケンカだって本気でしてるわけだし。
もちろん“いちゃいちゃ”なんてしてるつもりは、二人にはこれっぽっちもなくて。
・・・・まぁ、日常的なスキンシップのようなものだし。
ケンカしても、すぐ仲直りしてるし。
確かに、本当に気まずくなるような“ケンカ”とは違うかもしれないけど。
「あいつらは、なんだかんだ理由つけて、オレたちをからかいたいだけだろ」
「そ、そうだよね・・・・」
二人はそう結論づけて、ははは・・・と、かわいた声で笑いあう。
笑い終わって、ハタッと目があって、
沈黙が下りた。
そのままの雰囲気で、彷徨がそっと顔を寄せる。
未夢は静かに目を閉じた。
外で、鳥が鳴いてる。
風がざぁっと通る音がした。
唇を離したあとで、見つめ合って、
二人とも照れたように、笑った。
「やっぱり・・・完全に否定できないかもな」
「おや。彷徨さんや。認めるんですかな?」
「・・・しょうがないからな」
大きく息を吐きながら、あきらめたように言うと、
未夢は、彷徨の腕の中で嬉しそうに笑った。
そのまま身を寄せ合って、ささやくように会話を交わす。
でも、どっちかっていうとオレたちはさ。
ん?
“万年”っていうより、“億光年”だよな。
・・・なんで?
だって、オット星人のルゥとワンニャーが取り持つ縁だぜ?
オット星に届くくらいじゃないとな。
未夢は、いっそう深く微笑んだ。
鶴は千年。
亀は万年。
未夢・彷徨の仲は億光年?
いやいや、もっと。
時空を越えて、どこまでも。
お互いの鼓動を聞きながら、
“永遠”という言葉の意味が、少しだけ分かったような気がした。
そんな、春の日の午後だった。
|