Always Love You

- 2 -

作:夏海 嘉凪







・・・学校行きたくないなァ・・・。


いつもの通学路がやたらと遠い道のりに感じる。
まわりの風景が違って見える。

トナリにいつもいる人がいないだけで
こうも変わるものなのか。

未夢は“彷徨がいない”ということを
家の中だけではなく、
こうした日常のちょっとした事からも
ひしひしと感じていた。

梅雨明けして、カラカラと乾いた空気も。
照りつける太陽も。
本来なら夏に向けてウキウキするはずの
時期なのに。

未夢のココロの中にはまだ、どんよりとした
灰色の雲が渦巻いていた。

「おっはよ〜!未夢っ!!」

「・・・痛いよぉ、ななみちゃん・・・」

ぼんやり歩いていたところを急に後ろから
バシっと叩かれ、苦痛の表情を浮かべる。

「あっはっは〜、ゴメン!
だってあまりにもどんよりした感じだったからさ。
それを吹き飛ばしてあげようと思って!!」

「・・・そりゃ、どうも。」


普段は登校時間の重なることがないななみと
未夢はここ数日よく路地で遭遇する。

ななみが自分のことを心配して、
ワザと登校時間をずらしていることに
未夢は気付いてはいたが敢えてそれを口に出す事はしなかった。


「そういえばさ、聞いた?今日とうとう来るらしいよ〜。」

「え?何が?」

「交換留学生。」

「・・・そうなんだ。」


彷徨が出発してからもう15日が経っていたが、
向こうからの留学生はまだ四中には来ていなかったのだ。

それが、ようやく今日から登校してくるという。

ななみは“カッコイイのかなァ”などと楽しみにしている様子だったが
未夢にとってはどうでもいいことだった。



今、未夢の頭の中には彷徨のことしかないのだから。









*****



「おはよう!未夢ちゃん!!」

「あ、綾ちゃん。おはよ。」

「・・・元気ないねェ。」

「そんなことないよぉ。」



教室に入るなり、駆け寄ってきた綾が
未夢を見て苦笑いを浮かべた。


いつものようにパッと辺りを明るくするような笑顔が
今の未夢にはないのだ。
笑顔を浮かべていても、何故か見ている方まで寂しくなってしまうような・・・
そんな雰囲気だった。



「お、綾。何だか嬉しそうじゃない?」
ななみが綾の肩をポンっと背後から叩く。

「え?ななみちゃん、わかる〜?ふっふっふ〜♪
実はねっ!さっき、留学生が職員室に入っていくところを
チラっと見てしまったのよ〜!!」

自慢気にえっへんと一つ、咳払い。

「ホントに?どんな感じだった!?」
瞳を輝かせながら、思わずななみが身を乗り出す。

「ん〜とね。日本人だった!」

「何だ・・・ちょっと期待はずれだなぁ。」

「でも、凄いカッコよかったよ!」


そんな二人の会話も、
未夢の耳にはまるで届いてはいない。


瞳は眼の前の二人を捕らえているはずなのに、
ココロでは何処か別なトコロを見ていた。





「・・・かなり重症みたいだね、未夢ちゃん。」
「だよねぇ・・・。」




そんな会話にも全く気が付かない程に。








*****



キーンコーン・・・カーンコーン・・・


始業のベルが鳴り響く。



その音がまだ余韻を残すうちに担任の水野が
教室のドアを開けた。


「は〜い、おはよう!皆、座ってね〜。」


出席簿でバンと教卓を一叩きすると、
ざわめいていた教室は即座に静まった。


「よし。・・・じゃ、入って来なさい。」

満足げに生徒たちをぐるっと見渡すと
開けたままになっていたドアの方を向き、手招きをする。


「はい。」



短い返事が聞こえて。
すぐ後に一人の生徒が教室に入ってきた。



その姿を目にした生徒たちがまたざわめき始める。


―え〜カッコイイ!
―アレ、交換留学生だよねぇ。
―日本人なんだね〜。


「静かに!自己紹介してもらうから!」
今度はバンバンと二回、教卓を叩く。


「・・・桜井 恭平です。
しばらくこのクラスでお世話になります。
・・・どうぞ宜しく。」


そう言うと留学生はペコリと軽く頭を下げた。


チラリとも笑顔を見せず、
むすっと無愛想に立っているその姿。

整った顔立ちに、すらっとした体型。




―何か・・・西遠寺クンに似てない?
―あっ、私も思った!




