紫陽花

作:あずま



 電車の中で、未夢は焦っていた。
 
 彷徨と映画を見に行く約束の日。
 ずっと楽しみにしていたのに、今日はあいにくの雨。
 しかも、乗るはずだった電車に乗り遅れ、10分の遅刻は確実。

(彷徨にまた、色々言われちゃうよ〜)

 彼は遅れてくることの多い彼女を、不機嫌そうな、あきれたような顔で出迎え、未夢がその前で手の平を合わせて謝るのがいつものパターンなのである。
 もちろん彷徨は、一言言うのを忘れたりはしない。

 小さくため息をついたとき、携帯電話がメールを受信した。

「彷徨?」

 内容を確認する。

『ごめん。一時間くらい遅れる。映画どうする?』

 少し考えて、未夢は返信メールを送った。





『うん、わかった。一時間後に駅前でね(^^)』

 それを読んで、彷徨は小さく微笑んだ。
 待ってくれる、ということが嬉しかった。

「お約束があったんでしょうに…よろしかったのですか?」

 彷徨の背中にかけられた声に、電話をおさめて緩んでいた口元を引き締める。

「気にしないでください。行きましょうか」

 待ち合わせ場所に向かっていた彷徨は、一人の品のよさそうな老婆を見かけた。
 自分の着ている着物が濡れるのにもかまわず、その手にもった風呂敷包みに傘を差してで歩いていることに気付いて気になった。
 どうしようかと迷って、結局、その荷物を持つことを申し出たのではあるが――

(こんなに時間がかかるとは思わなかった……)

 目的地である相手の家自体はそれほど遠くはないが、歩くスピードが遅い。
 思っていたよりも時間がかかってしまい、しかし今更放り出すこともできず、未夢との約束に間に合わなくなってしまったのである。 

「きっと素敵な方なのでしょうね」

 突然の言葉に彷徨が老婆を振り返る。

「何がですか?」

「先ほど電話でやり取りしていた相手、あなたの恋人さんなのでしょう?とてもやさしい顔をしておられましたよ」

(そんなにわかりやすい顔してたのか……?)
 内心で焦りながら、「素敵」という言葉に反論してみる。

「ドジでお節介やき。考えなし動くし……」

「困っている人を放っておけない、まっすぐで優しい方なのですね」

 驚きの表情を浮かべた彷徨に、違うんですか、問い掛ける。
 彷徨が返答に困って黙る。

 その様子に暖かな視線を向けて、足を止めた。

「ここです」

 目に入ってきたのは青と紫の色彩。
 雨に打たれて美しく咲き誇る紫陽花に囲まれた和風家屋。
 時代から取り残されたかのようにたたずむそれは、どことなく懐かしさを感じさせる。

「おじいさんは紫陽花が特に好きだったものですから」

 老婆の後に続いて家に入り、玄関に荷物を下ろして駅に向かおうとする彷徨を呼びとめた。

「あと少しだけ、お待ちいただけませんか?」 

 時間を確認し、了承の意を伝えると、老婆はお茶を出して庭へと出て行く。 

「紫陽花の花言葉をご存知?」

「いえ、知りませんけど」

「移り気、冷笑、辛抱強い愛情、威張りや、無情、不精」

 どれも未夢には当てはまりそうにない言葉が続く。

「元気な女性」

 その言葉に顔をあげた彷徨の前に花束が差し出された。

「今日はほんとうにありがとうございました。あなたの素敵な恋人さんにも、お礼を申し上げてくださいね」




 
 紫陽花を片腕に抱えた彷徨が駅に着いたのは、未夢に連絡してほぼ一時間が経った頃だった。
 辺りを見渡して、未夢を探す。
 求める姿を駅前のコーヒーショップで見つけて――固まった。
 
 楽しそうに笑う未夢。その前に座っている人物の顔は見えない……見えないけれど、それは確かに“男”だった。





「え〜?ほんとに〜?」
「本当だって!」

 少々大げさな身振りで説明しようとする相手の前で、くすくすと未夢が笑う。
 店内の壁掛け時計が軽快なメロディーを鳴らして時間を告げた。

「ごめん。そろそろ私……」
「未夢!」

 驚いて振り返った未夢は彷徨の姿を認めて、うれしそうに顔をほころばせた……が、彷徨の様子が少しおかしい。
 不機嫌、というより怒りのオーラが感じられる。

(私、何かやったっけ……?)

