作:あずま
web拍手に使用していた「ガンダムSEED お子様アスキラ小話」です。
1〜5までをまとめてあります。
1.『残照』
アスランが担任教師に頼まれた用事を済ませたころには、辺りは既に暗くなり始めていた。
人気のない廊下を歩けば足音を反響して、その寂しげな音に心まで重くなっていくような気がする。
自然と急ぎ足になって教室にたどり着き、そしてそこにあるはずのない人影に入り口の所で足を止めた。
窓側の後ろから2番目、アスランのすぐ後ろの席。
そのよく見知った相手に盛大な溜息をついて、憮然として向かっていく。
「キラ! 遅くなるから先に帰ってろって…」
机に突っ伏したまま動かない幼馴染に、怒った口調が急激に小さくなる。
「…キラ?」
聞こえるのは規則正しい呼吸音。
そっと覗き込めばそこには穏やかな寝顔があって、アスランは一気に力が抜けるのを感じた。
そのまま、すぐ前の自分の席に座って寝顔を見つめる。
「先に帰れって言ったのに…」
ぼやきながら相手の頬をつつけば、小さくむずがる。
その様子に苦笑して、今度は眠る子どもの柔らかな髪を優しく撫でる。
すると、その手になつくようにしながらゆるゆると覚醒していく。
未だ夢現を彷徨う紫暗の瞳がアスランを認めて、ふわんと笑顔を浮かべた。
「――おはよう」
地球に合わせて作られた人工太陽の放った紅い光が、闇に溶けようとしていた。
end
2.『階段』
気付いたのは突然だった。
少しだけ、アスランのほうが肩の位置が高い。
そういえば最近、少しだけ、アスランの方が背が高くなったような気がする……。
少しだけ、本当に少しだけの差なのだけれど。
ちょっと腹が立って。
ちょっと悔しくて。
ちょっと寂しくて。
キラは隣を歩くアスランをじいっと見つめる。
「……何?」
「え?」
「いや、キラ、さっきからずっと俺の方睨んでるから」
「睨んでないもん」
ふいっと顔を背けて、キラは内心溜息を吐く。
八つ当たりだということは分かっているのだ。
自分より背が高くなるのは、アスランのせいではない――今、自分の機嫌が悪くなっている原因がアスランであるとしても。
それでも、なんとなく悔しいし、寂しい。
アスランに置いていかれるような気がしてしまう。
沈み込んでいく気持ちのまま差し掛かった階段に、ふと思いついた考え。
アスランよりも先にひとつ上の段に立ち、前をふさぐようにしてくるりと振り返る。
「キラ?」
段差分ほど低い位置にある、アスランの不思議そうな顔。
それを見下ろしたキラの胸にあふれる満足感。
小さくガッツポーズまで出る。
「……よし!」
「は?」
「アスラン、早く帰ろう! お母さんがプリン作ってくれてるんだ♪」
突然向けられた全開の笑顔。
そしてそのまま楽しそうに駆け出していく後姿を、アスランは半ば呆然としながら見送ってしまう。
(一体なんなんだ?)
なんだかよく分からないが、幼馴染の機嫌が良くなったことは確か。
「……ま、いっか」
いつもの笑顔で自分に笑いかけてくれるのだから問題ないだろう、と考えることを放棄して、アスランはキラの後を追った。
end
3.『指先』
アスランの指はとても器用。
何でもできるけど、マイクロユニットを作る時は本当に特別。
たくさんの無機物が、整然と並んでその指先が触れるのを待っている。
小さなねじや複雑な配線、たくさんのものを組み合わせて一つの機械を作り上げる指先は魔法のよう。
「キラにだってできるよ」って言うけど、絶対無理だと思う。
先生だって認めてる、アスランは優等生だって。
同じ授業を聞いてるのに、どうしてこうも違うんだろう?