それはその時、2-1の誰もが感じた事だった。



・・・未夢以外は。





「え〜っと・・・じゃ、桜井くんの席は一番後ろの席ね。
・・・光月さん、立って。」



窓の外をぼんやり見つめていた未夢は、
水野に呼ばれた事すら気付かない。




「光月さんっ!」


「―・・!!はっ、はい!!」


二度目は大声で呼ばれて、慌てて立ち上がる。

その拍子に椅子がガタンと音を立てて倒れた。



「全く、何をぼんやりしていたの?」

水野が苦笑いを浮かべる。


「・・・すみません。」


小さな声でそう言うと、
顔を真っ赤にしながら倒れた椅子を元に戻した。


「桜井くんの席はあの光月さんの隣だから・・・」

「―・・・未夢?」




「え?」


突然、名前を呼ばれて未夢はその声の方へと
視線を向ける。


水野の隣に並ぶ整った顔立ちの留学生。


未夢には見覚えがあった。

ただ、記憶の中に残っているのは
もう少しあどけない表情をした少年だけれど。


一瞬の間に、
様々な思い出が頭の中を駆け巡る。



―・・・



「・・・き、恭平くん?」



未夢がそう言葉を発した瞬間。
留学生、恭平の顔がパアっと輝く。


「思い出した?」


「う、うん・・・。」


満面の笑みを浮かべた恭平は
未夢の記憶の中の少年の姿とピッタリと重なる。


「あら、光月さんと桜井くんは知り合い?
ちょうど良かったわ。じゃ、学校のこととか
わからないことは光月さんに聞いて頂戴ね。」

水野の表情が一瞬驚きを見せるが
すぐにいつもの笑顔に戻った。



「はい。」


未夢がコクリと頷く。


恭平がニコニコとしながら
未夢の隣の席へ座った。



「よろしくな、未夢っ!」



そう笑顔を向けられた瞬間、
何故か未夢は涙が溢れ出しそうになった。



教室中の視線を痛いほど感じる。





今、一番想っている人の姿と
懐かしい人の姿が重なる。




ココロの奥が、ざわついた。











******




「あれっ?未夢は?」


その日の昼休み。
大勢の女子に囲まれた恭平は、
いつの間にか未夢の姿が消えていたことに気付く。

彷徨が不在、ということも手伝ってか
すっかり恭平は女子の人気者になっていた。

休み時間ごとに未夢との接近を試みるが
まわりに集まってくる女子たちがそれを拒む。

女子たちに悪気はないのだろうが、恭平は早く未夢と
話したくて仕方がなかった。


「悪い。オレ、未夢のこと探してくるから。」


鬱陶しそうな表情を浮かべた恭平はそう言うと
急いで教室を飛び出した。

右も左もよくわからない校内で
未夢を探すのは大変だ。




それでも恭平は早く未夢に伝えたいことがある。





―・・・



「未夢にあんな知り合いがいたなんてねぇ。」

ザワザワと木々が揺れる音。
裏庭では未夢、ななみ、綾が昼食を広げていた。

騒がしい生徒たちの声も何処か遠くのものに感じる。

いつもは教室で昼休みを過ごしているのだが、
今日はうるさくて落ち着かない。

それで、滅多に人が来ないこの場所を選んだのだ。
もちろん、未夢から聞き出したいことは山ほどある。
この場所はぴったりだ。


「ね、どういう関係なの?桜井くんと未夢ちゃんはっ!」

綾がメモ帳を手にきらきらと瞳を輝かせた。
また、次回の演劇のネタにでもするつもりなのだろう。

「・・・幼馴染。」

短く答えてワンニャー特製のミニハンバーグを口に運ぶ。
ななみがニヤついた表情を浮かべて未夢を見つめた。


「・・・ななみちゃん、また変なこと想像してない?」
そう言いつつも思わず、視線が泳ぐ。
勘のイイななみにはすぐに何でも見透かされそうでコワイ。



確かに、未夢と恭平は幼馴染だった。

恭平の両親もまた、未夢の両親と同じように

NASAで毎日忙しく働いている。


6年前、未夢が小学3年生になろうとしていた時。

極秘研究チームのメンバーに選抜された両親と共に恭平が

アメリカに引っ越してしまってからはお互い、連絡を取ることはなかったのだ。




・・・幼い頃の大切な思い出。


恭平は未夢にとって、幼馴染でもあり―・・・











「・・・未夢っ!」

突然、大声で名前を呼ばれて振り返る。

「恭平くん!?」

そこには、肩で息をする恭平が立っていた。
きっと校内をあちこち探していたのだろう。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「ちょっと話しがあるんだけど。」

「うん、いいよ。」

未夢も恭平と話したい気持ちはあったが、
大勢のクラスメイトに囲まれていて
何となく話しかけられなかった。

恭平からこうやって誘いに来てくれたのは嬉しい。



「未夢のコト、借りるから。」

未夢が立ち上がった瞬間、恭平がしっかりとその手を握り
ななみと綾を振り返る。


昔はよく手を繋ぐことがあったとはいえ、
流石に今は恥ずかしい。

思わず、頬が赤く染まり
それを隠すために俯いた。


恭平はそんな未夢の様子もお構いナシに手を握ったまま、
校内の方へと歩いていく。









「・・・何だったの?アレ。」

「さぁ・・・。」

その場に取り残されたななみと綾は、
唖然としたまま二人の背中を見つめていた。



「でもさ、桜井くんって何か王子様みたいじゃない?
姫を迎えに来ました〜みたいな感じで。」

「ダメっ!未夢の王子様は西遠寺くんなんだから。
大体、何で未夢もあそこで顔を赤くしちゃうかなァ〜。」

ななみが不快な表情を露わにする。
お弁当を片付ける仕草も、いつも以上に乱暴だった。

「まぁね〜・・・“王子不在。突然現れた他国の王子が姫を横取り”・・・っと。」

そして綾のメモ帳に新たな一文が付け加えられる。








・・・幼い頃の大切な思い出。


恭平は未夢にとって、幼馴染でもあり。



初恋の相手でもあった。









[戻る(r)]