作:あずま
コタツに入って、みかんを片手に本のページをめくる。
傍では未夢が、ぼうっと夕方のニュースを見ている。
――街はすっかりクリスマスムードです……ではここで、おすすめクリスマスプレゼントのご紹介を……――
テレビから聞こえてくる音を、途切れ途切れに耳がひろう。
外がもう暗くなり始めているのに気づいて手を止めた。
そろそろ、夕飯を作り始めないといけない。
ふと、未夢が「…そういえば」とつぶやきをもらした。
「ねぇ彷徨、今夜時間ある?」
「べつにこれといった用事はねーけど?」
「夕ご飯が終わったらちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど…」
半目で言ってやる。
「…宿題だったら自分でやれよ」
未夢がぷうっと頬を膨らました。
「そんなことじゃないもんっ」
期待通りの反応に、彷徨はおかしそうな笑みを浮かべる。
「いいけど…なんだよ?」
「ちょっとね…」
少し困ったような表情でそれだけ言って、未夢は立ち上がった。
「未夢?」
「さて、ご飯の支度でもしますかっ」
彷徨は不思議そうな顔でその様子を見やったが、未夢に続いて立ち上がる。
いたずらっぽい笑み。
「お前だけに任せておくと、まともなものが食べられるかどうかわかんねーからなっ」
「どーいう意味よっ、それっ」
「そのまんま」
ぺろっと舌を出す。
「もうっ、彷徨っ」
目が合う。
どちらからともなく微笑む。
いつもの調子でじゃれあいながら、台所へと向かう。
二人の変わらない日常。そして何よりも大切な時間だった。
◇◇◇◇
彷徨が連れてこられたのは、同じ敷地にある未夢の家だった。
一体何の用事なのかを聞かされないまま足を踏み入れた彷徨は、それを目の前にしてしばし絶句することになる。
「…なんだよ、これ」
緑色のもこもことした、円錐型の塊を指差して問う。
「なにって、クリスマスツリーだけど?」
そんなことは言われなくても分かる。
(俺が言いたいのはそーゆーことじゃなくって…)
「…でかすぎないか?」
圧倒的な存在感で居間の一角を占領しているそれは、彷徨の身長よりも少し高いくらいだ。
一般家庭に飾るにしては、不釣合いな印象を受ける。
未夢は「あ、やっぱりそう思う?」と、苦笑を浮かべて同意した。
「ママがね、アメリカの友達の家にあるのを見てどーしても欲しくなったんだって」
彷徨の顔色をうかがう。
「それでね、飾りつけ、手伝って欲しいんだけど…」
半ば呆れて彷徨が言った。
「おじさんやおばさんに手伝ってもらえばいーじゃん」
「だって、パパもママも今日は遅くなるって言ってたし、テレビで駅前のデパートに大きなツリーが飾られたっていうの見たら、やりたくなっちゃったんだもんっ」
「何もこんな時間からすることはねーだろっ」
「いーじゃないっ、明日はお休みだし、ちょっとくらい寝るのが遅くなったってっ。それに、私は彷徨と一緒に作りたいの…っ」
再び絶句。
自分の口走ったことに未夢が気づく。
火がついたように赤くなって、慌ててうつむいてしまう。
彷徨はというと、ただ未夢を見つめていた。
(不意打ちでそれは…ないだろ)
言われた言葉が嬉しくて、真っ赤になった顔がかわいくて――困る。
なんと答えていいか分からない。
どんな表情をすればいいか分からない。
自分が情けなくなって、空を仰ぐ。
「…え…あ、いや…えーっと、だから、その…」
意味をなさない言葉を並べながら、未夢がちらちらと様子をうかがう。
半分以上照れ隠しのために、額を押さえて大きなため息をひとつ。
気持ちを落ち着かせる。
「――で、俺はなにをすればいーんだ?」
未夢の顔がぱっと輝く。
「手伝ってくれるのっ?」
「しょうがねーじゃん。約束したしな」
甘いな、とは思う。でも――
「ありがとっ彷徨っ」
満面の笑み。
頬が少し赤くなるのが分かって、あさっての方向を向いた。
(――でもやっぱり、こいつには弱いんだよな…)
箱の中には、様々なオーナメントがそろっていた。
――サンタクロース、天使、ギフトボックス、ベル、ボール、金の縁取りがしてある赤いリボン。
いすを運んできて、まずはライトをツリーに巻きつける。
彷徨がツリーの半分より上の部分を、未夢が下の部分を担当して次々と飾りつけていく。
楽しげな未夢を見ながら、彷徨が呟く。
「そういや、クリスマスツリーの飾りつけってやったことなかったな」
そもそもツリー自体が西園寺にはなかったりするのだが。
「えっ、そうなの?」
未夢が驚いて彷徨を見上げた。
彷徨は呆れたような表情で見返す。
「あのな、うちは寺だぞ。キリスト教の祝い事をやってどうするんだよ。それに俺の誕生日がクリスマス当日だからな。そっちが優先」
未夢が少し考え込むような表情でうつむいた。
「でもそれって、なんか損した気分にならない?」
言葉の意味が分からず、彷徨は未夢の顔をまじまじと見つめる。
確かに、彷徨にとってクリスマスは憂鬱なイベントではあったのだ、未夢が来るまでは。
(でもだからって、なんで"損"なんだ?)
