夏空の花

作:あかね



 
 ヒュルルルル・・・・ドーン!

 遠くの空で、花火の音がした。


 太陽の日差しも最高潮、蝉も一層と大きく鳴く、そんな夏真っ盛りの8月。
 平尾町では、大通りのある町の中心部へと、人々が集まり始めていた。
 
 親子連れ、浴衣を着た人、うちわを持った人・・・
 それぞれが楽しそうに、笑顔を浮かべながら歩いている。

 時刻は午後5時。

 町の一大イベント、「夏祭り」が始まろうとしていた。




  ☆ ★ ☆




 花火が打ち上げられた瞬間、私は部屋を飛び出して、長い西遠寺の廊下を全速力で走っていた。

 
 今日は、私の大好きな夏祭り。
 大好きな場所へ、大好きな人と一緒に行ける。
 今日という日を、これほど幸せに過ごせる人なんて、他にいるだろうか。


 びしっと浴衣を着て、髪を一つに結って、いつもよりほんの少しおしゃれをして。

 全ては、あいつに見てもらいたい、あいつにほめてほしい、そんな思いから無意識に起こる行動だった。

 

「彷徨っ、早くお祭り行こっ!」

 勢いよく居間に入ると、すでに浴衣を着た彷徨が座っていた。


「何だよ、家の中走ってきたのか」

 彷徨は笑いながらそう言うと、立ち上がって私の目の前へとやって来た。

 
 
 ―――ドキン!

 私の心臓が、1回大きく跳ね上がる。

 淡いブルーの生地。
 群青色の帯。
 そして――ダークブラウンの瞳。


 本当に、よく似合っていた。



(すごい・・・おじさんのとか言ってたのに、サマになってるよ〜)

 
 彷徨は、周りの雰囲気や他人のものを、自分の世界にさせるような、そんな力を持っている。
 今回のおじさんの浴衣に限ったことではないのだ。



 呆然として見つめていると、

「そんなにジロジロ見るなよ。もしかして惚れなおした?」

 と、彷徨が舌を出して楽しそうに笑った。


 飛んでいた意識が戻ってきて、私の頬はこれでもかというほど真っ赤になった。

「そっ、そんなんじゃないわよっ。彷徨のナルシスト、バカバカバカっ」


 そりゃそうだけど・・・
 
 かっこいいけど・・・

 もうとっくに惚れてるけどっ・・・

 
 図星だったのが悔しくて、彷徨を避けるように後ろを向くと、突然右腕をぐいっと引かれた。


 
「えっ・・・・」

 
 ぐらっと倒れたところを抱きとめられて、彷徨がふっと身をかがめた。


 すると・・・


 視界が暗くなったあと、唇には暖かい感触が残っていた。



 そのままぎゅっと抱きしめられて、


「そう怒るなって。お祭り行くんだろ?」

 と、耳元で囁かれた。


(出たよ、お得意技が・・・)


 
 彷徨は、私がこうされたら機嫌が直ることを知っている。

 でも、至近距離で言われて、見とれるほどの顔を目の前にして、私がダメと言えるはずがない。

 残念だけど、今回も私の負けだ。



「しょ、しょうがないなぁ〜。ゆるしてあげますか〜」
 

 なんだか計算しつくされていたようで悔しかったけど、そのまま彷徨の手を握って、二人で玄関まで歩いていった。


 案外、彷徨にいじめられるのも好きなんだなぁ〜、私。
 




  ☆ ★ ☆
 



 
 あれから家を出て、俺と未夢はお祭りへとやって来ていた。

 駅前の大通りは歩行者天国となり、道の両脇にはたくさんの出店が並んでいる。


「うわぁ〜、まだ30分もたってないのに、すごい人だねぇ」

「この祭りは、県内でも有名だからな」


 平尾町の夏祭りには、県内だけでなく全国からの観光客もたくさんいる。
 このお祭りを目当てに平尾町を訪れる人も少なくない。

 夜には、各自治体の「みこし」が大通りを練り歩き、花火も上がり、歓声やおはやしの音でとてもにぎやかになる。



「未夢は去年アメリカに行ってたから、この祭りは初めてだったな」

「うん!でもすごい大きなお祭りだね〜。前に住んでた所はこんなにたくさんお店なかったし」

「食いすぎて太るなよ」

「うるさいっ、分かってるわよそんなことっ」

 真っ赤になってそっぽを向く未夢に、俺は笑いながら頭をなでた。


「冗談だよ、おまえそんなに太ってないだろ」

(・・・って・・・あっ!)


