キミはキミ〜slump〜

作:




「最近、忙しいみたいですねぇ〜」
いつもの食卓。今日も三人だけ。彷徨がいない。
「ぱんぱぁ〜ぶぅ〜〜〜〜」
毎晩伏せられた茶碗に、ルゥは頬を赤くして不機嫌そうにしている。
このところ下校時間ギリギリまで学校に居残って、家に帰っても自室で机に向かっている彷徨。委員会の仕事が忙しいらしい。

「…ねぇ、ワンニャー。 おにぎりの具になりそうなものあるかな?」




「―――なんか違う…こうじゃなくて……」
書いては二重線にバツ印。上手くまとまらない文字が乱雑に並んでいた。

「彷徨、おにぎりとお茶持ってきたから、ちょっと休憩したら?」
静かに襖を叩く音の直後に、未夢の声。
「あぁ…悪い、台所置いといて」
「大変そうだね…。 何か、手伝えることない?」
制服のままの背中に、未夢は話しかける。彷徨がようやく未夢を仰いだ。
「いや、大丈夫。 俺の仕事だし」
「そっか…。 あ、じゃあ、台所に置いとくね。 邪魔してごめんなさい」
「…うん、サンキュ」




◇◇◇

「なんか、手伝えたらいいんだけどな…ふあぁ〜…」
風呂上がり、髪を乾かす暇もなく、ルゥを抱っこして小さな背中をトントン。
彷徨が構ってくれないので、眠くてグズりながらも未夢と寝るのをずっと待っていたらしい。
お手上げのワンニャーに変わって抱き上げれば、ルゥはすぐに眠りについた。



「ドライヤーの前にお茶お茶〜…っと。 …あ、彷徨」
風呂からルゥの部屋に直行した未夢は、喉が渇いて台所のドアを開ける。
「未夢、ごちそーさま」
「うん。 お風呂あいたよ〜?」
「んーあとでいい。 もうちょい…」
未夢の作ったおにぎりを片手に、もう片方にはプリント。委員会なんて縁のない未夢には、彷徨が何にそんなに忙しいのかはわからないけど。
「もうワンニャーとルゥくんも入ったし、あとは彷徨だけ。 先に入って、気分転換したら? お湯冷めちゃうし…」
「――わかってるって」
何気なく返した言葉の語気が思ったより強くなってしまったことに、彷徨ははっとした。プリントから未夢に視線を上げれば、傷付いたように眉を寄せた未夢の表情。
「……ごめん。 …おやすみ」
「未夢…!」
乾かす前のまとめ髪を崩して、その顔に盾をつくった未夢は、そのまま彷徨に背を向けて台所の暖簾をくぐった。

「……ったく、何やってんだよ、俺…」
上手くいかない、ここ最近。中間テストでは首位は守ったものの、前回より点数を落としていた。順位なんかどうでもいいけど、単純なミスが目立ったことが悔やまれた。
委員会では、資料の重ね方を間違えて作り直したり、簡単な漢字を度忘れして、その後の重要事項をメモしそびれたり。
昼休みも仕事をしていて、5時間目の予鈴に気付かず、先生が来ているのに号令をかけられなかったり。
三太には、「おまえ、熱でもあるのかぁ?」…なんて言われる始末。
「…で、次は未夢か……」
この数日でクセになりかけているため息は、数を重ねるごとにどんどん重くなっていた。



(そりゃあ…何でもできる彷徨から見れば、頼りないかもしれないけどさ…)
未夢から見ても、背負うものが多い彷徨。何もしてあげられないのがもどかしい。何も言ってくれないのが寂しい。





ふと目が覚めた真夜中。灯りがついたままの彷徨の部屋を覗くと、プリントやノートが散乱した机に突っ伏して眠っていた彷徨。
毛布をかけて、ノートの隅にせめてものメッセージ。
「家族なんだから…もーちょっと頼ってくれてもいいのに…」

(…あ、でも…“家族”、…かぁ……)

そこで眠る彷徨には聞こえていない独り言。
家族ほど、何も言わない存在は他にないことに気がついた。中学生にもなれば当然というところはあるけど。
パパとママには心配をかけたくなくて。成長とともに、だんだんと言わなくなっていった。



◇◇◇


「…未夢か」
朝の明るさに目が覚めて。その体勢に痛む身体を鳴らして指先でなぞった、見慣れた文字。
“無理しないでね”
耳元でおぼろげに聞こえていた未夢の声は、夢ではなかったのか。確か、家族がなんとかって。
(顔洗って、未夢は…まだ寝てるか)
肌寒い廊下を早足で洗面所に進む。いつもより早い時間、一番に起きて朝食をつくるワンニャーもまだ夢の中らしい。


「未夢?」
「……? え、彷徨! おはよっ。 あ、今日寒いからお湯出してるよ、どうぞっ」
顔を洗っていた未夢が鏡越しに彷徨に笑いかけた。温かい湯で洗ったその頬はほんのりとピンク色。
蛇口から湯を出したまま、その場所を彷徨に譲った。

