Be with you

作:夏海 嘉凪






「はあ・・・っ」



 すっかりかじかんだ両手に、息を吹きかける。

 身体全体が冷え切ってしまって、

 意味は為さないけれど何もしないよりはマシだった。


 今年、真っ先におねだりして買ってもらったフード付きの真っ白なコート。

 降り頻る雪を避けるようにフードまですっぽりと被れば

 その姿は一面の雪景色に塗れてしまうようだった。

 淡いピンクのマフラーの存在だけが、白銀世界で際立っている。


 気付けば頬は寒さに紅く染まり、ひりひりと痛む。

 唇には、もう感覚が無い。

 じっとしていると、身体までもが凍り付いてしまいそうで

 立ったり座ったり、の動きを何度も繰り返していた。



「まだ、かな・・・」



 冬のこの時期は、あっと言う間に闇夜の幕が下ろされる。

 まだ時計の針は5時を差し示す前だけれど、

 周囲は薄暗く、街灯に灯りがともっていた。

 この通りは、普段から人が通る頻度が少ない。

 夜になれば、尚更。



「おじさんはもうすぐ帰って来るって言ってたのに・・・」



 待ち始めて、数回目の独り言。

 未夢は、西遠寺の入り口で彷徨の帰りを待っていた。

 階段を下りて、すぐの場所。

 家の中で待っている方が賢明だと分かっているけれど

 どうしても、ここで待ちたかった。

 ふ、とポケットの中から携帯電話を取り出す。



「これが無いと、連絡も付かないんだもんね」



 電源の入らない、電話。

 液晶に入った亀裂が余計に溜息を誘う。

 今朝の喧嘩で、壁に力任せに投げ付けてから

 これは本来の役目を果たさなくなった。



「早く、謝りたいのに・・・」



 グイっとマフラーを引き上げて覆い隠した唇から、言葉が滑り落ちる。










□□□□










「彷徨の馬鹿っ・・・!」



 罵声と共に投げ付けた携帯電話が、ガシャっと音を立てて壁にぶつかる。

 彷徨はおそらく一瞬で使い物にならなくなったであろうそれを拾い上げ、

 癇癪を起こした未夢に呆れ顔を向けた。



「仕方無いだろ。毎年手伝いに来てくれる人が風邪で寝込んでるんだから。

今年は俺がそのかわりに家の中の事、手伝わなきゃいけないんだよ」



 お寺の一人息子ともなれば、元旦は一般家庭よりも雑事が多いのは当たり前。

 挨拶にくる檀家の人にはお茶を出さなければいけないし、

 何かと入用で声を掛けられることも多い。

 

「でも、元旦は初詣に行こうねって言ったのに・・・」



 未夢は頬を大きく膨らませて、ドサっと床に座り込んだ。

 寺に住んでいるのに、神社に行こうというのも

 少し変な気がするけれどそこは敢えて気にしないことにする。



「今日は無理なんだよ。

今だって、ようやく合間を見て抜けてきたんだし。もう、すぐ戻らないと」



 “別の日にしよう”と立ち上がり、彷徨の手が未夢の髪にふわりと触れた。

 いつもなら、嬉しいのに。

 今は何だか、それが子どもに優しく言い聞かせるような行為に思えて

 無性に腹が立つ。
 

 
「触らないでよっ」



 未夢が、じろりと半眼で見上げた。

 仕方無いのは分かっている。

 朝から西遠寺に引っ切り無しに人が訪れている様子は

 未夢の部屋の窓からも窺えるのだから。

 それでも、“元旦の初詣”を前々から楽しみにしてた未夢には

 どうにも遣り切れない想いが込み上げていた。

 仕方無いことだ、と頭の隅では理解しながらも

 目の前の彷徨に、理不尽な気持ちをぶつけずにはいられない。
 


「わたし、ななみちゃんたちと初詣に行くからね」


「未夢がそうしたいなら、それでも良いよ」



 不貞腐れて呟いた台詞に、

 苦笑混じりに返ってきた答えが余計に気に入らなくて。

 自分勝手なことを言っているのも、ワガママなのも分かっている。

 “一緒に行きたいから、待ってて”

