恋する流星

作:宮原まふゆ









真夜中の12時。



「んっ…ねむ……」



眠たい眼を無造作に擦りながら未夢は縁側に座っていた。
夜空をボーっと見上げ、これから来るモノを待ち構える為に。
今日はお月様はオヤスミ。
そのせいか星の瞬きが一際輝いているように見える。
はぁ・・・と未夢の口元から溜息が漏れた。
未夢が待ち望む「それ」は一向に現れてはくれない。
まだかまだかと待ち侘びる。




(まるで、大切な人を待ってるみたい……)




ふと思った瞬間、照れ臭くなって顔を赤らめた。



***



8月13日。
ペルセウス流星群が北から東の空に流れるという事を聞いて、未夢はウキウキしていた。
流星群を見るのは未夢にとって初めてだった。昨年の獅子座流星群は寒さと眠さに負けて見る事が出来なかったのだ。
今度こそと未夢は彷徨に情報を聞きまくった。
「彷徨、彷徨っ、今度の流星も肉眼で見える?ね、見えるの?」
「ああ…。見えるんじゃないか…?」
彷徨は未夢の事など上の空のように煎餅をかじりながら、星座の本を読み続ける。
「何時頃なの?深夜遅く?」
「ん?一番見える時間は真夜中だから12〜2時に掛けてじゃないかな?」
「よし!私、起きてる!!」
「無理」
間を入れずにキッパリと言った彷徨に、未夢は途端に不機嫌になる。
「なぁーんでよっ!私、起きられるよ!」
「絶対無理」
無表情に黙々と本を読み続ける彷徨に、未夢は徐々にイライラしてきた。
「そりゃ、去年は睡魔に負けてしまったけど…あの時は冬だったじゃない。でも今は夏よ!誰もが眠れない暑―い夜が続いてるのよ!」
「寝てんじゃん。グースカ」
図星されて思わず言葉を失うが、それでも未夢は諦めなかった。
「そ、そりゃ……クーラーがあるから…でもでもでもッ!大丈夫!!私、意地でも起きてる!!」
彷徨は大きく溜息を付くと、パサリと本を閉じて未夢に向き直った。
「絶対起きれるんだな?」
「うんっ!」
力強くコクリと未夢は頷く。
「起こさないからな」
「うんっ!…え?」
「なんだよ、その『え?』ってのは」
ジロリと彷徨が睨む。
未夢はあははと笑って誤魔化した。実は少し淡い期待をしていたのだ。
ホンの少し…自信が無かったから。
「起こしてやってもいいんだけどな……」
頬杖を付きながら視線だけを未夢に向ける。
「ホント?彷徨」
「一緒に寝ればな」
「寝ればってっ……かっ、彷徨っっっ!!!」
途端に真っ赤になる未夢に、ニヤリと舌を出して「冗談だよ」と笑った。
最近の彷徨は未夢に大胆な事を平気で言う。ふと大人の表情をして、途端に子供のような笑顔をする。その度に未夢はドキドキして狼狽して頬を赤らめた。




(まったく…彷徨の意地悪)




それでも。
彼の笑顔を見た途端に無条件に許してしまう。
そして今回も、やはりそうなのである。



***



「未夢、見えたか?」
暗かった視界が柔らかなオレンジ色に移り変わる。
廊下の向こうから現れた彷徨は短パンにランニングシャツと言う涼しげな格好だ。
彷徨の右手には携帯用ランプ、左腕にタオルケットを持っている。
最近、彷徨を見る度にドキッとしてしまう。
西遠寺に来てから何度も彷徨の寝巻き姿を見てるって言うのに、ここ最近、何故かとても照れてしまう自分がいるのだ。
「まだだよ」
未夢は照れを反らすかのように、夜空を見上げた。
「お前、ちゃんと見てるか?白目開けて寝てたんじゃねーのか?」
「ちゃんと起きてたわよっ!それより彷徨、その格好薄着過ぎだよ。今夜少し寒いよ?」
「そうか?俺、体温低いからな。暑くて仕方ないんだ」
と言いながら、未夢の隣に座る。
彷徨の肩が未夢の肩に当たって、一瞬ドキッとする。
「あ……」
「な、何?」
「いや、別に……」
照れ臭そうに横を向いた彷徨に、未夢は内心ホッとした。
ドキドキしてるなんて、彷徨には気付かれたくない。
方向はこっちなんだけどなぁと、彷徨は星空を見上げ流れ星を探す。
そんな彷徨を横目でチラリと見て、チラリと見ては目を反らす。
彷徨の横顔が大人っぽく見えて、気になって仕方ない。



