終わらない夏

作:せー



「や、やっと終わったよ〜」


最後の一文字を書き終えると、未夢は思わず机の上にうっぷした。
今、ちょうど夏休みの宿題が終わったのだ。


「……ホント、『やっと』終わってくれたな」
「えへへ……ありがと、彷徨」


未夢の隣には、まるで家庭教師のように彷徨が座っている。
どうしても終わらせるのが困難だった数学の問題集を彷徨に教えてもらったのだ。


勉強を始めた頃はまだ照りつけていた太陽。
しかし、そんな太陽も青空も入道雲もすっかり姿を消してしまった。
窓の外には黒いキャンバスが広がり、やわらかい光を放つ月が微笑む。


「じゃ、未夢にアイスでも奢ってもらうかな」
「ええ〜っ?!」
「あのな、今日は一日お前につきあったんだからそれ位してくれてもいいだろ?」
「……そうだね。じゃ、買ってくる」


未夢も今日ばかりはさすがに彷徨に頭があがらない。
仕方ない…とばかりに椅子から立ち上がった未夢の手を彷徨が掴む。


「えっ、何?」
「俺も行く」
「いいよ〜、だって疲れてるでしょ?」


買いに行くと言っても行くのは近所のコンビニ。
別についてきてもらわなくてもかまわない。


「………」
「彷徨?」


不思議そうに彷徨を見つめる未夢。
そんな未夢の手を握ったまま、バツの悪そうに彷徨は答えた。


「暗い中お前を一人でうろうろさせるのは心配なんだよっ」


まだそんなに遅い時間じゃないとはいえ、辺りは真っ暗。
そんな中、未夢を一人で行かせるほど彷徨は暢気ではなかった。



……ったく、いつまで経っても無防備だとこっちが困るぜ。



そんなこっち側の本音をよそに、心配してくれたことを素直に喜んでいる目の前の恋人。
彷徨は内心ため息をつきながら、「行くぞ」と未夢を促したのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




昼間はうだるような暑さが続く今年の夏。
しかし夜になると、それも少しは収まってきていた。



「月きれいだね〜、それに星もいっぱい。ね、彷徨」


二人並んで歩くコンビニまでの道。
未夢は空を見上げながら嬉しそうに言った。


視線が彷徨に移されると、未夢の長い髪がふわっと揺れる。


「ああ。『夏は夜』っていうもんな」
「えっ?何それ」
「枕草子。知らないか?『春はあけぼの、夏は夜…』って」
「枕草子……えっと、紫式部のっ!」
「それは『源氏物語』。清少納言だろ?」
「……どうせ私は古典も苦手ですよ〜だっ」


未夢は拗ねた子供の様にぷいっと横を向く。
その仕草がかわいくて、彷徨は小さく笑った。


「お前ってホントわかりやすいよな」
「何よそれっ!」
「……別に?」



たまに言葉は素直じゃない時もある。
それでも態度はものすごくシンプルで……。
あいつの喜怒哀楽、全てが揃ってこそ『未夢』なんだよな。


彷徨は目の前の未夢を見ていて、心配になるような無邪気で危うい部分も彼女の魅力の一つなのだと改めて感じていた。


「ところで何で『夏は夜』なの?」
「清少納言は風情を好む人らしいからな。今みたいな月明かりとか、蛍とか、夜の雨に風情を感じてたらしいぜ。まあ何となくわかる気もするよな」
「……私は夏の夜って苦手だけどな」
「えっ?」
「ほら、早く行こう?アイス、アイス」


未夢の予想外なつぶやきの理由を聞けないまま。
彷徨は未夢にせかされるようにしてコンビニへと向かった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




暗闇に包まれた町の一角で、コンビ二は明々と光っていた。
月明かりとは違う人工的な明かりが、何だか少し眩しく感じる。


冷房が効いているため過ごしやすいため、時間をここで潰しているのか。
あるいは未夢たちのように冷たいモノを求めて買い物にやってきたのか。
そこまではわからなかったが、店内には意外と人がたくさんいた。