 戸惑う未夢の後ろからは声をひそめて笑う気配。
 振り返れば、肩を震わせている男が一人――

「彷徨って本当に、光月さんのことになると目の色変わるよな〜」
 中学の時から変わってない、とけらけらと笑うその人物。

「三太っ!?」
「ひさしぶり!」
「何でお前こんなところにいるんだよ!?」

 その問いかけに答えたのは未夢だった。

「彷徨から連絡もらった後、偶然駅前で会ってね……」

「一人でいるの珍しいし、声かけられそうで危なかったしな〜」

 顔をしかめた彷徨に対し、未夢は首をかしげる。

「危なくなんてないよ?知らないおじさんに飴もらってもついて行ったりしないし」

 そこまで子どもじゃないもん、と笑う少女に、彷徨はため息をつく。

(分かってないな……)

「彷徨、苦労してるな……」

 肩に手を置かれ、同情をこめて告げられた言葉に、苦笑を返す。

 訳がわからないといった表情の未夢に、話の先を促す。

「あ、うん。それでね、彷徨の子どもの頃の話を聞かせてくれるって三太くんが言うから、ずっとここで話してたんだ」
「――っ三太!おまえ何話したんだよっ!?」

 嬉しそうな未夢と慌てる彷徨。

 しかし三太はすでに二人から離れており、手を振って言った。

「ここは彷徨のおごりということで。またな〜」
「なっ、ちょっと待て!三太〜っ!」  

(……逃げられたっ)

 三太の消えた店の入り口をにらむ彷徨に、未夢が声をかける。

「ね、彷徨……それ、どうしたの?」

 右手に視線を落とすと、紫陽花の花束。
 どうしようかと迷い、深呼吸して、心を決める。  

「ほら」

 目の前の花束と、頬を赤く染めて視線を合わさない彷徨の顔とを見比べて笑う。

「彷徨が花なんて珍しいね。だから今日雨が降ったのかな?」
「……いらないならそれでもいいけど?」

 からかいとほんの少しの不安を含んだ声に、未夢は慌てて手を伸ばした。

「いらないなんて言ってないでしょっ! ……ありがと」

 未夢が花束を抱えて、恥ずかしそうに、そして幸せそうに微笑む。 
 彷徨もまた、笑みを返す。



「……あの、お客様、ご注文はどうなさいますか?」

 この問いかけに、ここがどこなのかを思い出した二人が赤面して慌てたのは言うまでもない……  





 勘定を終えた彷徨が店を出ると、雨はすでに上がっていた。
 先に店を出ていた未夢が、空を指差して歓声をあげた。

「彷徨、虹が出てるよ!」

 笑顔でくるりと振り向くのに合わせて、雨上がりの日差しに金色の髪が輝く。
 その様子を目を細めて見やり、ずっと気になっていたことを尋ねた。

「……で、三太のやつどんな話したんだよ?」
「ナイショ、だよ!」



久しぶりにだあ!小説を書きましたがいかがだったでしょうか?
「誰ですか、これは?」と自分でも突っ込みいれつつ、うまくすすんでくれない文章を前に、違う話に浮気もしながら、なんとかできあがりました。
無事に日の目を見ることができて、本当によかったです。

この小説はhimiしゃんへ。
こんな感じになってしまいましたがよろしかったでしょうか?(^^;
本当は6月中には…と思ってたんですけど、気がつけば7月も終わりになってしまいました(T-T)
紫陽花…きれいな花ですよね。私も大好きですv
今まで待ってくださってありがとうございました。


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