時を刻む音

作:あずま


この作品は、2003年春に開催された「Special love white day〜Miyu day〜」の参加作品です。


 
 時計が時間を刻む。
 3月14日午後11時30分。
 あと30分で、私は20歳の誕生日を迎える――。



 両親は今日も遅い。
 誕生日のお祝いをするために、今日中に明日の仕事も終わらせてしまうらしい。
「無理しなくてもいいのに」
 そう言ったら、
「無理なんかしてないわよ。私たちがそうしたいんだから」
「そうだよ。未夢のために腕によりを掛けてご馳走を作るからね」
「彷徨君に無理言って夜はあけてもらったんだから、家族みんなで盛大にお祝いしましょ」
 二人とも心底嬉しそうに、にっこりと笑っていた。 
 
 はりきって仕事に出て行った二人を見送ったあと、いつものように西遠寺にいき、いつものように食事をして、現在に至っている。

 茶の間で何をするでもなく彷徨を見る。
 時計に目をやり、彷徨に戻す。
 それを何度か繰り返したところで、彷徨が顔をあげてこちらを見た。
 少し困ったような、不機嫌そうな顔。

「……なんだよ?」
「なにが?」
 彷徨は小さくため息をついた。
「だから、そうやって見られてたら本に集中できないって言ってるんだよ」
「え、あ…ごめん」

 今日すでに何度も交わされた会話。
 もう一度ため息をついて、彷徨はくるりとこちらに背を向けてしまった。
 再び本を読み始める。

 それでも、視線は彷徨から離れない。
 見るな、と言われたことは分かっているのに、そらすことができないのだ。

 今目の前にあるのは、大きくてあたたかそうで、見ているだけで安心できる背中。
 もっとそばで感じていたくなる。

 そっと彷徨の後ろに近づいて、いつもされているようにその首に腕を回した。

「おっおい未夢!?」

 あわてる彷徨の背中に頬を寄せて、軽く目を閉じる。
 ――あたたかい。

「気にしなくていいから」
「気にしなくていいって、お前なぁ…」
 盛大にため息をついて、あきらめたように言った。

「勝手にしてろよ」
 
 本のページをめくる音と時計が時を刻む音だけが静かに響く。
 彷徨のぬくもりを感じながら、壁掛け時計をじっと見つめる。


 ――あと5分。


 誰もいない家で、誕生日を迎えることが嫌だった。
 今までこんな風に感じたことなんてなかった。
 誕生日に優や未来が家にいないことのほうが多いくらいなのだから……。
 いつもは平気なのに、今日に限ってこんなに淋しさを感じるなんてどうかしてる。

『家族みんなで』

 あの言葉が原因だったかもしれない。
 誕生日などのイベントごとに、今まで謝罪の言葉とともに仮定形で使われていたそれが、確定事項として使われたことに違和感を覚えたのかもしれない。

 
 ――あと3分。


 彷徨は気付くだろうか。
 私がこんな時間まで西園寺にいる理由に――私が望んでいることに。
 気付いて…くれるのだろうか。

 
 ――あと1分。


 唐突に、彷徨が読んでいた本をパタンと閉じた。
 不思議に思って、首に回した腕を少し緩めた。

「彷徨?」

 問いかけには答えず、私の左手を捕まえる。
 もう片方の手でポケットの中を探り、何かを取り出した。
 ちらりと、時計に目をやる。

 彷徨は、気付いてくれてるの?

 どくん、と心臓が音を立てる。 

 彷徨の手が動く。
 指に感触。

 分針がカチリと音をたて、新しい1日が始まったことを教える。

「誕生日おめでとう……未夢」

 肩越しに振り向いて、優しく微笑みながら告げられた言葉。
 彷徨に一番に言って欲しかった言葉。

 どうしてこの人には分かってしまうのだろう?
 望んでいたことを叶えてしまうのだろう?

 何も言うことができずに、ただ呆然と彷徨を見つめる。 

 左手の薬指にたった今はめられた、月をあしらった銀の指輪に彷徨が口付けた。

「20歳になったら、親の了承なしに結婚できるだろ?だからこれは、売約済みっていうこと」
 俺たちはべつに反対されてるわけじゃないけどな、と少し頬を赤くする。

 ――心が震える。

 浮かんでくる涙を止められなくて、笑いたいのに笑えなくて、顔を彷徨の背中に押し付けて隠す。
 まわしたままの腕を彷徨が握る。
 
「泣くなよ…俺がいじめてるみたいだろ」

 こくこくとうなずく。

「……未夢……?」

 本当に困っていることが分かって、ちょっと笑う。
 でもまだ、顔はあげない。

「彷徨……私、すっごく嬉しいよ」
 
 ようやくそれだけ言って、顔をあげる。

 今できる最高の笑顔をあげたいのに、うまく笑えない。
 まるで自分の体じゃないかのように、言うことをきいてくれない。

「幸せだよ、彷徨」

 彷徨は握っていた手を離して体をひねると、私のほうを向いた。

「当然だろ」

 頬に添えた手で流れる涙をふいて笑う。

「オレが…今こんなに幸せなんだから」
  
 その言葉に、やっと心の底から笑うことができた。

 そのままゆっくりと目を閉じる。

 触れ合った唇は約束の証。

 それはそう遠くない日に永遠となる、約束――   

    
 

  end


やっと終わりました。間に合わないんじゃないかと、ほんとに焦りました(^^;
私、題をつけるのが苦手なんですよね。今回も最後の最後まで悩んで、結局こんな題になってしまいました。皆さんはどうやって考えてらっしゃるんでしょう…(ため息)
え〜っと、私の個人的設定として彷徨は未夢の16歳の誕生日に、「予約」と称して指輪をあげてます。そのため、今回は「予約」のさらに上をいく「売約済み」の指輪にしました。
いつか、彷徨サイドで書いてみたいですねぇ。
ではでは、読んで頂いてありがとうございました。


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