作:杏
12月。街中がクリスマスムードに華やぐある土曜日。
晴天にもかかわらず、西遠寺は白と黒の悲しい幕に覆われていた。
「彷徨、ちょっと未宇、お願い―――…」
宝晶を手伝っていた袈裟姿の彷徨に幼い娘を預けて、未夢は葬儀を終え帰路につく弔問客の中に紛れて行った。
こういう日ばかりは髪を纏め、己も黒を纏う未夢。
お手伝いはできないけど、せめて…と、寺に嫁いだ彼女なりの決め事らしい。
亡くなったのは自分たちと同じ年の男性。病が見つかってから、たった半年だったと聴いた。
突然の訃報に、現実を受け止めきれないまま弔いに訪れる、友人らしい同世代。
自分の親と変わらない年代の親族。
相手の感情を自分に流し込みすぎる未夢に見せるにはあまりに酷だろうと、彷徨も宝晶も、未宇と母屋にいるようにと、きつく言ったはずだったのに。
未夢に抱き付いた人が見えた。真新しい喪服の女性。葬儀の間、彷徨もずっと気にかけていたその人。
男性が多い中で、女性は数人ずつ、まとまって来た人が数組。だけど、彼女は一人。
知り合いがいない訳ではなさそうだけど、誰と添うこともなく、一人でずっと大粒の涙を流していた。
「…そっか、未夢ちゃんちだったんだ」
「……うん。 …あ、えっと、旦那さんの、ね」
未夢が母屋に促したその女性は、行く先に彷徨を見つけて会釈をする。
「うん、知ってる」
止まらない涙はそのまま、彼女は笑った。
比較的暖かい日ではあったけど、それでも12月。縁側は寒いだろうと彷徨は言ったのだけど。そこがいいと、彼女の希望らしかった。
熱いお茶と共に顔を出したときに紹介された彼女は、未夢の短大時代の友人で、彼とは地元の同級生だという。
「未夢ちゃんは、ご主人が最初のカレだっけ?」
「えっ? あ、う、うん…」
彷徨が未宇を連れて戻った途端に、話がそちらに移った。思わず飛び出して攫っておいて、こちらから何を話していいのかわからない未夢は、話題を振ってくれる彼女にほっとする。
「いいなぁ、あたしもそうなりたかったなぁ――…」
「…え、じゃあ……」
言葉が続かなかった。それでも彼女は、察してまた涙と薄い笑みをこぼす。
「―――ううん、あたしは“元”なの。 元カレ。 中三で付き合った、人生最初の、カレシ……」
白に近い薄い青空を見上げた彼女。上を向いたって、重力に逆らうように涙は上がってきて、零れ落ちる。未夢も、何も出来ず、ただ一緒に泣いた。
「半年ぐらいでね、別れちゃったんだ。 …高校、別になっちゃったら、もうすれ違い」
落ち着いても涙は止まらないけど、その横顔には懐かしむような微笑み。未夢は頷きながら、黙って彼女の声を拾う。
「それから一切、連絡してなくて…一昨年のクラス会でね、再会したの。 ……イイ歳してさぁ、フツーに出来るかな、無視されないかなって、会うまですっごい不安だったの。
でも、…会ってみたら、ま、当たり前だけど、お互いにフツーで。 そこからまた連絡とるようになって、ね? すっご〜〜〜〜〜く、嬉しかった。
恋とは違うんだけどね…、もう一回、彼を好きになったの」
「…うん……」
彼女は穏やかに話すのに、聴いている未夢の方が、胸が苦しくなった。
「五十とか、六十とか、お互いにおじちゃん、おばちゃんになってさぁ、またクラス会で会えたときに――――……もう一度、告白したかったな…」
紡ぐ音も、言葉も、表情も涙も、今、彼にだけ注がれている。その想いが、痛いくらいに流れてくる気がした。
「…他にも付き合ってきた人はいるんだけどね、最初の人だからか、やっぱり彼が一番、思い入れが強いみたい。 …なのに、ただでさえ大事なのに、こんなカタチで忘れられない人になるなんて……」
「……うん…」
恋人との別れを知らない未夢には、彼女の気持ちをわかってあげられる訳ではないけれど。どんなに想いが伝わる気がしても、わかる、なんて、軽々しく言えないけれど。
未夢の目に溢れる涙はきっと、偽物ではないはず。
「…まぁーまっ!」
静かに二人が泣く縁側に、パタパタと聞こえた小さな足音。
「…こら、未宇! ……悪い、邪魔して」
彷徨の目を盗んで、母の元に駆けてきた未宇。遅れて、着替えていたらしい彷徨が追いかけてきた。彼女と揃って見上げた未夢が、大丈夫と言うように小さく首を振る。
「まま? いたいたい…?」
「んーん、平気だよぉ。 ありがと、未宇」
ちょこんと未夢の膝に座った未宇が、未夢の濡れた頬に手を伸ばした。可愛らしい仕草に、彼女も笑う。
「おともらち、いないない? かえったったぁー?」
「お友達?」
「…ああ。 うん、そうだね。 もうおうちに帰っちゃったね〜。 …ご親族に、ほら、この子くらいの。 男の子…」
首を傾げながらも、おいでと手を差し出す父から逃れて、未宇は彼女の膝へと渡る。
「あぁ、あの子…若いママだったでしょ? 妹さんの子でね――…」
「……いたいたい?」
涙のあとが乾くことのない彼女の頬に、未宇がそっと触れる。
「…うん、大丈夫。 ありがとうね、未宇ちゃん…。
……ごめん、もうひとつだけ、聴いてもらっても、いい?」
「未宇、パパと部屋で…」
「もしよかったら、ご主人も一緒に。 …もちろん、未宇ちゃんも」
「みうも、いっそ?」
「そう、一緒に。 聴いてくれる?」
