キミはキミ〜blue〜

作:




放課後の教室。談笑する賑やかしいクラスメイトたち。
未夢はその輪の中からそっと抜け出して、廊下の窓を開けた。
「わ、…今日はこっちだったんだ」

そこから見下ろせるのは何もない校舎裏。
北側で常に薄暗い、誰も来ないような場所に人影を見つけて、静かに窓を閉めた。

「そんな顔するんなら、行かせなきゃいいのにー!」
「そーだよぉ! どうせ返事は決まってるんだから、それでも当たって砕けろなんて、言う側のエゴでしかないよぉ〜」
「だって…伝える権利まで奪えないよ。 そーゆーの、すごいなって思うし」

自分だったら、出来ないし。きっとすごく、勇気がいること。そんな気持ちまで無下にするのは、…さすがに。
彷徨は自分から愛想を振りまくタイプじゃないから、どんなに騒がれてても、あまり妬くことはないし。ここだけ我慢。

「モテない彼氏よりいいんじゃない?」
「…ま、それもそうかもねぇ? なんでこんなヤツー!って人より、西遠寺くんなら自慢の彼氏だもんねー」
困ったような笑顔。本人はそうでもないらしく、綾やななみが言うような優越感らしきものを感じたことはなかった。
人気があるのは嬉しいし、今に始まったことじゃない。それが彷徨、自分の好きになった人なんだし。
ただ、時々、わたしの彼氏なのっ!って叫びたくなる。子供みたいな独占欲。大人びた彷徨に知られたら。

「ほらほら、未夢ちゃん! 西遠寺くん戻ってきたよ!」
「早く帰って、甘えちゃいなー?」
「…もぉ」
口先を尖らせて、急いで教室にカバンを取りに行く。
からかい半分ながらもいつも自分たちをいつも見守って、応援してくれている親友たち。何も言ってないのに、何でもお見通しなのには、困ってしまうけど。
(わたし、そんなに顔に出てるかな?)

廊下の壁にもたれて待っていてくれる彷徨に、おまたせと笑いかけて隣に並んだ。こういうとき、この場所がどんなに愛しくて大切な場所なのかを思い知るのだ。
たくさんの女の子が憧れている彷徨の隣に、突然従兄妹として現れた自分。それだけでも、他の子たちがどんな思いをしたのだろう。
そんな自分が今度は恋人となり、そこにいること。認めてくれた人もいれば、そうでない人もいることは知っている。

みんなが欲しい場所だからこそ、大事にしなければいけないと、思う。

「…光月未夢さん? 上履き履き直してどこ行くの?」
「………え?」
下駄箱に戻そうとしていたそれは、今落としたはずのローファーだった。
「何考えてた?」
この人は先の親友たち以上に自分のことを見抜く。その瞳は、肩書が変わってから優しくなった。…今までも優しかったけど、種類が違うというか。
「…なんでもない」
「だから、無視しときゃいいって言っただろ?」
未夢の髪をくしゃりと撫でるその手に、下校しようとしていた生徒たちの注目が集まる。なんてったってここは昇降口。
「そ…っ、そういう訳にはいかないでしょっ」
目が合った女の子は、さっき校舎裏にいた子に似ていた。戸惑いが隠し切れていない目を、足元に落とす。
今度はちゃんと靴を履いて、足早に生徒玄関を出た。





付き合い始めてから、学校での未夢との距離が離れた。彷徨にはそれが不満だった。
家では近くなったのかと言われれば、そうでもないのだけど。学校では確実に遠のいた。従兄妹としての頃より、未夢は他人らしい顔をつくる。
もはや周知の事実となっているのに、余所余所しい態度。それは未夢を良く知らない生徒から、不仲説が浮上するほど。

