作:せー
未夢が彷徨と結婚してはや一週間。
さてさて、西遠寺での日常は・・・・。
「あっ、まずいな」
仕事から帰る途中、彷徨はとうとう泣き出してしまったどんよりとした空を見上げる。
今日に限って傘ないんだよな〜。
仕方ない、未夢に頼むか。
会社近くの駅のホーム。
彷徨の周りにも傘がなく立ち往生している人がちらほらいる。
彷徨は携帯を取り出すと、西遠寺へと電話をかけた。
実は自宅への電話は今日二回目。
新妻の声を昼に一度聞くのは結婚してからの彷徨の日課だ。
本来ならずっとそばで話していてほしい。
けれどもそういうわけにもいかない。
でも・・・無性に声が聞きたくなる。
そのため「何も問題はないかという確認」という建前で彷徨は家に電話をかけるようになったのだ。
聞きなれた未夢の声。
いつ聞いても安心する声。
逸る気持ちを抑えながら、未夢が受話器を取るのを待つ。
プルルルルル
カチャッ
「もしもし、西遠寺ですが」
「・・・なんだ、オヤジか?」
期待していた声と違っていたため、彷徨は少し不服そうに訊ねる。
「なんだ、彷徨か?どうしたんじゃ」
「未夢と代わってくれ」
「どうしようかな〜〜」
「何言ってんだよ。もう電車来ちまうから早くしてくれ」
「じゃあのう、未夢を愛してるから代わってくれと言ったら代わってやろうかのう」
「なっ////何考えてんだよ、ここ駅だぞ?」
彷徨の周りには同じように仕事を終えた同僚もいる。
いくら雨の音が激しくても近くにいる人間には聞こえてしまうだろう。
面と向かって未夢に言うならともかく、こんな所で言うのはさすがに気が引ける。
「ほれ、どうした彷徨〜?」
くそ〜、オヤジの奴おもしろがってんな。
でも・・・早くしないと電車来るし・・・。
「わかったよ。言えばいいんだろ」
「じゃあカウントダウンじゃ。3,2,1」
「俺が愛してる大事な未夢に今すぐ代わってくれ!!」
予想通り、彷徨の周りにいた人間は一斉に彷徨を見た。
全くしらない人からも注がれる視線。
にやにやとしている、顔見知りの同僚。
会社の女性社員に至ってはショックが顔に表れている。
誰もが「西遠寺彷徨」の意外な一面に驚いていた。
・・・やっぱり、見られるよな////
彷徨は少しばつの悪そうな顔をしていた。
が、それも一瞬にしてやわらかい表情へと変わる。
「・・・彷徨」
「未夢?!いつの間に」
「・・・彷徨が愛してるって言ってくれた時////」
あのバカオヤジ。
最初からこのつもりで・・・?!
