作:あずま
腕にあるものを見つめてしばし考える。
大きくて丸い、黒と緑の縞々模様が素敵な夏の風物詩――スイカ。
その冷蔵庫に入りそうにない大きさに悩んで、思い出したのは子供用ビニールプール。
この前探し物をしていた時に物置の隅で見つけたそれ。
膨らませてホースで水を注いでスイカを入れて。
キラキラと輝く水面に、胸が騒いだ――。
聞こえた水音に庭に足を向けた彷徨は、目にした光景に半ば呆れて声をかけた。
「何やってんだよ」
「何って……スイカ冷やしてるんだよ」
確かにビニールプールの中にはスイカが転がっている…が、それだけではない。
夏の強い日差しに惜しげもなく晒された形の良い足。
「気持ちよさそうだったから、つい」
あはは、と笑う未夢はスイカとともにビニールプールに入って水遊びを楽しんでいた。
未夢が水を軽く蹴ると、舞い散る水滴に反射する光。
少女の笑顔を彩る――輝かしい、一瞬。
くるりと一回転して見せた未夢の笑顔に見惚れていた自分に気付く。
「……お子様」
照れ隠しに告げれば、想像通りに頬を膨らませて一通り言い返してくる。
それを適当に聞き流していたら、ばしゃん、と水をかけられた。
「何するんだよっ!」とあげかけた声は、未夢の満面の笑みに消えうせてしまった。
どくん、と心臓が高鳴る。
「彷徨も一緒に入らない?」
「……俺はいい」
「え〜〜〜涼しいのに〜〜〜」
そうは言われても彷徨も健全な青少年――今の状態で心臓も理性も持つかどうか自信がない。
無邪気な笑顔も、その細い足を伝う水滴も、彷徨を煽っているのだから……。
そんな事は露知らず、今度は少し不満そうに水面を蹴れば未夢の体がぐらりと傾いだ。
バランスを崩した未夢の体が後ろに倒れていく。
「きゃ…っ!」
「未夢っ!」
倒れていく未夢に手を伸ばしてその腕をつかみ、腕の中に抱え込む。
それでも傾いた体勢に結局踏みとどまれずに重力に従うこととなった。
―――バシャンっ!
盛大な水音ともにビニールプルの中へと倒れこむ。
頭から水をかぶって、全身ぐっしょりと濡れてしまっていた。
「いたた…ってスイカっ!スイカ潰れてない!?」
彷徨が黙って隣を指させば、安心したように息を吐いた。
「あ〜よかった〜」
「……で、未夢?」
「ん?」
「嬉しいんだけどさ、俺、どっちかっていうと押し倒されるより押し倒すほうが好きなんだけど?」
「へ?」
倒れる未夢を衝撃から守るために腕の中にくるみ、体勢も入れ替えたため未夢は彷徨のうえにのっかているような状態……。
それを認識したらしく、一気に赤くなる未夢を見つめて楽しそうに彷徨が笑う。
慌てて離れようと身体を起こした未夢を引き寄せて水の中に返せば、驚いて目を瞠ったままさらに赤くなった。
「ちょっ……彷徨っ!」
「ん〜〜〜でも、押し倒されるのも結構美味しいかもしれないな」
「なっ!? 彷徨のばか〜〜〜っ!」
くせになりそう、と笑う彷徨から逃れようと暴れる未夢をしっかりと腕の中に閉じ込めていた。
彷徨は濡れた服をそのままに縁側に座っていた。
じりじりと照りつける太陽を感じながら、自分の手を見つめて溜息をつく。
存分に感触を楽しんだ後で解放した未夢は、真っ赤な顔でにらみつけて
『彷徨のバカっ!スケベっ!』
と、言い捨てて部屋の中へと駆け込んでしまっていた。
しかし、あの赤くなった顔で睨まれても怖くない……それどころか煽られてしまう自分を感じて、やばいなぁ…とつぶやく。
「もうちょっと自覚してくれないと――いつか本気で押し倒すぞ、俺は」
無意識に煽ってくれる無防備すぎる少女にぼやき、実はちょっぴり切れていた理性の糸をしっかりと結び直していた。
そのまま縁側に座って服を乾かしていれば、突然ほおに当てられて冷たい感触。
驚いて振り返れば、宇治金時、と書かれたカップのかき氷をを手にした未夢の姿があった。
着替えてきたらしく、さっきのものとは違う、濡れていないTシャツを着て立っている。
目を合わさないようにそらされた顔はまだ少し赤くて、思わず肩を震わせれば不機嫌を滲ませた声が降ってきた。
「食べないの?」
「……イタダキマス」
かき氷を手渡して、未夢は彷徨の隣にすとんと腰を下ろした。
自分の手のなかにあるいちごのかき氷を一口食べて、そのまま彷徨の肩へと倒れる。
「……未夢?」
「なに?」
「……また濡れるぞ?」
「すぐ、乾くんでしょ?」
目を合わせようとしないまま甘えてくる未夢に頭を抱えたくなる。
(俺をいじめてそんなに楽しいかっ!?)
日々鍛えられる理性の糸――最近は金属製なのではないかと思う――を感じながら、彷徨も未夢の頭へと頬を寄せた。
かき氷を食べる2人の視線の先には、先ほどの騒ぎでも辛うじて割れなかったスイカがキラキラと輝く水面の中に転がっている。
「…みんなが来るまでに冷えるかな?」
「冷えるだろ、たぶん」
「あと素麺でも作っておく?」
「そうだな……あ、お前は薄焼き卵作るなよ」
「え〜〜〜〜」
「だってお前、絶対厚焼き玉子にするか焦がすかするだろ?」
「きょ、今日は大丈夫だよ!」
どうだかなー、と言いながら未夢に目を向ければやっとこっちを向いた顔がある。
逃げようとする頭を捕まえて、こつんと額を合わせれば、驚いて見張られた瞳。
視線を合わせたまま触れるだけのキスをすれば、未夢は少し悔しそうに、困ったように微笑んだ。
「……彷徨には絶体勝てない気がする」
「そんなことないだろ。俺結構お前に負けてるぞ」
「えぇっ? いつ彷徨が負けたの?」
きょとん、と首を傾げて尋ねてくる未夢の姿に負けを自覚して苦笑する。
「――――さあな」
い、いかがでしたでしょうか?(ビクビク)
久しぶりの小説…書き方忘れてました(汗)
しかも内容が当初の予定とかなりずれてしまってます。いつの間にか「悩める青少年、彷徨」という感じに…。う〜ん、どこで間違ったんだろう(^^;
すっかり偽者な2人になってしまいましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
暑い日が続いてますが、皆様、よい夏をお過ごしくださいませ。