紫陽花の季節

作:


しとしと、雨降る西遠寺。

梅雨まっただ中のある日のできごと。





「な…なにこれ………」

「あぁ、おかえり」
「ただいま…。 ってなんなのよ、これ!」
「あっ、光月さん! おっかえりー!」
「三太くん? いらっしゃい」
「三太が持ってきたんだよ。 ルゥに見せてやれーって」

縁側にずらりと整列した虫カゴ。
「……………」

「未夢さん、ほらっ!
 キャベツのはっぱ食べてますよぉ〜可愛いですねぇ〜〜」
じーっとみたらしさん姿のワンニャーが見つめているのは、アオムシ。
床に這いつくばった三太のそばには、2匹のカタツムリ。
「よし、頑張れぇ! ゴールはこっちだ! ルゥくん〜どっちが早いかなぁ〜?」
他に、カミキリムシ、テントウムシ、オタマジャクシ。カブトムシの幼虫までいる。


「まんまぁ! あいっ!」
彷徨の膝の上で、ルゥが未夢に向かって何か掴んだ手を差し出した。
「なぁに〜? ルゥくん」
ルゥの笑顔につられて、未夢も笑顔で両手を差し出す。
ぱっと開いたルゥの手から、コロコロと小さな玉が転がり落ちた。
「? なに…?」
「ダンゴムシ」
言いながら彷徨は両手で耳を塞いだ。見上げていたルゥも真似をする。
「ひっ…! いやぁぁぁぁあっ!」

静かに雨の降る西遠寺に未夢の金切り声が響く。
虫に夢中だった三太とワンニャーが卒倒しかけている。そして未夢も…固まっていた。


「ルゥ、虫カゴに入れてやろうなー」
ルゥが未夢の手からばら撒かれたダンゴムシを拾っては、彷徨の手の中に預ける。
「いやっ! やめてよっ!
 カゴに戻して! 床拭いて!! ルゥくんの手、洗って!!!
 そこのオタマジャクシ! ぜぇ〜〜〜ったいフタ開けないでよっ!
 早く逃がしてきなさぁ―――――――い!」
拾い終えた頃に、ようやく我に返った未夢。一気に捲し立てて、自室に消えて行った。


「やっぱ彷徨んちはまずかったかなぁ〜?
 うちの母ちゃんにも逃がしてこいって言われてさぁ〜」
「ルゥも喜んでるし、いいんじゃねぇ?」
「で、でも光月さんが…」
「あいつの目の届かないトコに置いとけば問題ないだろ」
「ホントにぃ〜〜〜? じゃあ頼むなぁっ!
 オレも見に来るからぁ! ルゥくん、みたらしさん、まったな〜!!」

「…ホントにいいんですか? 彷徨さん」
三太が石段を降りて行ったのを確かめて、ワンニャーがポンっと元の姿に戻った。
心配そうに彷徨を見上げる。
「とりあえず、俺の部屋にでも置いとけばいいよ。
 未夢に世話しろってんじゃないし、ルゥが喜んでんの見てれば気も変わるだろ」
「そ、そうですよねぇ! なんたってルゥちゃまが大喜びなんですから!
 アオムシさん、キャベツ食べ終わりましたか〜?」
尻尾を廻してふわりと浮くと、ウキウキと縁側へ戻る。
「…誰が一番喜んでんだよ、ワンニャー」
「あんにゃ!」
「えへへ〜オット星では見れない虫さんばかりなもので…」
後ろで苦笑する彷徨に、照れくさそうにワンニャーが顔を綻ばせた。



夕方、未夢が居間に顔を出す。
「ワンニャー、おなかすいた〜。 ごはん……」
「あれ? もうそんな時間ですかぁ〜? すぐに用意しま」
「いっ…いい! わたしがつくるっ」
「げっ!」
まだ虫と戯れていた男二人+オス一匹。あれから3〜4時間は経過したはずなのだが、彼らにはあっという間だったらしい。
「いや、ワンニャーにつくってもらおーぜ! な!?」
どんなに念入りに洗っても、その手で食事をつくられたくない未夢。
超がつくほど料理下手な未夢の手料理を食べたくない彷徨。
「…いやっ!!」
彷徨が未夢の腕を掴もうとした。
「さわらないで…っ」
未夢は後ずさるようにそれを拒否した。両腕を抱えて、顔を伏せたまま、目線だけ彷徨まで上げた。
「……自分の分だけつくるから、あと勝手にしてよね」
「わかったよ、好きにしろ!」
「…っ」
「みっ未夢さん!」
「いいよ、ワンニャー! ほっとけ!」
パタパタと未夢の足音が離れる。
(女の虫嫌いって…)
未夢の見せた、怯えたような瞳に、少し安易に考え過ぎたか?とも思ったが。
今さら彷徨も引くに引けない。




