クソオヤジ VS クソ息子

作:




「―――んだよッ! このクソオヤジ!」
「なんじゃとぉ! クソ息子がっ!」


「あれ? おじさん、いつの間に?」

土砂降りのある日曜日の朝。
縁側に洗濯物を干すワンニャーは、毎日これじゃあ乾きませんね〜とブツブツ言いながら眉をしかめていた。

「また彷徨さんの枕元にオバケのようにこっそり来られたみたいですよぉ〜」
「へぇ〜」

台所で繰り広げられているのは、この西遠寺の住職とその息子による壮大な親子ゲンカ。
どうせまた朝食の取り合いでもしたのだろうと、未夢は気にも留めずに出掛ける支度を始めた。




「まんまっ?」
「この雨の中、おでかけですかぁ〜?」
未夢が靴を履く玄関に、ひょっこりと顔を出したワンニャー。
「あ、うん、ちょっとね。 ルゥくんも一緒に行く?」
「あーいっ! まんまっ」
両手を広げた未夢の胸に飛びついたルゥがご機嫌な声を上げた。

「いってらっしゃいませ〜」


磨りガラスの引き戸が閉まり、ぼんやりと歪んだ輪郭の赤い傘が玄関から離れていく。
見えなくなるまでそれを見届けたワンニャーは、まだ賑やかな台所へと向かった。

「さて…朝ごはんのお片付けがまだなのですが……どうしましょうか…」



「…ふざけんな! インドでもネパールでも、好きなとこ行ってろよ! もー帰ってくんじゃねークソオヤジ!!」

(あららぁ〜…大変なところに来てしまいました…)


暖簾を揺らし、怒り心頭といった様子で出てきたのは彷徨。
「ワンニャー! 俺、出掛けるから!」
「は、はい〜」




「おお、物の怪! インドでありがたーい酒が手に入ったんじゃ! おまえさんも呑もう!」
散らかった朝食の残骸を片付けようと台所に入ったワンニャーに、宝晶が手招き。
「へ? いえ、わたくし、お酒は…」
「そう言わんと! なぁ! 1杯だけ付き合わんか!」
「うぅ…で、では1杯だけ、いただきますぅ〜」

彷徨のように怒りを露わにするどころか、ニコニコと杯を手渡す宝晶。手にした酒は未開封で、まだ酔っている訳でもなさそうだ。
「宝晶さん、何やら楽しそうですねぇ?」
「そうか? はっはっは! おまえさんにはそう見えてしまうか」
「…?」
コツンと杯を合わせ、くっとあおる。ふっと息をついたその口元には、酒のせいではない笑みがこぼれていた。



「楽しい…いや、嬉しいんじゃよ。 こんな他愛もない親子ゲンカが…」


++++++++++

クソオヤジでも、帰ってくるなでも、あやつがワシに感情を返してくることが、嬉しくてな。

…瞳が……あれの母親が亡くなったころ、ワシはその現実が受け入れられんくて、来る日も来る日も、ただ瞳を思って過ごした。

まだ3つで母親の死をわかっていない彷徨を、羨ましく、恨めしくも思ったものじゃ…。

それでも、瞳が残してくれたこの子を立派に育てねばならんと、懸命に世話をしたつもりじゃった。

それが、次の春……ワシは彷徨を全く見ていなかったのだと、気付かされたんじゃ……。




「…どういうことでしょう…?」

元々、口数の多い方ではなかったからの。会話が減ったことにも、ワシは気付かんかった。

幼稚園の先生に様子を聞けば、友達とも元気に遊んでおると言われるし…。

だがある日、…たまたま来とった檀家さんとこの千代ばぁさんにの、アンタはこの子を見とらんのか、と言われたんじゃ。

聞けば、千代ばぁさんとはよう喋っとったらしいが、ワシが来た途端に口を閉ざしたらしい。

…恥ずかしいことじゃが、言われて初めて、彷徨の声をしばらく聞いてないことに気が付いたんじゃ。

生きるために必要なことはちゃんとやっとった。しかし、ワシは瞳のおらんくなった悲しみから己を解放できなんだ。

……そのことに、幼いながらにあやつも気付いておったんじゃろうな。思い返せば、だんだんと必要最低限の会話しかしなくなって、果てには、時折ワシが話しかけても首を縦横に振るしかしとらなんだ。

この前笑ってくれたのはいつだっただろうか。…父さんと、最後に呼んでくれたのがいつかもわからなんだ。

千代ばぁさんに散々叱られてのぅ…あぁ、ワシは何をしておったんだと、それからはワシなりに父らしく務めたつもりじゃ。

それでも、……あれも誰に似たのか、頑固でなぁ。少しずつ会話は増えていったが、あやつが次にワシを呼んでくれたのは、小学校に上がってからじゃった。父さんではなく、オヤジ、とな?



