作:宮原まふゆ
知りたい、と思う。
それはいけないことなんだろうか・・・・・・。
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午前中の授業が終るチャイムが鳴ると、教室の皆が席を立ち始める。
もちろん泳吉も急ぎ足で教室を出た。
職員室近くにある売店は、泳吉の教室の建物から2つも棟の離れた場所にある。
しかも売店に並ぶパンはかなり少なく、急いで行かなければなくなってしまう。
いくら以前女子高だったからといってもあの数は足りなさ過ぎる。今は男子もいるんだからパン一個だけじゃ足りるわけない。せめて、二個は確実に欲しい。
まったく…少しは男子の気持ちも考えてほしいものだ。
と、ぶつくさと不満を呟きながら、隣の棟に行く為の渡り廊下を走っていると、後ろから声が掛かった。
「泳吉く〜んっ」
こんな急いでるときに誰だ?と、泳吉は顔だけを後ろに向けた。
右手を軽く振り微笑みながら小走りに走ってくるのは、美人だと評判の北川梢だ。
そして、その後ろからゆっくりと矢沢栞が近寄ってくる。
その顔は明らかに不機嫌そうで、泳吉は少しだけ怪訝そうに顔を顰めた。
「泳吉くん、そんなに急いでどこに行くの?」
「え?あ、ああ…売店にパンを買いに・・・」
「泳吉くんお弁当じゃないんだっ!よかったぁ〜」
手の平を胸元で合わせ嬉しそうな梢に、泳吉はわけが判らず、後ろにいる栞に視線を向けた。
しかし、視線が合ったと思った途端、栞は肩を竦ませそっぽを向いた。
不機嫌そうにしているのはいつものことだが、ここ最近は特に激しくなっているような気がする。
いったい何が原因で不機嫌になっているというんだろうか?
ますますわけが判らなく、泳吉は眉を少し顰めた。
「あのね、今日、お弁当作ってきたんだぁ〜」
「え?…俺に?」
「うんっ!」
泳吉は梢から差し出された青の小さな紙袋を、少し躊躇いながら「ありがとう」と受け取った。
そして、また、チラリと栞を見た。
自分でも判らない。何故、栞の表情が気になるのか。
相変わらず不満そうな顔だ。横顔しか見えないが頬が少しだけ膨れているように見える。
マジわかんねぇ…。
「泳吉くん?」
小首を傾げて泳吉を覗き込む梢に、泳吉は慌てて笑顔を作った。
「助かったよ。パンだけじゃ全然足りないからさ」
「良かったぁ〜。じゃあ、また作ってきても、良い?」
「え?」
「沢山栄養のつくお弁当作ってあげる。ね?良いでしょ?」
突然のことに、泳吉は驚き目を丸くした。
学園一人気のある梢にお弁当を作ってもらえるのは男としては嬉しい。
嬉しいんだが――――困ることがある。
梢に憧れている男子、特にシンクロ部の仲間でもある仙一や秀樹に知れたらどうなることか。知れたら知れたで面倒なことになるのだが、自分はまだ彼女と付き合うことに抵抗があるというか、迷いがある。
自分でも優柔不断だな、と、泳吉自身も判ってる。
それ以上に泳吉が気がかりなのは、目の前にいる栞のほうだった。
どうすればいい?
でも、その本人が目の前にいてはどう言えばいいのか判らない。
栞に視線を向けて無言の問いをすることだけが、今の泳吉には精一杯だった。
「作って貰ったら?」
横を向いていた栞が突然声を出した。
躊躇っている俺に気がついたのか、それとも、じれったく感じたのか。
彼女の口調がまるで投げ捨てるような苛立った声に聞え、泳吉はその時初めて動揺した。
いいのか?
と、心の中で呟く。
本当に、いいのか?
「ああ・・・」と曖昧な返事しか出来ず、躊躇いながら「でも」と口にした時には遅く、梢には泳吉の声が届かず、嬉しそうに飛び跳ねて笑っていた。
「頑張るねっ!わたし、一生懸命作るから」
「…ああ」
また曖昧な返事。自分でも情けないと泳吉は思う。
その時、栞が一歩後ろに下がった。
「あたし、用事があるから」
栞は梢にそう言うと、クルリと踵を返し足早に二人を後にする。
「お、おいっ!」
慌てて泳吉は栞の背中に呼び掛けた。
だが泳吉の声は栞の耳に届かず、癖のない黒髪を揺らしながら栞はそのまま校舎の向こうへと消えていった。
「栞に用があったの?」
「…いや、もう、いいんだ」
「…そう」
「俺、部室に用があるから」
「ん。じゃ、またね」
手を振りながら去る梢に泳吉も軽く振り返し、梢が背を向けると、手を振るのを止めた。
そして、先ほど栞が去っていった校舎のほうに視線を向けた。
本当にあれがアイツの本心なんだろうか?
そう考え初めた途端、アイツの不機嫌そうな横顔がちらついて離れなくなっていた。
いったいどうしたというのだろう。何故こんなにも気になるんだろう。
断われば良かったのだろうか?でも何に断わる理由があるんだろう?
理由…。
そんなの、今は、ないはずだ。
それなら何故、自分はこんなにも悩んでいるんだろう――――――………。
いくら考えてもその答えは出ず、泳吉は自分の中にある苛立ちと迷いを紛らわすかのように、大きく溜息をついたのだった。
END