作:杏
「「ただいま―――」」
今日は彷徨の委員会の仕事もなく、未夢もななみや綾と寄り道することもせず、二人揃って帰宅。
「……あれ?」
いつもなら盛大なルゥのお出迎えが来て、そのあとにワンニャーが続いてくるのに。静かだね、と言いたげに未夢は不思議そうな瞳を彷徨に向けた。
「昼寝でもしてんじゃね?」
「もうすぐ4時なのに…」
ひょこっと顔だけ出してみた居間に姿はなくて、二人の部屋に抜き足、差し足、忍び足。
そんな未夢にルゥとワンニャーは任せて、自室へと入った彷徨が、襖を閉めようとしたところ。
「かーなーたーぁ」
縁側の向こう側で、未夢の声がした。いつもうるさいくらいの元気な声を出している未夢が、ボリュームをしぼる。
(やっぱ寝てたのか…)
何故だか自分に手招きをする未夢に向かいながら、大半の家事を担ってくれていて、今日も夕食当番のはずの居候に呆れて笑った。
「…なに? 寝てんだろ?」
「うん、見て見て〜」
クスクスと頬を柔らかくする未夢が襖の向こうをそぉっと指差す。
「……同じカッコだな」
「こーゆーのって普通、親子でじゃない? ワンニャーも、ルゥくんにとってちゃんと親だったんだねぇ〜」
横向きで、小さく拳を握って。人型のオット星人の赤ちゃんと、犬やら猫やらわからないが、とりあえず動物っぽいシッターペットが、同じ寝姿で並んでいる。
「なんか……癒されるなぁ〜」
「そうか? 変な光景じゃねー?」
布団の傍らに両膝をついた未夢は、蹴飛ばされた毛布をおかしな親子にふわりとかけ直して、一層柔らかく笑った。
「ねぇ彷徨っ! 起こすのかわいそうだし、今日の夕ご飯わたしが作るねっ」
「………んー」
着替えを済ませた未夢は、先に居間にいた彷徨に声をかけた。
すでに本に向かっている彷徨は、どうせそっちの世界に夢中で、空返事。
「…………夕飯? …まぁ、死にはしないか…」
返事と同時くらいに台所への引き戸は閉められ、彷徨が顔をあげた頃には戸の向こうから未夢のご機嫌な鼻歌が聞こえた。
◇◇◇
「――もぉっ! 彷徨ってばっっ!!」
バンっとちゃぶ台に両手をついたら、ようやく彷徨が驚いてこちらを見た。
「もーすぐ出来るから、ワンニャー起こして来てって、さっきから言ってるのにっ!」
台所で声を張り上げても、戸を開けたところで呼んでも、振り向きもしない彷徨に、痺れを切らした未夢が口を尖らせて怒っている。
「あぁ、悪い悪い」
ようやく腰を上げた彷徨は、これ以上文句が降ってくる前にと、そそくさと居間を出た。
「本読み出すとこれだから……何がそんなに面白いんだろ? …あれ、読んでたんじゃないんだ」
本に挟まれたシャープペンシルを見つけて、興味がわいた。パラパラとめくると、どのページもマス目に数字。
「へぇ〜…」
「まんまぁ〜!」
「すみません、未夢さん! 晩ご飯作っていただいたみたいで…」
慌ててやってきたワンニャーは、今の今まで寝ていたようで、背中の毛に寝癖が残っている。
「うん…。 お鍋にあるから、並べてくれる?」
「は、はいっ! お任せください〜っ」
入るなり未夢にお小言をくらうのだと思っていたワンニャーは、膝に潜りこむルゥを受け入れながらもちゃぶ台から動かない、静かすぎる未夢の背に不穏なモノを感じた。
「このお鍋ですねっ! わ、わぁ〜おいしそうですぅ〜」
「…………」
鍋のフタを開けた棒読みなワンニャーの言葉。
彷徨にもその中は何となく想像はついたけど、なにしろ、こうなることはわかっていて、自分も未夢一人に夕飯を任せた訳で。
「ワ、ワンニャー! 早く並べようぜー、俺、腹減ったぁー」
皿を出す彷徨の声も、抑揚のない平坦なものだった。
