ピュア

作:宮原まふゆ









今年、初めての雪が地上に舞い降りた―――――。






未夢の腕に抱かれたルゥは、小さな腕を伸ばして、小さな手をめいっぱい広げて、舞い落ちてくる雪を受け止めていた。
ルゥにとって、地球に来てから初めて見る光景だ。
ルゥはヒラヒラと舞い落ちてきた一片の雪を、小さな手の平に包み込んで、覗くように見た。
捕まえたと思った雪は、あとかたもなく消えて、ルゥは眉を寄せて不思議そうに小首を傾げた。
小さな口を広げて『これは何?なんで落ちてくるの?』とポカンと開けている。
未夢はそんなルゥを見てはクスクスと笑った。

「ルゥく〜ん、そんなにお口を開けてちゃお腹こわすよぉ〜?」
口の中に入った雪はとても冷たくて、ルゥを更に不思議にさせたようだ。

「不思議だよねぇ〜、ルゥくん。どこから落ちてくるんだろうねぇ〜」
「ちちゃっ…ちぃろぉ…つめちゃっ!」
「そうだね。白くてスッゴク冷たいよねぇ〜。『雪』って言うんだよ。『雪』」
「ゆきゃ?』
「そう、雪」



灰色の空の向こうから、数え切れないほどの白い雪が生まれてくる…。
いつも見ている風景が、白い雪でいつもと違って薄っすらと霞んで見える。
生まれたての雪は、仲間を探すかのように散らばって、まるで小さな妖精のようだ。



小さい頃、私も不思議そうに見ていたっけ。
今のルゥくんと同じように……。
ああ…、そういえば。
ママが昔、私にこんなことを言ったけ―――――。



未夢は懐かしそうに天を見上げた。
「雪はね、空の上にある雲からの贈り物なんだよ。この寒い冬だけにしか降らないの。冷たいけど、どこか温かいでしょ?」


実に未来らしいと未夢は思った。
だけど小さな未夢には十分に納得出来た。
今では何故雪が出来るかは判るけど、それでも未来の言うことのほうが正解じゃないかと思う。
どんな解説を並べても、全てが嘘のように聞こえる。
生まれたての雪は、無垢で清らかな存在のまま、今も奇跡のように落ちてくるのだから……。


「マンマッ!ゆきゃ、きぁ〜いっ!」
ルゥは雪を見てきゃっきゃっと笑ってご機嫌のようだ。
「ホント綺麗だねぇ〜、ルゥくん」
「きゃーい」
ニッコリと微笑むルゥの温かな頬に、自分の頬を当てる。



暖かい……。



心までじんわりと暖かくなって、未夢は幸せな余韻をかみ締めていた。


「おいっ、いつまで外にいるんだ?風邪引くぞ?」
振り向くと、縁側から彷徨が此方を見ていた。
「うん、そうする」


残念。
もう少し見ていたいけど、ルゥくんに風邪引かせちゃいけないしね。


「そろそろ部屋に入ろっか?ルゥくん」
「だぁーっ!」
ルゥは頭を横に振ると、未夢の服をぎゅっと握った。
どうやらまだ外で雪を見ていたいらしい。
未夢は彷徨に「どうしよう?」と言った困った顔を向けた。
しょうがないなぁ〜と彷徨は苦笑いをして、
「縁側で座って見たらどうだ?俺、なんか掛けるものとストーブ持って来るよ」
と部屋の奥へと向かった。
「ありがと、彷徨」




暫らくして、彷徨は未夢のジャケットとストーブ、膝掛けにと毛布を持って来た。
相変わらず未夢の服を握っているルゥに、、未夢は自分の毛布と一緒にルゥを包み込むようにして抱くと、縁側に座った。
その隣に彷徨が座る。


「やけに気に入ったらしいな」
「だって、ルゥくんにとって初めて見る雪だからね」
クルクルと薄紫色の瞳でじっと空を見上げているルゥを見ながら、二人は微笑んだ。



「こうやってゆっくり見るの久しぶりだな…」
ボーっとした表情で雪を見ながら彷徨が呟く。
「彷徨も?」
「ん?未夢もか?」
「だって…いくら雪が降ったからって、そんなにジッと見るのって出来ないしね、見たいと思っても色々しないといけないしさぁ…」
少し苦笑い顔で未夢は言った。
「そうだよな…。でもこうやって見るのもいいかもな…。なんかのんびりしててさ」
横にいた彷徨を少し意外そうに見ると、ふいっと視線を外して照れを誤魔化すかのように空を仰いだ。


彷徨って最近素直。
なんか、いいよね……。


「うん。こうやって時間を過ごすのもいいかもね……」
未夢も天を仰いだ。
今だ止まぬ雪は自分達の足元で、ヒラリと落ちては消えて行く。
時間を掛けてゆっくりと。
いつかこの地面も雪で覆い隠されていくだろう。
未夢は今見ている光景が、銀世界になるのを想像した。

「寒いけど…寒くないって感じがするよな」
「暖かいよね」

クスッと微笑すると未夢は膝元のルゥに視線を向けた。
「あれ?……ルゥくん、眠っちゃってる……」
「どれどれ?」
彷徨は未夢の膝元にいるルゥを覗き込んだ。
「ホントだ。コイツ幸せそうな寝顔してるなぁー」
「そう?」
「ほら」



顔を近付けた未夢と、顔を上げた彷徨。
未夢の頬に彷徨の唇がかすめるように当たった。



「「!!」」



二人は反射的離れると、飛び出しそうに高鳴る鼓動を押さえるように、ゆっくりと息を整えた。

「す、すまないっ」
「私も悪いから…い、いいよ…」
「あ、お、俺っ、自分の部屋へ行くなっ、じゃっ」
慌てて立ちあがる。
未夢は彷徨の歩く音を振り向きもしないで、じっと聞き続けた。
音が聞こえなくなると、へなぁ〜と頭を下げてうずくまる。


(び、ビックリした……)


「ひやっ!」
突然、ピタッと未夢の頬に冷たいのが当たった。
彷徨に触られた頬に、小さな手。
ルゥが未夢の頬に手を当てて、不思議そうな表情をしている。
「あっ、ゴメンねぇ〜ルゥくん、苦しかった?」
「マンマッ、こっこ、あちゃっ!」
パチパチと頬を叩くと未夢の顔が歪むので、更に面白がってルゥは叩いた。
「こらっ〜!」
と、未夢はルゥに頬を寄せて抱き締めた。
フンワリとした温もり。
未夢の瞼がふと下がる。



「うん…熱いね……判ってるよ……」



何故熱いのか。
その原因も。



未夢は自分の頬に触れようとしたが、躊躇うように途中で止めた。
触ると余計に意識しそうで。
ルゥを抱いたまま立ち上がると、再び雪の中に身を預けた。
熱くなった頬に冷たい雪が当たって気持ちが良い。
未夢は天を仰ぎながら瞼を閉じた。




目を閉じても見えてくるのは、
数え切れないほど振り続く、白い雪の空。
そして―――――。



心の中で、一つ、雪のような感情が生まれたような気がした。





END



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