タイム・リミット

作:宮原まふゆ









ジワリとした熱い日々が続く夏休み。
そしてこれまたジワリとした室内で唸ってるのが若干一名…。
沢山遊んだ後は大量の宿題が待ってる訳で。
俗に言う『後の祭り』状態を未夢は体感していた。


「―――――わっかんなぁーーーーーーっっっ!!!」


叫びと同時に教科書とノートが空中に舞う。
そんな様子を冷ややかな眼差し(いや、失望か?)で見てる彷徨からポコリと頭を叩かれた。


「教科書に八つ当たりしない!自業自得だろ?」
「判ってるけどさ…こうも暑いと頭廻んないよぉ〜」
「悪かったな。クーラーなくて」
「図書館にでも行けば良かったかな…」
「図書館だぁ〜?お前の事だ。『居心地悪い』って言って帰ってくるのがオチだ」
「仕方ないでしょ?ホントに居心地悪いんだから」
「マジかよ(ボソッ)」



そんな事を繰り返しながら、未夢は茶の間で教科書やノートをちゃぶ台に広げて宿題に専念する。
彷徨は本を数冊傍らに置いて読んでいた。


チクタク、チクタク……時が過ぎる。


整然と並ばれた単語を一つ一つ訳しては言葉を繋げて、ノートに書き写す。
その繰り返しだ。
一問解答する度に溜息がでる。
暫らくして、外からセミの声がけたたましく鳴き始めた。
その鳴き声が妙に耳に障る。
外を見るとやけに日差しが眩しく感じ、もう昼近くなんだぼんやりと思う。
未夢は少し苛立ちを感じ、気分転換に彷徨に話しかけた。


「ねえ。」
「ん?」
「なんで側にいるの?」
「な、なんだよ。突然」
顔を上げた彷徨に、チラリと睨む。
「だって彷徨、宿題全部終ったでしょ?夏休みももうあと僅かなんだから遊びに行ったら?三太くんなんかどう?勿体無いよ」
「三太?、多分アイツも未夢と同じ状態だと思うぞ」
「…そうかも…」
三太には申し訳ないが納得してしまう。
「それに、この本全部読み終わりたいんだ。夏休み中に読みたかったからな」
「これ全部?」
未夢が見たところちゃぶ台には6冊以上ある。
これ全部読破するとは頭が下がる思いだ。
「ああ。おれ結構読むの早いんだ」
と言いながら再び本を読もうとした彷徨を未夢が制した。
「で?」
「ん?」
「なんで側にいるの?自分の部屋でも読めるでしょ?」
彷徨は少し目線を上に上げて、思い付いたかのように答えた。
「……監視人かな?」
「えぇ〜っ!何よそれ。逃げるとでも思ってるの?」
「逃げはしないと思うけど、宿題を放棄するかもな」
「それどういう意味よ?!放棄するわけないでしょ!」
「それにしちゃ、さっきから手が止まってるように見えるけどな」
と疑いの目を未夢に送る。
「わ、悪かったわね。集中しますよ。集中っー!」
未夢は彷徨に顔を隠すかのように教科書を持ち上げた。


再び静かになる。
時計の音と、彷徨がページをめくる音がやけに響く。
チラリと未夢は彷徨を見た。
彷徨は壁の柱に背もたれ、読書に集中している。
少し頭を下げた状態のせいなのか、伸びた前髪が目にかかって影が出来ていた。
(切ればいいのに)
そんな事を意味なく考える。
その時、すっと彷徨の目が未夢を見た。
慌てて視線を反らす。
「お前また集中してなかっただろ?」
「そんな事はないわよ?」
とあくまでも冷静に答える。
彷徨は無言で立ち上がると部屋を出ようとした。
「どこいくの?彷徨」
「トイレ」
「あ…そう…」


彷徨が出ていった後の部屋は、先ほどより更に静か過ぎて、未夢を寂しげにさせた。
時間はそんなに過ぎてない。
だけど未夢にとってやけに長く感じた。
(何やってんだろ、彷徨……。ば、馬鹿だ私。そんなに気にしなくても彷徨はココにいるのに!)



庭先で今だセミが鳴き続けている。
セミの寿命は約一週間だと聞いた。
寿命を惜しむかのように鳴き続けるセミを、未夢は心なしか自分と重ねた。
タイム・リミット。
宿題もあと少しで終る。
そして、
彷徨と居る時間も残りあと僅か。
夏休みが終る9月1日に家に帰る。
2学期がくれば何事もなかったかのようにいつもの生活に戻るのだ。
(もう少し…。もう少し、このまま居れたらいいのに――――――)
そんな事は出来ないと判っていながらも考えてしまう自分に、深く溜息を付いた。



廊下から此方に向かってくる足音が聞こえた。
彷徨だ。
「麦茶、持ってきた」
「ありがと」
彷徨からコップを受け取ると、口に運んだ。
冷たさが喉元を通って気分がスッキリとする。
「あのさ…」
彷徨がポツリと呟いて、未夢は振り向いた。
「何?」
「宿題が終ったら、街へ出てみないか?」
そ、それって……。
未夢はドキドキする鼓動を感じながら短く答えた。
「い、いいけど?」
「じゃあ、宿題早く終らせようぜ」
と言って未夢の隣に座った。
「手伝ってくれるの?」
「お前がすると、時間が掛かって折角のデートが出来ないかなら」
「で、デート?!」
真っ赤になる未夢に彷徨が更に続ける。
「二人で、だからな」
此方を見ずに言う彷徨の耳は真っ赤になっている。
(もしかして、彷徨も私と同じ事考えてた?)
とりあえず未夢はペンシルを持ち直すと、下を向きながら彷徨に再び伝えた。
嬉しさと彷徨の優しさに感謝を込めて。


「ありがと…」


二人の夏のタイム・リミットは少しだけ延長したようだ。





END



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