はちみつバニラの香り

作:ロッカラビット




ひんやりとした空気が部屋中に立ち込めているのがわかる。

顔を温めるように、少しだけ布団に潜り込む。

天井を見つめたまま時計の秒針に耳を傾ける。

目覚ましを止めてから、どれくらいこうしていただろうか。

そろそろ起きないと、遅刻してしまう。

意を決して布団から出ると、寒さを感じる前に身支度を始める。


顔を洗う水の冷たさで、指先が赤くなる。


「未夢さ〜ん。起きて下さ〜い。」


ワンニャーの元気な声が響く。


そろそろ未夢が起きてくる。


バタバタと慌ただしい音が聞こえてくる。


未夢の部屋の前を抜けて台所へ向かう。


「あっ彷徨。おはよう。」

「遅刻するぞ。」

「うぅーわかってるよー。」


部屋から出てきた未夢と交わすいつもの風景。


しかし今日は何かが違う気がする。


「おい、未夢。」

「ん?何?」


洗面所へ向かいかけた未夢が振り返る。


「シャンプー変えたか?」

「へ?…あぁ!!そうなの〜!!昨日の夜から新しい香りに変えたんだ〜。」


自分でも忘れていたのか、思い出したように嬉しそうな顔で答える未夢。


朝からその笑顔は反則だと思いつつもポーカーフェイスの彷徨。


「ふ〜ん。」


と一言、相槌。


「何その興味ないって顔!!まぁ彷徨には乙女心なんてわかんないよねぇ。あっ!!あのシャンプー高かったんだから、彷徨、勝手に使わないでよね〜!!」

「お願いされたって使わねーよ。」


ベッと舌を出して去っていく彷徨に、悔しそうな顔を向けながらも時間がないことを思い出して慌てて洗面所に向かう未夢。




そんな朝のやり取りから数時間後。


***昼休み***


「あれ〜?未夢ちゃん、シャンプー変えたの?」

「あっそうなの〜!わかる?綾ちゃん。」

「え〜?どれどれ〜?」


未夢の髪の毛を一房とってクンクンと匂いを嗅ぐななみ。


「あっ本当だ〜。甘くて美味しそうな香りがする〜。」

「ちょっと、ななみちゃん、美味しそうって…。」


苦笑いの未夢の言葉を遮って綾が話を続ける。


「で、何の香りなの?」

「はちみつバニラだよ〜。夏の間はラズベリーグレープフルーツだったんだけど、冬はもう少し甘くしてもいいかな〜と思ってね。」

「ほら〜!やっぱり美味しそうな香りじゃん!!ハチミツアイス食べたいよ〜。」

「ななみちゃん…。」


これには綾も呆れ顔で苦笑い。


「あっ、でも、綾よくわかったね〜。私、気が付かなかったよ〜。」


思い出したかのように話を戻すななみ。


「え?だって、どこに演劇のネタが転がっているかわからないでしょ!!細かい所まで気にかけてこそ、かつてない新境地を開拓できるかもしれないわけよ。未夢ちゃんのシャンプーの香りが変わったことで、教室の隅で静かに本を読んでいた男子が恋に落ちて、未夢ちゃんを振り向かせる為に悪戦苦闘するのよ。それでも未夢ちゃんの心は違う一点を見つめているのよ。どれだけ頑張っても自分に気が付いてくれない未夢ちゃんに彼は迫るの。君が見つめているのは誰なんだい?けれど未夢ちゃん自身がそのことに気が付いていなくて――――――。」


どこからともなくスイッチが入ってしまった綾に、今度はななみが呆れ顔で苦笑い。


「さすが綾だね〜。これぐらいの思いがなけりゃ、なかなか気が付かないよね〜。」


ななみの言葉に、未夢が一瞬反応した。


それを見逃さなかったななみ。


「あれ〜?もしかして、他にも気が付いた人がいたの?」


ニヤリと笑うななみに、その質問の真意に気付かない未夢が素直に答える。


「え?あぁ、うん。彷徨がね。あっでも、お風呂場にあった容器を見たのかもしれない。前にも自分のシャンプー切らして私の使ってたことあったみたいだし。今度のは前より少しお高いし、使われないように気をつけないとね。」


握り拳を作って、気合を入れる未夢。


そんな未夢に、やれやれと顔を見合わせて呆れる綾とななみ。


「「西遠寺君も大変だねぇ。」」


二人の小さな呟きは、未夢には届かないのでした。




さらに数時間後。


***西遠寺***



「風呂、空いたぞ。」


縁側に座って月を眺める未夢に声をかける彷徨。


「うん。」

「寒くないのか?」

「うーん。大丈夫。」


月を見ながら答える未夢の返事は曖昧で。

その場を離れた彷徨が部屋から毛布を持ってくるとそれをバサッと未夢に放り投げる。


「風邪ひいたら困るだろ。」

「か、彷徨。」


月から目をはなし、彷徨を見つめる。



「・・・・・・・・・。
お前が風邪ひいたら、買い物に洗濯に掃除、ルゥの世話だってワンニャーと二人でやんなきゃならないからな。考えただけで大変だ。じゃ、風呂空いたから、とっとと入れよ〜。」


そしらぬ顔で言いのけて、さっさと部屋へ戻る彷徨。


「あ・あ・あんたねーーーー!!!もぅ〜〜〜!!!」


去っていく背中に怒りの雄叫びを浴びせつつ…。


「ちょっとだけ、ドキッとしたのに……。そうよそうよ、彷徨はそういう奴だったわ。うぅー危うく騙される所だったよ〜。」


と小さく呟く未夢の頬は、まだ恋の色に染まっていた。






振り返った未夢の顔が月明かりに照らされて…。

その揺れる瞳に溺れそうで。

風に乗ってやってくる甘い香りに己を忘れてしまいそうで。


今すぐ抱きしめて、その潤んだ唇に触れてしまいたい。

揺れる瞳に自分の姿だけを映したい。

月明かりに輝く髪に、優しく口づけをして、その甘い香りを独り占めしたい。



理性が働く。


赤くなった顔を隠すように、自分の心を悟られぬように、悪態ついて足早に部屋へ戻る。

冷たい夜風が、火照った顔に心地良い。

風に乗って追いかけてくる甘い香りに少しだけ寂しさを感じつつ、部屋の扉を閉めた。



「あの香り。耐えられないかもしれない。」


片膝立てて座り込み、先程の自分を思い出す。

甘い香りに誘われて、いつか手を出してしまわないように。

思い出して赤くなった顔に手を当てる。





未夢のシャンプーが変わったことで、悪戦苦闘する男子がここに一人。

どうやら綾の妄想は、違う形で現実となったようだ。


な・ん・だ・こ・れ!!(笑)

素敵な作品書いて皆様をおもてなししたいところですが、どうやらロッカラビットにはその才能は無かったようです。←知ってた(笑)

さて、完全にネタ切れしております。

こんなの書いて欲しいとかありましたら、お知らせくださ〜い。

なるべくサイトに来て、コメントチェックしますので!!←なるべくかよっ

拍手&コメントありがとうございます!

ご覧いただき、ありがとうございました♪


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