作:あずま
…あたたかい。
なんだろう…あたたかくて、やわらかくて、いいにおいがする。
これはなに?
なぜだか安心する。
自分は確かにこの感じを知っている。
母さん?
…違う。
この感じ…この感じは――
「未夢?」
◇◇◇◇
自分の声に起こされて、彷徨はゆっくりと目を開けた。
カーテンのすき間から朝の光が差し込んでいる。
ぼーっとした顔で辺りを見回す。
(どこだ、ここ…?)
よく見知った自分の部屋ではないことは確か。西園寺の茶の間でもない。
まだあまり働かない頭でいくつか候補を挙げてみるが、当てはまるものがない。
体もなぜか重い。
もう一度ぐるりと見回して、あるものに目がとまった。
それは豊かな金色の髪。
その持ち主たる少女が、自分の胸に頬を寄せて眠っている。
しばし、その光景を見つめる。
「………未夢?」
急速に意識が覚醒する。
(なっ、何でこいつがこんなとこで寝てるんだよっ?)
混乱した頭に次いで認識されたのは、目の前にそびえ立つ巨大な物体。
クリスマスツリー。
半ば呆然とそれを見上げていると、昨晩の記憶がよみがえってきた。
「そうか。俺、未夢の家でこれ、飾ってたんだっけ…」
頼まれて、手伝って、ライトつけてみて。それから、それから――
自分の行動を思い出して、今更ながらに赤面する。
そんな彷徨の胸元では、相変わらず未夢が静かな寝息を立てている。
その寝顔を見て、ちょっとしたいたずらを思いついた。
頬を指先でつついてみる。
くすぐったそうな表情。
今度は頬を軽くつまんで引っ張ってみる。
少し顔をゆがめたが、起きる気配はない。
吹き出しかけて、口を手でふさぐ。
――おもしろい。
つんつん。
「ん……」
むに〜。
「う、んんっ…」
そんな未夢の様子がかわいくて、愛しくて、独り占めできることが嬉しくてしょうがない。
しかしこの状態では、動くに動けない。
名残惜しく思いながら、とりあえず起こすことにした。
「未夢。おい未夢」
反応がない。
「未夢、起きろって」
軽くゆすってみると、うっすらと目を開けた。
焦点の合わない目で、彷徨を見る。
「……………………かなたぁ?」
「何寝ぼけてんだよ、お前」
呆れる彷徨に対して、未夢はふわりと微笑んだ。
「かなた」
唇に柔らかな感触。
(え?)
何が起きたのか、よく分からない。
(え…えぇっっ!?)
頬が一気に熱くなる。
呆然とする彷徨の目の前で再び未夢のまぶたが閉じられて、
「……すぅー、すぅー……」
聞こえる寝息。
「ちょっ、おい未夢っ起きろって」
さっきより強く揺さぶられて、未夢がもう一度目を開けた。
「ん、あ…彷徨?」
今度はしっかりとした口調で言った。
彷徨がほうっと息を吐く。
「とりあえず、おはよ」
「――おはよう。でもあれ?何で彷徨がここにいるの?」
状況が理解できずに辺りを見回す。
自分がどこにいるのかに気づいた瞬間、頬を赤くして慌てて飛びのいた。
彷徨がその反応に苦笑する。
ふと、口元に手をやった。
唇にさっきの感触がよみがえってくる。
かすかな熱と柔らかな感触。
例え寝ぼけていたとしても、それは未夢からされた初めてのキスだったりするわけで。
そんなことを考えていると、未夢がまだ少し赤い顔で声をかけてきた。
「ごめんね、ゆうべ寝ちゃったりして…」
自然とその唇に視線が向かう。
(…何考えてるんだよ、俺はっ)
頭を左右に振った。
「べつに。それに、あたたかくてやわらかくて気持ちよかったし」
ぺろっと舌を出す。
未夢がきょとんとした表情で、首を傾げた。
一瞬にして沸騰する。
「彷徨のバカっ」
彷徨が笑いながら立ち上がった。
無理な体勢で寝ていたため、体の節々が痛い。
ぐん、と体を伸ばすと、いたるところでゴキゴキと音が鳴った。
何かが足元に落ちたことに気づく。
視線をやると、そこには一枚の毛布。
(そういや、掛けてあったっけ…って待てよ?)
一体いつ、誰が掛けたんだ?
