作:宮原まふゆ
二人が仲間を連れて、近くの神社にお参りに行った、その夜。
未夢は自分の部屋をそっと抜け出し、彷徨の部屋へと向かった。
彷徨の部屋はまだ明るく、障子が中の光で晧晧と照らし出されていた。
(まだ起きてる…)
部屋の前に立つと、未夢はゆっくりと深呼吸を一つし、障子の向こう側にいる彷徨に声をかけた。
「彷徨、ちょっと…いい?」
「ああ」
中から彷徨の声が聞こえ、未夢は緊張した面持ちで障子を開けた。
彷徨は机の前に座り、冬休みの宿題をしているようだった。
上半身だけ動かし、未夢が立っている方へ視線を向ける。
「なんだ、未夢」
「あっ・・・、えーと、ね…」
障子を開けたはいいが、その場所から未夢は一向に動こうとしなかった。
いざ行動しようと決意をしたと言うのに、彷徨の前になるとその決意もすっかり吹っ飛んでしまって、言葉さえ思うように出ない。
(どうしよう…)
今さら恥ずかしいからと、引き返す事も出来ない。
腕を後ろに廻し、少し俯き加減で突っ立っているしかなくて。
もどかしい自分を隠すように、下唇をきゅっと噛んだ。
「どうした?まだ熱があるのか?」
「や、そうじゃないんだけど…ね…」
俯いている未夢に痺れをきらしたのか、彷徨はスクッと立つと未夢の前に来た。
「寒いから中に入れよ」
と、彷徨からくいっと腕を引っ張られ、つんのめるように未夢は前に出た。
すると、未夢の手の先に小さな青いモノが握られているのを、彷徨は見つけた。
それは今日行った神社で売られていたお守りと同じだった。
彷徨は不思議そうに未夢を見つめた。
未夢は一呼吸すると、ふっきれたかのようにニッコリと笑った。
「あのね。これ、彷徨にと思って。彷徨ならこんなの持ってなくても大丈夫だと思うけど、少しは役に立つかなぁ…と思って」
「はい」と未夢が差し出したお守りを、彷徨は素直に受け取った。
未夢から貰ったお守りは、青い布に綺麗な小さな花模様があり、その真中に『受験合格』と刺繍されていた。
彷徨は手の中にあるお守りをじっと見るや否や、黙ったままクルリと背を向けた。
そして机の方へ向かい引き出しを引っ張ると、その奥から小さな紙袋を手にして未夢の前に戻った。
ぽかんと突っ立っていた未夢の目の前で、彷徨はガサゴソと紙袋に手を突っ込むと、紙袋から抜き取ったのをすっと未夢に差し出した。
「ほら…」
未夢はびっくりしながら、彷徨と差し出されたモノを交互に見た。
それは未夢が渡した青のお守りと同柄の、赤いお守りだった。
「なんだ…。彷徨、持ってたんだ……」
未夢は肩を落とし、ぽつりと呟くように言った。
折角買ったのにな…と、未夢は少しだけ悔しい気持ちになった。
彷徨も持っているのなら仕方がない事だ。
それでもなんとなく悔しくて、自分を誤魔化すかのように、
「ほっほぉー。賢い彷徨さんでも受験となると神頼みするんですなぁ〜」
と、わざと明るく言ってみたりする。
自分でも無理してるな…と、心の中で自嘲したくらいだ。
すると、彷徨は口先を上げて小さく笑った。
「勘違いするなよ。これ、俺のじゃないぜ」
小さく横に小首を傾げる。
彷徨は『俺のじゃない』と言った。
じゃあ…誰の?
彷徨はキョトンとした未夢の表情に、呆れた顔で言った。
「少しは判れよな…お前のだって…」
「わ、私のっ?」
思わず声を張り上げ、目を丸くして彷徨を見た。
彷徨は未夢の右手の中にお守りを差し入れると、お守りを包み込むように未夢の指を包んで握らせた。
そして未夢に強引に押しやる。
呆然と、未夢はそのお守りを見た。
彷徨が振れた右手だけが、やけに暖かかった。
「俺も…今日買ったんだ。未夢には絶対必要かなってさ」
そう言いながら彷徨はニヤリと笑うと、袋からもう一つ青色のお守りを出し、悪戯っぽく舌を出した。
(彷徨もあの時・・・私のこと考えてたんだ・・・・・・)
お守りを買った、あの時―――――。
喧嘩していても、ずっと気になって、いつの間にか姿を追っていた。
後悔しながらも、『きっと大丈夫』と、呪文のように繰り返して。
手を合わしながら、心で願った。
―――――神様
明日はちゃんと話せますように。
いつもの笑顔で、私に話しかけてくれますように。
いつもの、私でいれますように――――………
( ダイジョウブ ダイジョウブ キット ダイジョウブ…… )
未夢はほっと息をこぼし、安堵した。
また一緒にいられる…そう思ったら、嬉しくて、じわりと涙が溢れた。
その気持ちとは裏腹に、何故彷徨の事になるとこんなにも胸が苦しくなるんだろうと、未夢は不思議でならなかった。
ただ。
このふつふつと湧きあがるような嬉しさは、どうしようもないと未夢は思った。
いつものように。
未夢は彷徨に向かってニッコリと笑って見せた。
「"絶対"とは失礼なっ!でも私の成績からいったら必要かなぁー・・・」
「悪い悪い。でも気休めぐらいにはなるだろ?持ってるとさ」
「うん。私なんかきっと祈りっぱなしだと思うよ」
「三太を笑う資格ないな、俺達」
「そうだね。ふふふ」
「あはは」
二人で笑う事がこんなにも嬉しい。
もっともっと、二人で一緒に笑っていたい。
一緒に、ずっと―――――。
笑っている途中、未夢はある提案を思いついた。
「ねえ彷徨。私に青のお守り頂戴。私、赤を持ってるから」
「ああ。いいぜ」
未夢から先ほど渡したお守りを貰うと、あらためて青のお守りを未夢に渡した。
指で愛しそうにそっと文字をなぞる。
「ありがと…彷徨。大切にするね」
へへへ…と照れ臭そうに未夢は笑った。
「俺も…」
静かな夜。
静かな声が耳元で優しく響く。
未夢は真っ直ぐにその声の持ち主を見上げた。
「大切にするよ…ずっと―――――」
その声は、どこか遠い未来を予感するような、
とてもとても優しい響きだった。
END