「彷徨っ!」
「……はいっ!」
彷徨はビクリと肩を震わせた。落としかけた皿を抱えて、そっと振り返る。
「ねぇ、途中で詰まっちゃったんだけど」
「…は?」
「ここから、どーするの? 教えて!」
いつの間にか背後まで来ていた未夢が、ずいっと本を差し出した。
「おまえ…、勝手に何やってんだよ」
「ご、ごめん…。 なんか面白そうだったし。 彷徨が返事もしないで熱中してるのは、どんな本なのかなーと思って…」
「何の本を読んでらしたんですかぁ?」
未夢の声がいつものトーンだったので、ほっとしたワンニャーも会話に加わる。
彷徨の本に興味を示すぐらいならあるけれど、それを自ら読んでみるなんて、滅多にあることじゃないと、自分もその本に僅かばかり興味を持っていた。
「これ? 読んでたんじゃないよぉ」
「へ??」
「まぁ、数字のパズルみたいなもんだな。 座れよ、教えてやるから」
「うんっ」
夕飯のことなんてすっかり忘れたように、テーブルに向き合った二人は1冊の小さな本を覗き込む。
「わ、わたくし、そーゆーのは苦手ですぅ〜…」
なんだかわからないままポツンと残されたワンニャーも、夕飯同様忘れられてしまった。
「あんにゃ! あんにゃ―――!!」
「ル、ルゥちゃまぁ〜〜〜! ルゥちゃまだけですよぅ! わたくしを気にかけてくださ…」
「みぃ〜〜〜くぅ!!」
ルゥに縋ろうとしたワンニャーの手にルゥが飛ばしたのは、哺乳瓶。
「…ですよね、ですよね。 わたくしなんて所詮、ただのシッターペット、ただの居候……」
感動はほんの一瞬、お湯を沸かしながらワンニャーはひとり、号泣していた。
「…そんなことないよぉ〜。 さっきルゥくんとお昼寝してるとき、親子みたいにおんなじポーズで寝ててさぁ〜。
なんだかわたし、可愛くて癒されちゃったもん〜」
「あーあれ、可笑しかったよなぁー」
マス目を慎重に埋めながら、未夢はワンニャーに声をかけた。彷徨も、今度はちゃんと聴いていたらしく、それに続く。
ふと顔を上げて、二人で思い出し笑い。
「ほ、ホントですかぁ!? ルゥちゃまと親子みたいなんて…!」
ルゥにミルクを与えたワンニャーは、大きな目をキラキラと輝かせて小躍りを始めた。
「……。 大げさだよね〜」
「ま、いーんじゃねぇ? ワンニャーらしくて」
「ホント、我が家は癒しがいっぱいで助かるよ〜。 …あ、出来たぁ!」
パッと未夢の表情が華やいだ。ワンニャーに負けないくらい大げさに、顔中が嬉しいと言っている。
「…癒し、ねぇ……」
ルゥもワンニャーも、確かにそうだけど。
「そうそう、心を癒してくれるものは大事だよぉ!」
意味ありげにウインクなんてしてみる。
さっき、本を手にしていた彷徨の横顔が、ほんのちょっとずつ変化していった。難しい顔して、ちょっとだけ目を見開いて、最後には嬉しそうに。
ポーカーフェイスやクールが代名詞になってる学校じゃ絶対見られない様子はきっと自分しか知らない。
相手のちょっとした表情に、胸の奥があったかくなってるなんて。
今はまだ、言えない。
こんばんはっ! ご無沙汰いたしました、杏です。
ご覧戴きありがとうございます。
また長いお話を書こうと思っていたのですが、どうにも上手く進まなくて。。
キープしてた戴きモノを先に書き上げました。
未久しゃんより、「癒し」。
未久しゃん、いつもあたたかいコメントありがとうございますぅ〜(*^▽^*)
癒し=ルゥくんにしちゃうのはつまらない!と、戴いた時から悩んでいたお題です(笑)
これだけの文章量に1時間半かけるワタシ…!
遅筆を改善するのは難しいなぁ。。
これに懲りずにまた見てやってください〜(^^;