雨、降れば。

作:



「あ、夕立……」
開け放した襖の向こうから、雨音。

「雨降ると蒸し暑くなるんだよね〜」
ただでさえ、うちはエアコンがなくて暑いのに。

湿気を含んで重くなった空気は流れが悪く、扇風機も不快な風しか運ばない。
大きくなる雨音に比例して、どんどん不快指数が高くなる。
「う〜〜〜〜暑い〜〜〜…」
仰向けに寝転がって雑誌を読んでいた未夢は、流行の服を着たモデルたちから、外に視線を移す。持っているのも億劫になり、ばさっと棄てられる雑誌。
空から落ち続ける雨粒を睨みつけるように、顔だけをそちらに向けて見上げる。
「ワンニャー、タイムサービスですぅ〜とかって走ってったけど…傘持ってったのかな?」

降り始めは小雨だったのに、今はもうバケツをひっくり返したような雨。
この雨の中、迎えに行く気は…悪いけどないんだよねぇ〜。まぁ夕立だからすぐ止むだろうし…。
なんて思いながら、冷たい麦茶でも淹れようと未夢は身体を起こした。

「……あ〜〜〜〜〜〜っ! 洗濯物干しっぱなしっ!」





その頃。
西遠寺の石段を上る、人影。

『いやぁ〜〜〜彷徨さんに会えてよかったですぅ〜』
「ここんとこ毎日降ってんだから、せめて折り畳み傘くらい持って出ろよ」
『す、すみません〜〜…お豆腐のタイムサービスのチラシを見逃してしまっていて、10分前に慌てて出たんですぅ…』

夕立が降り始めたのはスーパーを出て割とすぐ。いつもの若奥さん姿のワンニャーは、ルゥを抱えて雨宿り出来そうな場所を探して走っていた。
住宅街にそんな都合のいい屋根はなかなかなくて、息を切らしていたところ。
「わ、にゃっ! ぱんぱっ!」
ルゥが行く手に傘を差す見慣れた後姿を見つけて、「かぁなたさぁ〜〜〜ん!」と猛ダッシュ。土砂降りになる前に彷徨の傘に滑り込んだのだった。

彷徨は三太と出掛けていた帰り道。家を出るときは晴れていたし、小さな折りたたみの傘しか持っていない。雨脚は強くなるばかり。

「あんなでかい声で呼ばれたら迷惑だっての! なぁルゥ?」
「…な? わーにゃぁ、めっ!」
『す、すみません…』
「おかげで俺ひとりでルゥと買い物袋抱えなきゃいけないしなー」
『だからわたくしも持ちますってばぁ〜』
「こんな小さい傘に入られる方が邪魔だからイイ。 目先の安さにつられるのもいいけど、その為の労力とか考えろよー」

今日なんか、かえって損してそうだし。そこまではさすがに口にしないけど。
彷徨はルゥを抱えながら、傘を持ち直す。逆の手には買い物袋。ふとワンニャーに向いた視線がきつくなってしまっていても、それは致し方ないと思う。
彷徨の視線の刺す先は、ルゥの襟元。バッジ姿のワンニャーは声を上ずらせながらも、一切表情を変えることはない。




「ただいま―――」
玄関でルゥを浮かせて、彷徨は荷物を置いた。雨が跳ねた足元が重い。
「まーんまーぁ!」
『ありがとうございますぅ〜』
ルゥの襟元を離れたワンニャーが、ボンっと煙を上げて元に戻る。

「いいよなーワンニャーは。 バッジになってりゃ雨にも濡れない、石段も上らない、ルゥごと俺任せだもんなー?」
「す、すみません〜〜〜…」
濡れた靴を脱ぎながら横目で嫌味たっぷりに言えば、元の姿に戻ったワンニャーはバッジ並みに小さくなる。
「次の俺の買い物当番、ワンニャーな?」
「は、はいぃ〜〜〜」
買い物袋はワンニャーに任せ、彷徨は雨を吸い上げた重いジーンズを引き摺って先に飛んで行くルゥを追いかけた。


