あーてぃすてぃっく。

作:




トントンと、遠慮がちに襖を叩いた。
読書と同じくらい、きっと今邪魔されたくないだろうから。

「彷徨、いるー?」
「んー……どうぞー…」
生返事な気もしたけれど、許可が出たのでそおっと襖を開く。
「ワンニャーが、お昼ごは……出来たの?」
「あぁ、完成。 ワンニャーが、何だって?」
「すごーい! あんなプラスチックのちっちゃーいカケラがこんなになるなんて…」
「触るなよ! 作んの大変なんだから!」
「はぁ〜い…」

机の上に散らばった残骸やら道具やらを片付け始めた彷徨。未夢は当初の目的も忘れて、その上に残された完成品をまじまじと見ていた。







昨日、買い物から帰ってくるなり、彷徨は三太と部屋にこもっていた。

「未夢さぁ〜ん。 彷徨さんのお部屋に、お茶とお菓子を持ってってくださいませんかぁ〜?」
ルゥをお昼寝に連れて行く間際に、ワンニャーは未夢にそう言い残した。ウトウトとして始めているルゥを抱えたワンニャーに、「なんでわたしが…」と抗議する隙もなくて。
渋々、用意されていたお盆を持った未夢が彷徨の部屋の前に立つと、襖の向こうは静まり返っていた。



「………? 彷徨? いるの?」
しんとした室内から、返事はない。確かに帰ってきたし、三太も一緒にここに入っていったはず。
「かなたぁ〜?」
「…なにー?」

(何よ、いるんなら返事くらいしなさいよ…)
やっと返ってきた返事に、未夢は襖に向かって頬を膨らます。熱いお茶がなかったら、この襖を思い切り蹴飛ばしてやりたいところだけど。
「お茶とお菓子、持ってきたんだけど! 手ーふさがってるから、開けて〜?」
「いーよ、そこ置いといて! あとで食べるー」
「……? 何してるのよ、一体…」
自分には見せられない、何か如何わしいことでもしているのだろうか。…その割には焦った様子はない。ただ、手が離せないだけなのだろうか。
彷徨だけなら気にしないけど、いつも騒がしい三太が来ていてこんなに静かだったことはない。
(……アヤシイ…)

言われた通りに廊下にお盆を置いて、静かに襖を開けてみた。
部屋の真ん中で背中を向けて座っているのは…三太のよう。彷徨は彷徨で、自分の机に向かっている。同じ空間にいて言葉を交わす訳でもなく、それぞれに黙々と何かをしている。
音がするのは時計の秒針と、二人の手元でパチン、パチンと鳴る何か。

「………何やってるの?」
不思議そうに見る未夢は、襖から這い出るように両手両膝を畳につけたまま、じっと返事を待つ。
「…プラモ」
「ぷらも??」
未夢としては、訊き返したつもり。彷徨の中では、やりとりは終わっていた。

「ねぇ、ぷらもって…」
「あーもう! プラモデルだよ! 出来たら見せてやるから、向こう行ってろっ」
返事がないので再度訊き返した未夢を、しっしっと虫でも払う仕草で邪険にする。それでも目線は手元。彷徨には、こちらを向く気はないようだ。
三太なんて、未夢がいることにも気付いていないらしく、一言も言葉を発することなく、一心にプラスチックたちに熱を注いでいる。
「…わかったわよっ」

別に混ぜてもらおうと思った訳でもないのだけど、自分がわからないことを楽しそうにやっている二人。未夢は完全に邪魔者扱い。
面白くない未夢はパンっと乱暴に襖を閉めて、自分の部屋に戻った。






(ホント、器用だよねぇ〜)
「――で、何しに来たの」
片付け終えた彷徨が訊くまで、机の上に立つ人型のロボットを眺めていた未夢。
「へ? あ、あぁ…ワンニャーが、お昼何がいいって…」
「かぼちゃ」
「…はないから、何がいいって」
「じゃー何でも」
「………」
せっかく訊きに来たのに、と眉をひそめた未夢は、立ち上がろうと机に両手をつく。
「…おいっ」
つい、それを見るのに正座していた。脚が痺れている。ロボットには一応気を遣って、そっと手はついたけど。両足を畳に立てて手を離したら、前のめり。


