Two Moons

作:宮原まふゆ





一体何度この道を潜り抜けて会いに来たんだろう。
その度にバックミラーごしに見ていたような気がする。
柔らかな光りを放つ月と、君を―――――。





秋も深まってきた9月の夜。
未夢を連れて海に出掛ける。
土曜になると必ずと言っていいほど未夢と過ごした。
そして何かを惜しむかのように海に行くのだ。
二人とも理由は判ってる。
離れたくないから。
だけどいくら離れたくないと願っても時間は止まってはくれない。
せめて長く側に居られるように、海辺で肩を寄せて過ごすのが二人の日課になった。




背中に未夢を感じながらバイクを走らせる。
蛇行した坂道を、後ろに座る未夢を気にしながら身体を傾かせないように、スピードを落として曲がり登っていく。
あのカーブを抜けると左側には海が広がっている。
チラリとバックミラーに目をやる。
未夢も海を待ち構えるように左側に顔を向いていた。
思わず口先が上がる。
そして、右手のアクセルに力を込めた。




カーブを曲がると、途端に視界が広がった。
紺色に染まった夜空には満月が。
そして。
その満月を吸い込むかのように海がゆらゆらと光り放っていた。
一瞬息を呑む。
余りにも今日は綺麗だったから。
コツンと未夢の頭が背中に当たった。
(綺麗だね)
そう言っているように聞こえて、俺はコクリと頷いた。




少し空間のある場所。
バイクを少し傾けて、未夢を降ろさせる。
ブカブカのヘルメットを重たそうに取ると、未夢は大きな溜息を付いた。
「う〜ん、やっぱりまだヘルメットは慣れないよ」
と少し困った表情をしてヘルメットを俺に渡すと長い髪を手でとかした。
「しょーがないだろ?ああほら、まだ乱れてるぞ」
そう言いながら、未夢の頭部をグシャグシャと掻き乱した。
「ちょ、ちょっと〜。かーなーたぁーっ!、ワザとやってるでしょ?!」
「あ、判った?」とニヤリと笑った。
もうっ!と言いながら頬を膨らませる未夢の表情が可愛くて、両頬を軽く摘んだ。
更に頬が膨らむ。
「私をオモチャにしないでくれる?」
「俺だけならいいだろ?」
言った途端、未夢の頬が熱くなる。
未夢のコロコロ変化する表情が可笑しくて、俺は腹を抱えて笑った。
手を振り上げながら追い掛ける未夢を、交わしながら、そしてじゃらしながら走る。
そしてそのまま砂浜へと下りた。
走るのをピタリと止めて振り向いたら、未夢が衝突してきた。
崩れそうになる身体を両手で受け止めて、肩を抱く。
「これもワザと?」
悪戯っぽい表情で見上げる未夢に、舌を出して答えた。
「そうかもな」




砂から突き出たテトラポットに越し掛ける。
コンクリートからは昼間の温もりが直に伝わってきて暖かかった。
海から来る風が心地好く二人の頬を霞める。
寄せては帰る波の音。
繰り返す波の音に終わりはなくて、自分達も永遠にこのまま居られたらと願う。
未夢は海を見つめて。
俺は横たわって夜空を眺めた。
「ねえ、知ってた?今日十五夜だよ」
「ああ、そういやそうだっけ?」
「良かったよね、今日晴れて」
そう言うと未夢がコロンと隣に横たわった。
未夢の方を見やると、腕を高く上げて人差し指と親指を広げてその間を除き込んでいる。
「何してんだ?未夢」
「ん?こうすると、月のうさぎさんハッキリと見えるかなっと思って」
「あはは」
俺は思わず笑ってしまった。
なんか未夢といるとフンワリとした気分になるから不思議だ。
居心地が良くて、いつまでも側に居たくなる。
「何よぉ〜。だって綺麗なんだもん。カメラでも持ってくれば良かったよ」
と残念そうに腕を下ろした。
「ね、そう思うでしょ?」
未夢が此方を振り向く。
「そうだな…」
瞳と瞳が合って、一瞬言葉を無くす。
急に今の態勢が恥ずかしくなって、すぐさま二人は起き上がった。
短かったけど一緒に過ごして、いつの間にか好きになって、やっとお互い心が通じ合ったと言うのに、こんなアクシデントに今だ慣れない。
きっと未夢も同じだ。
つい最近なのだ。
お互いの気持ちが判ったのは。
知ってからも照れてしまうのは、きっと未夢だからだろう。