「そうだったんですか…」

だから、嬉しいんじゃよ。他愛もない、親子ゲンカがの…


++++++++++


その夜。

「…では、ワシはインドに戻るとする。 物の怪よ、世話をかけるが、みなのこと頼むぞ」

玄関で小さな包みを背負った宝晶の前に、ワンニャーとルゥを抱えた未夢が立つ。
「とんでもない! ここに置いていただけて、助けていただいているのはわたくしの方です。 おうちのことはお任せください!」
「未夢ちゃんも、あんなクソ息子じゃが、よろしくたの…」
「いいんですか、おじさん! 彷徨とケンカしたままで」
「いいんじゃよ! 見送りにも出て来んやつは放っておけばいいんじゃ。 のう、物の怪?」
片目を瞑った宝晶。ワンニャーもニコリと笑って頷いた。






「…彷徨? おじさん、戻っちゃったよ?」
「……いいよ。 いつだって勝手に居なくなって、突然帰ってくんだから」

彷徨の部屋の襖を軽く叩くと、向こう側から拗ねたような声。

「…開けていい?」
「んー」

部屋の中心に大の字に転がっていた彷徨に、未夢の腕を抜け出たルゥが飛び乗った。
「ぱんぱっ! あいっ」
「? くれるのか? ルゥ」
柔らかな髪を撫でてやると、ぱっと笑顔を咲かせる。小さな両手に抱えていたのは、青いリボンでラッピングされた包み。

「なに、なんか頼みごとか?」
ルゥを抱えて上半身を起こした彷徨が未夢を見上げる。即座に頬を膨らました未夢は、片手を腰に当てて彷徨の目の前に人差し指を立てた。
「むっ! 失礼ねっ! これはわたしからじゃなくて、ルゥくんから! ねっ、ルゥく〜ん」
「きゃーいっ!」
「ルゥから?」
彷徨はきょとんと目を瞬いた。ルゥと半透明の包みを交互に見比べる。
「そう! 今日、父の日でしょ? だから、ルゥくんから地球のパパにって、一緒に選んできたのさぁ〜」
「ハンカチと…しおり?」
「実はパパにもあんまり父の日のプレゼントしたことなくて、何がいいのかわかんなくて……」

照れくさそうに先程の人差し指で頬を掻く未夢と、満面の笑顔のルゥ。
ルゥからと言うけれど、お金を払ったのは未夢だろうし。
「ありがとな、ルゥ。 未夢も、サンキュ」

また笑顔が咲いた、父の日の夜。




「…あ、でも」
「えっ?」
「俺、母の日に何もしてやってないのに」
そんなこと考えもしなかったから、自分だけもらったことが申し訳ない。
夕食を食べながら、彷徨がふと思い出したように言うと、未夢は頬を上げて、いいの、と笑った。
「彷徨、ちゃんとおじさんと仲直りしてくれてたから。 それが嬉しかったから、いいの」

「? いつの間に、仲直りしてらっしゃったんですかぁ?」
「別に何もしてねーけど…?」
彷徨本人も宝晶と家にいたワンニャーも首を傾げるが、未夢ひとりが訳知り顔。
「ふふっ、気にしない気にしなぁ〜い!」

(机の上に書き直した便箋がいっぱいあったもんね〜。 ちゃんとおじさんに父の日やってたんだよね、彷徨)




こんばんは、杏です。
久しぶりのあとがきです。「すぷりんぐ〜」終わってないのに浮気してすみません。
近々終わらせますので、温かく見守ってやってくださいm(_ _)m
さて、今日は何の日?父の日!なネタ。
もっと巧く宝晶さんの心情を書ければよかったのですが…。
ホントは連載にして、当時の様子をもーちょい掘り下げたかったのですが…。
毎度のことながら、力不足です(><)
そして、今日まで下書きもせず、パソ一発書きで済ませた所為もありますネ。。
もっとじっくりとりかかりたい…。
最近ちょっとバタバタしてまして、ようやく落ち着いたところであります。
ご無沙汰してしまったのに、またみなしゃんに見て戴けて、本当に嬉しいです。
ありがとうございます!
これからしばらくはコンスタントに(ネタさえあればw)投稿出来るはずです。
またご感想、アドバイス、叱咤激励、などなど戴ければ幸いに存じます。
それでは、今回もご覧戴きましてありがとうございました!
次回もまた、よろしくお願い致します。 杏


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