「だって、プレゼントも楽しいことも、十三回分なかったんだよ?損してるじゃない」
しかめっ面をして言った後、勢いよく彷徨を見上げた。
高らかに宣言する。
「私はちゃんと二回お祝いしてあげるからねっ」
「…べつにいいって」
「よくないよっ、楽しいことは多いほうが絶対にいいんだからっ」
握りこぶしを作らんばかりに力説する。
彷徨の返事は一言。
「ガキ」
「なによっ、人がせっかく彷徨のためを思って言ってるのにっ」
ふんっと拗ねてみせる。
彷徨の笑う気配が伝わってくる。
本気で唇を尖らせそうになった未夢の頭の上で、彷徨の手がポンポンと二回跳ねた。
「サンキュ」
その言葉に一瞬目を丸くして、未夢は少し照れたように微笑んだ。
緑色の塊は、すっかり華やかなものに変わっていた。
存在感はそのままに、明るくにぎやかに部屋を彩る。
彷徨はそれを前にして、どこか満足そうな表情を浮かべた。
「こんなもんでいいだろ。未夢、その星を取ってくれ」
「はい、どーぞ」
いすの上に立って手をのばす。
ツリーの一番上に大きな星。
「わぁ〜!できたできたっ!」
両手を合わせて目を輝かせ、未夢が歓声を上げる。
いすを元の位置に戻した彷徨が未夢の隣に並ぶ。
「やっぱり大きいのは迫力があるな」
「だよね〜」
心底嬉しげに、楽しげにツリーを見上げて未夢が笑う。
彷徨はその横顔を優しい目で見つめた。
自然とその口元がほころぶ。
「ためしにライトつけてみるか?」
「うんっ」
電灯用のリモコンを使って部屋の電気を消す。
彷徨は真っ暗な中で、ソファにもたれかかるかたちで直接床に座る。
未夢も隣でそれにならった。
「3、2、1…点灯っ」
声とともにスイッチが入る。
ふわりと部屋が明るくなる。
色とりどりのライトが闇を照らす。
「…きれいだね」
「そうだな」
光の饗宴にしばしの間見入る。
なぜか、惹きつけられる。
なぜか、心が弾む。
ふと隣に目をやって、彷徨は息を呑んだ。
闇に慣れた目に映るのは、ほのかな光に照らされて、常とは違った雰囲気をまとった少女。
どこか儚くて、このまま闇に溶けてしまうのではないかと不安になる。
(触れたいな)
想いが自然と湧き上がってくる。
視線に気づいた未夢は不思議そうな顔をした。
「彷徨?」
ちょこん、と首をかしげる。
あまりにも無防備な反応。
苦笑をもらしながら、彷徨がそっと未夢に向かって手を伸ばした。
頬に、触れる。
未夢の体が、びくっと震える。
そのまま頭を抱えるようにして引き寄せた。
「ちょ、ちょっと彷徨っ?」
慌てて声をあげる未夢を無視して、少しだけ腕に力を込める。
未夢が腕の中からから逃れようともがいたが、それを許す気などさらさらなくて。
あきらめたように、おとなしく彷徨の胸に頭を預けた未夢が、くすくすと笑った。
「急にどうしたの、彷徨?」
「…たまにはこうしていたいって思っちゃ悪いかよ」
プレゼントが置かれるクリスマスツリーの下。
年に一回だけではなく、いつもいつも、たくさんのものを与えてくれる少女を抱きしめて。
(今年のクリスマスはまだ先だけど、これで十三回分のツケはチャラにしてやるよ)
おどけた表情でぶら下がっているサンタクロースに向けて、心の中で言ってやる。
未夢はほんのりと頬を染めて黙っていた。
「………ばか」
小さく、ただそれだけ呟いた。
場を支配するのは沈黙。
けれどそれは決して嫌なものではない、心地よい静けさ。
お互いをぬくもりを感じて、満ち足りた気持ちになる。
どれくらいそうしていたのだろう。
体にかかる重さが増したことに気づいて、彷徨が顔を向けた。
「未夢?」
返事のかわりに返って来たのは、静かな寝息。
安心しきって眠るその姿を見て、彷徨は複雑そうな顔をした。
信頼してくれているのは分かる。嬉しいとは思う。
(こいつ…俺のことなんだと思ってるんだよ…)
小さく息を吐いて、くせのないその髪をすく。