「ルゥ! 頭拭かないと…」
「あ、ルゥくん、彷徨。 おかえりぃ〜…っと。 よし、あと半分っ!」
縁側にどんと置かれた、濡れた洗濯物。未夢が土砂降りの雨に降られながら、残りを取りこんでいた。
「はわわわわわ! みっ、未夢さん! すみません〜〜〜〜」
「すみませんじゃないわよ、ワンニャー! 早く洗い直して!」
「はいぃっ!」
買い物袋はその場に置き去り。洗濯物を抱えて、ワンニャーは洗濯機に走る。
「ルゥくんも濡れちゃってるじゃない! 彷徨、早く拭いてあげてっ」
そう言ってまた身を翻した未夢の髪からはポタポタと滴が落ち、薄く透けるワンピースが身体にはりつく。
彷徨は思わず目を瞠ったその姿から、意識して顔を背けた。
「…ルゥっ、タオル取ってくるぞ?」
「まんまぁっ」
「あ、あぁ…、未夢の分もな」




「ふぅ、終わったぁ〜! うぅ〜〜〜びしょ濡れ…。 服がくっついて気持ち悪ーい」
髪を掴めば、力いっぱい絞ったように水が滴る。肌にはりついた裾も、軽く引っぱってはがす。
「…わ!?」
突然、視界が真っ白になった。

「…早く風呂入れ、風邪ひくぞ」
降ってきたのは柔らかいタオルと、彷徨の声。
「あ、ありがと…」
頭にかぶせられた大きなバスタオルを避けて見上げると、彷徨はこちらを見ようともせず、ルゥの髪をわしわしと拭いていた。
「未夢さぁん! お風呂沸かしましたよぉ! これはわたくしがやりますので、早くお風呂入ってくださいね!」
「はいはぁーい!」
パタパタとやってきたワンニャーが、残りの洗濯物を抱えてまたパタパタと去っていく。今度は未夢もそれに続いた。



「あつ……」
それは気温か、それとも……。未夢の…いや、この夕立のせいか。

「…ぱんぱ?」
髪を拭いてもらったルゥが、ぺたっと彷徨の額に手のひらを当てた。覗いた瞳は少し心配そうで。彷徨はその手をとって、苦笑を返す。
「…大丈夫、熱なんかねぇよ?」
「う?」
「おまえにもわかるよ。 …いつか」

「ルゥくーん! おーいでーっ! 一緒にお風呂入っちゃお〜?」
きょとんとしているルゥを、行って来いと促す。
「まんまっ!」
「あったまろうね〜」
さっきのタオルを羽織ったままやってきた未夢の腕に飛び込んだ。
「どしたの?」
「別に? …未夢にはナイショ、な」
しーっと口元に人差し指を立てると、真似をして。彷徨が笑うと、ルゥも笑う。未夢がひとり、首をかしげる。
「……親子みたい」
「親子だもんな? ルゥ」
「あーいっ! ぱんぱ! まぁんまっ!」
ルゥの指差し確認に、ふふっと未夢が笑う。
「早く行って来いよ、ホントに風邪ひくぞ?」
「あ、うんっ! ルゥくん行こ!」
ふわりとルゥに向ける母の笑顔は、いつも最上級。



    十数年後、ルゥが意識する相手はどんな子だろう。

    見ることのないであろう未来、もしもそんな未来に出合えるのなら。

    パパ、ママと言ってくれた自分と未夢が、揃ってそれを見られたら…



夕立の上がったまだ明るい空に、三日月と一番星。
それを掴むように、ぐっと握りしめていた手を、そっと空に伸ばした。






こんばんは、杏です。
いつもありがとうございます。
つい最近まで、毎日すごい夕立が降ってました。雷も鳴ってたりとか。
そんなネタです(^^*)

ホントは、
「あつ……」
それは気温か、それとも……。
…を最後に持ってきて、暑い×熱いを匂わせて終わるはずだったんですが。
なんか書いてたら違う方向になっちゃいまして、締めに困って。あの彷徨くんのモノローグ書いてたら、杏の脳裏には瞳さんが浮かんでしまいまして。
あぁ、瞳さんも同じことを思ったんじゃないかな、と思ったら泣きたくなりました(;x;)

彷徨くんの男のコ的な部分と未夢ちゃんのちょっと無防備なトコを書きたかったのに、改めて親の自覚をした少年、とゆー結果となりました。。
まぁ…いいや!(おいw)

今日から世間はお盆ですね。
私は仕事とお付き合いでヘロヘロの予定なので、次回作はお盆を明けてから書きます。
忙しくてもネタだけは集めようと意気込んでいますので、また書き上げた際には、ご覧いただけると嬉しいです。
それでは、また。杏でしたm(_ _)m



[戻る(r)]