第四中学校 2学年御一行様 〜想い人〜

作:



「おはようございまーす。 1組女子、全員揃いましたぁ〜」
「……あ、おはようございます。 1組全員、体調は問題ありませんか?」
「はい、大丈夫ですっ」
「じゃあ、食堂に移動してください」
「はーい。 朝からお疲れさま、果那ちゃん」
「…うん、未夢ちゃんもお疲れさま。 男子はもう全クラス移動しちゃったみたいだよ、急いでね」
「果那ちゃん、どうかしたの? 元気ないよ?」

昨日も何度となく繰り返した同じやりとり。でも今日の果那はどことなく覇気がないというか、落ち込んでいるような感じがした。
小柄な体がいつもよりもっと、小さく見える。

「そんなことないよ! あ、お腹空いちゃったからかも。
 あたし、あと2クラス終わらないと食堂行けないんだよねぇ〜」
果那は大げさに眉を寄せて、口を尖らせて見せた。それから、ニッと口角をあげて笑う。
「そう? ならいいんだけど…。 何かわたしに出来ることあったら、何でも言ってね!」
「大丈夫だよぉ! ありがとう、未夢ちゃん」
笑顔で大きく手を振ってくれた果那に、勘違いだったかな?と思いながら未夢も手を振る。
クラスのみんなと合流すると、食堂に向かった。



「未夢ちゃん、知ってる? 昨日の…」
「えっ、なになに? 昨日?」
離れの食堂に行く渡り廊下で、クラスメイトが未夢に声をかけた。くるりと振り返って、一度周りを見渡し、未夢に耳打ちする。
「昨日、西遠寺くんに告った子がいるみたいなんだけど…」
「うんうん」
こんなのは修学旅行じゃなくとも、よく聞く噂。未夢も初めこそ、彷徨がモテることに驚きはしたが、もう告白くらいじゃ動じない。
「好きなヤツいるからって言われちゃったんだって!」
「…へ?」

「で、未夢ちゃんわかる? 西遠寺くんの好きな人!」
「え〜〜〜〜〜? 断る口実だったんじゃない??」
「でも、今までこんな話なかったし…。 あ、クリスちゃんに知れたらまずいから、この話ナイショね!
 心当たりあったら教えてね! 新聞部の大スクープなんだから!」
後ろを歩くクリスの気配を察知して、クラスメイトは未夢から離れた。
「う、うん…」
確かに、告白して断られた、というのはこれまでにも腐るほどあるが、彷徨に好きな人がいるという噂は初耳だった。
(そこまで言わなきゃ引き下がってくれなかったのかなぁ…? 彷徨の…好きな人かぁ……)

「あたしはわかるけどなぁ、西遠寺くんの好きな人!」
「うんうん、わたしも〜」
「うひゃぁ! ななみちゃん、綾ちゃん!」
悶々と考えながら歩いていて、いつのまにか隣にいる二人に気がつかなかった。
「わたしたちもさっき聞いたよ、その噂」
「ま、万が一違ってても嫌だし、第三者が言っちゃうことじゃないから言わないけど」
「え〜〜〜じゃあ口実じゃないの!? 教えてよぅ〜」
自分だけわからないのが悔しくて、子供のようにせがんでみる。

「本人に訊けばいいじゃない、ね? 綾」
「未夢ちゃんの好きな人教えたら、教えてくれるかもしれないよ?」
「そんな人いないって〜〜〜! じゃあヒントでいいから!」
お願い、と両手を合わせる未夢に、どうしようか?と綾がななみに目で訊ねる。ななみが悪戯に笑った。

「んーじゃあ、ひとつだけね?」
「うんうん!」
「西遠寺くんをよーく見てたら、わかるかもよ? 西遠寺くん、その子のことすごく大切にしてるから」
「思われてる方は全く気付いてないけどね〜。 そばにいるのが当たり前すぎるのかな?」
「綾ぁ、ヒント出しすぎじゃない?」
「あ、えへへ。 つい〜」