仕方ない、というように笑い、その額に口付けた。
甘い香りと、柔らかな熱と、確かな鼓動――それらを感じながら、彷徨もまた誘われるまま、心地よい睡魔に身をゆだねた。
◇◇◇◇
そっと玄関の扉が開く。
時計は二時を回っており、眠っているであろう娘を起こすことがないように、と未来は音を立てないようにそろそろと歩く。
居間から光が漏れているのに気づいて、立ち止まった。
覗きこむ。
そこには見事に飾られたクリスマスツリーが、闇の中に浮かび上がっていた。
顔を輝かせて近づく。
「まあっ、きれいっ。未夢がやったの…っと」
未来は手で自分の口をふさいだ。
ソファの陰に人影。
しかも、一人ではなく二人。
「あらあら、彷徨くんまで」
くすくすと笑いながら、肩を寄せ合って眠る二人を優しく見つめる。
起こさないようにそっと部屋を出ると、二階から毛布を持って降りてくる。
車を置いて、少し遅れて戻ってきた優と居間の前で鉢合わせた。
「あれ?そんなもの持って来て、どうしたんだい?」
「風邪引かないようにって思って」
未来が楽しそうに笑う。
風邪?と不思議そうにつぶやきながら、優は未来について居間に入った。
未来が人影にそっと毛布かけてやっている。
一人はかわいい一人娘の未夢。
そしてもう一人は――
「かっ、かな…っ」
未来が慌てて優の口を手でふさぐ。
そっと未夢たちの様子をうかがうと、先ほどと変わらない規則的な寝息。
ほっ、と息を吐く。
非難を込めて、優をにらんだ。
「静かにしないとだめじゃない。二人が起きちゃうでしょっ?」
「だって、未来さ〜ん」
声をひそめて、世にも情けない顔で言う優に、未来は軽く首を振って微笑んだ。
「いいじゃないの、優さん。あんなに気持ちよさそうに眠ってるのに、起こしたらかわいそうよ」
あどけない表情で、わずかに笑みを浮かべて眠っているその様子は、本当に幸せそうで――
「ほらほら、私たちも上にあがって休みましょ」
扉の方へと優の背中を押していく。
優は名残惜しそうに後ろを振り返った。
「未来さん、やっぱり…」
「だめよ」
少し寂しそうな、傷ついたような顔をした夫に、未来は苦笑して言った。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。まだ未夢だってお嫁に行ったりしないから」
「まだって…」
大きなため息を吐いて、優はあきらめたように階段をのぼり始めた。
力のないスリッパの音が、しん、と冷えた家に小さく響く。
未来は立ち止まってしまいそうなその背中を軽く押してやりながら、ちらりと居間の方を見た。
(どうか輝ける木の下に眠る愛すべき子供たちに、安らぎと幸せを――)
祈りは夜空に広がり、闇を優しく包んでいた。
end
クリスマス企画への参加を許可して頂いてありがとうございました。
こ…こんなものになってしまいましたがよろしかったでしょうか?
書いていて、自分の修行不足を嫌といううほど思い知らされました(涙)
どうにか完成してほっとしてます。
え〜っと、話の設定は原作版でやらせていただきました。
クリスマス二週間前くらいの土曜日、といった感じです。
実は私の友達も誕生日がクリスマスだったりします。やっぱりまとめて祝っていたらしく、ケーキもプレゼントも一つだったそうです。特に西園寺の場合“寺”ですから、わざわざ二回に分けて祝うことはないかな、と思いこれを考えました。
そしてこのツリ−、某有名雑貨店の広告に載っていた195cmのものを考えてます。私より30cm以上高いです。想像するとやっぱり大きいですね。どこに片付けるんでしょう?
この後、優さんは眠れない夜を過したことでしょう。別の意味で未来さんも…いや、ベッドを抜け出しては様子を見に行こうとする夫を見張ってそうだな、と(笑)
緋雨
※この作品は、以前、李帆しゃんのクリスマス企画に参加させていただいたときのものです。