(何やってんだろ、私……)




互いが動く度に、お互いの肌が触れ合う。
彷徨の冷たい肌が、まるで何かを伝えるかのように未夢の心を刺激する。




(心臓に悪い……)




未夢は少し立ち上がると、座り直しながら彷徨から距離をおいた。
「おい」
「ん?何」
振り向くと、何故か不機嫌な表情の彷徨が自分を見つめていた。
「なんで、離れるんだ?」
その距離を埋めるかの様に、彷徨は前にのめり込んで未夢を下から除き込む。
彷徨の顔が目の前に急接近し、驚いた未夢は思わず身を後ろに引いた。
途端にカッと頬が赤くなる。
「き、気のせいじゃない?」
「…ふうん…」
スッと彷徨の瞼が下りて、疑いの眼差しで見つめる。
そして更に前のめりになって未夢に近づく。




(ちょっ……ちょっと、待って………待ってってばぁーーーーーーっっっ!!!)




グルグルと頭の中が廻り、クラクラ目眩がする。
思考回路不能。
心臓爆発寸前。
その間にも徐々に彷徨は接近してくる。
両目を瞑ってもう限界だと思った瞬間、突然彷徨からフッと耳元に息を拭き掛けらた。
「ひゃぁあっ!!」


ゴトンッ


途端に未夢の身体はフニャリと力が抜け後ろに倒れ込んだ。その拍子に未夢は後頭部をおもいっきり床にぶつけてしまった。
「いっ、たぁーーーーーっ!」
「大丈夫か?未夢」
彷徨の心配げな声が上から聞こえる。
誰のせいよ!誰のっ!、と未夢は痛い頭を擦り、顔をしかめながら前を見た。
そこには彷徨がいた。
両手を未夢の耳元に置いて、除き込んでいる。




(こ、この態勢は……)




彷徨の背中が、ランプの光りを遮り、未夢の前で影になる
チョコレート色した瞳が、闇の中でキラキラ輝く。
何かを求めているような表情が、未夢を沈黙させ動けなくする。
彷徨の口元が微かに開かれ―――――。



キラリ。



「あっ!流れ星っっっ!!!」
「えっ?」
驚いて彷徨が上を見上げた瞬間、未夢はすぐさま身体を起こすと、慌てて恥ずかしさを隠すかのように大げさに騒いだ。
「あそこよ!あの辺りで流れたのっ!綺麗〜っ!!私初めて見たよぉ〜。ね、また振らないかな?あっ!また流れたっ!!きゃぁあああああっっっっ!!きれーーーーーーっっっ!!!」
「・・・・・・そう、だな・・・・・・」
ふぅと溜息が微かに聞こえた。



気がついた?
彷徨。
ごめんね・・・照れて。
ごめんね・・・誤魔化して。
私まだ、

勇気がない―――――――。




彷徨は物言いたげの様子だったが、くしゃっと髪を掻き揚げると仕方ないと言った表情で苦笑いした。
ホンの少し、未夢は安心したように肩を撫ぜ下ろした。
「未夢は流れ星に何をお願いするんだ?」
「ん?一つはワンニャーとルゥくんの事。二つ目は・・・秘密っ!」
微笑みながら星空を見る未夢に、彷徨は面白がって言った。
「お前の事だから『赤点取りませんようにー』とかだろ?」
「違いまーす!」


クスクス、クスクス。
可笑しさが止まらない。

ドキドキ、ドキドキ。
鼓動が止まらない。


「なんだよ。教えろよ」
「だから、ヒ・ミ・ツーーーーっ!」
怪訝な表情の彷徨に悪戯っぽく微笑むと、夜空を駆ける流れ星に想いをそっと伝えた。




流れ星、流れ星。
お願い叶えて、私の願い。
私に勇気を下さい。
彼の想いに答える勇気を下さい。




暫らくすると、未夢の肩にフワリとタオルケットが掛けられた。
「寒いからな」
彷徨が照れ臭そうにはにかむ。
未夢は思わずタオルケットの端をキュっと掴むと、
囁くように「ありがと」と呟いた。




沢山の想いを乗せて、流星は流れ消えていく。
まるで願いが叶いそうな、
8月の夜でした―――――。






END



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