「未夢はさー、嘘つけないから未夢なんだって」
「…それ褒めてるの? ケンカ売ってるの?」
校門を出て最初の角を曲がると、前を歩く未夢にポツリと言った。未夢は怪訝そうな目を彷徨に向ける。
未夢なりの考えがあって、努力してるのはわかってるけど。
「おまえの態度がそのうち裏目に出そうで心配してるんデス。 不仲説なんか広まったら、別れろって叩かれるのがオチだぞ?」
「…別にそんなウワサ広げたい訳じゃ……」
隣に追いついて、ポンポンと俯いた頭を撫でる。未夢は子供扱いだと怒るけど、その仕草にも彷徨は愛しさを隠さないから。傍目には微塵も子供扱いなんかじゃないはず。
「未夢は未夢らしくいればいーんじゃねーの?」
そのまま撫でた髪の一筋。手のひらから指先に、滑らかに踊った毛先まで、いとおしそうに愛でる。
「どうせ隠し切れてないんだし」
「…どーせっ! わたしはポーカーフェイスの得意な誰かサンとは違いますっ!」
パンっと手を払って、未夢は立ち止まった。
「…未夢」
俯いた顔は、彷徨を見ようとはしない。静かに首を振って、頑なに彷徨を拒む。




ふーっと彷徨がため息をついたのがわかった。未夢の視界には、彷徨は足元しか映っていない。
届きそうで届かない距離、呆れたようなため息。涙を堪えるのに必死だった。
「未夢が寂しいって思ってくれるのって、結構嬉しいもんなんだけどな」
思いがけない言葉に、瞬き。涙が一滴、アスファルトに落ちて滲んだ。
「…けど、強情な未夢チャンはなんでもないフリしてるし。 呼び出しに応えろーより、俺はそっちのわがままの方がー…」
「な、何それ…女の子に寂しい思いさせて嬉しい、っ、なんて……」
ひとつこぼれたらもう、止まらない。ボロボロと落ちていく涙。余計に顔を上げられなくなった。
「…未夢。 おいで?」

涙を落とし続ける目には、さっきまで見えていた彷徨の足元も歪んで映る。優しい声も耳に響いて、距離感はまるでわからない。
「未夢?」
もう一度呼ばれて、ようやく涙に濡れた顔を上げた。涙が目尻を通るようになれば、澄んだ視界に彷徨が見える。
―――たった3歩分を駆け寄って、抱きついた。


「聞かせて、未夢の気持ち」
不安とか、寂しいとか。言いたくても言えない言葉は、たくさんたくさん巡っていたはずなのに。
優しい腕に包まれて、高鳴っている自分のそれより少し遅いリズムの鼓動に合わせて、呼吸を整えれば。
「好き―――…」
「…うん、それから?」
未夢は彷徨の腕の中で、小さく首を振る。今はそれしか出てこない。
「…それだけ?」
「………。 …か、彷徨は、わたしの…、彼氏、なの…っ」
誰に主張するでもなく。涙と共に素直に出た言葉は、きっと誰より未夢自身が、聞きたかったもの。
「よくわかってるじゃん、…俺の彼女サン」

彷徨はぎゅっと抱きしめていた腕を緩めて、まだ涙が残る未夢の赤い目尻に唇を落とした。





「……終わった?」
「いや、今からじゃねー?」
「やっぱこのままぶちゅーっとぉ〜…」
「あぁ、ボクの未夢っちが…」
「か、かなたくんが…」

さっき曲がった角に、いつもの面々。二人が彼らに気付いたのか、三太のカメラに撮られていたのか、この後クリスが暴走したのか、そして、ぶちゅーっとしちゃったのか?
さてさて、どうなったことでしょう。
明日には、不仲説は一蹴されて新しい噂が飛び交っていますね、きっと。




こんばんは、杏です。
遠カタ第二章、終わった途端にまた浮気ですw
だ、だって…あんなにすれ違ってると書く方もモチベーションが…!(笑)
気分転換です、そう。らぶらぶな二人でテンション上げなきゃ!(><)

ってことで、戴いたお題!
「私(オレ)に対してくらい、ホッとして本来の表情で、素のままでいていいんだよ。あなたはあなたなんだから」
お名前がなかったのですが、有り難く頂戴いたしました!ありがとうございますm(_ _)m

そしてコレ、短編ですが半分です。
せっかく「私(オレ)」ってなってるんだから、両方書いてみよう!ってことで。
これは…ばーじょん彷徨くん、かな?
ばーじょん未夢ちゃんも、近日上げます。この続きでも過去でも何でもないから、短編にしました。
せっかく素敵な言葉を戴いたのに、そのまま生かせなかったのが残念です。
力不足ですみません。。
そんな雰囲気だけでも出ていればいいのですが…いかがでしょうか(^^;


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