「……勘弁してくれよ、今出来たとこなんだから」
ほっと胸を撫で下ろした彷徨の声が上から聞こえた。その両手には、大事そうにロボットが包まれている。
「いったぁい〜〜〜」
「自業自得」
「……てゆーかっ! フツーここで助けるのはソレじゃなくて女の子じゃないのっ!?」
「おまえなら大丈夫だろー?」
何もない机に倒れ込んでいた未夢がガバッと身体を起こした。むうっと見上げた彷徨は、やはり未夢の方なんて見向きもしない。
「ム…ムカつく……っ! わたしっ、午後からななみちゃんたちと出掛けるから! これから用意しなきゃだから、ルゥくんよろしくねっ」
昨日と同じ。パンっと襖を閉めた未夢は、大きな足音を立てて廊下を歩いた。





「…臭いんですけど。 何やってんだよ」
ルゥを抱えて未夢の部屋の前を通りがかった彷徨。襖全開で換気はしているらしいけど、このあたりに漂う異様な臭い。珍しく机の前にいる、真剣な未夢の横顔。
「……もーすぐ終わるからッ…黙っててっ……あぁ〜〜〜失敗したっ! もぉ〜〜〜またやり直しだよぉ〜」
「ワンニャーは昼飯の支度してるし、未夢も構ってくれないってルゥがスネてるぞー?」
「まんまぁ〜〜〜」
「あぁ、ちょ、待ってねっルゥくん! もーちょっとで出来るのっ! 昨日、彷徨がロボット作ってる間はわたしがみてたでしょっ」
未夢の腕に飛びついたルゥを彷徨が引きはがす。そばに来ると、当然臭いは強くなった。
「………ルゥ、臭いから居間行こーなぁー」
「悪かったわねっ! そんなに言わなくてもいいでしょっ」
居間に向かう彷徨に、悪態をつく。ちゃんと換気してるし、そんなに言うほどではないと思う。



「――あ、ねぇ彷徨っ! …彷徨、器用だよねっ?」

「そりゃ、おまえに比べりゃみんな器用だろ」
振り返って、べっと舌を出す彷徨に両手を振り上げる。…のを懸命に自制して、両手を胸の前で合わせてじっと彷徨を見上げる。
「ルゥくんはわたしが抱っこしてるから、手伝ってくれない?」
「まんまぁっ!」
そばに戻ろうとするルゥに手を伸ばした。
「…やだよ、臭いし」
「お願いぃ〜〜! あのロボット、よく出来てたよね〜。 左手は出来たけど、右手が難しいのよぉ〜」
未夢が差し出したのは、マニキュア。ルゥを抱えた左手の爪は、艶やかな淡いピンクに塗られている。
「絵の具と一緒! はみ出さないように、ムラなく塗ってくれればいいから!」
さも簡単そうに、難しい注文をふたつもつけられた。ルゥと一緒にじっと見上げて返事を待つ未夢。

「……今回だけだぞ」
「やったぁ! ありがと〜」
膝に座るルゥに、ありがと、と頬ずり。
(ルゥくんがこっち来ちゃえば、彷徨も断れないんだよね〜)




「…すご〜い、ホント器用だよねぇ〜」
あっという間に塗り終えた彷徨は、未夢の部屋をあとにしようとしていた。
未夢は何でもないように感心しているけど。その小さな手をとって、細い指先に色をつけることが、どれだけ彷徨を緊張させたことか。
手の震えをどうにかおさえながら、やっと終わらせたのに。
「これが乾いたら、もう一回重ねてね〜」

「…まだやんの?」
「うん。 彷徨ならすぐじゃない!」
最初から彷徨に頼めばよかったぁ、お昼までには終わりそうかな〜なんてブツブツ言いながら、抱いたままのルゥと指先にふぅーっと息をかけている。
(そーゆー問題じゃないんだけど……)




