君の音色が響くとき、僕は翼広げて空を舞う。

作:




「願い事、ないのか?」
「ん〜……」

縁側で短冊とペンを手にしたまま動かない未夢に訊ねると、イエスだかノーだかわからない返事が投げられた。
ゆるい風が未完成な笹飾りを揺らす。

「だって、ズルいじゃない? 年に一度も会えるのに」

否定も肯定もせず、彷徨は未夢の隣に腰をおろした。
きっと一番の願いは、星にさえ願うのを躊躇うような、途方もないものだったのだろう。
周囲の友人はロマンチックだとか、可哀想だとか言うけれど。未夢にとっては羨ましい以外の何ものでもなかった。

「ねぇ、織姫と彦星って、どれくらい離れてるの?」
「およそ15光年」

涼しげに踊る笹の葉を見ながら即答した彷徨を、未夢はしかめっ面で見る。
そして夜空に視線を移した。

「……ふぅん」

自分で訊ねておいて、なんでそんなことまで知ってるの、と寄せられた眉。
彷徨も、この雑学は持ち合わせていたものではい。
考えることは未夢と同じだったから、つい先日、調べていただけ。



「遠いね―――……」

“光年”なんて、想像がつかない。とにかく遠い、遠い距離。
遠すぎて、ふたつの星はめいっぱい広げた未夢の親指から中指までの長さしかない。

「15光年で年に一度だから、120億光年だと……」
「8億年に一回?」
「…………」

計算するつもりはなかった。絶望的な数字しか出てこないのはわかっていたから。
ゼロがいくつ必要なのかもわからない。
彷徨に告げられた実感の湧かないとてつもなく大きな数に、未夢はますます難しい顔になる。

「…でもさ」

ポンっと大きな手のひらが未夢の頭に乗せられた。彷徨の視線は真っ直ぐ。笹の向こうの何かを見据えたまま、言葉を選ぶ。

「織姫と彦星は遠くて会えないんじゃないだろ? 毎日のように一緒にいて仕事を疎かにしたから、そうさせられたんだ。
 15光年くらい、実は一瞬の距離かもしれない」

潤んだ瞳を覗きこむと、あまりの驚きに涙がひいていくように見えた。
そう言われれば、確かに。少なくとも頻繁に逢瀬を重ねた彼らにとっては、“遠い”距離じゃなかったはず。

「……会えるかな? いつか」
「会えるよ、絶対。 120億光年くらい、大したことない。 だから、」

ようやく未夢が小さく笑って頷いた。その絶対に確証はないのに、彷徨の言葉は誰が言うより安心させてくれる。

「? だから…?」

想いを馳せるは遠い遠い、同じ星。その接続詞の先に続く言葉も空を越えていくものだと思いながら、反芻した。



「―――日本とアメリカなんて、目と鼻の先だ」
「…うん」

合わせた視線。彷徨の穏やかな声は、いつの間に矛先を変えたのだろうか。
夏休みに入ったら、未夢は両親のいるアメリカに行くことが決まっていた。

「いつでも呼べばいい。 おまえが寂しくなったら、俺が行くから」

自身には当たり前の連想だった。
未夢を思えば、その先はルゥとワンニャーに辿り着く。彼らのことを考えれば、未夢に行きつかない訳がない。

「…呼ばないよ」
「なんで」
「だって…」

思い掛けない彷徨の言葉に目を丸くした未夢。しかしすぐに、肩を揺らして笑い始めた。
一方彷徨も、思わぬ否定に不貞腐れたように口元を僅かに歪める。




「だって、夏休みの間だけの話よ? 1ヶ月とちょっとじゃない」

ずっとじゃない。
夏休みの間、ちょっと西遠寺を留守にするだけ。

「彷徨の方こそ、わたしがいなくて寂しいんじゃない?」
「…んなことねーよ」

ふっと目を逸らした彷徨に、そう?と未夢はクスクスと笑う。未夢だって、全く寂しくない訳ではないけど。

「このくらいで寂しいなんて言ってたら、ルゥくんに笑われちゃう」
「…だな」

向こうをむいたままの彷徨の横顔に、未夢はもう一度頷いた。



「あ、……でも」
「ん?」
「電話は、してもいい?」

首を傾げるように訊ねられて、長い髪がさらりと肩から落ちた。
一緒に風になびく笹飾りに煌めきを加える金色。

「当たり前だろ」
「夜だと忙しいかな? 朝の方がいい?」

指折り、時差を確認する。

「時間なんか気にすんなよ。 いつでもいい」
「じゃー夜にしよっと。 彷徨はわたしの子守唄がないと眠れないもんね〜」
「…歌ってもらった覚えはないけど?」

未夢はきょとんと目を瞬く。それを見て、彷徨も思わず首を傾げた。
だって本当にそんな覚えはない。この歳で子守唄とかあり得ないだろ、そう言いたげな表情。
ニヤリ、未夢は思い切り頬を上げた。

「ルゥくんに歌ってたら、後ろで一緒に寝てたくせに」
「………」

渋面の彷徨に未夢はまた笑う。
傍らには忘れられたまっさらの短冊。今年の出番はなさそうだ。


こんにちは。杏です。
ご覧戴きましてありがとうございます。
遅ればせながら、今年の七夕です。
私の住む地域は七夕は旧暦が主流なもんで、7月7日にようやく「あっ!七夕って今日じゃん!」…と思ったのであります(=▽=;

タイトルはこと座のベガ(織姫星)とわし座のアルタイル(彦星)にかけたもの。
語呂をよくするのに苦労しました。こーゆー文章タイトル、好きですけど難しいです。。

10万突破記念は何にしようか、いくつかのネタを試行錯誤中の杏でした。
次回もよろしくお願いします♪


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