春をあらわすもの

作:緋雨





 今まで読んでいた本を閉じて、彷徨はごろんと寝転んだ。

(…あ〜、暇……)

 読みたいと思っていた本は読み終わってしまい、何もすることがない。 

 あくびを一つ。
 
(……あたたかい)

 春の陽気に誘われて、うとうととし始めた時だった。

 聞きなれた足音が近づいてくる。

 ふすまの開く音に目をあける。

「未夢?」

 呼ぶと、未夢は彷徨の顔を覗き込むようにひざをついて座った。

「寝てたの?」

「いや、まだ」

 こうやって未夢の顔を見上げることはあまりない。

 長い髪がカーテンのように、未夢以外の周りの景色をさえぎる。

 向かい合う顔の位置が近く感じる。

「ねぇ彷徨……」

 振ってくる声と、甘い香り。 

「買い物に行かない?」

 そんな甘さのかけらもない未夢の言葉に、彷徨の返事は一言。

「……眠い」

 少々不機嫌な言い方になってしまったのは、仕方のないことだと思う。

 しかし未夢はそのことに気づく様子もない。

「何言ってるのよ。ほら見て!」

 手に持ったチラシを彷徨の前で広げてみせる。

 そこには大きく『野菜大安売り!』の字が躍っていた。

「ほらほら!かぼちゃも安いんだよぉ!
 今晩は私が腕によりをかけてかぼちゃ料理するから!
 だからね、行こっ!」

 にこにこにこ……

 未夢が満面の笑みを彷徨に向けると、あきらめたように起き上がった。

 ただでさえ、未夢のあの表情には弱いのだ。

 でもここで一言言うのを忘れたりはしなかった。

「食えるもん作れよ?」



 二人並んで、スーパーへの道を歩く。

「あっ、彷徨見て見て!桜!」

 角の家の庭では、一本の桜が見事な花をつけていた。 
 枝が壁を越えて、道路の方まで出てきている。

「きれいだね〜」

「そうだな」

 うれしそうな未夢の顔を横目で見て、すぐそこの曲がり角を見やる。

 本来なら左に曲がる道。だがしかし――

「なあ、未夢…ちょっと寄り道していかないか?」

「寄り道って、どこに?」

 軽く首を傾けた未夢に彷徨が指差したのは、スーパーとはまったく逆の方向だった。
 

 
 たどり着いたのは、少し大きな公園。
 園内の一角に植えられた桜が咲き誇り、華やかな印象を与える。
 昼間ということもあって、今はまだ、老夫婦や子供を連れた母親といった人々が桜を楽しんでいた。

 静かで穏やかな空間。
 
「うわぁ…!」

 未夢は目を輝かせて桜に駆け寄った。
 
 多くの花をつけた枝に手を伸ばし、顔を寄せる。
 
 その様子を見つめる彷徨の目には、自然と優しい光が宿る。

「春って好きだな〜。
 あったかいし、花はいっぱい咲いてるし、
 なんかわくわくした気分になれるし。
 でも一番は、春休みには宿題がないことだよね〜」

「未夢らしいな」

 くっくっとのどを鳴らして笑う彷徨に、むっとしながら未夢がたずねた。

「なによ…彷徨は春が嫌いなの?」

「前は特別に好きってわけじゃなかったけど、今は好きだな」

「どんなところが?」

「気候はいいし、俺は花粉症ってこともないし、それにお前…」

 はっとして彷徨が手で口をふさいだ。
 しまった、と言わんばかりの彷徨の様子に、未夢が不思議そうな顔をする。

「私が…何?」

 問い掛けられて、彷徨は頬を赤く染めてそっぽを向いた。
 しかしそんな様子を見れば、当然のことながら聞き出したくなるわけで――

「ねぇ彷徨」
「…………」
「彷徨?」
「…………」
「か〜な〜た〜さ〜ん?」

 上目遣いで、からかうような、甘えるような未夢の声。

「……………っなんだよ!?」

 それに耐え切れなくなった彷徨が返事をする。

 にっこりと満面の笑みを浮かべて未夢が言う。
 
「私が、何?」

 無邪気な未夢の表情に、彷徨は固まった。
(……反則) 
 そんな思いの一方で、生まれたのは悪戯心。

 未夢に手を伸ばし、触れる。

 まぶたに触れ、頬をすべり、唇の形をたどる。
 耳の後ろから髪を梳いていき、その先端を掴むと唇を寄せた。

「ちょ、ちょっと彷徨……?」

 予想もしなかった行動。
 真っ赤になって慌てる未夢に、舌を出してにやりと笑う。

「ひみつ」

 教えることなどできない。
 口に出すのはあまりにも恥ずかしい。

「……彷徨のばかっ!意地悪!」

 赤くなった頬を膨らました未夢に、彷徨は苦笑を浮かべた。

 桜の花弁を思わせる唇。
 芽吹いたばかりの木々の葉のような淡緑色の瞳。
 春の柔らかな陽の光を紡いだがごとき金色の髪。
 そして、少女の包み込んでくれるような温もり。

 どこを見ても、彼女を思い起こさせる季節。 

 何よりも誰よりも、春を思わせる少女。

「……お前だからだよ」

 結論だけを告げて、公園の出口に向かう。

 数歩歩いたところで振り返り、
 立ち止まって考え込んでいる『春』に声をかけた。

「おいていくぞ、未夢!」

「ちょっと待ってよ、彷徨〜!」

 駆け足で彷徨に追いついた未夢が首をひねる。

「さっきの…意味が分からないんだけど…?」

 詳しい説明なんかしてやらない。
 絶対に、教えない。

「さーてねっ」

 ――――俺の……俺だけの春。




やっと…やっとできあがりました。
以前BBSに書き込ませて頂いた時に言っていた、「桜」小説です。
60000ヒットを越えたお祝いと、今までお世話になってきたお礼を兼ねて、李帆しゃんにプレゼントしたいと思います。
こんなものになってしまいましたが、受け取っていただけたらうれしいです(^^;

この話、ずいぶんと前に頭の中ではできてた話なんですけどね…文章になるまでには時間がかかってしまいました。
未夢のイメージって夏っぽい感じもあるんですけど、色的には春かな、と思うのです。
そして彷徨は未夢が好きになってから春が好きになった、というわけです。

ではでは、これからもがんばってください。
そして、また何かやることがあったら、ぜひ誘ってくださいね。




以下コメント:宮原しゃん

いやいやぁ〜此方こそお世話になってますわよ。(笑)
桜…私大好きなんで凄く嬉しかったです!!
将来は桜の木が沢山植えられている家に住みたいという野望を持ってるくらいですから。
(毛虫退治は苦手だけどさ…^^;

未夢ってどっちかと言うと夏のイメージがあるよね…水色系。
優しさってイメージからだと春系。
桜の木の下で未夢が金色の髪をなびかせてるのを想像すると、凄く綺麗そう・・・・。
うん。やっぱり春だわ。(笑)

でもさ、彷徨って口が裂けても絶対「綺麗だ」って言わないよね。(爆笑)
ポーカーフェイスを気取ってる割には、気になって仕方が無い。
そんな彼好きよ。(フフフ)

また企画がありましたら是非お願いいたします。(ペコリ)
これからも素敵な作品を読ませてくださいね♪


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