・・・帰ったら憶えてろよ・・・。
「彷徨、ところでどうしたの?」
「ああ、悪いんだけど駅まで傘持ってきてくれないか?会社の近くの駅をもうすぐ出るから」
「うん、わかった。じゃあ後でね」
電話が終わると、彷徨は携帯を握ったままいいタイミングでやって来た電車に乗り込んだ。
◇◇◇
「さてと、準備しなきゃ」
未夢は受話器を置くと、エプロンを外して薄い化粧をする。
その間、未夢の心臓は高鳴ったままだった。
宝晶に仕組まれたとはいえ、たくさんの人のいる駅のホームで自分への気持ちを伝えてくれた夫のことを
考えると、照れくさい反面何よりも嬉しかった。
「じゃあちょっとお迎えに行ってきます」
「気をつけてな」
未夢は支度を整えると、傘立てに手を伸ばす。
・・・一本でいいか。
未夢は彷徨が使っている紳士用の傘一本を手に取ると、それをさして駅へと向かった。
雨は容赦なく降り続く。
けれど未夢の心は暖かい物に包まれているようだった。
早く行って彷徨を待っててあげたい。
そんな想いが未夢の歩調を自然と早くさせた。
「まだ、着いてないかな」
駅に辿り着くと、未夢は改札の近くで彷徨を待つ。
「ねえねえ、君一人?」
そんな未夢の元に一人の男が近づいてきた。
「俺、傘なくてさ〜。できたらその傘に入れてくれるか雨が止むまでお茶でも付き合ってよ」
「で、でも私、人を待ってるんで・・・」
「そんなカタイこと言わなくていいじゃない。ちょっとだけ、ね?」
微笑みながら男は未夢の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと、やだ」
「行こう」
無理矢理未夢の手を取る男に、後ろから人影が近づく。
そしてその瞬間、未夢の腕から男の手が引き剥がされる。
「なにすんだよ!」
「彷徨!!」
男が振り向くと、そこには鋭い目つきで男を睨みつける彷徨の姿があった。
「こいつは俺を待ってたんだけど。こいつに何か用ですか?」
「い、いやちょっと、かわいいな〜と思って・・・」
彷徨の迫力に男は少し怯む。
「あんたにはこれが見えないのか?」
そう言って彷徨は傘を握っていた未夢の左手の薬指に光るダイヤの指輪を見せつける。
「二度と人の妻にちょっかい出すな!」
「す、すみませんでした〜〜」
そして、男は逃げるようにその場から立ち去った。
「大丈夫か?未夢」
「う、うん。ありがと」
「気をつけろよ?こういう時は指輪を見せる!」
「うん、分かった」
未夢の花のような笑顔に、彷徨の中で男に対しての怒りが段々と薄れていく。
「あれ、傘、一本だけか?」
「・・・い、一緒に入ればいいかな〜なんて思って////」
少し頬を赤く染めてそう言う未夢。
そんな未夢が彷徨にはいとおしくてたまらない。
「じゃ、そうするか」
彷徨は未夢から傘を受け取ると代わりに自分の鞄を渡す。
「私がさそうか?」
「こういう時は背が高い方が傘を持った方がいいんだよ。俺に合わせたら未夢の腕が疲れるだろ?
そのかわり、鞄頼むな」
彷徨は傘をさすと、未夢を自分に近づけるようにもう片方の手で未夢の腰を抱く。
「彷徨?////」
「近づいてないと濡れるからな」
彷徨の言葉に、未夢もそっと彷徨の体に空いている手を回した。
二人の間にはほとんど距離はない。
むしろ相手に触れていることで安心できる。
それは心も同じで・・・。
それから西遠寺までの道で、誰もがこのカップルを見ると振り返っていた。
しかし、本人たちはすでに二人の世界。
全く気になる様子もなかったようだった。
◇おまけ◇
「ただいま〜」
未夢は帰って来たことを宝晶に知らせるように声をかける。
「未夢、もう俺、限界」
「えっ?」
彷徨は玄関先で未夢を抱きしめると頬に軽く口づけた。
そして彷徨の唇は未夢の髪、額、目、そして唇へと移動していく。
甘い甘いキスの嵐。
唇への深いキスを終えると、さらに未夢の肩に顔を埋めて首筋へもキスを落とす。
「ちょっ、彷徨、こんな所で・・・。お父様だって夕食待ってるのに」
「そんなの後でいいよ」
未夢の言葉にもかまわず彷徨は未夢への愛を体で表現する。
そして奥ではそんな未夢たちを宝晶が羨ましそうに見つめていた。
ちょっとはっぱをかけすぎたかのう。
それにしても毎日毎日羨ましいわい。
・・・優さんには絶対見せられんのう・・・。
そう、これが今の・・・西遠寺での日常。
そしてそんな宝晶に彷徨は実は気づいていたのだった。
恥ずかしい思いをさせた宝晶へのささやかな復讐。
『オヤジ、さっきの仕返しだ。未夢をどれだけ愛してるか、直接見せてやるよ』
-end-