一の花から、千の華

作:宮原まふゆ




いつも気づかせてくれるのは、いつでも真っ直ぐなお前だった。






----------------------------------------------------------------------


一の花から、千の華 



----------------------------------------------------------------------







 梅雨が明けた次の日、西遠寺の庭に向日葵が咲いた。
 去年、未夢が植えた向日葵だ。
 種を植えたときから毎日のように水を与え、「あまり水を与えるなよ。与え過ぎで枯れちまうだろうが」と思わず注意してしまうくらい、丹念に育てていた未夢の向日葵。
 向日葵が咲いた時は、ルゥもワンニャーも未夢と一緒になって喜んで向日葵の周りを掛け回ったのを思い出す。


 暑い夏の日。
 鮮やかな青い空と、天高くそびえる白い入道雲。
 木々からキラキラ零れる木漏れ日が脳裏によみがえる。
 そして。
 暑さも眩しさにも負けず、太陽に向かって燐と真っ直ぐに立つ、向日葵の花。


 だが今年は育ての親でもある、未夢が、いない。
 春が訪れたと当時に未夢は実家へ帰っていたのだ。

 あれから4ヶ月が過ぎた。
 あっという間に時が過ぎるのを、俺は驚く間もなく一日を過ごしていた。
 何事もなく淡々と過ぎて行く生活に、時折、無性に苛立ちを感じられずにはいられない。

 忘れない。忘れられない。忘れられるはずはない。

 未夢が、いない。
 それでも平然と過ごしている自分がどこか矛盾していようで、益々腹が立った。


 そんな時だった。
 庭に小さな芽が芽吹いているのを発見したのは。


「未夢だ」


 と、思わず俺は芽に向かって叫んでしまった。
 去年咲いた向日葵の種を、未夢は来年咲くようにと蒔いていたのだ。
 俺はいつの間には笑っていた。
 まるで未夢が帰って来たような、側にいるような、そんな気がして。
 また会えた、そんな嬉しさが心に溢れていた。




 そしてこの夏、見事な向日葵が咲き開いた。







***







『ホント?』


 電話口から聞こえて来た、嬉しそうな声。
 向日葵が咲いた事を一刻も早く伝えたくて、俺は朝早く未夢へ電話をした。

「ああ。後で携帯で写真送るよ」
『嬉しい。どのくらい高くなってるの?』
「俺の背丈くらいかな?」
「そんなに高くなってるの?!」
「まだ咲いてないのがあるから、もっと高くなるものあると思うぜ」
『へえ、そっかぁ〜。……ふふ』

 未夢が小さく笑った。

「な、なんだよ。その気色悪い笑いは」
『だって、育ててくれたんでしょ?』
「誰が」
『彷徨が』

 未夢はなんの躊躇いもなく即答で答えた。
 そしてまたクスクスと笑い出す。
 俺はその笑いに気恥ずかしさを感じ、慌てて。

「お、俺じゃねーからな。オヤジが、そうオヤジが育てたんだ。俺は学校でそんな暇ねーし。」
『嘘ばーかし』
「なんで嘘と言えるんだよ」
『判るもん』
「だからなんで判るんだよ」
『彷徨だから』

 またもや即答で答えられ、俺はその後に続く言葉を失い、黙り込んでしまった。

『彷徨って結構面倒見が良いじゃない』

 お前もな、と心の中でツッコミを入れて見る。
 最後まで投げ出さず、懸命になって面倒を見るのは、いつだって未夢のほうだった。
 いつだって未夢は真剣で、真っ直ぐで。
 そんな未夢を、俺は、いつか傷付いてしまうんじゃないかと心配でならなかった。
 お節介で、なんでもかんでも心配しては首を突っ込んで。
 それで何度喧嘩をした事か。
 それでも。
 いつの間にか未夢の姿に同調し、そして俺も、その度に変わっていったような気がする――――。



『彷徨でしょ?』

 未夢の優しい声が耳に届き、俺は少しぶっきらぼうに答えた。
 本当は照れ臭さを精一杯隠して。

「―――――そうだよ」

 すると、嬉しそうに未夢が呟いた。

『…良かった。彷徨で』

 未夢の思いがけない言葉に、俺は顔を小さく横に傾けた。

『向日葵の種を蒔いた時にね、私が西遠寺からいなくなっても、彷徨がいるから大丈夫だって思ったの。きっと大切に育ててくれるって思ったの。
だから、思いが通じて、良かった――――』

 少し恥ずかしげな未夢の声は、俺の脳裏にジンジンと響いた。
 こっちまで照れ臭くなる。
 前髪を乱暴に掻きながら、自分を誤魔化すしかない。
 ふと、縁側の外に目をやると、向日葵がじっとこちらを見ていた。
 まるでクスクス笑っているようだった。

「買かぶりだよお前。それは」
『でも育ててくれたんでしょ?』
「…ああ、だけどさ…」
『良いの。私が願ったんだから』


『私が、彷徨に育てて欲しいなって願ったんだから』

 正直、敵わないと思った。
 電話口から聞こえて来る未夢の声は、まるで全てお見通しのような不思議な響きを持っていた。
 どこまで未夢は俺の事を判っているんだろう?
 そんな事をつい考えてしまった。
 黙り込んでしまった俺に「どうしたの?彷徨」と心配そうに未夢が訪いかけられ、俺は慌てて声を出した。
 そして慌てふためいた滑稽な姿を、電話向こうの未夢に見られずにすんだことに、心から感謝した。







 電話を切った後、縁側に座って向日葵を眺めた。
 そして、向日葵のほうも俺をじっと見据えている。

 たった一本の花から、千の花を咲かせる向日葵のように、未夢は沢山の事を俺に気づかせてくれる。
 その度に俺は戸惑い、狼狽していたような気がする。

 そう。
 きっとそれは、未夢と出会った日からだ―――――。

 夏の太陽は容赦なく降り注ぎ、ジリジリと地面を焦がし続けている。
 ユラリと陽炎が地面を這う中、暑さにも負けずに真っ直ぐに、太陽に視線を向ける向日葵。
 どこまでも真っ直ぐで、どこまでも健気だ。
 その向日葵の姿に、元気いっぱいに笑う未夢が、フワリと見えた。

 西遠寺に咲く向日葵と言う名の"未夢"に、俺は困ったように呟いた。


「まったく…。お前には負けるよ」


 そして、目を細めて笑ってみせた。







END
















企画テーマは確か“いろは”だったのですが…どこがでしょう?(^^;
自分的に考えた“いろは”は、「初めの」とか「一・ニ・三…」
はっきり言って「数字」ですな。(安直過ぎるぞっ)
数字かぁ…と妄想を膨らませた時(妄想だけは基本だ!笑)、たまたまメールで『一つの花から千の花を咲かせる向日葵って凄い』という文章を読み、思わず「これだ!」と。
それに向日葵なら未夢っぽいし。(黄色い花=未夢の髪)(更に安直だわ…)

未夢と出会った彷徨は、未夢から沢山のことを教えて貰ったと思います。
特に“心”
その彷徨が変わるようになったキッカケ…その一番はやはり未夢だろうなと思うのです。

向日葵の花言葉は「あなたは素晴らしい」「あなたを見ている」

言葉はなくても二人とも互いを思っている、そんな雰囲気が好きなのです…。



[戻る(r)]