みんな一緒が嬉しくて抱き付く未宇を、彼女もぎゅっと抱きしめる。彷徨は、未夢と顔を見合わせて、腰を下ろした。
「…いつもはね、あたしから『元気ー?』とか、『いつ帰ってくるー?またみんなで飲もー』とか、メールしてたんだけどね? 一度だけ、彼の方からメールが来たことがあったの」
「…去年の今頃か、今年の初めだったかなぁ…。 突然、『二歳の子は、何して遊ぶ?』って。 …ほら、あたしも子供、いるから。
最初はメールだったのが、そのうち電話かかってきてね、…打つの、めんどくさくなったみたいで。 で、話聞いたら、その子の、甥っ子の誕生日に何あげたらいいかって」
「はっぴばーっでー?」
「うん、そうそう! ハッピーバースデー! 未宇ちゃん、すごいなぁ〜よく知ってるね! なんか、妹さんに訊くのは嫌だったらしくて、でも見当もつかなくて、って感じだったみたい」
未宇を膝に抱いたまま、今度は嬉しそうに話す。たった一度の、相手から来たメールがどんなに嬉しかったのか、それなら未夢にもよくわかる。
ちらりと目をやったメール不精な隣の旦那サマにも、彼女にとって彼が大切なのはすぐに察しがついたようだった。
「兄妹なら、現金でもアリじゃない?って言ったら、アイツは自分のことに使うからダメだーとかって」
「そんな…!」
「うん、もちろん、それは本気の言葉じゃないけどね? ちゃんとした、モノをあげたかったんだろうね、兄ちゃんは」
ねーっと未宇の顔を覗くと、わからない話にウトウトとし始めていた。そぉっと未夢に預けて、ふわりとその髪を撫でる。
「それをね、……昨日の、お通夜のとき。 妹さんと話す機会があったから…。 お誕生日、何かもらいました?って訊いたら」
昨夜のことを思い返すように、彼女は言葉を飲んだ。未夢と彷徨も、息を飲んで見守る。
『…そのときは、特に欲しいものがなくて、じゃあ来年フンパツしてねって言ってたんです…。 …けど誕生日も、…クリスマスも、来ないまま…何ももらえず仕舞いだったね―――…』
「そう言って、その子を抱きしめて泣く彼女見てたら、なんか……。
彼女は、聴けてよかったって言ってくれたけど……。やっぱり、ダメだったかなぁ? 内緒な話だったの、かも…」
「ううん…そんなことないよ…きっと……ね?」
たくさんの思いを込めた笑顔は、やはり悲しく見える。彼女の言葉を否定した未夢が、同意を得るように彷徨を見た。
未夢の音無き想いを、彷徨が言葉で紡ぐ。
「……俺も、そう思います。 兄弟いたことないから、わかんないですけど…。
きっと、生きてたらそんな事言うなよって思うけど、…もし、自分が居なくなったら…この子に出来る限りの事を話してやって欲しいですし。
…母を亡くしたとき、俺も子供ながらに、どんなことでも母の事を知りたいって、思いましたから…」
「ありがとう…」
彷徨の言葉に、未夢の瞳に、彼女はにこりと笑って、また静かに涙を流した―――…。
いつもよりも静かな夜。
彷徨が居間で賑やかなテレビを眺めていたら、背後の襖が開いてすっと冷気が通った。
「未宇、寝た?」
「うん。 …お義父さまは?」
「もう寝るって、オヤジもついさっき」
「そう……」
開けっ放しの襖に手をかけたまま立ち尽くす未夢に、閉めて、と目で促す。
「…お疲れさま、“ママ”」
「……うん…」
もちろん、自分も父も、そうしていたのだけど。未宇の前では、渦巻く想いを堪えて笑っていた“母”を、彷徨は一言で“未夢”に戻す。
「―――未夢…」
「……………うん……」
ぺたんと隣に身を落とした未夢は、未宇がするように彷徨の袖を小さく掴んで、俯く。
未夢が彼女の想いを聴くしかなかったように
彷徨もただ、未夢の涙を受け止めるほか出来なかった
ご覧戴きましてありがとうございます。
正直、上げようかどうしようか、かなり悩んだ作品です。
彼らは24、5歳くらいでしょうか。未宇ちゃん2歳のつもりですし。
“彼女”はきっと、彼らによって幾分か救われたでしょう。
設定にいくらか脚色はありますが、ある女性の現実を、だぁ!の世界に織り交ぜたもの。
彼女の言葉を、きっとそれでよかったんだよと、肯定してあげたかったのです。
私の一方的な我が儘なお話を、読んで戴きありがとうございました。
さて、これからクリスマスに年末年始。
菓子店に勤める私は、毎年の事ながら、てんてこ舞いの予定です(笑)
彷徨くんじゃないけど、クリスマスって憂鬱ですw
彼のバースデーも書きたいんだけど、、いつになるやら( ̄∇ ̄)
その時は秋ぐらいに書き上げとかないと無理ですね(笑)…なので、今年は諦めます(^_^;
掲示板、早くちゃんと機能するようにならないかなぁー!拍手コメントのやりとりには限界が…(>_<)
スパム業者のせいで、アクセスエラーが出るのにも苛々し始めました(笑)
作品投稿中に出くわすとホントに焦るんだもん。。
…とゆーことで、しんみりしたお話ですが、きっと、たぶん、これが私の今年最後の作品だと思います。たぶん…たぶんです。
100投目とか、嘘つきになったからなぁ〜(苦笑)
みなしゃんの残り少ない今年が良い今年に、そして来る年も、素敵な年になりますように…。
またお会い出来ると嬉しいです。 杏