熱の上昇

作:ロッカラビット




一日の授業が終わり、友人たちに別れをつげて教室を後にする。

今日は朝から体調が悪そうだった同居人。

本人は大丈夫の一点張りで、学校を休むという選択肢は無かったようだ。


授業も委員長の仕事もそつなくこなして、なんなく一日を乗り切った彷徨に、心配顔で未夢が声をかける。


「彷徨、大丈夫?今日、無理せずに休んでもよかったんじゃない?」

「ん?大丈夫。今日が終われば、明日は休みだし。」

「でも、朝より顔色悪いよ?」


隣に並んで歩いていた未夢が、足早に彷徨の前に回り込み顔を覗き込む。


「うっ…大丈夫だって。」


ぷいっと横に顔をそらす彷徨。だがその行動にいつもの機敏さは無い。


「熱は?」


いつもと違う彷徨の様子にますます心配になる未夢。


「う〜ん。無い。まだ…。」

「え?まだって…。」

「寒い。」

「寒いって、それこれから熱が出てくるんじゃないの?」

「もうすぐ家だし、帰ったら寝るから大丈夫だ。」

「もう。やっぱり悪化してるじゃん。」


未夢はそんな彷徨に呆れつつも、そっと自分の首元に巻かれたマフラーを手に取る。


「はいっ。――――。これで少しは暖かいでしょ?」


少し背伸びをして、彷徨の首にそれを巻く。


「ん…。あったかい。」


いつもなら抵抗する彷徨も、今日は未夢にされるがままで。


「素直でよろしい。」


ニコッと笑ってまた隣に並んで歩き出す未夢。


横目に未夢の笑顔を見つつ、かけられたマフラーに少しだけ顔をうずめる。

未夢の甘い香りに包まれて、照れ臭さと同時に何とも言えない幸せな気分になる。


「熱が上がるな。」


ボソッと呟いた言葉に、未夢が?マークを浮かべて小首をかしげていた。





家に着くと、布団を敷いてそのまま暖を求めて潜り込んだ。

『制服がシワになるな…。あっマフラーもしたままだ…。』

頭では考えるのだが、身体が重たくて動くことが出来ない。

布団にくるまり寒さに震える。

『これは結構熱が出るな。』

冷静に自分を分析しつつも、何もすることが出来ない。

目を瞑って、ボーっとする頭で風邪が早く治ることを願った。





「彷徨、大丈夫?」


目を開けると、未夢がいた。


「まだ、熱下がりそうにないかな?」


優しい声に心配そうな顔。

声も出さずに見つめていると、未夢が顔を寄せてきた。

甘い香りが近付いて、目も顔もそらすことが出来ずに固まった。


自分のおでこに未夢のおでこがあてられて。

ひんやりとして気持ちが良かった。


「少し落ち着いたみたいだね。でも、まだ熱が下がった訳じゃないから大人しく寝てなきゃだめだからね。」


小さい子供に言い聞かせるように、優しい声色で語りかける未夢。

自分から離れていく未夢の顔を見つめたまま、小さく頷いた。


「あっそうだ。これ!作ってみたの。かぼちゃプリン。」


どこから出てきたのか、未夢の手には小さな容器が一つ。

美味しそうなにおいにつられるように、体を起こす。

未夢の持つそれに手を出しかけたその時。


「はいっ、あーんして?」


予想していなかった未夢の行動に、再び固まる。

そんな彷徨に動じることなく、スプーンをこちらへ向ける未夢。


「ほら、あーん。」


言われるがまま、されるがままに、口を開けてかぼちゃのプリンを味わった。

風邪のせいか、未夢のせいか、味を理解する暇もなく食べ終わる。


「さぁ、もう少し眠ろうね。すぐによくなるからね。」


未夢の言葉に違和感すら感じなくなる。

自分に向けられる子ども扱いも、身体が弱っている今はそれすら心地よく感じて。



去って行こうとする未夢を布団の中から見つめる。

その視線に気が付いたのか未夢が振り返る。


「どうしたの?」


無言で未夢を見つめる彷徨。


「ふふっ。じゃぁ早く治るおまじないね。」


小さく笑って未夢が歩み寄る。

先程よりも未夢が近付く。


「んっ…。」


一瞬だったが、唇に柔らかな感触。

目を瞑ったまま、この状況を考える。

何が起きている?


頭がクラクラする。

熱が上がる。

頭が回る。


未夢の声が遠ざかっていく。


未夢の声が遠くから。


未夢の声が聞こえる。


未夢の?




「かなた〜!か・な・た!お〜い、かなた〜!大丈夫?」


目を開けると未夢がいた。


「おっ。やっと目が覚めたみたいだね〜。ぐっすり眠ってたから、先に夕ご飯頂いたよ。」


「え?あぁ、おぅ。」


「ん?どうしたの?……。まだ熱ある?」


そう言うと、未夢が彷徨に歩み寄る。

身動き出来ずに固まった彷徨が、思わず目をギュッと瞑る。

未夢の顔が近付き、おでこに冷たい感触。

そっと開いた彷徨の目に映ったのは、心配そうな顔の未夢と、おでこにあてられた未夢の右手。


「あっ。」


思わず頬が赤くなる彷徨。

ようやく先程のが夢だったのだと理解する。

そんな彷徨の戸惑いなど知る由も無い未夢が会話を続ける。


「熱、まだ少しあるみたいだね。まだ寒い?」


「いや、もう寒くない。」


そう言って体を起こすと、首元に巻かれたままだった未夢のマフラーから、ふわりと甘い香りが舞った。

その香りに、先程の夢を思い出す。


「あぁ、これか。」


あんな夢を見たのは、きっとこのマフラーのせい。

これだけ近くに未夢の香りがしていれば…。

思い出して、また顔を赤くする。


そんな彷徨の様子を不思議そうに見ていた未夢だが、ふと思い出したように告げる。


「あのね、さっきこれ作ったの。今回は、ワンニャーと一緒に作ったし、さっき味見したから大丈夫だよ。」


これと言われて出されたのは、かぼちゃプリン。


「彷徨、食べられる?」


首を傾げて尋ねられ、彷徨はあの夢を思い出す。


「え?あっ、おう。」


どもりながらも何とか答える彷徨に、安心したように笑顔を向ける未夢。


「そっか。食欲はあるみたいだね、良かった。彷徨汗かいてるみたいだから、一先ず着替えてからこれ食べてね。まだ食べられそうだったら、台所に彷徨の分の食事も残してあるからね。じゃ、私向こうの部屋にいるから。」


彷徨の様子に少し安心したようにそう告げると、未夢は部屋を出て行った。


「あっ、そういうことか。」


てっきり「あーん」とされると勘違いしていた彷徨は、安心したようながっかりしたような複雑な顔で、未夢の出て行った先を見つめていた。


襖から流れ込んだ風で、また未夢の甘い香りがふわりと漂う。


首に巻かれたマフラーにもう一度顔をうずめて、ふぅと一呼吸。


熱に浮かされて、夢に惑わされて…。



この風邪が治っても、恋の熱に浮かされて未夢に惑わされる日が待ち受けていることを、彼はまだ知らない。



先日投稿した「夕焼けの帰り道」に引き続き、「マフラー」を題材にもう一本書いてみました。

前作よりは甘くなっているかな?

所詮、夢オチだけれども…まぁいいか。(笑)

秋を愉しむ間もなく、冬が来たような寒さ…うぅ寒い寒い。

文字を打つ指先が冷える冷える…。

皆様も風邪にはご注意くださいませ♪

ご覧いただき、ありがとうございました。


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