その数日後、二人の険悪ムードはまだ続いていた。


「まぁんまぁ〜!」
「ル、ルゥくん…なぁに?」
学校から帰り、居間でテレビを見ていた未夢に向かって、ルゥが勢いよく飛んできた。
「あい!」
やはり小さな手を差し出す。満面の笑顔に未夢は困惑しながら、なんとか笑顔を返す。
「そ、そこらへんに置いてくれる…かな…?」
不自然な未夢の笑顔と、受け取ってくれないことに不満そうなルゥ。しぶしぶ畳の上に両手を開いた。
「うっ…。 ワ、ワンニャーぁ…」
「今、夕ごはんの支度中ですぅ〜! さわったら未夢さんおこりますよね〜?」
台所から聞こえてきた声に、反論できない。仕方なく、そばで本を読んでいた彷徨に矛先を向ける。
「……か、彷徨ぁ〜〜…」
「……」
「…かーなーたぁ…」
「………」

返事をしない彷徨。
未夢だって、ここ数日ろくに話もしてない彷徨に頼むのは嫌なのだけど。
読書中に邪魔されるのを嫌がるのも知ってるんだけど。

「彷徨ぁ…おねがいぃ〜〜〜…」
「…何?」
弱り切った声を上げる未夢に、やっと返事を返した。目は字を追う。
「あ、あれ…」
「はい」
指差す先を見ようともせず、ルゥのそばにあった虫カゴを未夢の前に置く。
「〜〜〜っ…」
「早くしないと動き出すぞ」

うねうね、コロコロしているのと、虫カゴと、彷徨。声もなく見比べていると、ダンゴムシが寄ってきた。
「ひゃぁぁあっ!」
青い顔で彷徨の背後に逃げる。
「うぅ〜〜〜〜〜…」
そんな未夢をずっと見ていたルゥが、超能力でダンゴムシをカゴに戻す。
「よし、いい子だな、ルゥ。 ちゃんと虫カゴにかえしてやれたな」
「あ、ありがと…ルゥくん…」
頭を撫でてくれる彷徨の腕の中に隠れた。口先を突き出して、眉を上げて。怒っているらしい。
「ルゥくん……」
「ルゥ、手ェ洗ってこよーな。 未夢うるさいから」
自分を見ようともしないルゥに申し訳なく思いながらも、彷徨の言葉にむっとした。


「…ったく男ってっ! あんなののどこが可愛いの! 何が楽しいのよっ!」
(そりゃあ…ルゥくんにはかわいそうなことしちゃったけど…)
大股で縁側を歩く未夢がふと立ち止まる。
「な…なんでこんなとこに…」




「きゃぁぁぁぁああぁっ!」

「ほえぇ!? 未夢さんっ?」
「まんまっ!」
台所のワンニャーにも、洗面所の彷徨やルゥにも聞こえた、未夢の悲鳴。
「ルゥ!」
未夢の方へ一目散で向かったルゥを彷徨も追う。


「まんまっ!」
「未夢っ?」
縁側には未夢。それ以外何もない。
「かっ…彷徨彷徨彷徨っ!」
「え…っ」
抱きついてきた未夢に驚いて一瞬、身を固くした。肩に手を置くと、震えが伝わる。
未夢は怖がりだけど、それ以上に強がりで、こんな風に自分にすがりつくことは滅多にない。
この状況に心拍数があがる。
「まんまぁ?」
「…どうした?」
平静を装う。それだけに必死で、そこに居たそもそもの原因にはまだ気付いていない。
「あれっ…あれだけはダメ…っ!」
「あれ…?」
ようやく目をやった未夢の先。縁側に倒れた虫カゴ。
フタの開いた虫カゴから、こぼれ出た水と小さな緑色の物体が3つ。
「って、カエル…?」

