作:杏
「ねー見て彷徨っ! 面白そうなの見つけちゃったぁ」
「写真ですかぁ〜?」
「あーっ! まんまぁっ!」
「見てもいいっ?」
未夢が抱えていたのは“彷徨 小学校”と書かれた段ボール箱。居間に滑り込むなり、ワクワクした顔で彷徨ににじり寄ったが、返事はなかった。
「なぁんだ、寝ちゃってるんだ」
背を向けて畳に寝転がっていた彷徨は夢の中。
「わぁ〜彷徨さん、可愛らしいですぅ〜」
「あっ! ワンニャーずるいっ! どれどれ〜?」
「ぱんぱぁ〜?」
「ホントだぁ、ちっちゃくて可愛い〜! 入学したてかな? あ、三太くんもいるぅ〜」
彷徨の許可なく、その思い出は晒されていた。
賑やかな背後。先程、未夢の小さなため息に意識をくすぐられた彷徨が覚醒するには十分すぎる騒がしさだったのだけど。
おそらく幼いころの自分の写真。可愛いなどと言われて身を起こす機会を逸した彷徨は、また目を閉じてその声に耳を澄ました。
「未夢さん、未夢さんっ! これなんですかぁ?」
「あゆみ? あぁ、通知表だよぉ〜」
「へぇ〜…」
「……ってワンニャー! それはさすがに見ちゃいけないんじゃ…」
「未夢さん、この4とか5って数字はなんですか?」
「…ちょ、ちょっと、人の話聞いてる?」
すいっとワンニャーからその薄い冊子を取り上げた未夢。それがどんなモノかわかっていないワンニャーは、ハテナ顔で首を傾げている。
「そんなに大切なものなんですかぁ? じゃあこっちの成長記録ってやつを…」
「―――で? どうだった?」
「…はい? 何でしょう?」
「何でしょう、じゃないわよっ。 その…5っていくつあったの? 他の数字は?」
6年分の通知表を見終わったアルバムに重ねながら、未夢は横目でワンニャーを見る。見ちゃいけないけど、気にはなる。
「…? 大方が5であとは4がいくつか…。 未夢さんも気になるんじゃなんですかぁ。 ですから、何の数字なんですか?」
「ふぅん…」
「未夢さぁん。 わたくしの話を聴いてらっしゃいますかぁ?」
(…何やってんだか……。 にしても、オヤジもよくそんなもんとってたよなー…)
彷徨としては、今のものならともかく、小学校時代の通知表なんて見られたところで、痛くも痒くもないし、全く気にならない。
再びやってきた睡魔に、意識をくれてやろうとしたところ。
「あ! やった! わたしの勝ち!」
「…何がですか?」
不可解な言葉に、驚いた睡魔は逃げていった。
「ん? これこれ♪」
未夢の声が一気にご機嫌になる。未夢の機嫌をよくするものなんて、その思い出の中には見当たらないはずなのに。
記憶に残っていない通知表の中身も、未夢には悪いけど、負けたとは思わない。
「六年生のときの身体測定の結果ですか?」
「うんうん、147センチ! わたし、この頃150あったもんね〜♪」
彷徨はますます起きられなくなる。瞼の裏には、未夢の満面の笑みが浮かんだ。
「ってことは、中学校に入ってからぐーんと伸びたってことですよねぇ〜。 今も伸びてらっしゃいますし…」
「まっ! 男の子に身長で勝てるのなんて、小学生までですからなぁ〜」
これからは差が開く一方なのよね、とため息まじりの未夢。
今日並んだ高さは、肩よりちょっと上。ひと月も経てば、視界が肩いっぱいになるかもしれない。
悔しそうに苦笑するけど、それも実は楽しみだったりする。
(…そのときに出会わなくてよかった)
愛しい人には、やはり自分より小さくいてもらいたい。くだらない男のプライドかもしれないけれど。
今は目線にちょうど頭のてっぺん。そのうちにつむじを余裕で見下ろせるようになるだろう。
いつかはそれが視界から消えるほど、そばにいられるように。その細い肩を腕の中におさめられるように。
2014.05.08 80000記念突破記念号
拍手、コメントありがとうございます。
2014年5月8日、述べ閲覧数80000突破記念の小話です。
小話の割には長いですが(^^;
リクエストございましたら、お寄せください。
これからもよろしくお願い致します!
ちなみに私は、昔の通知表だって見たくありませんw
小学校は三段階だったと思いますが。
ABCとかじゃなくて1〜5にしたかった(どっちがいいのかわからない感じにしたかった)ので、五段階になりました(笑)