 ついうっかりと口を滑らせて、いつもなら憎まれ口しかたたけない俺の口から、本音がぽろりと出てしまった。 


 ま、まずい・・・
 
 これじゃあ今までと辻褄が合わない・・・





「み、未夢・・・・?」
  

 ちらっと未夢のほうを見ると、気まずいやら恥ずかしいやらの俺に対して、未夢は満面の笑みだった。

「ありがと、彷徨」

 

 ほんのりと頬を染めた未夢は、一度下を向いた。

 それから握っていた手をほどき、ぎゅっと俺の腕に抱きついてきた。
 

(は、反則だろ、それは・・・・・)

  


 
 伝わってくる熱。
 
 腕が締め付けられる感覚。

 サラサラの髪。

 
 だめだ―――やられた。




 俺が慌てふためいているのも知らずに、相変わらずにこにこしている未夢。

 何気ない罠にはまり、俺の心臓は大きく鳴りっぱなしだった。

 


  ☆ ★ ☆




 しばらく歩いていくと、未夢が急に俺の腕を引いて、射的の屋台の前で足を止めた。


「ねぇ、彷徨見て!あのクマかわいぃよ〜」

 未夢が指差す先には、目のくりっとした茶色いクマ。

 甘えるような声を出しているところを見ると、どうやらほしいようだ。


「なんだよ、俺に取れってか?」

「だって彷徨、射的得意でしょ?」


 だめ・・・?と上目遣いで訴える未夢。
 そんな表情を前にして通り過ぎることもできず、

「はいはい、取ればいいんだろ、取れば」

 と、赤い顔がばれないように、そっぽを向いて答えることしかできなかった。



 
 的は、一番奥の棚にある、クマの横の小さな紙。

 店員にお金を払い、弾を詰めて狙いを定める。

 
  
 

(しょーがねぇな・・・ここは一肌ぬぐか・・・・)

 
 俺は少し腕をまくって、腰を低くした。
 
 引き金に指を添えて、片目をつぶる。


 
 一瞬の沈黙。




 そして、
 

「バーン!」






「すごいよ彷徨っ、クマもらえるよぉ〜!ありがとぉ〜!」



 俺の打った弾は、紙のちょうど真ん中に当たっていた。

 店員は当たると思っていなかったらしく、あわてて商品を持ってきた。



 無造作に人形を受け取り、未夢の方を向く。


 
 
「ほら、未夢。欲しかったのこれだろ?」

 なんとなく恥ずかしくなって、ぶっきらぼうにクマを押し付けた。

 

 
  ☆ ★ ☆




 お店を出てから、私はまた彷徨の腕に抱きついた。

  

「すごーい!さすが彷徨だね〜」
「まぁな」

 ちょっと照れくさそうに笑う彷徨に、私の方まで赤くなってしまう。



(・・・そうだ!)





 私は告げるべき言葉を思い出して、ちらっと彷徨を盗み見した。

 相変わらず綺麗な横顔。

 


 言うなら、いまだ。

 今しかない―――





「ね、彷徨」

「ん?」

 
 何だよ、と言いたげな彷徨の目に、私の脳裏には先ほどの彷徨が再び浮かんできた。


 銃を構えた姿。

 一点を見つめる鋭い目。 



 
 やっぱり図星だよ・・・




「あのね、私、やっぱり彷徨に惚れなおしたかも」

「なっ」


「だってね、さっき彷徨のこと見てて、あぁ〜かっこいいなぁ〜って思ったの。ホントは、出かける前に浴衣姿見た時点で、そう思ってたけどね」

「未夢・・・」

「やっぱ、私彷徨のこと好きなんだなぁ〜って、改めて思ったの」 


 言った後に真っ赤になって、下を向いてしまったけれど。



「こういう所で、そういうこと言うかよ〜」


 隣を見ると、私と同じぐらい真っ赤になった彷徨。

 
 
 なんだ、今日は素直じゃん。

 ・・・・・かわいい。



「なに?照れてるの〜?」


 

 
 
 と、その時。


「・・・・おまえっ、ちょっと来いっ」



 知らない間に、彷徨に腕を引かれていた。




  ☆ ★ ☆




 突然腕を引っ張られて、動揺を隠せない未夢。

 人で混み合う道の間をすり抜け、未夢の腕を引き、足早に歩いていく彷徨。



 やがてたどり着いたのは、人気のない小さな公園。

 さらに奥へと進み、2人は草むらの中へと来た。

「どうしたの、彷徨?」


 すると、

 肩をがっちりとつかまれ、そのまま草むらに倒れ込んだ。

「ちょっ・・・何っ、どうしたの」

 彷徨の目が、真剣なものに変わっていた。

(何か、たくらんでる・・・?)

 未夢が身を引くと、あわてて彷徨がそっと耳元に口を寄せて、

「今日のお前、すげぇ可愛いよ」

 と、ちょっと照れながら笑顔でつぶやいた。

未夢はくすぐったそうに肩をすくめて、

「素直じゃないんだから」

未夢も照れくさそうに笑った。












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