「彷徨を見てたら?」
同じ家に暮らして、同じクラスで、毎日これでもかと見てるのに、さらによく観察しろと。
「なんでななみちゃんや綾ちゃんにわかって、一緒に住んでるわたしにはわからないんだろ?」
腕を組んでまた考え込むと、むーっとしかめっ面になる。その真剣な様子が可愛らしくて、綾とななみが笑った。
「思いがけないんだろうね〜、きっと」
「あたしたちには当然ってゆーか、納得って感じなのにねぇ。 あ、黒須くんみっけ!」

食堂につくと、同じ班の三太の座るテーブルを見つけて、席に座った。もう朝食が並べられている。
「おっはよー! 誰もいないからさみしかったよぉ〜。 彷徨は学年リーダーでまだ来ねーしさぁ」
「おはよう、三太くん」
「おはよー。 黒須くん、聞いた? あの噂」
「真相知ってる? 昨日、西遠寺くんどんな感じだった? 何か言ってた?」
ななみは興味本位、綾はそれに加えて演劇のネタにならないかと、メモを片手に身を乗り出した。

「聞いた聞いた! けど、彷徨が言う訳ないじゃん!
 点呼と委員長のミーティング終わって…あ、俺ら十何人の大部屋なんだけどさ、3組の委員長だけ先に帰ってきたんだよ。
 彷徨は?って聞いても知らねーって言うから、また先生にでも捕まったんだろーと思ってたんだけど」
「…そのときだ!」
「昼間の散策はずっと一緒だったもんね〜」
「てことは告ったのは同じ委員長? 女の子は確か2組と5組と、…6組だっけ?」
「えっ……」

「さぁ、そろそろ全員揃いましたかー? クラス点呼お願いしまーす」
「静かにしてくださーい」
食堂の隅で各クラスの委員長たちが呼び掛け始めた。ざわつく生徒たちが徐々に静かになる中、ようやく彷徨がドアを開けて食堂に入る。少し離れた後ろには果那も一緒だった。
(…もしかして、果那ちゃん…?)
委員長がクラス点呼を始める。彷徨と果那も、席につく間もなく点呼におわれた。

「はい、それではいただきましょう!」

いただきまーす!

食堂に250人ほどの声が響く中、ようやく彷徨が席についた。
「おっはよー! お先にいただいてまーす」
「おはよー西遠寺くん。 お疲れさま〜」
「…はよ」
そばに座った彷徨にも気付かず、未夢は少し離れた席に着いた果那を目で追っていた。
(やっぱり、ちょっと元気ない…?)

「未夢、どしたの? 箸止まってるよー?」
「え? あ、あぁ、何でもない…」
「早く食べないとななみちゃんにとられちゃうよ〜」
「そうそう、あっ! 黒須くんの卵焼きが呼んでるぅー!」
ななみがわざとらしくそう言って、向かいの三太の皿に箸を伸ばすと、三太が慌ててそれを死守した。
「ダメダメ〜! とってあるんだからぁ〜」
騒がしい仲間を横目に、彷徨は黙々と箸を運ぶ。三太の小鉢からカボチャの煮つけをひとつ拝借してみるが、三太は卵焼きに夢中で全く気付かない。
(彷徨は普通だけど…。 まぁ、慣れてるんだよね…)

「本当にどーしたの? 未夢ちゃん。 さっきの気にしてるの? それとも、どこか具合でも悪い?」
「未夢、そーなの? 大丈夫?」
箸の進まない未夢に、綾が再度声をかける。それに反応してピタッと奪い合いをやめたななみが、心配そうに未夢の顔を覗きこんだ。
「ううん、何でもないよ! 元気だよぉ〜。 食べよう食べよう!」
我にかえった未夢がパタパタと両手を振って、ようやく食事にむかう。