未夢は真っ直ぐアイスの入っているケースへと向かう。


「彷徨、どれがいい?バニラ?チョコ?それとも氷系?」
「う〜ん、じゃこれにするかな」


たくさんあるアイスの中から、彷徨は宇治金時を選んで未夢に手渡す。
未夢はまだ、迷っているようでいろんなアイスを取っては戻しを繰り返す。


そして数分後、漸く決めた未夢をレジの前で彷徨が待っていた。



「ごめんね、遅くなって」
「いや、いいけど。あのさ、これも買わないか?」


そう言って彷徨が持っていたのは花火セット。


「いいけど……」


未夢がそう答えると、すぐさま彷徨は一人でレジに並んだ。
どうやら花火だけは支払いは未夢ではなく彷徨自身だったようだ。


二人は買い物を終えると、コンビニを後にした。




◇◆◇◆◇◆◇◆





帰り道、最初に口を開いたのは未夢だった。


「ねえ、どうして花火買ったの?休みの間にみんなで散々やったのに…」
「知りたい?」
「うん」
「じゃあお前も教えてくれよ。どうして夏の夜が苦手なのか」


さっきの未夢の言葉、それが彷徨の中でずっとひっかかっていた。
月明かりの下であんなに嬉しそうに笑っていた未夢からそんな言葉が出たことが意外だったのだ。


「……だって、寂しいから」
「えっ?」
「夏っていろいろ楽しいことがいっぱいあるじゃない?海とかプールに行ったり、カキ氷食べたり、夜もお祭りに行ったり花火したり。肝試しは…苦手だけどね」


未夢は苦笑しながら続きをゆっくりと話す。


「でもそういう風に楽しい時間を過ごしてるとね、全部終わったら余計寂しい気がするんだ。色とりどりだった世界が急に静かに……闇の世界になるみたいに」


彷徨は未夢の言っていることが何となくわかる気がした。


一人きりで過ごす夜を知っている未夢と彷徨。
楽しい時間を過ごせば過ごすほど、孤独がより一層つらく感じる…。



「未夢…」
「なんてね。それで、彷徨は何で花…火……」


えっ?!


その瞬間、未夢はもう彷徨の腕の中にいた。
突然の彷徨の行動に、未夢の顔は真っ赤に染まる。


やっ、やだ。
心臓が…早い…。
彷徨に聞こえちゃうよ。



「ちょっ…かなたっ…」
「寂しくなんかさせねーよ」
「えっ?」
「これからアイス食って、花火してさ。その後もずっと一緒に……。とにかくお前のこと一人になんか、寂しい思いなんか絶対俺がさせないから」
「彷徨……ありがとう」


小さな花火セットを彷徨が購入した理由。
それは二人だけのささやかな思い出を作るため。


線香花火を楽しむ位わずかな時間でも。
二人で最後の夏を楽しみたかったから。
それは無事宿題を終えた未夢への、彷徨なりのご褒美。


「未夢」
「ん?」
「せっかくの夏休み、最後まで楽しもうぜ?」



空に輝く無数の星がきらりと瞬く。
そのわずかな隙に、彷徨はそっと未夢に口づけた。



アイスよりも甘い闇の中での口づけから、二人の終わらない夏が始まる……。




色とりどりの夏色の世界。
それはあまりに眩しくて……。
ふと、急に闇が怖くなる時がある。


でも、怖がらなくていいんだ。
闇には必ず光が差すから。


夏の夜の美しさ。
それは儚く優しい月の光、蛍の光。
そして、キミという光があったら、もう何も怖くない。


夏の夜の儚い夢。
あの夏の日は、輝いたまま終わることなく心を照らす。
最後の線香花火が消えてしまっても、キミが隣にいてくれるから……。


Endless summer night……




こんにちは、せーです。
相変わらずですが中身がない駄文になってしまいました…。

テーマの「いろは」、私が最初に連想したのは「いろは歌」でした。
(そういえばいろは歌を覚えていたお陰で以前試験で助かったことがあったなぁ)
とはいえ小説には反映されず、結局使ったネタは「枕草子」でしたが(笑)
しかも色というよりは明暗になってしまったかも……。
一応色とりどりの世界と闇との対比ということでお許し下さい〜。

拙い小説ですが、春に続いて夏企画にも参加できて嬉しく思っています。
ここまで読んで下さってありがとうございましたvv
夏休みも残りわずかとなりましたが、皆様素敵な夏をお過ごし下さいませ♪


2004.8.20   せー




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