Always Love You

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作:夏海 嘉凪







「どこまで行くの?」

人気のない廊下を、
無言でスタスタと眼の前を歩いていく恭平と
繋がる手が熱を持っているのがわかる。



―・・・おっきい手・・・。



「・・・悪い。」

急に立ち止まり、握っていた手の力を緩める。
未夢の手はようやく解放された。


「・・・久しぶりだね、恭平くんと会うの。」

振り向いた恭平に、
未夢が柔らかな笑顔を見せた。

その笑い方は昔と同じで。
恭平に昔のコトをハッキリと思い出させる。


「この前、未来さんと電話で話してさ。
この学校に未夢がいること聞いてたから
すっげー楽しみにしてたんだ。」


そう言って優しい笑顔を浮かべた恭平も。

その笑い方は昔と同じで。
未夢に昔のコトを思い出させる。


「ママと?」

自分には全く連絡をくれないくせに
恭平のところへは電話をしたのか、と思うと
少しむっとした表情になる。


「・・・オレ、心配だったんだ。一人で日本に残って
未夢が寂しい思いしているんじゃないか、とか。
昔から未夢は誰かいないとダメなやつだったからさ。」



そうだった。
未夢はいつでも恭平の後ろを付いてまわって。




「そういえば昔の約束、覚えてる?」

ふいに恭平が口を開く。

「え・・・?」

「おれが引っ越す日の朝、言ったこと。」

「・・・覚えてるよ。」



******

「みゆ、もうなくなよ。」

「だって・・・きょうへいくん・・・いっちゃやだぁ〜・・・。」

「しかたないだろ。おれだって・・・いきたくないよ!」

「じゃあ、いかないでよ!」

「おれたち・・・まだこどもだからだめなんだ。」

「・・・おとなになったらいいの?」

「そのとき、ぜったいむかえにくるよ。みゆのこと。」

「うん。」

******



遠い、遠い。

幼い日の思い出。


それから、しばらくは未夢も恭平のことを考えては
涙を流し随分と悲しい想いをした。

優や未来が幾ら慰めても、
溢れる雫はなかなか止まらずに。


ただ、時間が経つに連れて
少しづつ思い出は色あせていった。


胸の奥の小さな、幼い恋心は姿を消して。


未夢の中では恭平は、

“幼馴染で初恋の人”になっていた。




「・・・オレ、あの約束はまだ有効だと思ってるんだけど。」

「え?」

ガランとした廊下には、
声がやたら響くような気がする。


「今日まで未夢のこと忘れたことはなかったんだ。」


きっぱりとそう言い放つ恭平の言葉に
心臓が僅かに反応した。


「そんなこと言ったって、恭平くんは一度も連絡くれなかったじゃない。
いいよぉ、素直に“忘れてた”って言っても〜。」


先ほどは微笑を浮かべていた恭平が
真剣な眼差しを向けていることに気付いて、
場の雰囲気を変えようとわざと茶化すような物言いをした。


「・・・確かに暫くは忙しくて。
あっちの生活に慣れることに必死だったんだけど・・・。
そのあとも、連絡出来なかったのは・・・コワかったから。」

「コワイ?」


(“コワイ”って・・・ウチのママが、とか?あ、パパかな?)

そんな、口に出したら恭平が拍子抜けしそうなことを考える。
未夢らしいといえば、未夢らしい。


「未夢に・・・未夢の声を聞いたらすぐにでも日本に飛んでいきたくなるから。
自分の気持ち、抑えられるかわからなかったんだ。」


「・・・・。」


恭平がそんな風に思っていたなんて、驚きだった。

未夢は、両親から
“きっとあっちの生活が忙しいのよ”
“恭平君が学校に慣れた頃にきっと連絡をくれるから”
―・・・そう宥められていた。

しばらく経っても音沙汰がなかったのはきっと、
“もう、私のことは忘れちゃったんだ”と。




「また、未夢と会えて嬉しいよ。」



そう言って満面の笑みを浮かべる恭平が眩しく見えて。



思わず、視線を逸らす。

心臓が、飛び跳ねる。



(うわ〜ん。こんな眼の前で言われたらドキドキするよぉ〜!!)




「なぁ、未夢。
未夢はオレとまた会えて嬉しい?」


「う・・・うん・・・。」



そう言って顔を上げた瞬間。


また、恭平の姿が彷徨と重なった。





窓から差し込む、強い光のせいもあるかもしれない。

日差しの眩しさに瞳を細めて未夢に視線をおくる、その姿が。


今、一番会いたい人の姿を思い出させる。



「・・・?何だよ、変な顔して。」


「うっ、ううん。何でも・・・ナイ。」


怪訝な表情を向ける恭平に、
首を二度、横に振ってそう答える。




「ま、とりあえず。2ヶ月間よろしくなっ。」

「・・・わかった。」

コクリと頷いた頭を、ぽんぽんっと軽く恭平が叩いた。


そんな何気ない仕草でさえ、
遠いところにいる、あの人を連想させる。



気付いてしまった、気持ち。


彷徨は未夢にとって、“大切な人”。




恭平と再会出来て嬉しいはずなのに。


久々に見るその姿がどうしても彷徨と重なって

胸の奥が痛む。



思わず制服のポケットに忍ばせた
くまのキーホルダーをぎゅっと握った。




「そういえばオレ、“西遠寺彷徨”に会ったよ。」



「・・・彷徨に!?」



恭平の口から突然思いがけない名前が滑り落ちて
ワントーン、声の調子があがる。



「未来さんからイロイロ聞いてたからさ。
それで今回の交換留学生が“西遠寺”っていうだろ?
どんなヤツか見てやろうと思って。」


「・・・。」


「だから、こっちに来るのが少し遅れたんだ。」


恭平はそう言うと、窓枠にもたれかかり
外の景色に目を向けた。



「・・・ね、彷徨は元気だった・・・?」


大きな瞳を潤ませて、
遠慮がちに尋ねる未夢を見て
恭平は思わず苦笑いを浮かべる。


「元気でやってるよ。ホント、完璧なやつだよなァ。
皆、驚いてたよ。」


「そう・・・。」


その言葉にほっと胸を撫で下ろす。



「イイやつ、だよな。“西遠寺彷徨”。」


「・・・う、ん。」










*****


「みゆ、おっきくなったらけっこんしような!」

「けっこん?」

「けっこんしたら、ず〜っといっしょにいられるんだぞ!」

「ほんとに?きょうへいくんとずっといっしょ?」

「うん!おれたち、ずっといっしょだからなっ!!」

「みゆ、きょうへいくんのことだいすきだよ!!」




*****




・・・“西遠寺彷徨”が羨ましい。

ちょっと名前を出しただけであんなに態度が変わるなんて。


未夢は“好き”なんだな、“西遠寺彷徨”が。




「アメリカに行こう」。
ホントは会ったら言おうと思っていた台詞だけど。




・・・わかってるよ。遅すぎたことくらい。



届かない気持ちだって・・・わかってる。





それでも、好きなんだ。











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