「ホントに何ともないのか?」
「…え?」
「おまえ、なんか変だぞ」
怪訝そうに未夢を見る彷徨。未夢はぷぅっと頬を膨らました。
「変とは何よぉ〜! いつもの元気な未夢ちゃんですぅ〜!」
「そっか、未夢はいつも変だったな」
やっといつもの反応を見せた未夢に、彷徨がくっくっと笑って舌を出す。
そんな二人に、ななみと綾も顔を見合わせて笑う。
「よし、いつもの未夢に戻ったことだし、早く食べよう! しょーがないから、卵焼きは諦めてあげるよー」
「天地さん〜もともとオレの卵焼きなんだけどぉ〜〜」



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修学旅行2日目。

旅館をあとにし、清水寺の本堂と舞台を順に見て回った一行は、一度境内に整列した。

「これからしばらく自由時間でーす! 集合時間までにはちゃんと戻ってくること!
 他校の生徒とトラブルをおこさないように! では、解散!」
教師の合図とともに、予定の場所へ生徒たちが散り散りになっていく。

未夢、彷徨、ななみ、綾、三太。この班にはとりわけ注目が集まっており、何処へ行くのか周囲の生徒が気にしている。
学校一の美少年を呼び出す隙を狙う女子、常にその傍らに居る、密かに人気の転校生に声をかけるタイミングを探る男子、比率は半々といったところか。

「じゃあ、行ってくるね! 早めに戻ってくるから」
「うん、行ってらっしゃ〜い! 坂の方のお土産屋さん見て待ってるね」
委員長のいる班が、早々にふたつにわかれてしまった。

「せ、先生っ! あ、あれはいいんですの!? あんなに堂々と別行動なんてっ!」
目撃して水野に詰め寄ったのは、やはりクリス。
「あら見ちゃったの、花小町さん…。 あの班は許可してあるからいいのよ。 西遠寺くんのお宅、お寺でしょう?
 お父様からお寺ならまだしも、神社には入るなって言われちゃってねぇ…他の子たちは地主神社に向かったところよ」
(ただでさえ目立つんだから、もうちょっと周りに気を遣って欲しかったわぁ…)
水野はさっさと説明して、その場から退散する。クリスの周囲にはすでに誰もいない。

―――案の定、クリスの瞳が怪しく光った。


「彷徨くんと未夢ちゃんは神社に行かずに別行動…ふたりっきりで別行動……
 『未夢、せっかくだから、このままふたりで抜け出さないか?』
 『いいわね、彷徨。 彷徨と一緒ならどこだって行くわ』
 そして彷徨くんと未夢ちゃんは手に手をとって、そのまま京都駅から大阪へ…関空から南の島へひとっ飛び……
 気が付けばハワイでリゾートウェディング……
 そんな完璧素敵な逃避行を企んでいらっしゃるのねぇぇぇぇぇ―――――!!!!」

紅い髪を不気味に揺らすクリス。抱えた大木が、メキメキと音を立てながら引き抜かれようとしている。
茂ったばかりの若い葉がはらはら舞い落ち、地中におさまっていた木の根が踊るように顔を出した、そのとき。
「はーい、お嬢様。 鹿でございます〜」
どこからともなくいつもの着ぐるみで鹿田が現れ、頭上の鹿をクリスに差し出した。
「あら、可愛い鹿さん。 よしよし」


「あ、鹿田さんだ」
「またクリスちゃん暴れちゃったの?」
「なんか自費でこっそりついて回ってるらしいぜ〜」
「さすが鹿田さん…」

地主神社に向かって歩いていたななみたちが背後の騒動に振り返る。
少女と鹿の着ぐるみの中年の男性の異様な風景。
そして華奢で見目麗しい少女の凄まじい行動とのギャップに、観光客が固まっている。
慣れている四中関係者はというと、避難だけしておいて、そのあとはさして気にすることなく、各々の自由時間を楽しんでいるようだった。