 それでも未夢はそんな答えが欲しかった。



「じゃあ、もう出て行って!」



 ふい、っとそっぽを向いて、

 目を合わせないようにする未夢に溜息を落としつつ。

 彷徨はドアノブへと手を掛ける。



「風邪引かないようにして行けよ」



 そんな言葉を置き去りに、

 パタンと閉められた扉に向かって未夢はぎゅっと唇を噛み締めた。








□□








「本当に良かったの?西遠寺くんと、じゃなくて」


「良いのっ!」


「でも・・・ねぇ?」




 ドスドスと音を立てそうな程に、雪を踏みしめて歩く未夢に

 ななみと綾が顔を見合わせる。


 意気揚々と家を出たはずなのに、神社が近づくに連れて

 その足取りが重くなっていく。

 通りの両脇に並んだ、屋台の賑わいが

 何処か遠くのもののように感じた。

 いつもなら、わくわくと胸を躍らせるのに。

 そんな気持ちは欠片さえも沸いてこない。


 境内へと差し掛かる階段に、1歩足を掛けたとき。

 未夢の様子に耐えかねたように、ななみが口を開く。




「ねぇ、未夢。今日じゃなくてもいいじゃない」


「え?」




 真意が分からず、小首を傾げた未夢に

 綾が言葉を繋げる。




「そうだよ、未夢ちゃん。

何日になっても二人で来たら、それが今年の初詣になるんだから」
 



 階段の入り口で立ち止まる3人を、

 次から次へと押し寄せる初詣客が迷惑そうな顔で避けて行く。


 未夢は、両手をぎゅっと握り締めて目線を下げた。

 ゆらりと揺らいだ視界に、チラチラと舞う雪が飛び込む。

 


「・・・そう、かな」




 頬に触れた雪が、じわりと溶けるように。

 未夢の頑なな気持ちまでもがふわりと溶けていくような気がした。


 何も彷徨は「初詣に行くのを止めよう」と言った訳ではない。

 「別の日にしよう」と言っただけ。

 元旦の今日に拘らなくても良かった。

 大事なのは、彷徨と二人でお参りするということ。

 日にち、ではなくて二人で来る、ということ。

 来年も一緒に過ごせるように、と。



 
「ホラっ!戻りなさい、西遠寺にっ」


「今頃、人手が欲しくて困ってるんじゃない?」




 グイグイっとななみに肩を押されて、未夢は本殿に背を向ける形になる。

 


「ごめんね、ありがとう」



 そう呟いて駆け出すと。



「何を今更言ってんの!」



 そんな二人の笑い声が後から追い掛けてきた。 
 
 








□□□□

 







「うう、寒い・・・」



 
 辺りの薄暗さが呟きと共に吐かれる息の白さを際立たせて、

 身に迫る寒さをより一層強く認識させる。


 ななみや綾と別れて神社から慌てて引き返すと、何処にも彷徨の姿は見当たらず。

 忙しなく客人の対応に追われている宝晶に訊ねると、

 買出しに出掛けたとのことだった。


 足先の感覚が鈍く、じわりと冷たさが広がる。

 もうどれ程の時間、こうして彷徨を待っているのだろうか。

 未夢は耐え切れずに、べたりと雪の上へ座り込む。

 買ったばかりの真っ白なコートのことは、もう頭から消えてしまっていた。

 

 


 
「未夢?」



 ぼんやりとしていた未夢がその呼び掛けに応えるように視線を上げると

 視界に、酷く慌てた様子の彷徨が飛び込んだ。

 “あのね”と口を開き掛けて、

 ゆっくり立ち上がろうとする前にグイっと腕を引っ張られる。



「何やってんだよ!早く部屋に入らないと・・・」



 未夢の頭に薄っすらと積もった雪を片手で払うと

 彷徨は着ていた上着を脱ぎ、未夢を包みこむ。

 抱えたスーパーの袋から、温かい缶紅茶を取り出して

 すっかりかじかんだ手に持たせた。

 

「ねぇ、彷徨」


 
 そう呼び掛け、未夢の手を引いて

 階段を昇ろうとした彷徨を引き留める。



「わたし、初詣は彷徨と一緒に行く事にしたの」


「え?じゃあ、お参りは・・・」


「してない。神社に入る前に引き返してきたから」


 
 そう、言葉を紡ぎながら

 未夢は思うように動かない指先でプルタブを引き上げた。

 プシュ、と空気が抜ける音と共にふわりと湯気と甘い香りが浮かぶ。

 缶を傾け、少しずつ中身を口に運んだ。

 漂う香りと同じ甘さが口に拡がり、じわりと未夢の身体を温めていく。


 
「彷徨と一緒に初詣に行く、ってことがわたしには大事なの。

だから、今日じゃなくてもいい。彷徨と一緒に行ければ、それで」


 
 伏し目がちに呟く横顔は、何故かいつもよりも大人びて見えた。

 彷徨は、未夢をそっと抱き寄せてその腕に閉じ込める。

 
 ゆらりと湯気が揺れた。

 

「絶対、未夢と一緒に行くから」



 返事をする代わりに、未夢はこつんと彷徨の肩に額を預ける。

 “ごめんね”と小さく唇を動かしながら。


 彷徨は、抱き締める腕に一層力を込める。

 この大切な温もりが、すり抜けてしまわないように、と。
 












こんにちは、夏海嘉凪です。

お粗末様でした。
すごく久々の彷徨と未夢で思いっきり戸惑いました・・・;;
すっかりキャラを忘れていることに愕然としたり。
今回のテーマである“湯気”を無理矢理詰め込んだっぽくなってますけども。
甘くも何とも無い上に未夢ちゃんが、わがままっこ。
新年早々やらかした感が漂います〜(笑)

今年も皆しゃん、どうぞよろすぃくお願い致します(ペコリ)


2005.01.01

夏海 嘉凪 拝






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