(こんな時、男はどうするだろう…。)
(抱き締めて、キスでもするのだろうか?)


情けないことにそれを実行出来なくて、苦笑いするしかない。




近くのコンビニから微かに音楽が流れてくる。




♪〜君の家の前で 車を止めて 
何かを待つ二人の静けさが 少し恐くて
馬鹿な冗談を言って その場を切り抜けた
Bey−Bey またね 本当はKISSをしたかった〜♪




思わず笑ってしまう。
今の状況と似てるではないか。
「何笑ってるの?彷徨」
未夢が訝しげに除き込む。
月光に当たった未夢は昼間とは違うようで、一瞬見惚れた。


(こいつ知らないんだろうな…今の俺の心境を。)


それが妙に悔しくて、苛めてみたくなる。
「未夢の顔を見て笑ってたんだよ」
「え?何か顔に付いてるの?」
両手を顔に当てて聞く未夢に、
「ああ、付いてる付いてる。一杯な」
と言って未夢の顔から手を外し、そして自分の手で包み込んで親指で優しく降れる。
「ココが目だろ?眉…、鼻に…………」
「も、もうっ!ふ、ふざけないでっ!!」
こそばゆいのか眉間にシワを寄せて、真っ赤になりながらも強がりを言う。
この柔らかな唇で。
そっと唇をなぞってみる。


(キスしようか?)
(・・・・・・・・・でも―――――――。)


俺は少し未夢の顔を近づけさせると、額に唇を落した。
「か、彷徨っ!」
真っ赤になって戸惑う未夢をそのまま肩に抱き寄せて、
「ちょっとな」
と訳の判らない返事で誤魔化した。




二つの月がある。
空と海に。
月の光りが海に反射してユラユラと揺れている。
まるで今の俺と同じみたいで、少し切なくなる。
揺れる気持ちを笑って誤魔化していたが、もう抑えられなくなってきている。
キスをしたかった。
だがそれをすると、このまま未夢をどこかに連れて行ってしまいそうで。
そんな自分を制するのに限界が来ていることも。
全て、自分の中で感じていた。
どう思うだろうか?こんな自分を。


(情けないなんて、思わないでくれよ。)
(いつか、キチンと決着をつけるからさ……。)


未夢の温もりを確かめるように一瞬だけ力を込める。
そして、ゆっくりと掴んでいた肩を離した。
「………行こうか?」
暫らく未夢は自分を見つめたが、寂しく頷いた。
「………うん」




テトラポットから先に飛び降りて、未夢を自分の肩に掴まらせてゆっくりと降ろさせた。
砂の上に降りた未夢が、俺を見上げて言った。
「また、来ようね」
未夢の真っ直ぐな視線に、俺は頷きながら微笑んだ
「ああ。絶対な」
未夢が柔らかく微笑む。
この微笑があるかぎり、俺の心は未夢に対する愛しさで湧き上がる。
未夢が願えば、いつだって来ようと思う。
そう、これから先も―――――。


(それまでに自分が成長しないとな……)



未夢をバイクの後ろに乗せて、家路へと向かう。
右側には静かに佇む満月の輝きと、その光りを受け止めた海の輝き。
そして後ろには未夢の温もり。


(今日は満月の温もりを背に帰ろうか)


なんて考えて、思わず笑った。





END



※槙原敬之「Two Moons」より



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