「…慣れってこわいよねー」

斜めに傾いた大木はその後、清水寺の新しい名物になったとか、なんとか。



「ふぃ〜今日もクリスちゃん元気いっぱいですなぁ〜。
 ねぇ彷徨っ! ルゥくんとワンニャーにお土産買ってこよ!」
「おー。 けどおまえ、ホントに神社いいのか?」
「ん?」
軽快に前を行く未夢が、ふわりと髪をなびかせて振り返る。
「だって、うちはお寺だし。 彷徨と一緒に神社は自粛しようかなーって」
「…別におまえは関係ないだろ」
「いいの、わたしがそうしたいんだから。 委員長が別行動なんだから、わたしだっていいじゃない?」
肩をすくめて、小さく舌を出した。隣まで歩を進めた彷徨と、また歩き出す。

「それに、彷徨ひとりにしたら、また女の子に捕まってそうだもん」
「また? ……おまえ、なんで知ってんだ?」

言われて、はっとする。足が止まった。自然と、彷徨も立ち止まる。

「え、えっと、今のはその、言葉のあやでぇ〜…
 あの、その………ごめん。 噂で…」
苦い顔をして、しどろもどろになって、しゅんとする。俯いてしまった未夢に、軽くため息。
「俺はいいけど。 無駄に広めたりするなよ」
「うん、わかってる…」
未夢の返事を聞く前に、スタスタと歩き出してしまった。

(怒っちゃった、かなぁ…)
なんとなく、悪いことをしたような、申し訳ない気持ちでそぉっと顔をあげると、少し前で彷徨が振り返った。
「何してんだよ、行くぞ! 土産買うんだろ?」
「あ、うんっ」
駆け寄って、また、並んで歩く。当たり前の定位置、彷徨の左側。
(あ……)
ここはきっと、近いうちに他の誰かの場所になるんだ、そう思うとなんだか胸が痛んだ。



「ねぇ、聞いてもいい?」
土産店で、あれこれ手にとっては戻す作業を繰り返しながら、未夢は彷徨に声をかける。
「なんだよ」
改まった言葉だけど、視線は手元だったから。彷徨も同じように、返事だけ投げた。
「断るのに、好きなヤツいるからって言ったって、ホント?」

(またその話かよ……)
「どっから聞いてくんだよ、そこまで…」
暗に肯定しながら、眉をひそめて横目で未夢を見やる。
「じゃあホントなんだ。 あ、これ可愛い〜。 で、誰なの?」
「…………は?」
「だからぁ、好きな人」
「さぁな」
「あーこっちもいいなぁ〜。 教えてくれてもいいじゃない。
 付き合うことになったら、登下校とか、わたし邪魔になっちゃうし」
「……あのなぁ、おまえ」
「ねぇ! どっちがいいかな? ルゥくんにお土産。どっちも捨てがたいんだよね〜」
彷徨を遮って差し出したのは、ちりめん素材の小さな動物のぬいぐるみと、京こま。
「………好きにしろ」
「なによぉ、一緒に考えてよ。 あ、でさぁ、誰なの? 好きな人」

(……女って…っ)
「…あんなん口実だっ! いてもおまえには関係ねーよ」
ふぃっと店の外に出てしまった。
「……何よ、もう…っ」



杏です。
第2話が書けました。
お読みいただきまして、ありがとうございますm(_ _)m

杏も修学旅行で京都行きましたが、チェックポイント(先生がいて、来ましたーって報告しなきゃいけなかったです。)だけ行って、あとは同じ班の男子につきあって
地元にもあるよーなゲーセンで過ごし、
地元でも食べれるロッ○リアでお昼を食べてた思い出しかないです(^^;
清水寺も地主神社も行ってません。。

実際にご家庭の信仰の理由で、お寺とか神社とか一緒に行けなかった子がいたのを思い出して、ネタにしてみましたが…。
なんせ自分が無宗教なもんでよくわからず、寺同士ならいいのか?とか、微妙なとこであります。。
違ってたらごめんなさい。

宝晶さんなら、「それも修行のうちじゃ!」とか言ってくれそうな気もしますけど。

では、次回も頑張って書きます。
ありがとうございました!



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