眠った時は確かになかった。もちろん、その周辺にも。
(未夢…じゃないだろう。起きたんなら、俺を起こして自分の部屋で寝るなりするだろうし、何より、未夢が離れた時点で俺が起きる…と思う。それなら――)
考えて、そうして思いついた可能性。
(まさか…まさかまさかまさか…っ)
顔が赤くなり、次に青くなる。
「いいわね〜若いって」
突然聞こえてきたその言葉に、二人は顔を見合わせた後、慌てて声のした方を向いた。
扉の陰から覗いた四つの目。
「パパっ、ママっ!?」
彷徨は…絶句。
「いつからそこにいたのっ?」
「ついさっきからよ。でも、そんなに慌ててるってことは…」
にんまり、と言うしかない未来の表情に、嫌な予感がした。
「見られちゃマズイことでもしてたのかしら〜?」
「するわけないでしょーっ!」
未夢が叫ぶ。
(いや、したって…)
赤い顔で口元を押さえて、彷徨が思う。
もちろん、口に出すわけにはいかない。
「彷徨く〜〜〜ん」
涙を流しながら、優がにじり寄ってくる。
彷徨は思わず、それに合わせて後ずさった。
「ハ、ハイ?」
(こ、こわいんですけどっ)
「未夢に変なこと、してないよね?」
「してませんっ!」
「パパっ!」
慌てる二人に助け舟を出したのは未来だ。
「優さんったら、ほら、落ち着いて」
安心したのもつかの間、今度は未来が爆弾を放り込む。
「未夢もいつまで私たちの娘でいてくれるか分からないし、未来の"息子"に嫌われたくないでしょっ?」
しばしの間。
「ちょっちょっと、おばさんっ!なに言ってるんですかっ!?」
――あせる。
未夢に目をやれば、湯気が出ないことが不思議なくらい真っ赤になっていた。
「あら、べつにお義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」
「言いませんってばっ!」
彷徨が肩で荒い息をする。
未来は楽しそうだ。
「そんなに照れなくてもいいのに…それとも、何?」
すっと目が細められる。
口元には、笑み。
「うちの未夢が、不満、だとでも、言うのかしらぁ〜?」
視線が冷たい。
冷や汗が流れる。
顔が笑っている分、迫力が違う。
(どーしろって言うんだよっ)
"不満"なんてことは絶対にないが、こんなところで言えるわけがない。
相手の親の前でプロポーズしろ、と言っているようなものだ。
できるはずが、ない…。
黙りこんだ彷徨に対して、未来がころころと笑った。
「冗談よ、じょ・う・だ・ん」
彷徨は思わず頭を抱えた。
「一体どこが冗談だったんだーっ!」
と叫びたいのをこらえて、くるりと三人に背を向ける。
早くこの場から逃げ出したかった。
「じゃ、じゃあ、おじゃましましたっ」
「待ってよ、彷徨っ」
これ以上何か言われる前に、と玄関に向かう彷徨を、未夢が追う。
この状況で一人、残されるのが嫌だったらしい。
ちらりと後ろを振り返ると、笑顔で手を振る未来と、しゃがみ込んで『の』の字を書いている優の姿があった。
◇◇◇◇
冷たい朝の空気にさらされて、一つ身震いする。
吐く息が白い。
(つ…疲れた…)
大きなため息をつく。
その隣でも、小さなため息。
未夢の方を見る。
目が合う。
少し慌てたように未夢が微笑んだ。
彷徨は見逃さなかった。
ほんの一瞬のことだったけれど、未夢は確かに寂しそうな、不安そうな顔をしていた。
まるで捨てられた仔犬のような、そんな顔。
無意識に動いていた。
未夢の細い体を腕の中に閉じ込める。
力の加減を忘れて、きつく、抱きしめた。
「か、彷徨っ…?」
未夢が苦しげに身をよじる。
腕の力を少し緩めて、その肩に顔をうずめた。
「…ゴメン」
耳元で呟く。
今はまだ、自信がないから。
今はまだ、勇気がないから。
でも必ず、ちゃんと言うから。だから――
「もう少しだけ、待っててくれ…な」
そっと体を離す。
未夢が不信そうな顔をしていた。
口を開く。
「なにを?」
思わず脱力する。
「お前…分かれって…」
「だから、なにをって聞いてるじゃないっ」
憤然とする未夢の額を指先で突いた。
にっと笑う。
「ばーか」
天気は快晴。
未夢の反論を背中で聞きながら、彷徨は空を見上げた。
end
題の通り、『Twinkle Tree』の翌朝です。
甘々で幸せなふたりをからかわせよう、と思って書き始めたんですけど…(汗)
結果的には彷徨がかなり遊ばれてます。
そして、未来さんの性格も変わってしまいました。こんな母親だったら怖いですよね〜(^^;
個人的に気に入っているのは『眠っている未夢の頬をうにうにする彷徨』という図だったりします。なんか想像するだけで幸せな感じです。
緋雨
※この小説は、以前、李帆しゃんのクリスマス企画に参加させていただいたときのものです。