作:宮原まふゆ
この空の下にいるあいつに。
たった一言だけを伝える為に。
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リゼンブールの空は、青い。
どの街よりも、例えば南のほうにある空気の綺麗な街よりも、負けないくらいの青さだとは思う。
二階の窓から見る景色は、どこまでも続く青々とした緑の稲穂の群だ。
風が吹き抜ける度に、ザワザワと波のような音を立てて行く。
秋になると、その全てが黄金一色となる。リゼンブールが一番輝いてる季節だ。
景色は季節が巡る度に移り変わるのに、この空の青さだけは今も昔も変わらない。
変わらないから、安心出来る。
そう、だから……。
あたしは時間が空くと、二階の窓から外を眺めてる。
外からの風は気持ちが良いし、なにより大好きな景色だ。
そして、待ってる。
期待は全然していない。してはいないけど、もしかしたら、と心が騒ぐから仕方がない。
窓から見える道の向こうから、あの二人がひょっこり現れるんじゃないかと、思うから。
自分でも馬鹿だと思う。
昨日なんか丸一日ぼけーっと肘を窓枠に付きながら過ごしてしまった。
そんな暇があるなら機械鎧の勉強すれば良かったと悔やんだのは、どっぷりと夜が深けた後だった。
だから今日は早起きして少しでも作業を進めようと、気合を入れるために大きく窓を開いた。
「ウィンリィ」
窓の下を見ると、ばっちゃんが白い紙をヒラヒラと揺らしながら、二階にいるあたしを見上げている。
「あいつ等から手紙だよ」
「ホント?ばっちゃん」
「嘘ついてどうするんだい」とばっちゃんの声が聞こえたけど、あたしは一目散に一階へと向かった。
階段を駆け下りて玄関の扉を開けて、勢い良く外に飛び出す。
「ばっちゃんっ!」
「はいよ」
ばっちゃんから渡させた手紙には、確かにアルの筆跡であたしの名前『ウィンリィ・ロックベル』と書かれてあった。
裏を見ると、やはりアルの名が書かれていて、懐かしい丸っこい筆跡につい微笑んでしまう。
でも…。
「……ばっちゃん」
「ん?なんだい?」
「手紙…これだけ?」
「ああそうだけど。まだあるのかい?
「ううん。そうじゃないけど……そっか。ありがとう、ばっちゃん」
そう言うと、あたしはまた二階の自分の部屋へと戻った。
本や機械鎧が置かれている机の中央に手紙を置いて、暫らくそのまま立ち尽くす。
手紙を置いた隣には、小さい頃撮ってもらった三人のフォトグラフが置いてある。
あたしの隣にはニッコリと優しそうに微笑むアルがいて、その後ろで、アルとあたしの肩に覆い被さるようにエドが白い歯を見せながら得意げに笑っている。
「…なによ。生意気そうな顔しちゃって」
あたしは少し口を尖らせながら、エドの顔を指で弾いた。が、弾いた力が強かったのか、カタンと後ろに倒れてしまった。
「あっ」
慌ててフォトグラフを起こすと、指で弾いた箇所をそっと指で優しく撫ぜた。
そして「ゴメン…」と、呟く。
指で弾いたって単なるフォトグラフだから、本人が痛いわけじゃない。
でもやっぱり謝らなきゃと思った。あたしが知らない場所にいるエドに向けて。
電話は禄にくれないのは毎度の事で、手間のかかる手紙になると尚更だと、諦めている。
諦めてはいるけど、諦めたくないのも、やっぱり心のどこかにあって。
だから、エドの顔を見るとつい喧嘩ごしになってしまう。
どうしたらいいのって。私はどうしたらいいの?って聞きたくなる。
想像は、出来た。
きっとアイツなら冷酷にもこう言うだろう。
「待たなくていい」
だから、絶対言えない。
机に置かれた白い封筒。
とりあえずあいつ等が今どこで何をしてるか知りたくて、封を切った。
アルの手紙には、今、西の街へと向かっている途中だと書いてある。とりあえず、元気そうで良かった。
怪我…とか書いてないから、大丈夫なんだろうと思うけど、アルの性格からしたらあたしに余計な心配はさせまいと絶対書かないはずだ。
エドの機械鎧、ちゃんと動いてるのかしら?
ちゃんと牛乳飲んでるかしら?
駄目だ。アイツの顔を想像しただけで―――――……。
手紙を封筒の中に戻そうとした時、まだ封筒の中に一枚のカードが入っているのに気が付いた。
青い空のフォトカード。
そして何故か、カードの中心に黒のペンで大きく丸が書かれていた。
「なにこれ?」
普通なにか書いてあるんじゃない?丸…だけ?なんの意味?
あたしは首を捻りながらで、カードの裏を見た。
するとそのカードの中心に、見覚えのある文字が、一言、ポツリと書かれていた。
『元気だ。』
やや斜めに書かれたちょっと雑な文字。忘れるはずない、エドの文字。
あたしはジワリと湧き上がった感情を抑えるように、フォトカードを胸にあてた。
ずっと音沙汰なしで、突然帰ってくるかと思えば、2〜3日すればすぐに旅立ってしまう。
あたしの思いなんか完全に無視して、振り回すだけ振り回して。
それでも。ふと横を見ると、いつだって側にいてくれる。
優しいのか、意地悪なのか、全然判んない。
それなのに。
たった一言で、こんなにも胸が苦しいなんて――――――。
あたしは机の引出しから古いカメラを取り出すと、窓辺に座ってカメラを構えた。
レンズの向こうは、どこまでも続く、青い空。
この空の向こうにエド達がいて、あたしと同じように空を見ているだろう。
でも、あたしが見ている空は、どの街のものでもない。
リゼンブールの上にある、たった一つの、特別な青い空だ。
待ってる…なんて、絶対言わない。
それでも、あたしはずっとココで待ってると、この空の向こうにいるアイツに伝えたい。
そう。
いつだって、変わらずに。
あたしはゆっくりとシャッターを切った。
写真が出来あがったら、エドに送りつけてやろう。
たった一言だけを添えて。
『あたしも。』 と―――――――・・・・
END