1匹が、ぴょんっと此方に跳ねてきた。
「きゃ…っ! ど、どうにかして…っ!」
半泣きで小さく震えている未夢を直視できなくて、視線を宙にさまよわせる。少し考えて、自分の目線より上を浮かぶルゥを見上げた。
「ルゥ、カエルは広い所で暮らしたいんだ。 外に返してやってもいいか?」
「…やぁっ!」
頬を膨らまして、ぷいと顔を背ける。
「ルゥだって、狭いUFOに閉じ込められたら嫌だろ? それに…
 ほら、こいつ、怖いんだってさ」
「まんま…?」
ぴょんっとまたカエルが近付く。
「ひゃぁぁっ!」
瞳に涙まで浮かべて、ぎゅっと彷徨にしがみつく未夢。
カエルが近付くたびに、その距離が縮まる。
(……心臓に悪い…)

「まんま……。 あーいっ!」
超能力でカエルを虫カゴに戻し、しっかりとフタを閉めると。
「めっ!」
虫カゴを両手に抱えて、カエルを叱っていた。




「未夢さーん! どうされましたぁ〜!?」
「ワンニャー…遅いよぉ」
「す、すみません、どうしても手が離せなくて…」
「ワンニャー、ルゥと外の水気のあるところに、カエル放してきてくれるか?」
「あっ、は、はい〜っ。 ワンニャッ!」
みたらしさんに変身したワンニャーがルゥを抱えた。
「では、行ってきます〜」
「おぅ、頼むなー」


「ふぇぇぇぇ〜〜…」
全身に入っていた力が抜けた。それを確認してから、彷徨は近すぎる身体を離す。
「…ったく、大げさなんだよ、カエルくらいで」
「むっ! しょーがないでしょっ! あれだけはどーしても苦手なのっ!」
「ほぉ〜?」
少し腰を折って、挑戦的な瞳で未夢に目線を合わせる。未夢の瞳に溜まっていた涙が、瞬きで落ちた。
「だけ、なんだ?」
未夢の頬に流れた涙を乱暴に掬って、ニヤリと口角を上げる。

「じゃあ夏にはセミとってくるかなー。 抜け殻とかもルゥ喜ぶだろーなぁ?」
「いっ…いやっ! セミはやめてっっ!」
「いーじゃん、カエルだーけーは、苦手なんだろ?」
「〜〜〜〜〜っ! お、おねがい……虫はいや…っ」
また泣きそうな声を上げる未夢。
「カエルは両生類って習っただろ?」
そういうページすら見れないのは知ってるけど。
彷徨は肩を揺らして笑う。


「まんまぁ〜!」
「ルゥ、おかえり」
「ルゥくん…」
「まんま、あーいっ!」
戻るなり、また手を出したルゥ。助けを求めて彷徨を見上げるが、素知らぬ顔だ。
「大丈夫ですよ、未夢さん」
あとから来たワンニャーにそう促されて、おそるおそる手を出す。

未夢の手のひらにコロンと転がったのは。
「石…?」
「ルゥちゃまが川原で見つけたんです!
 キラキラ光って見えるのと、真っ白でまんまるなのと…」
「…あ、ハート型……」
「まんまぁっ」
ニッコリと笑うルゥ。
「ありがと、ルゥくん!」
ぎゅっと抱きしめると、ルゥの小さな手が、未夢の頬を撫でた。

「…あ。 ルゥの手、まだ洗ってねーぞ」
「………!」
「み、未夢さん!? 固まっちゃいましたぁっ!」
「ほっとけほっとけ! ワンニャー、メシ!」
「えっ、でも…」
「腹減ったー」
「あんにゃー! みぃーくぅ!」
「は、はい〜〜〜」







どもども!杏でございますぅ〜(^^)ノシ
気分転換の短編です。
『御一行』を終わってから書こうと思ってたんですが、時期外れそうなので
煮詰まった今、気晴らしに書きました。

だーっと30分ほどで書き上げたモノなのに、いざパソコンに向かったら数時間かかりました。。
お楽しみいただければ幸いです。

さて、気分も晴れたし、また『御一行』頑張ろーっと!
ありがとうございました!





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