「未夢さぁ〜ん! お昼ごはんが出来ましたよぉ〜」
「あんにゃーっ!」
「はーいっ。 これが終わったら行くね〜」
「あれ? 彷徨さんも一緒にいらっしゃったんで…」
ワンニャーが縁側の向こうから未夢を呼んだ。
退屈し始めていたルゥが未夢の膝から抜け出してワンニャーの方へ飛んでいく。ワンニャーもふわりと庭を横断していき、その真ん中でルゥを抱える。
未夢の部屋の側に着地して、二人の光景に目をみはった。
「お、おふたりが手を取りあって…! あぁようやくこのときがやってきたのですね!
 いつもケンカばかりだったおふたりが、ルゥちゃまの地球での親代わりにふさわしく、恋人どうしに…っ!」
「ワンニャー。 なに勘違いしてんだよっ」
「誰と誰が恋人ですってぇ〜?」
「ほえ? じゃあ何をしてらっしゃるんですか?」
互いに手元から目を離すことなく、ワンニャーに言葉をぶつける。確かに、なんだか真剣な二人の様子に、ことりとワンニャーは首をかしげた。
「マニキュア塗ってもらってるの〜」
「な、なんだぁ〜そうですかぁ〜」
「…なぁワンニャー。 台所行って、爪楊枝2、3本持ってきてくれないか?」
「爪楊枝、ですか?」
「そう、爪楊枝。 細い針とかでもいいんだけど…」
「わ、わかりました〜」
ルゥを抱えたまま、ワンニャーがまた尻尾をまわして浮きあがると、ルゥはその手から抜け出て二人のもとに戻った。
「まんまぁっ! ふーっ」
「そうそう、乾かしといてな、ルゥ」


「…何するの? 爪楊枝」
「せっかくだから、なんか描こうかと思って。 なんかない?」
「持ってきましたよぉ〜爪楊枝! あと、お裁縫の針と…。 何するんですかぁ?」
「見てろって。 未夢、色選んで」
向き合っていた彷徨が未夢に寄り添うように隣にまわる。向かいからはワンニャーが覗きこんだ。
(…わ、わたし、とんでもないこと頼んでたんだ…)

「――――出来た」
「わぁ…! 彷徨さんすごいですぅ〜」
「あっ! ぱんぱ! あきゃぁ〜っ!」
「すご…、ルゥくんだぁ……」
ピンクの小さなキャンバスに、白い星が躍っていた。親指には、小さな小さなUFO。
「そっちは? 何描く?」
ようやく自分がお願いしたことの大胆さに気が付きドキドキし始めた未夢に対し、それに慣れたのか、楽しみ出した彷徨は左手も要求する。
「え、えっと…」
「ぱんぱっ! あーいっ!」
「これ描くのか? ルゥ」
ぱぁっと口元に弧を描いて満足そうに頬を上げたルゥ。ふわりと飛ばしたのは未夢のネックレス。
「―――……」
それを見て、彷徨が手にしたのは赤い色。




「―――ほら、おしまい。 腹減った、早く昼飯食おうぜー」
未夢の左手を放した彷徨は、すいっと部屋を出ていく。つられてワンニャーも温め直しに台所へ。
「まんまっ!」
握りしめていたネックレスを未夢の指にひっかけたルゥ。未夢がずっと見ていたその薬指の先には、赤いハートマーク。





「…で、これ?」
休日明けの学校。未夢の指先には、いくつものバンソウコウ。
「うん…なんか、もったいなくて…。 絵のないとこは泣く泣く落としたんだけどね…」
「確かに、すっごい可愛かったもんね〜」
「しかもさぁ、ココでしょ? 意味深だよねー」



さぁ、バンソウコウの下に隠されたハートに、意味は?





こんばんは、杏です。
えっと……。思い付きです。ホントは拍手御礼の予定だったんですが、長くなったので短編に格上げされました。
拍手御礼には、これの番外っぽいのを載せよかなーなんて。

実際、爪楊枝じゃ難しいと思います。彷徨くん、どんだけ器用なんでしょう?(笑)
ご覧いただきありがとうございました(^^*)



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