虹の誘惑

作:ロッカラビット



朝、空に向かって大きく咲いていた傘は今、役目を終えて静かに地面を指している。
今朝から降り続いた雨は学校が終わる頃にやっと止んだ。
水溜まりの残る道を家に向かって歩く。

雨上がり。

体にまとわりつく、じめっとした空気が湿度の高さを表している。
心なしか身に纏う制服も重たいような気がする。

家までの道のりが遠く感じる。

最近、委員会の仕事が忙しくてルゥと遊んでやれなかった。
そして未夢ともあまり話をしていない。

今までは親父と二人きりで、一人で過ごすのなんて当たり前だったのに、今じゃこの有り様だ。

数日、一緒に過ごせてないだけで、こんなに元気がなくなるなんて…。

彷徨は自分の変化に驚き、呆れる。

今日はプリントを提出するだけで解散となった委員会。久しぶりに早く帰れる。先に帰った未夢に追いつくのは無理かなと思いつつも少しだけ早足になる。


会いたい。


気持ちだけが先走り、重たい体がついて行かない。家は目前。


ふと、西遠寺の石段の下に人影を見つける。


未夢?


遠目でも見間違うはずのない人物。


風にのって甘い香りがやってくるような気がする。

金色の髪が風になびき、ゆらゆらと誘う。

その誘いにのって手を出したら、おまえは拒まずに受け入れてくれるのか?

言えずにいる自分の気持ち。


じっと未夢を見つめていると、その視線に気付いてかこちらを振り返った。

ニコッと笑って片手を挙げて、俺の名前を呼ぶ。

そんな様子が可愛くて、愛しくて。

何を見ていたんだと聞いてみれば、空を指さし満面の笑み。



空には綺麗な橋が架かっている。弧を描く七色の輝き。



隣に立った未夢の横顔を盗み見る。純真無垢な目には、虹色の輝きが映っている。


「手が届きそうだな。」


ポツリと呟く。


え?と首を傾げてこちらを向く未夢。


そんな未夢にフッと一瞬笑顔を送り、空の虹を振り返り、そして石段に足をかけた。



ちょっと待ってよ〜。何って言ったの〜?と後ろから追いかけてくる問いかけに、立ち止まり振り返る。


「触れてみたくなった。手に入れて自分の物にしてやろうかと…。」

未夢の目をまっすぐ見つめて、強く、嘘偽りのない言葉。

「―――なんてな。」

最後にベッと舌を出しておどけて見せる。


じっと聞いていた未夢が、もぅなんなのよー!と怒っている。続けて、彷徨はお子ちゃまですな〜虹が欲しいなんて〜と馬鹿にする声が聞こえる。


そんな未夢を背中に感じながら石段を登る。


伝わるとは思ってない。伝えようと思った訳でもない。

ただ、たまには正直な気持ちを、本気で言ってみるのもいいかって思っただけ。

自分の行動に自分が一番驚いている。それを宥めるように自分に言い訳をする。


もうそろそろ、限界かもしれないな。


石段を登り終えて、後ろを振り返る。視線の先には、まだ空を見上げる未夢の姿。


俺が気持ちを伝えたら、おまえはどうするだろうか。

それはきっと虹を手に入れるより簡単なこと。

でも虹よりも遥かに大切な輝きを消し去りたくはない。


消えかかった虹を見つめて、ふぅと一呼吸。




悩める彼が、未夢を手に入れるのは、そう遠くない未来のお話。



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