あめあめ ふれふれ

作:




「雨、止まないなぁ…」

わたしは何度目かわからないため息をついた。
静かな図書室で漏らした吐息は、一瞬だけ大きな存在感をひけらかして、すぐ気配を消す。
今日に限って家には誰も居ないようで、電話は留守電の案内しか話してくれなかった。

装丁に惹かれて手に取った小説をその場で流し読み。うん、面白そう。
これに決めたのは、綺麗な装丁以上に貸出カードにあった名前に引きつけられたから。
(こーゆーのをファン心理ってゆーのかな?)
何か違うな、と思いながらわたしは席に戻って、それを読みふけった。




ガタン、と誰かが椅子を立った音で顔を上げた。いつの間にか夢中になっていたみたいで、小さな本はほぼ半分ずつの重量でわたしの両手にまたがっていた。
「ん〜〜〜〜疲れたぁ〜…。 あ、雨…」
集中を殺がれたついでに伸びをする。窓の外の雨音が小さくなっていることに気が付いて、わたしも立ち上がった。
(これは借りるのにして、今のうちにダッシュだね〜)
小降りにはなったけど、止みそうにはない。
ホント、傘を忘れた自分が恨めしいけど。
おかげでいい出会いがあったから許してやるかと、閉じた本の背表紙をもう一度開いた。



「お疲れさまー」
「じゃあね〜」

「あ、委員会、終わったんだ…」
わたしが本を抱えて図書室を出たところで、隣の会議室の戸が開いた。校舎の端っこで、しかも図書室や会議室の前というのもあってか、他の場所よりも一段と静かなこの廊下。
徐々に賑やかになるそこに、わたしは昨日までこの本を借りていた人物を見つけた。
進行方向はひとつ。意図せず、あとをつける形になってしまった。

「あー………」
(……?)
ふと、窓の外を見上げた彼のくぐもった独り言は聞き取れなかった。




彼は自分の教室の戸を開けて、立ち止まった。わたしの足まで止まりかける。不自然に保たれる距離を変に思って、わたしは慌てて足を前へ出した。
驚いたような表情のあと、彼は一瞬だけ笑った。でもすぐに口元を引き締めて、室内に消えていった。
生徒玄関の方に降りる階段は、この先。この階に渡り廊下はない。早くその前を過ぎようと、俯き加減の目線に集中。
それでも、進む先よりもそちらに意識は向いてしまった。

(…あ、やっぱり)
彼と話す明るい声が耳に入って、一瞬目線を動かす。
彼の輪郭から垣間見えた綺麗な長い髪。色素の薄いそれは、今日みたいな薄暗い空でもキラキラ光って見えた。

予想通りの人物が彼を呼ぶ。気安く、名前を呼び捨て。
まるで恋人同士。そんな噂もあるけど、彼女曰く「そんなんじゃない」らしいし。
「仲いいなぁ…」
踊り場まで半分だけ階段を降りたわたしは、ぐっと唇をかんで、でも、ふうっと肩で息をついた。
ダッシュで帰れる雨じゃなくなっていたけど、上からさっきの声が近付いてくる。




「だから、なんで傘忘れるんだよ? 梅雨真っただ中だぞ?」
「いやぁ〜今日は荷物多かったじゃない? 体操着と、調理実習の用意とぉ〜…。 だから、持てなかったってゆーか、そこまで気が回らなかったってゆーかぁ…」

濡れないギリギリのところで空を見上げたら、後ろから呆れたような彼と、眉を下げて笑う彼女がやってきた。
先に出た彼が傘を広げる。遅れた彼女がその中に入る。
「だって、彷徨が持ってると思ったんだもん」
わたしの横を過ぎるとき、そう小声で言った彼女は、嬉しそうだった。

「仲いいなぁ…」

相合傘で帰るふたり。まだ言い合いしてるけど、それも微笑ましい。
半分以上、傘が彼女の頭上にいるのが羨ましい。

「仲いいなぁ〜」

何度目の独り言だろう。可愛らしい後ろ姿に、ついわたしまで嬉しくなってしまった。



こんにちは、杏です。
梅雨→相合傘の思い付き。
第三者の一人称も面白いかな、と思ってみたのですが、いかがでしょう(^^;
この子は“好き!”ってほどの恋愛感情じゃないです。憧れとゆーか、ファン?とゆーか。
ラブで書いちゃうと、短編じゃ収拾つかなくなっちゃったんです(笑)
この未夢ちゃんは、ラブなんでしょうかね?曖昧なところですね、きっと。

次は何書こうかな?
次回もよろしくお願いします♪


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