アスランの指先は特別。
魔法の指先。
キラの指はとても器用。
いろんな失敗を仕出かすけど、プログラミングの時は本当に特別。
たくさんのコンピューター言語が、今か今かと打ち込まれるのを待っている。
考えもつかない方法で組み上げられるプログラムに、キィボードの上を滑る指先は踊っているよう。
「アスランにだってできるよ」って言うけど、絶対無理だと思う。
先生だって認めてる、キラは教師泣かせだって。
同じ授業を聞いてるのに、どうしてこうも独創的なんだ?
キラの指先は特別。
踊る指先。
end
4.『寝癖』
―――午前10時。
キラの家の呼び鈴を押したアスランを出迎えたのは、雷――映像でしか知らないが――でも落ちたのではないかというような騒音だった。
ダダダダダ、バタン、バタバタバタ、ドカ、ダダダダダダ………
「ごめん、アスラン! 寝坊しちゃった!」
飛び出してきたキラの姿にアスランはしばし絶句。
何かに打ち付けたのだろう少し赤い鼻も気になるが、それよりも激しい主張をしているそこ。
軽い頭痛を覚えながら幼馴染に問う。
「……キラ、お前その頭で外に出る気か?」
「……え?」
不思議そうに頭に手をやったキラは、その惨状を理解して固まった。
好き放題に跳ねている髪はとても個性的な形になっていて、ちょっと…いや、かなり一緒に歩くのは遠慮したい感じだ。
キラが大慌てで手櫛で髪を整え、頭から手を離してみる。
ひょこん。
まるで動物の耳のように両横の髪がはねた。
それは妙にキラに似合っていて、そのことに気付かず「ほめて」とでも言うように得意げに笑うキラもとてもとても可愛いのだけど。
大きく溜息をひとつ。
アスランはキラの腕を掴むとヤマト邸に向かって歩き出したのだった。
「まったく…買い物に行こうって言ったのはおまえだろう?」
「……ごめん」
文句を言いながらも蒸しタオルをキラの頭に当て、櫛で髪を整えてやる。
いつものキラになったことに満足していれば、えへへ、とキラが笑った。
「…なに?」
「なんだか、アスランに髪を梳いてもらうのって気持ちいいなって思って」
なんとなく嬉しくて恥ずかしくて、目の前の、さっき整えたばかりの髪をくしゃくしゃとかき混ぜれば、キラは楽しそうに抗議の声を上げた。
その後、ひとしきりじゃれあったキラの頭からひょこんと飛び出した見覚えのあるものに、アスランは苦笑しながらもう一度その髪を整えることになったのだった。
end
5.『落葉』
―――カサカサカサ、クシャ。
歩くたびに聞こえる音に何となく楽しくなって、それのあるところだけを選んで足を下ろす。
―――クシャ、クシャ、クシャ…
ひょこん、と跳ねるように歩いて、その度に聞こえる音に笑みがこぼれる。
ふと気付けばすぐ近くにそれはなくなっていて、次のを探して首をめぐらせる。
見つけたそれの少し遠い距離にどうしようかと少しだけ悩んで。
軽く振りをつけて、跳んだ。
クシャッ!
ちゃんと鳴った音に嬉しくなって、ちょっと気を抜いた瞬間バランスを崩してしまう。
近づいてくる地面に、思わずぎゅっと目を瞑って。
けれど、体を受け止めたのは固い地面ではなく、暖かくて柔らかな体。
恐る恐る目をあければ、よく見知った相手が呆れ顔で見つめていた。
「なにやってるんだ?」
「それ…」
「落ち葉?」
「うん。音がして、楽しかったから」
溜息を吐かれて、ちょっとむっとしたけれど。
つないだ手を引っ張るように前を歩いている幼馴染が、落ち葉の多いところを選んで歩いてくれていることに気付いて嬉しくて。
―――クシャ、クシャ、クシャ…
少し足を速めて横に並ぶと、額を合わせるようにして笑いあった。
end
せっかくなので、今まで書いた小話を書棚の方へ投稿してみました。
この中では『階段』と『指先』が特に気に入ってたりします。
どれかひとつでもお気に召していただけるものがあれば幸いですv