「はい、タオルっ」
「……サンキュ」
「…どお? 終わった?」
後ろで髪を梳きながら、鏡に映る彷徨を見る。タオルの隙間からのぞいた瞳に訊ねた。
「うん…目処はついた。 …ごめんな、昨日」
「? なんで彷徨が謝るの? わ、わたしこそ…ごめんね、何にも手伝えそうになくて…」
「最近、忙しいのと……俺ちょっとスランプ気味でさ」
「スランプ…?」
忙しいのは未夢にも見てとれたけど、そんな素振りは微塵も見せなかった。思い返してもわからない、彷徨の不振。

「何やっても、こう…しょーもないミスしたりして、苛々してた」
「…そっか。 いいんじゃない? たまにはっ! 家族なんだし? そーゆーのも、彷徨ってことで」
後ろに手を組んで、肩を上げて笑う未夢に、わかるようなわからないような言葉に。なんだかほっとさせられる。

「わたしね、昨日の夜考えてたんだ。 …家族なのにーって思ったの。 もっと頼ってくれてもいいのになって。
 でもね、家族って…一番何も言えない存在だなぁって。 小さい頃は、あのねあのねーって何でも言ってたはずなのに、心配かけないようにって、だんだん…」
「…それは親だからじゃねーの? 家族って言っても、親子じゃねーしさ、俺らはまた違うんじゃない?」
「じゃあなんだろね? きょうだい??」
「いたことねーからわかんねーけど。 それも違う気がするなー」
二人揃って首をかしげて、頭をひねる。
「わたしも…。 ん〜〜〜〜〜…友達? 親友? 同志? …やっぱり家族が一番しっくりくるかなぁ〜」
結局、最初の言葉に舞い戻った。親子でも兄妹でもないけど、家族。
「ま、肩書は何でもいいけどさ。 心配とか迷惑とか考えなくていいから、何でも言える存在がいーよな、お互いに」
「あっ! それわたしが言いたかったのにィ!」

なんとなく右手を差し出す。それをとる。笑い合う。
「…彷徨らしくいてね?」
「未夢のほーだろ? 無理すんのは」
初めての握手は、互いを十分に知ってからだった。

「…ってことで! ねぇ何かないの? 手伝えること」
さっきよりちょっとだけ暖かく感じる廊下を、彷徨のあとに続く。
「んー…じゃあ、清書してもらうかなー」
「清書? わたしの字でいいの?」
配るような資料なら、プレッシャーがかかる。部屋に入る彷徨を不安そうな瞳で見上げた。
「いや、俺が読むだけだから、読めればいーよ。 …はい、下書き。 雑だから、わかんなかったら聞いて」
「はーいっ」
「タイムリミット、昼休みなー。 授業中はやるなよー?」
「わかってまっすぅ〜」
預かったノートを胸に抱く。べっと舌を出してから襖を閉めた。


「み、未夢さんっ!? どーして彷徨さんのお部屋から…!
 いけませんっ! いけませんよっ! おふたりはまだ中学生なんですからっっ!!」
「…なに言ってるの? ワンニャー」
「いつからいらしたんですか!? ななな、何をしてらしたんですかぁっっ!」
廊下に出た未夢を見つけて、真っ赤な顔で詰め寄るワンニャー。外の騒ぎに彷徨が襖を開ける。
「…うるさいなー、何やってんだよ?」
「ちょ、ちょっとなんてカッコで出てくんのよ!」
「…な! 何してたんですか彷徨さん! こーゆーのは男性側の責任がですねぇっ!!」
「……はぁ?」

着替えている途中で上半身裸で顔を出したが為に、彷徨はこのあと有無を言わせないワンニャーの長いお説教を受ける羽目に合う。
早く起きたのに、遅刻ギリギリ。せっかく時間があったのに、仕事をする間もなかった。
(…これもスランプなのか……?)


「何のお説教だったの?」
「……さぁなー」



こんにちは、杏です。ご覧いただきありがとうございます。

キミキミ第二弾。
お題、「私(オレ)に対してくらい、ホッとして本来の表情で、素のままでいていいんだよ。あなたはあなたなんだから」
…の、ばーじょん未夢ちゃんでございます。
あっちはらぶらぶな感じで、こっちはラブの“ラ”の字もない感じで。
実は、自身のスランプ(って言えるほどの書き手じゃないですが)が元ネタです。。
ど、どんなもんでしょうか(^^;;

ハロウィンはどうしようかなぁ〜とか思ってるワタシ。
ネタがないんだよなぁ〜(笑)
年末にかけて忙しくなるので、来月ぐらいまでにいろいろ書き溜めたいと思います。
“遠カタ”もね。こいつは12月アタマくらいに終わらせます。
…あ、ワタシ、いつも適当に略してますが、それ使って戴いて全然構わないですよぉ〜(^^*
むしろ嬉しいです♪違う略称でももちろん!伝わればいいんです!

ってことで、いつもご感想ありがとうございます。
またお待ちしております。杏でした。


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